139.目撃情報
あらすじ
とりあえず黒牙への対策として、私は配下たちを数体、ダンジョンへ常駐させることにした。それから百日程が経った頃、病魔の森の外に派遣していた配下たちが帰ってくる。
黒影、黒隠、黒闇、黒餡。
『感覚共有』が切れた日からの報告を聞き、私からも新たなスキルで得た情報を伝え、再度、任務へ送り出す。『地脈融和性』と『地脈探査』のスキルは、私により多くの情報を与えてくれる。その力で私は、魔王レティシアのスキルについても調べ、それが黒牙の離反の原因ではないということを知った。
四体の黒たちを病魔の森の外へ送り出した日から五十二日後、病魔の森中に放っていた魔鼠情報網の魔鼠たちから、ある情報が齎された。ちなみに、この情報を直接、私に知らせてくれたのはサンジュウイチと名付けたフォレストラットである。このフォレストラットは、ケーブラットからの転化組で数字からも分かる通り、魔鼠情報網の中ではそれなりの古株だ。
そんなサンジュウイチの運んできた肝心の情報の中身だが、なんと病魔の森の中で人間を見たらしいというものだった。しかも、冒険者たちのように群れている訳ではなく、たった一人で彷徨っている所を見たというのだ。
その報告を聞いた瞬間、私は嫌な予感を抱いてしまった。単身で病魔の森を歩く人間の姿をした何か。
最初に浮かんだのは、魔王レティシアのこと。
次に浮かんだのは以前取り逃がしたAランク冒険者、イグニスのこと。
どちらも私に死の恐怖を抱かせた危険な存在だった。私が森の中を一人で歩く人間という報告に嫌な予感を抱いたとしても、仕方のない事だろう。
ただ、報告をしてくれた魔鼠たちには悪いが、この情報が本当に確かなものなのかは未だ少し怪しい。なにせ、直接それを見たというのは、名も付けていないFランクの魔鼠らしく、残念ながらそこまで知能が高いわけではないからだ。実際、伝えられたイメージはかなり曖昧なものであり、森の中を彷徨う探索者の姿を見間違えていても不思議ではない。エルロンドの探索者たちは亜人系統ばかりであり、元人間の魔王が治めている王国らしく、その見た目も比較的人間と近しかった。まあ、全ては言い訳だな。正直なところを言えば、人間であってほしく無いというのが本音だ。出来る事なら、もう人間たちとは関わりたくないから。
とりあえず、まずはその人間らしき存在を私自身で、確認してみることにしよう。今の私であれば、それが出来るのだから。
そのためにまずは、『感覚共有』を使用した配下に偵察を頼む必要がある。しかし、今の私が『感覚共有』を使用している配下たちの中で、自由に動かせるのはCランクの魔猪ジェットボアの猪丸のみだ。猪丸は移動速度も速いし、そう簡単にはやられない強さも持っているが、如何せん隠密活動には少し向いていない。
ふむ。ならば、ダンジョンへ常駐させているCランクの魔熊ストロングベアの熊吉の枠を、別の配下に割り振ろう。その対象は本来ならアサシンラットが理想的なのだが、さすがに今から新たに召喚するには、少しばかり手持ちのDPが足りない。
そこで一先ずは、この報告を持ってきたフォレストラット、サンジュウイチへ『感覚共有』を使い、人間らしき存在の確認と追跡を任せてみようと思う。手持ちのDPで隠密に長けたランクの低い配下を新たに召喚するという手も一瞬考えたが、それならば森での活動が得意なフォレストラットで、そもそもFランクである為に気配も弱く、且つ名付きで他の魔鼠たちより多少は頭も良いサンジュウイチと結果はそう変わらない。
そう考えた私は、『感覚共有』を使い、サンジュウイチの視覚、聴覚、嗅覚に繋がったことを確認すると、『伝心』で任務を伝え、森へ送り出した。
同族で構成された病魔の森に点在する魔鼠情報網を駆使しながら探せば、人間らしき存在の場所もきっとすぐにわかることだろう。
それにサンジュウイチを送り出すのには、もう一つ利点がある。それは、代わりが多くいるという点だ。不測の事態にあってサンジュウイチがあっさりやられてしまったとしても、その時はまた別の名付きのフォレストラットをダンジョンへ呼び戻して、『感覚共有』を使えばいい。どうせ、魔鼠情報網には名付きのフォレストラットなど、まだたくさんいるのだから。
それから五日が過ぎた頃、サンジュウイチから送られてくる視界の情報に、ようやく人間らしき存在の姿が映った。いや、ようやくという程の時間はかかっていないな。Fランクの魔鼠にしては、かなり早い。途中で危険な魔物とも出会わなかったし、運も味方したのだろう。と、それはともかく。
