第七十二話 ボディーガード
「なんだよ。まだ怒ってるのか」
「私は最初から怒ってなどないわ。変なことを言わないでもらえるかしら。それだとまるで私が貴方に嫉妬しているようにも聞こえるじゃないの。外聞が悪いから変な勘違いはやめて頂戴」
屋上を出たあとも花ヶ崎のあとをついてまわることになったが、今の俺は校内で異様に注目されているから、花ヶ崎が貴族パワーでもってそれらを遠ざけてくれるのはありがたかった。
午前の授業が終わり、昼休みになると急に花ヶ崎がこんな事を言いだした。
「今日からは一緒にダンジョンダイブしましょう」
「明日からにしてくれ」
と俺は言った。
どうして今になってそんなことを言いだすのかわからないが、今日の放課後は漫画研究会に顔を出す予定である。
「べつに明日からでもいいわ」
レベル上げなど興味もなかったはずなのに、いったいどういう風の吹きまわしなのか。
それにしても魔人の一件から、もはや学園のどこにいても気が休まらない。
ずっと周りの生徒たちから好奇の視線を向けられている。
それでも警戒されているのか、貴族連中でさえ気安く声をかけてくることはなかった。
さすがに敵対するには厄介な相手だと認められたというところだろう。
俺もずいぶんと有名になったものだ。
となるとストーリ上で一条に因縁をつけてくるはずの貴族たちが、変に委縮したりしないかが気がかりになってくる。
「二ノ宮とは一緒に食べないんだな、昼飯」
二人きりというのがなんだか気まずくなって、俺はいつもの定食屋に入ろうとする花ヶ崎の背中に向けて言った。
「沙希はお昼にケーキしか食べないのよ」
いらないときには出てくるのに必要な時にはいなくなる使えない奴だ。
よくそんなものしか食わずに生きていられるものである。
そんなこんなでボディーガードの真似事をしながら放課までを過ごした。
「ふむ、ということはやはり個別シナリオに入ったということで相違ないでござろう。ある程度の期間に渡って細々としたイベントが起こり、そのあとで対象キャラクターのハートをつかむことができますぞ」
「ほ、ほう」
「その手のゲームは途中からメインシナリオの合間に別のシナリオが差し込まれるようになってるんですよ」
「ヒロインたちのフラグを立てさえすれば自動的に何人でも攻略可能なゲームに多いシステムでござるな」
さすがに詳しい。
やはりこいつらに相談したのは正解だった。
「な、なるほど。それは気を付けないとな」
自分で言っていて何に気を付ければいいのかはわからない。
そのあとで犬神がやってきて、場所を漫研の部室からダンジョンの12層に移しつつも話は続いた。
12層ともなれば、さすがにゲームヒロインの犬神がいても3人にとって余裕のない狩場だが、話に夢中で誰も危機感を感じていない。
「ふむ、ルート名はボディーガード。であれば、やはりなんらかしらの危機が彼女を襲うのでしょう。拙者なら片時も目を離さずに見張っておくでしょうな。まあそれは自分がギャルゲーの主人公になってしまった場合のたとえ話であって、ゲームなら主人公はシナリオに沿って動くので、基本的に何の心配もないのでござるが……」
「……え?」
端末を取り出して時刻を確認すると、すでに夜の10時を回っている。
話に夢中になりすぎて時間が経つのも忘れていた。
花ヶ崎はまだ無事なんだろうかと不安になりながら端末で彼女にメッセージを送ってみたが、どれだけ待っても返事は返ってこない。
「ところで、高杉殿。そろそろ作品名を教えては──」
「ん? なにを焦っているのさ」
すうっと近寄ってきた犬神が端末を覗き込もうとしたので慌てて画面を隠す。
もしかして花ケ崎から離れてしまったのは失敗だったのだろうか。
いや、とにかく今はそんなことを気にしている場合ではない。
「悪いけど急用ができた。ここで終わらせてくれ」
