141.コアの機能と探索の続き
あらすじ
森の外へ送り出していた斥候役たる黒たちの一体、黒餡がついに付近のダンジョンの入り口を発見した。私が送られてくる感覚に集中する中、黒餡はそのダンジョンの中へと入っていく。重厚な雰囲気の黒い石レンガで作られたダンジョンの通路には、以前、ある人間たちの会話から聞き取ったCランクの魔物タウロスが歩いていた。その見た目から醸し出される雰囲気は明らかな強者のもの。
私は黒餡から送られてくる合図で、そのタウロスが複製体であるということを知らされる。
今の私が持つダンジョンコアの知識に当て嵌めて考えると、複製体の強さはともかくとして、第一階層からCランクの複製体を配置することは不可能だ。だが、現に黒餡が探索中のダンジョンでは、それが実際に起こっている。
ふむ、丁度良い機会だ。この辺でダンジョンコアの格が上がったことにより更新された追加知識も含め、改めて複製体や守護者という機能の仕様について、整理し直してみようか。何故、第一階層からCランクの複製体を配置することは不可能なのか。その理由もまた、新たに手に入った情報に記されている。それに手に入った新情報の整理も済んでいるから、以前よりも明確にダンジョンコアの機能に関して理解できるはずだ。
ダンジョンコアには、複製体と呼ばれる魔力で生み出した魔物の劣化複製体を生み出し、ダンジョンの防衛役として配置するという機能が存在する。この複製体は、階層間の移動やダンジョンの外での行動こそ出来ないが、倒されてもダンジョンコアから供給される魔力によって、一定時間で復活するという素晴らしい特徴があるのだ。
さて、この複製体には魔物図鑑の召喚出来る魔物から選ぶ複製召喚という方法と、各階層へ記録した配下の魔物の情報から複製する記録複製という二種類の方法があった。この二つの複製方法には、それぞれ一長一短が存在する。
複製召喚の利点は、何と言ってもその簡易さだろう。魔物図鑑はダンジョンの周辺に生息する魔物がまとめられている。その為、本来ならば最初からそれなりの数の魔物が記されている。また、それ以外にも魔物図鑑の内容を増やしていく方法は幾つかあるらしい。複製召喚では、そんな魔物図鑑から自由に魔物の複製体を召喚出来るのだ。
対して欠点は、召喚される複製体の弱さ。最初に複製召喚で召喚される複製体のレベルは一で、スキルも種族として必ず覚えている最低限のスキルがスキルレベル一の状態で召喚される。複製体は成長することも無いため、特殊な戦闘方法を持つ魔物でなければ、そこまで頼りになる存在とは言えない。とはいえ、複製召喚により召喚される複製体の強さというのは、ダンジョンの成長と共に段々と補正が掛かっていくそうだ。故にダンジョンの格が上がっていけば、いずれは複製召喚した魔物でも活躍できるようになるらしい。
次に記録召喚の利点は、自分の配下の魔物を記録することで、複製体を最初からある程度強い状態で召喚出来る点だ。勿論。複製体となる時点である程度、本体よりは劣化するが、それでもレベルは最初から高く、スキルも覚えた分を最初から持っている。その為、ダンジョンコアとしての格が低い状態でも、相応に活躍してくれるのだ。さらに複製体とすることによる劣化もダンジョンコアとしての格が上がるごとに軽減されていくらしい。また、記録する配下を自分で育成するならば、その過程で色々と手間を加えれば、スキルの構成を意図的に操作したりできる点も利点と言える。
対して欠点は、準備が大変なことだろう。こちらはまず、記録するための配下を用意する必要がある。その方法は召喚した魔物を鍛えるや、強い魔物を配下とするなどあるが、どちらの方法を選んでも大変なことに変わりは無い。さらに記録複製には、記録した階層にしか複製体を召喚出来ないという欠点もある。その上、この記録は一度記録してしまうと、その記録を消すことが難しいため、それも欠点と言えるだろう。
