第五章 決裂
目を覚ました時、白い天井が見えた。
薬草と消毒薬の匂いで、治療院だと分かった。
身体を少し動かすと、左肩から背中に鈍い痛みが走る。
「まだ動かないでください」
椅子から立ったミレイユが、寝台のそばへ来た。
「ルグ村の人たちは」
レオンが先に尋ねる。
「全員無事です」
それを聞いて、彼は枕へ頭を戻した。
「そう」
「ただ、火傷は完全には消せませんでした」
左肩から背中にかけて、痕が残るという。
「構わない」
生きている。
それで十分だった。
そして、もうひとつ。
治療中に職業の変化が確認されていた。
【勇者】
その話は瞬く間に大神殿へ伝わり、翌日には大司教まで治療院へ姿を見せた。
「勇者、剣聖、賢者、聖女。古き神託に記された四職が、ついに同時代へ揃いました」
老人は興奮を隠さなかった。
レオンはしばらくその話を聞いた後、
「組みません」
と答えた。
大司教が言葉を失う。
「まだ何も申し上げておりませんが」
「だいたい分かります」
その日の夕方。
エリシアが来た。
セドリックも一緒だった。
ミレイユは引き続き治療院に残っていた。
エリシアは寝台から数歩離れた場所で足を止めた。
以前なら、そのまま近づいていただろう。
今はしなかった。
「レオン」
「うん」
「……ごめんなさい」
彼女は頭を下げた。
「安全だと思ってた。本当に」
「知ってる」
エリシアが顔を上げる。
「え?」
「お前に悪気がないことくらい分かってる」
追放したことも。
仕事を制限したことも。
ルグ村へ回したことも。
「俺を守ろうとしたんだろ」
「……うん」
エリシアの声は小さかった。
レオンはしばらく天井を見ていた。
「だったら」
視線を戻す。
「もう、俺のために何もしないでくれ」
エリシアの表情が止まった。
「……何を」
「俺が弱かったからパーティから外した」
何も返ってこない。
「俺が危ないと思ったから、勝手に依頼を制限した」
「それは」
「安全な仕事に回した」
「レオン」
「そこで死にかけたら、村を捨てて逃げろって言った」
エリシアの唇がわずかに震えた。
「あなたを死なせたくなかったの」
「知ってる」
「だったら――」
「だから困ってるんだよ」
声は荒げなかった。
エリシアの方が、その静かな言葉に押されたように黙った。
「全部、俺のためなんだろ」
「……そうよ」
「でも一度も、俺がどうしたいかは聞いてない」
部屋の中が静かになった。
窓の外を馬車が通り、その音が遠くなっていく。
「私は」
エリシアはしばらく自分の手を見つめていた。
「あなたを守りたかった」
「俺は守られたいんじゃない」
「じゃあ、どうすればよかったの」
その問いに、レオンはすぐ答えなかった。
「分からない」
エリシアが顔を上げる。
「俺だって正しい答えは知らない。でも」
少し間を置く。
「俺に選ばせてほしかった」
エリシアは何も言わなかった。
その時。
セドリックが口を開いた。
「だが、今は事情が変わった」
レオンが視線を向ける。
「君が勇者であるなら、白銀の翼へ戻ることに戦力上の問題はない。むしろ勇者、剣聖、賢者、聖女という構成は――」
「やっぱりそうなるか」
セドリックが眉を寄せる。
レオンはエリシアを見る。
「弱かった俺には、安全な場所にいろと言った」
「違う」
エリシアがすぐ答えた。
「勇者になったら、一緒に戦おう?」
「違う!」
「じゃあ、俺が職業不明のままだったら」
そこで言葉を止める。
「また、村へ帰れって言った?」
エリシアは答えられなかった。
目を伏せたまま、長い時間が過ぎる。
レオンは彼女を責めなかった。
それ以上は必要なかった。
「お前が大切にしてたのが俺だってことは分かってる」
エリシアがゆっくり顔を上げる。
「でも、お前が大切にしてる『俺』と、俺自身は同じじゃない」
「……」
「お前の中で、俺はずっと守られる側なんだ」
エリシアの頬を涙が伝った。
「そんなつもりじゃない」
「知ってる」
また、それだった。
悪意はない。
だから。
「もう俺たちは無理だ」
レオンははっきり言った。
「仲間には戻らない」
エリシアはしばらく動かなかった。
やがて小さく頷き、顔を伏せた。
数日後。
レオンはリューデンを出た。
勇者として誰かに与えられた道を歩くためではない。
これから歩く道を、
今度こそ他人に決めさせないためだった。