人間らしき存在は……残念ながら、確かに人間だったようだ。少なくとも、エルロンドの亜人系統の魔物ではない。見た目は、キラキラと輝くような白いローブを身に纏う軽装の女だ。緩やかに波打つ金糸の髪に青い瞳と白く艶やかな肌。
年齢は、確実なことは言えないが、小さ目の背丈と何処か人懐こいような印象から、かなり若そうに思える。少女と呼んでも差し支えないだろう。あまり強そうには見えないが、場所が場所だけにますます怪しい。
何よりもその人間は一人では無かった。いや、人間は一人だ。しかし、その人間の周りには、何故か種族の違う数匹の魔物たちが共にいる。襲われているという訳でもなさそうだ。
本当に人間だろうか? 魔王レティシアも最初は魔力を隠していたため、人間のように感じられた。今の私は魔力を感じ取ることまでは出来ないから、余計にそれを感じてしまう。そう思うと、あれも魔王と同じ類いの魔物という可能性は十分にある。
だが、同時にその姿を見ていたら、『記憶』にある言葉が浮かんできた。これは前生の頃に物語やゲームで知った言葉だ。
テイマー、或いは魔物使い。そうか、確かにそう言う可能性もあるな。魔物を操っているのなら、自分が強い必要は無いのかもしれない。漂う雰囲気から、双方の関係はそれなりに良好なようだ。
しかし、魔王レティシアから人間は基本的に魔物たちを嫌っていると聞いたのだが、ああいう存在もいるのだろうか? いや、嫌っているのは領域教会だけという話だったかな? むう、新たなスキルを得ても未だ、人間側の情報は地脈から得られていないため、その辺りの事はいまいちわからない。やはり、人間側の情報を得る方法は必要だ。以前、手に入れた人間が書いた本の解読に、もう少し力を入れるべきだろうか?
それに、あの人間の目的も気になる。この病魔の森で一人、何をしているのか。もしや、勇王国跡地で探し物をしていた白い騎士たちと関係がある? そう思うと、白という色を基調とした服装も、なんとなく似通っていた。あちらは鎧で、こちらはローブという違いはあるけれど、嫌な予感はますます増えていく。
なんにせよ、暫くは要観察と言った所か。幸いなことに、サンジュウイチが発見された様子はない。気配が弱い上に、得意な森の中という利点がうまく作用しているようだ。これなら隠れることに集中すれば、早々見つかることは無いだろう。
私はサンジュウイチへ、そのまま離れた地点から人間を追跡するよう命令を送っておく。
それにしても、随分と良い時期に現れたものだ。最近はダンジョンへやってくる探索者が急激に減っている。もしかしたら、勇王国廃都に建設された魔王レティシアの砦に、魔物たちが集まっていることと関係があるのかもしれない。
だからこそ、今ならこの病魔の森でエルロンドの探索者とあの人間が出会う確率は非常に少ない。今を狙ってやってきたのか、それともただの偶然か。どちらにせよ、きな臭い事に変わりは無い。暫くはあの人間に注意を払っておくべきだろう。
そうして私は、送られてくる視覚情報から、何かしらの情報が得られないか、そのまま観察を続行する。
それから数日の間、フォレストラットの視界で人間を観察してみたのだが、なかなかに奇妙な光景を目撃することになった。
病魔の森を無造作に散歩していたら、魔物と遭遇するのは当然のことだ。この人間も一日も経たぬ間に、この病魔の森では比較的珍しくもない魔物と出会うことになった。人間が出会ったのはEランクの魔鹿、フォレストディアー。取り立てて強い魔物という訳ではないけれど、弱い魔物という訳でもない。ちなみに、私のダンジョンの近所にも魔鹿の群れが縄張りを作っているが、恐らくその群れとは別の魔鹿だろう。
その証拠として、群れに属さぬはぐれらしきそのフォレストディアーは、非常に好戦的だ。
監視役であるサンジュウイチの視界に入った頃には、既に戦う気満々で人間に向かっていく最中だった。走りながら、凶悪な形状の角を振り回すフォレストディアー。あの角で人間を殴り、突き刺す気だろう。
さて、この状況であの人間はどのように戦うのだろうか? 見た所、武器の類は身に着けていないようだが。まさか、素手で戦う訳でもあるまい。やはり、あの引き連れている魔物たちを戦わせるのか?
