149.接近する人間
あらすじ
二度目の反乱を経て、人間が方針を変更した。あれから仲間を増やさなくなり、魔物たちへの干渉も減らしたのだ。これで森の魔物たちをも少しは落ち着くだろう。
一方で私は前回の力試し大会で得た情報を基に、仮のパーティーを構成し、配下たちに連携の訓練を始めさせた。他にも大会に触発されてか非戦闘員のゴブリンたちは、次々と便利なアイテムの作成を進めている。さらに時を同じくして、森の外へ送り出した黒刀からは、黒闇との合流を告げる知らせが届いた。懸念材料が一つ消えたことで、私も本格的にダンジョン探索の準備に打ち込んでいく。
黒闇がダンジョンに帰ってきた。
早速、私は黒闇から『感覚共有』が切れていた間の報告を受け取りつつ、同時に『感覚共有』をもう一度使い、視界を私と繋げ直す。そんな黒闇からの報告で気になったことは、エルロンドの中間拠点から一気に魔物の気配が消えたというもの。完全にもぬけの殻となった訳では無いようだが、それでもかなりの数が本国へ帰還したようだ。これなら、当分の間はあそこから探索者がやってくることは無いと考えてよいだろう。
報告を聞き終えた私は、すぐさま黒闇を森の外へ送り出した。これで黒闇がエルロンドの中間拠点の監視に戻ったら、黒刀が次の黒の下へ伝令に向かえる。次は元勇王国の王都があった場所だ。今回は少し遠いので、辿り着くには今回よりもさらに時間がかかるだろう。まあ、私が焦ったところで黒刀の移動が速くなるわけでも無い。気長に待つか。
それから数日が経った頃、ダンジョンより少し離れた地点から、何やら騒がしい気配が漂ってきた。そこは未だ、私が正確な知覚を行える範囲よりも少し外側だった為、分かったのは雰囲気程度ではあったが、それだけでも予想は着く。
どうやら、森を彷徨っていた人間たちが、とうとうダンジョンの近くまでやってきたようだ。騒ぎの原因は、そんな人間たちがダンジョンを中心として広がり続ける常連たちの住処に足を踏み込んだことで、常連たちの集団が人間に襲い掛かったせいらしい。人間の監視を続ける魔鼠フォレストラットのゴジュウの視界で確認すると、かなりの数の常連たちが戦いに参加しようとしているようだ。
対する人間の引き連れている魔物たちの数は、二度目の反乱が起こった日から殆ど変わってはいない。ただし、人間が魔物たちへの干渉を和らげた影響で、あの日から人間の引き連れている魔物たちは少しずつ強くなり始めていた。私がそれに気が付いたのは、あの人間が引き連れる魔物たちの何匹かが、進化を果たしたからだ。どうも、時折あの人間から離れ、単独で行動している時に、他の魔物を狩って少しずつ力をつけていたらしい。
その事について、あの人間が何処まで知っているのかは不明だが、さすがに薄々は感じていたのではないだろうかと思う。なにせ、単独行動をしていた魔物たちは大抵が傷付いて帰ってきていたし、中には明らかに追われて、逃げ戻ってくるものたちまでいた。そう言う時、あの人間は毎回、『神聖魔法』で仲間の傷を癒し、襲い掛かってきた魔物はいつものように透明な壁を使って、追い返している。これで気づかない方がおかしいだろう。
そうして、あの人間を有効活用することにより、人間の引き連れている魔物たちは、着実に力を増していったのだ。
とは言っても、あの人間が引き連れている魔物たちの強さは、所詮、未だ病魔の森に住まう他の魔物たちよりも多少強い程度。私のダンジョンで鍛えた常連たちに比べれば、まだ幾分か劣っている。長くダンジョンに通う常連たちは、それほどの力を手にしていた。
数でも純粋な力でも勝っているのであれば、無遠慮に侵入してきた群れに対して、常連たちの大部分が動いても不思議はない。