「確かにいい時間だね。それにしても、さすが魔人殺しだよ。僕なんて今日だけでレベルが上がっちゃったしね」
「顔色が悪いですよ。大丈夫ですか」
佐藤の言葉に返事もせずに俺はテレポートリングを使って一層に戻った。
焦ってパーティーを組んだままだったから三人までついて来てしまっている。
「高杉殿、どうか最後に作品名だけでも──」
「うわ! これってもしかしてテレポートリング!? まさかボスを倒したの!?」
「ボスに挑むとかシャレになってないですよ」
「あ、ああ。それじゃな」
それだけ言い残して俺はダンジョンの入り口から飛び出し女子寮を目指して走る。
端末の機能で確認したが、花ヶ崎はまだ女子寮の中にいると表示されていた。
あいつの部屋はたしか上層階にある一番いい部屋だったはずだ。
走りながら忍者にクラスチェンジして管理人室に飛び込んだ。
隠密状態で部屋番号だけ確認したら壁を駆け上がり屋上のドアからビル内に入る。
花ヶ崎の部屋の扉をノックしたら、こんな時間だというのにほとんど間を置かずにメイドが顔を出した。
問答する気にもならないので無理やり中に入ったら、大きなベッドで寝ている花ケ崎が視界に入る。
「く、曲者!」
俺を取り囲んだメイドたちから息をのむ音が聞こえるが、それは俺が黒仮面の格好をしているからだ。
メイドたちが戦闘モードに入るが、それを放っておいて俺は花ヶ崎の脈を確認しようとした。
そしたら急に眼を開けた花ケ崎と目が合う。
どうやら無事らしいことに俺は胸をなでおろした。
「……いったい何をしているのかしら」
布団から顔だけ出したまま花ケ崎が言った。
いくら認識阻害付きのアバターアイテムでも何度も見られていたら効果はない。
「い、いや、ちょっと気になることがあってな」
周りの状況を確認した花ヶ崎が下がっていいわと言うと、メイドたちはためらいながらも別室に消えていった。
ずいぶんと心配させておいて花ヶ崎は呆れたような顔をこちらに向けている。
「自分のやっていることがわかっているのかしら。こんなところを見つかったら退学になるだけじゃ済まないわよ。……ま、まさか、預言の書に私の身が危険だと出たのではないわよね!?」
急に真剣味を帯びた花ケ崎が言った。
「そ、そうじゃない」
「そうなの。だったら出て行ってもらえないかしら。ここは私の部屋よ」
まあそれはそうなのだが、もしかしたら何かあるかもしれないのだ。
花ヶ崎の部屋は広いが、天蓋付きのでかいベッドがかなりを締めているし、家具やら勉強机やらも同じ部屋にあるので、この一部屋で生活しているらしい。
となると他の部屋はメイドが使っているだろうから、空き部屋などありそうにない。
「一晩ベランダを貸してくれないか」
苦し紛れに出たひと言だが、それでも花ヶ崎は真剣に考えてくれている。
こんな学園の寮内で本当に危険などあるのだろうか。
なんだかひどく無駄な心配をしているような気がしなくもない。
「かまわないけど、ここは女子寮なのよ。見つかったら本当に退学になるわ。いったい何が書かれていたというの」
花ヶ崎は蒼くなって言うが、べつに攻略本には花ケ崎が死ぬというようなことが書かれていたわけではない。
無駄に心配させるのも悪いし、なによりあまり細かく話すとボロが出そうなので説明する言葉が見つからない。
「なにもない。俺はベランダで寝るのが趣味なんだ」
それで俺は肌寒い秋の夜長、来るのだか来ないのだかもわからない危機に対処するため、冷たいコンクリートの上に座って見張りをすることになった。
自分で言いだしたことではあるが、さすがにこの状況となるともはや途方に暮れるしかない。
不定期にはなってしまいますが、連載を再開します。
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