第七十三話 徒労
花ヶ崎は朝になるといつもと変わらない様子で寮の一階まで降りてきた。
俺はといえば、ろくに眠れず疲労困憊の体を引きずるように歩くのが精いっぱいだった。
そのまま登校することになるのだが、朝から背筋が伸びた花ヶ崎の凛々しい立ち居振る舞いを見ていると、なんだか別世界にいるような気がしてくる。
睡眠不足からネガティブになっているのか、どうにも気分が冴えない。
「校舎の中にいるときくらい武器はアイテムボックスに入れておいたらどうなのかしら。みんなが怖がっているわよ」
「いつ何があるかわからないだろ」
「そんなに悪いことが書かれていたというの。それとも私を怖がらせて、それで仕返しのつもりなのかしら」
「そんなことをするほど暇じゃない」
いくら探索者学校といっても日本刀をぶら下げて歩いていれば、それなりに注目される。
それでも背に腹は代えられないのでこれが普通なんですという顔をしておくしかない。
そんな言い訳にもならないことを考えながら教室に入った。
神宮寺が意味ありげな視線を向けてきたが、俺はそれを無視して席に着いた。
「で、どういうことになったわけ」
席に着いたところでさっそく花ケ崎が神宮寺に絡まれている。
「なにもないわよ。いったいなにがどうなるというの」
花ケ崎の返しに神宮寺はつまらなそうにふーんとか言って、その話題はそれで終わったらしかった。
感情が表に出ない花ケ崎はボロを出すこともない。
それからも俺は周囲に気を配る生活を続けた。
数日間、学園内、ダンジョン、女子寮とついて回ったが、特にこれということも起こらず無駄な時間だけが過ぎていった。
ここまでしても個別シナリオに相当しそうな話の内容が全く見えてこない。
やはり主人公限定ということなのだろうか。
なんだかゲームに振り回されているみたいで馬鹿らしくなってきた。
「意外と動けてるじゃないか」
そして今は俺にとって一番慣れている46層で花ヶ崎と狩りをしている。
「あたりまえでしょう。いったい誰に向かって言っているのよ。綾乃たちと苦戦していたのは私の魔力が高すぎてヘイトを引き剥がしてしまうからよ。あなたが前衛なら何の問題もないわ。それに普通は前衛の方がレベルも高いものなの」
言うだけあってパーティーを組んだ時の動きはそれほど悪くないように見える。
むしろソロでやってきた俺には教わることの方が多いくらいだ。
しかし、このまま花ヶ崎を鍛えても攻略の役には立ちそうにない。
普通は瞬間火力の出しやすいメイジの方が敵に狙われやすいものだ。
花ヶ崎のように魔法やスキルをぶっ放して瞬間的に火力を出し、クールタイム中は何もできなくなるようなタイプを学園ではアサシン系と分類している。
逆に持続的に火力を出し続けるタイプはアタッカーだ。
そして攻撃を受ける役割がタンクになる。
対人戦ならばタンクはアサシンに強くアタッカーに弱い。
なぜならアサシンは最初のスキルによるバーストダメージが怖いだけなので、それを耐えきってしまえばあとには何も残らない。
アサシン側はクールタイムが明けるまで逃げ回っているくらいが関の山だ。
だからアサシンはHPの低いアタッカーには強く、最初のバーストダメージを耐えられてしまうタンクにはすこぶる弱いと、ジャンケンのような三すくみの仕様になっている。
三平師匠のビルドのすごいところは回復魔法によってタンク並みの防御性能を実現し、強化魔法によってアタッカー並みの性能まで確保したうえで、アサシン以上にダメージが出る隠し玉が主力になるところだ。
本来ならば三人でそれらを役割分担しながらダンジョンを攻略するのが普通である。
しかしそれらすべてをソロでやるとなると無理が出る場面も多くなる。
役割を一人でこなすせいでダメージが分散しないとか、行動できる回数が少ないといったデメリットも無視できないほど大きい。
本当はもっと安全を重視したビルドにすることもできたはずだ。
それを最初に目に入った最強の二文字に惹かれて、あまりよく考えずに選んでしまったのが悪かった。
おかげで俺一人でもラスボスだって倒せるようにはなったが、はたしてそれは良いことなのか悪いことなのか。
「それにしても、あきれるほど強いわね。あれほどひしめき合っていたモンスターがもう片付いてしまったじゃない」
「まあ、この階層だしな」
その話題をあまり深追いされたくなかった俺はできるだけそっけなく返した。
やはり主人公にしかストーリーは動かせないと考えるべきなのだろう。
となると個別シナリオすら動かせない俺がラスボスを倒したところで、この世界にエンディング後の平和が訪れる可能性はあまりなさそうだ。
「どうしてそんなにやさぐれた顔をしているのかしらね」
そう言いながら花ヶ崎が水の入ったペットボトルを渡してくる。
雰囲気自体は悪くないのだが、なにか進展が起こりそうな気配は微塵も感じられない。
さっきから俺ばかり動いているから、いくら水分補給してもすべてが汗となって流れ出して、迷宮の暗い地面に音もなく吸い込まれるだけだ。
なんだかすごく不毛なことをしているような気がした。
そろそろ二学期のシナリオが本格的に動き出す頃だ。
主人公の真似事にも見切りをつけた方がいいだろう。
それに花ヶ崎とも打ち合わせを済ませておかなければならない。
二学期からはダンジョン外でのイベントが増えるので、今までよりも複雑化する中でどれだけ攻略本のストーリーを維持できるかが重要になる。