このように二種類の複製方法には、それぞれに利点と欠点が存在する。その為、それを理解して、使い分けていくのが理想だろう。
次は実際の配下たちをダンジョンへ配置する方法だ。こちらは守護者という機能で、各階層の最深部となる部屋に守護者となることに同意した配下を配置することが出来る。配置された配下は、ダンジョンと深い繋がりを持ち、特殊な魔力供給によって強力な力を得る上に、倒されても時間の経過とともに復活するという強力な存在となるのだ。ただし、その代償としてその配下は守護者の配置された部屋から出ることが出来なくなる。さらに一度、守護者となった配下は、それを止めることも出来なくなってしまう。その為、基本的には強い忠誠を持つ直接召喚した配下を配置する。
さて、複製体と守護者というこの二つの機能には、共通してランク制限と呼ばれるものが存在していた。ダンジョンに配置できる複製体や守護者のランクは、ダンジョンコアの持つ称号に依存しているのだ。どうやら、この称号はダンジョンコアの格を表しているらしい。
ちなみに、今の私というダンジョンコアの格は【D級ダンジョン】だ。複製体や守護者は通常、ダンジョンコアの格よりも一つ下のランクまで配置することが出来る。だから、現状、私のダンジョンが配置できる複製体は、Eランクまでということになる。
ただし、守護者のランク制限には少し例外があった。それはその階層に配置した複製体を同種族で揃えると、その階層の守護者には、もう一つ上のランクまで配置が出来るようになるというものだ。ちなみに、揃える対象には階層の記録も含まれている。
そう言えば、この守護者の例外について、ダンジョンコアとしての格が上がったことで、少しだけ詳しい情報を得ることが出来た。それによると、どうやら配置できる守護者のランクには、階層に流れる魔力の質が深く関係しているそうだ。複製体や記録の魔物の種族を揃えると、次第にその階層に流れる魔力の質が変化していくらしい。すると、その階層はその種族の魔物に適した空間へと変わり、その結果、守護者のランク制限が緩和されるそうだ。
私はそれを知った時、高位の魔物が作り出す縄張りの作用に似ていると感じた。高位の魔物が作り出す縄張りもまた、自らの魔力を周囲へ満たすことにより、周囲を自身に適した環境へ変えていくというものだった。もしかしたら、この二つには何かしらの関係があるのかもしれない。
さて、重要なのはここから。今までの法則では、第一階層からCランクの複製体を配置することは可能だった。単純に今、黒餡がいるダンジョンの格が【B級ダンジョン】以上であったというだけだ。しかし、私は最深部が第十階層となったことで、もう一つ、複製体や守護者に関する制限が存在することを知った。それが、階層そのものにかかるランク制限だ。
実は複製体や守護者という機能に存在するランク制限は、それらを配置するダンジョンの階層にも存在しているらしい。どうやら、この世界のダンジョンというものは、基本的に階層が深まれば深まるほど、高ランクの複製体を配置できるようになるようなのだ。
故にたとえ私が【D級ダンジョン】へと格を上げていたとしても、Eランクの魔物を何の例外も無く配置出来るのは、第十階層からとなる。つまり、第九階層より深くダンジョンを育て上げることがダンジョンにとって、最初の壁なのだ。今回、その最初の壁を越えたことで、ようやく私にその存在が開示されたらしい。
思えば、第五階層の追加で、私は完全なるダンジョンコアに覚醒したと考えていたが、それはあくまで通常のダンジョンコアにとっての始まりに過ぎなかったようだ。