ただ、そんな常連たちの力をもってしても、あの人間には敵わないだろう。どれだけ数を揃えようと、どれだけ力を高めようと、あの人間の使う壁はそれを容易く上回る。あの人間の監視を続ける過程で、私はそれを嫌という程、見せつけられた。
この戦いが終わった後、あの人間がそのまま森の奥に向けて進めば、遠からずダンジョンの入り口に辿り着く。ならば、もうあの人間が途中で引き返すことを願う段階は疾うに終わっている。私は一刻も早く、あの人間に対して、どのような対処を行うべきか決めなければならない。
果たして、あの人間はダンジョンを見つけた時、どのような反応を示すのだろうか。
見習い勇者は、問答無用で私を滅ぼそうとした。
冒険者たちは、私に戦いと宝を求めた。
そして、勇王国は支配領域の主たる私の討伐を望んだ。
なんにしても、私自身は出来る事なら、もう人間とは関わり合いになりたくない。いっそのこと、倒してしまうことが出来るなら、それが一番手っ取り早いのだが、あの人間の戦力には未だ未知数な部分が多い。今の時点で分かっているのは、少なくとも病魔の森に住まう魔物程度では、あの人間が使う透明な壁を突破することは叶わないということ。
そう。私はこれまでの監視で、森では上位に位置する実力を持つCランクの魔物たちであっても、あの人間の使う透明な壁を突破することが出来ないと知ってしまったのだ。
勿論、同じCランクであっても、私の配下たちと森の魔物たちでは、その実力に多少の差がある。名付きともなれば、その差はさらに開くし、私にはDPブーストという切り札もある。
だが、同時にあの透明な壁だけが、人間の持つ力とは限らないだろう。今まであの人間は、全ての敵をあの透明な壁で対処してきたが、それはそれだけで十分に対処が可能だったからというだけの話かもしれない。あの人間がいくら戦いを厭うような性格だとしても、追い詰められれば、隠してきた攻撃手段を曝け出してくる可能性もある。
そうなれば、勝つことは出来ても被害は甚大となるだろう。ダンジョン探索の準備もまとまり始めているこんな時に、配下たちを失うことは出来れば避けたい。
やはり、戦いを仕掛けるというのは最終手段として、まずは別の方法を探るべきだ。
だが、別の方法と言ってみても、そうすぐに良い案が思いつけるわけでも無い。そんなに簡単に思いつくようなら、ここまで切羽詰る前に使っている。
そう思いつつも思考を巡らせ、色々と方法を考えていたその時、ふと、私の中にある一つの可能性が生まれた。
対話。
唐突に浮かんだその可能性を、けれど私はすぐに消し去る。その方法は見習い勇者の時に試して、失敗したはずだ。あの時、私は人間の魔物に対する認識を明確に理解した。魔王レティシアだって似たような事を言っていたではないか。人間にとって、魔物とは完全なる敵なのだ、と。
しかし、あの人間はこれまで私がこの世界で出会ってきた人間とは、大分違っているようだった。たとえ、相手から襲い掛かってきたのだとしても、相対した魔物を傷つけることなく、不格好ではあるが、常に連れ歩く魔物たちと対話を試みていた。そう、対話だ。あの人間が襲ってきた魔物に対して行っていた謎の儀式。よくよく思い返してみれば、あれもまた人間が何とか魔物と対話を試みようとしていたところだったのではないか。あの人間の意味不明さが強すぎて、全ての行動が不気味に思えていたが、その可能性に思い至ってみると、確かにあれは言葉の通じない相手と対話をしているようだった。
その姿はまさに、あの時の私が見習い勇者に対して、願ったものではなかったのか?
だとしたら、私はもう一度、その可能性に立ち返ってみるべきなのかもしれない。そうだ、今がもう一度人間に対して、対話という手段を試してみる時だろう。
本当に?