すると、フォレストラットの聴覚が人間の声を捉えた。何かを口ずさんでいるようだが、この世界の人間たちが使う言語を知らない私に、その意味はよく分からない。ただ、なんとなく耳障りのいい言葉だ。その清廉な声音と言い、まるで歌を歌っているかのよう。この状況からして、魔術の類いだろうか?
なんてことを考えていたら、フォレストディアーの攻撃が人間の手前で何かに弾かれた。突然の衝撃に衝撃を受けたフォレストディアーは、体勢を崩しかけるが、すぐに立て直すと続けて、再度、攻撃を仕掛ける。だが、フォレストディアーの攻撃は全てが見えない壁によって阻まれていた。
その現象には覚えたある。あれはダンジョンへ攻めてきた人間たちが使っていた力。恐らく『神聖魔法』による敵の攻撃を防ぐ防壁だろう。
人間はさらに何かを口ずさむ。そこで私はフォレストディアーに攻撃を仕掛けるのかと思ったが、それでフォレストディアーが傷を受けた様子はない。
その後、人間は何をするでもなく、ただフォレストディアーが攻撃を続ける様子を静かに観察している。
何やら非常に不気味な光景が繰り広げられているが、一体、どういう状況だ?
そうこうしている間に、段々とフォレストディアーの攻撃が鈍ってくる。まあ、あれだけ全力で攻撃を続けていれば、疲れるだろう。疲れたフォレストディアーは悔しそうに人間を睨み付けると、そのまま人間に背を向けて、立ち去ろうとしたところで、また壁に阻まれた。いつの間にか、フォレストディアーを囲むように透明な壁が出来ていたらしい。
そうして、人間に捕らえられてしまったフォレストディアー。そこで初めて、人間が動いた。
人間はひたすらにフォレストディアーへ向けて、何かを語り掛けている。ただひたすら、延々と。何かしらの魔術の詠唱かとも思ったが、その言葉で何らかの現象が発生している様子はない。どちらかと言えば、身振り手振りも交え、必死で話しかけようとしているように思う。そう、あれはまるで、言葉の違う国の者に対して、必死で対話を試みようとしているかのようだ。
そう言えば、あの人間が引き連れている魔物たちは、病魔の森で一般的によく確認できる魔物たちである。もしや、あの儀式で魔物を仲間に加えようとしているのだろうか?
それにしては、効果が出ているようには見えない。それを受けているフォレストディアーにしても、人間への警戒心を維持しつつ、その不可解な行動に訝しんでいる様子だ。少なくとも言葉が通じている訳では無いだろう。
そうして、意味の分からないその状況は、それから暫くの間、続いた。
長く長く続いたその謎の儀式は、最後に人間が跪くフォレストディアーに触れたことで終了する。
いつの間にか、『神聖魔法』による透明な壁は消えているようだが、フォレストディアーはもう人間に攻撃を仕掛けようとはしていない。
さりとて、逃げるというわけでも無く、歩き出した人間の後を、他の魔物たちと共に追いかけていく。
全く意味が分からない。徹頭徹尾、意味不明。
だが、私にはその姿が何処か、恐ろし気に映った。