話を戻そう。この階層にかかるランク制限がある以上、第一階層からCランクの複製体を配置することは不可能なのだ。だというのに、この黒餡がいるダンジョンでは、第一階層からCランクと思しき複製体が徘徊している。これはランク制限が存在している以上、異様なことだ。
しかし、実のところ私は、この疑問に対する答えに大よそ見当がついていた。恐らく、このダンジョンのダンジョンコアが成長し、その格を上げていく過程で、何かしらの制限が解除されたか、新たな機能を獲得したことで、それが可能となったのだろう。私が上位の罠という新たな拡張機能を手に入れたのと同じように。
今のところ、ダンジョンの格が上がることによる変化は未知数だ。どんなことでも起こりうると考えておくべきだろう。
私が持つ優位性の一つであったダンジョンコアとしての知識が通用しないとは、成長したダンジョンというのはかなり厄介な場所のようだ。レベル上げの修練場として使うだけであっても、細心の注意をもって行うべきだろう。
これから配下たちをこのダンジョンに派遣する身としては気が滅入りそうな事実ではあるが、今の私はそれ以上にワクワクしていた。なにせ、私だってそんなダンジョンの一つなのだ。正直なところ、今までダンジョンとしての成長には、そこまで期待していた訳では無かったのだけれど、これからは少し見方が変わりそうだ。
少なくとも、これはダンジョンとしての成長を自発的に行っていく理由の一つにはなるだろう。ダンジョンの成長と共に、ダンジョンコアは更なる力と知識を得ていく。私にはまだまだ、成長の余地が残されているのだ。
そこで私は『加速思考』により、最大限まで高めていた思考速度を通常の速度まで戻すと、黒餡から送られてくる感覚にもう一度、集中する。
敵の複製体タウロスをやり過ごした黒餡は、再度ダンジョンの通路を進んでいく。他の複製体に見つからぬよう、慎重に、慎重を重ねた静かな歩みで。
と、次の瞬間、黒餡の視界が闇に包まれる。アサシンラットという種族として生まれたことで、黒餡は最初から『夜目』というスキルを所持していた。スキルの効果は、暗闇でも視力の減少を抑えることが出来るというもの。それは、私へ送られてくる視界情報にも影響を及ぼしている。その為、これまで黒餡の視界がここまで闇に閉ざされたことは無かったのだが、いったい、何が起きたというのか。
そうして、その直後に流れる重い音と強烈な血の匂い。
黒餡の命が、消えていく。
不味いと感じた私は、咄嗟に『加速思考』を使い、限界まで引き延ばした時間の中で、黒餡と繋がる絆を意識すると、そこへDPを注ぎ込んだ。
黒餡に力を分け与えることを意識して。
DPブースト。これは、私が集めたDPを消費して、配下を強化する私の持つ切り札の一つだ。消費するDPの量は、使用した配下の強さに依存している。配下が強い程、消費するDPは増えていくのだ。
レベルが低くても、黒餡はCランク稀少種たる魔鼠アサシンラット。その種族としての強さ故にDPの消費は激しくなるが、ここで黒餡を失うよりは遥かにマシである。果たして、黒餡との絆からはまだ微弱ではあるが、黒餡の命を感じ取れた。死んではいない。かなりギリギリではあるけれど。
一体何が起こったのか。もう一度、そう考えた時、黒餡の視界が明瞭になっていく。そうしてそこに映ったのは、血肉に塗れた巨大な黒い石レンガの塊が、壁へと戻っていく瞬間だった。
それを見て、私はようやく黒餡の身に起こった出来事を理解する。罠だ。しかも、飛び切り凶悪な威力の罠。それが、黒餡の身体を圧し潰したのだ。
咄嗟にDPブーストで力を送り込んだとはいえ、よく生き延びたものである。しかし、ここで安心してはいけない。黒餡は今も尚、助かった訳では無いのだ。罠は確実に黒餡へ致命傷を与えていた。未だ黒餡が生きているのは、私が送り続けているDPにより、黒餡の生命力が一時的にBランク相当まで底上げされているからだ。それでもまだ、辛うじて命を繋いでいるに過ぎない。