つい、同じ場所で空回りしそうになる思考を何とか軌道修正して、私は今の私が考えられる可能性を『加速思考』で考え続けた。
あの時とは状況も異なっている。あの時はもはやどうしようもない程に追い詰められていたけれど、今はそこまで余裕が無いわけではない。まだ、対話を選ぶしか道が無い程ではないけれど、だからこそ幾らかの余裕を確保した上で対話を試みる機会でもあるのではないか。
思えば、私にはこの世界の人間の情報が圧倒的に不足している。魔王レティシアからは幾らか教えて貰えたが、元人間とはいえあの魔王は今、人間に敵対しているのだ。そう言う意味では、与えられた情報の全てを鵜呑みにすることは出来ない。嘘は言って無くても、魔王に不利となるような情報を意図的に黙っている可能性はある。もしかしたら、そんな情報をあの人間との対話から得られるかもしれない。
それに相手はまだ、ダンジョンから離れた位置におり、私の下には多くの配下たちがいる。いざとなれば、最後の手段として配下たちを使った総攻撃を仕掛けるという手もあった。もしも、対話に失敗したのならば、その時はあらゆる手を尽くして、あの人間を排除することにすればいい。どちらにしろ、それ以外に今のところ、有効な手段は思いつかないのだから、結局は同じことだ。そう考えてみると、対話を試してみる価値は十分にあるような気がしてくる。うまくいくにせよ、いかないにせよ、試すだけ試してみればいいのだ。
そうと決めたら早速、対話の準備に移っていこう。
今回、あの人間との対話をするうえで、私が最初に考えるべきは、あの人間とどのように接触するか、だ。対話を試みるのであれば、まずはこちらの姿を見せて安心させるべきだろう。だが、今の私が真っ正直にそれをやるなら、あちらにダンジョンコアのあるダンジョンの最深部まで来てもらう必要がある。まあ、これは考えるまでも無く、無しだな。道中に時間がかかりすぎるというのもあるが、何よりもそれだと私の弱点を相手に晒すことになる。そんなことは絶対にしたくない。
では、いきなり『伝心』で話しかけるか? 何処とも知れない所から、突然話しかけられるなんて、さすがに怪しすぎる。私だったら、まず間違いなく警戒するだろう。失敗してもいいとはいえ、失敗したいわけではないのだ。どうせなら、出来る限り成功の確率は上げておきたい。
ならば、代理を立てるのはどうか? 配下を派遣して、私の代わりに、私を演じてもらうのだ。『伝心』ならば、こちらから明示しない限り、何処から話しかけられているのか分からない為、騙せる可能性は高い。
ただ一つ、この方法には懸念点がある。私の配下たちは当然、魔物だ。あの人間は他の人間たちとは違い、魔物だからと言って問答無用で襲ってはこないようだが、目の前に言葉を話す魔物が出て来たらどうだろう?
見習い勇者と対峙した時は、まだ知らなかったことだが、今の私にはそんな魔物に心当たりがある。魔王から心言葉を与えられた魔王の配下たちだ。魔王レティシアも言っていたが、心言葉は私の持つスキル『伝心』と『読心』を足したような特性を持つ。それによって、多種多様な種族との対話を可能としているのだ。
私が知る限り、魔王レティシアと人間はこの森から然程離れていない勇王国跡地の周辺で小競り合いを続けていた。そんな状況の中で、魔王の配下と思われる魔物と出会ったら、さすがにあの人間でも受け入れられないのではないだろうか?
受け入れられないかもしれない。だが、そうだとしても、今更対話を止めるという選択肢は無い。
もし、対話が不可能だった場合を考え、すぐさま全戦力を投入できるように、私が今、動かせる配下たちは既にダンジョン内へ集めて、いつでも戦えるよう準備を整えてもらっている。ダメなら、ダメで良いのだ。
よし、ならば次は、代理として送る配下を選ぼう。直接、人間と接触してもらう配下には、あの人間を出来るだけ、刺激しないような魔物を選ぶことにする。
その為、まず第一に選択肢から魔鼠を除外した。たとえ相手が勇王国の関係者で無かったとしても、この世界の人間に魔鼠という魔物を合わせるのは、危険すぎる。
相手が人間だと考えると、出来るだけ人間に近しい外見の方が良いだろうか。だとしたら、配下の中では亜人系のゴブリンが最適だ。いや。しかし、ゴブリンは以前、見習い勇者に問答無用で虐殺されていたことがある。非戦闘員も子供も関係なく。
今回の人間はあの見習い勇者とはだいぶ雰囲気が違っているようだけど、確かあの人間の率いる魔物たちの中にゴブリンの姿は無かった。まあそれは、現在の病魔の森に好戦的なゴブリンが少ないため、あの人間にゴブリンが襲い掛からなかっただけ、という可能性もあるのだが、どちらにせよ止めておく方が無難か。
何か参考になることは無かったかと、『記憶』を探っていた私は、そこであることに気が付いた。あの人間は一見して、多種多様な魔物たちへ、平等に接している。だが、よくよく観察していくと、そこに僅かな偏りが見えた。魔狼だ。何故かはわからないが、あの人間は一匹の魔狼に対して、他より少しだけ距離感が近い。確かあれは、あの人間が引き連れている魔物たちの中で、一番に進化を果たした魔物だった。以前はフォレストウルフだったはずだが、今は何だろう?
この森では見かけない種の魔狼だ。魔物図鑑にも載っていない。少し気になったが、今、考えるべきことではないだろう。それよりも、今は私の代理として送る配下の選別が先だ。
距離感が近いということは、それだけ受け入れられやすいということだろう。僅かなことではあるが、糸口としてはそれで十分だ。よし、あの人間の元に送る私の代理は、魔狼から選ぶとしよう。
さて、配下の魔狼としてまず思い浮ぶのは、Cランクの魔狼ホーンウルフだが、このホーンウルフは現在、私の四天王候補という主戦力の一つだ。それを敵となるかもしれない相手の眼前にいきなり出すというのは、少し憚られる。こちらの保有する戦力は、出来る限り隠しておきたいからだ。
ならば、ここは新しく召喚することにしよう。今のところ、当の魔狼に喋らせる気は無いが、私の代理となるのだから不用意な行動には気を付けてもらいたい。予め、命令を使っておけば、ある程度は行動を縛ることもできるだろうが、ダンジョン外では名前を与えない限り、随時命令を送ることは出来ない。そうなると、魔狼自身に臨機応変な対応をしてもらうことになる。それを加味すると、多少の賢さは必要だ。ランクの低い魔物では、それだけ賢さも低くなる。つまり、相応のランクでなければならない。また私の代理とするならば、外観も大事だろう。侮られることを防ぐには、ある程度の威厳を持っている必要がある。
それらを加味して、『記憶』から私が魔物図鑑で召喚出来る魔狼を探していくと、一つ良さそうな候補を見つけた。Dランクの魔狼ダイアウルフだ。
Dランクならそれなりに賢く、同じランクの魔狼たちに比べて大柄なその体形ならば、ある程度の威厳もあるだろう。それに召喚に必要なDPも、今の私にとってはそこまで高くは無いので、いざと言う時、使い捨てにしても惜しくはない。
そこまで考えた私は早速、七万DPを支払って、魔狼ダイアウルフを召喚する。そうして、非戦闘員のゴブリンたちのところに行かせると、身支度を任せた。召喚したばかりのダイアウルフに汚れは無いが、野生らしさを極力消すため、少し着飾ってもらう。理知的な印象は、対話相手に好印象を抱かせるはずだ。
なんだか、少しばかり変な方向に進んでいるような気もするが、一応、私の中で筋は通っている。私は浮かんだ違和感を思考の隅に追いやった。
私がそんなことを考えている間にも、ダイアウルフにはゴブリンたちの手により、ちょっとした装飾が施され、一部のゴブリンたちの間で最近流行っている香水が使われ、木櫛で毛並みが整えられていく。
ゴブリンたちの作り出した香水に関しては、以前、『感覚共有』で少し匂いを嗅いだことがあるけれど、なかなかに良い匂いだったと記憶している。本当に何がいつ役に立つか分からないものだ。
ゴブリンたちはウキウキだ。余程、ダイアウルフを着飾らせるのが楽しいらしい。対して、ダイアウルフはちょっと嫌そうにしている。まあ、召喚したてであれば、さすがにそれだけで離反することは無いだろう。ただ、あとでちょっとご褒美を上げる必要はありそうだ。
そうこうしている間に、いつの間にか常連の魔物たちと人間との戦いが終わっていた。多少の時間がかかったのは、今回もあの人間が透明な壁だけで撃退しようとしたからだろう。ゴジュウの視界を通して見る限り、人間側に怪我をしたものはいない。対する常連たちの損傷も、主戦場から外れた場所で、数匹がひっそりと人間の群れの魔物に狩られたくらいだ。仕掛けた数の割には、軽微な被害と言えるだろう。結果だけを見れば。
常連たちを退けた人間は、群れを率いてそのままダンジョンへと少しずつ近づいてくる。このままいけば、すぐにでも私の知覚範囲内に入るはずだ。主戦力となる配下の魔物たちも、いつでも戦えるよう準備が出来ている。
そろそろ、着飾ったダイアウルフを人間の下へ向かわせることにしよう。