本当にギリギリだった。もし、もう少しでも遅かったら、DPが黒餡へ届く前に黒餡の命は消えていた事だろう。だが逆に、もう少し早くDPブーストを発動させていたら、強化した黒餡の身体で、罠による傷を軽減出来ていたかもしれない。だが、そうはならなかった。黒餡との絆から感じる命の輝きは、今にも消え失せてしまいそうだ。恐らく、私がDPブーストを解いてしまえば、程なくして黒餡は死んでしまう。
『加速思考』を最大まで発動させた状況で、私は決断を迫られていた。時間を出来る限り引き延ばしたとしても、少しずつDPは消耗していく。DPの蓄えはまだあるが、それも無限という訳では無い。DPブーストという消費の激しい使い方をしていれば、あっという間にDPは底をついてしまうだろう。
名付けを行ったとはいえ、黒餡はあくまで数ある配下の一体に過ぎない。同様の力を持つ黒は他に三体も存在している上、召喚すればまた作ることは可能だ。魔鼠アサシンラットの召喚に必要なDPは九十万DP。DPブーストによる消費がそれを上回るのは時間の問題である。それでは、本末転倒だ。
私は一刻も早く、黒餡の延命を解かなければならない。分かっている。分かっているのだが、事ここに至って、今度は『加速思考』で稼いだ時間の長さが裏目に出ていた。
今、DPブーストを解けば、黒餡はほぼ確実に死ぬ。そうなった時、黒餡との絆が切れるとともに私は、黒餡の感じた死の感触を鮮明に味わうこととなるだろう。それはもはや、疑似的な自殺行為と同義だ。自らの手で、死の体験を受け入れる。明確に自覚してしまえば、余計に恐怖は鮮明となった。
名付けを行い、感覚を共有し続けた黒餡との絆は、いつの間にか非常に太いものとなっていたのだ。きっと、死の体験はかなりの現実感を伴うものとなる。
ここにきて、私は『感覚共有』というスキルの欠点に気が付いてしまった。この『感覚共有』というスキルは、使うと配下との絆が強化されていくようなのだ。だが、森の中を歩む人間の監視を行っているフォレストラットのサンジュウイチとの絆は、まだ名付けた他の魔鼠たちとそれほど変わってはいない。繋げた配下の強さが関係しているのか。もしくは使った回数や時間か。それ以外の何か、もしくは両方という可能性もあるが、それに応じて絆が強化されていくのは確かなようだ。
危険な場所へ派遣する配下には、使いたくなくなる欠点だな。だが、危険な場所の情報こそ、『感覚共有』でより正確に知っておきたい情報でもある。もどかしい。なんて、厄介な欠点だ。
ならば、黒餡が死ぬ前に絆そのものを断ち切ってしまえばよいのではないか。向こうから絆を断ち切る方法があるのは確認済みだ。ならば、こちらから絆を断ち切ることだって出来るはず。
だが、そうなると今度は、黒餡の状況が気になってくる。黒餡との絆を切ってしまえば、その瞬間にDPブーストは解け、黒餡はほぼ確実に死ぬ。だが、それは絶対とまでは言い切れない。もしかしたら、何らかの奇跡が起こって、生き残る可能性はある。ほんの僅かな可能性だが。
そうなったら、黒餡にとって絆を断ち切った私の行動は、明確な裏切り行為だ。たとえ、黒餡がダンジョンコアの機能で、私によって召喚された魔物であっても、私への憎悪が燃え上がることに、何の不思議も無い。そんな黒餡が万が一、生き残ってしまったら?
私は危険な暗殺者に狙われることになるかもしれない。
明らかに考え過ぎだ。そう分かっていても、思いついてしまった以上は無視できない。きっとそれは、黒牙との絆が切れた時のことを思い出してしまったから。これ以上、味方から敵を出したくはない。
加速した思考により凝縮した時間の中で、私は答えを探し続ける。しかし、この思考の迷宮の中で、私の求めた答えらしきものは最後まで発見できなかった。




