プロローグ.聖女の一人旅
第五章始まります!
前章までのあらすじ
数多の危機を切り抜けた私は、勇王国や魔王が残していった問題への対処を行いつつ、新たに召喚した配下たちの育成を始めた。
育成は順調に進んだが、冒険者が来なくなったことにより、思うようにDPが集まらないという問題が発生。そこで冒険者たちの代わりとして、病魔の森に住まう魔物たちをダンジョンへ呼び込み、複製体の魔物たちと戦わせることでDPを回収することを画策する。
それから一年の時を掛けて、少しずつ呼び寄せ続けた魔物たちは、気付けばダンジョンの周辺に住まう常連の魔物たちとなった。さらにこの一年で『読心』のスキルを極めたことで私は、『感覚共有』という配下たちと視界を繋げるスキルを得る。前々から噂に聞く勇王国の現状をその目で確かめたいと願っていた私は、片腕たる魔鼠フィアーナイトラットの黒牙と視界を繋げると、勇王国王都を探す旅へと送り出した。
紆余曲折有り勇王国王都へとたどり着いた黒牙は廃都となったそこで、何かを探す人間の騎士と、それを排除しようと動く魔王の配下たちの姿を目撃する。
それから暫くして、私はダンジョンに近づく異質な魔物の気配を感じ取った。その魔物たちはダンジョン入り口までやってくると、そのままダンジョン内へ侵入してくる。それは魔王の支配する王国エルロンドの探索者たちだった。探索者たちは長い探索を行う上に、常連魔物たち以上のDPを生み出す。定期的にやってくる探索者たちによって、私はさらに多くのDPを回収することが出来るようになった。
そのDPを使い、私はダンジョンの拡張や、新たな配下の召喚を行い、戦力の増強を行っていく。
全てはこの危険に満ちた世界で、敵に満ちた世界で、私がこれから先も生き続けるために。
「本当にここまででよろしいのですか? 聖女様」
領域教会より博愛の聖女を護衛する任を受けた聖騎士の一人が、不安げな様子で聖女ミーシェに尋ねる。他に同道する聖騎士たちも言葉にこそ出さなかったが、同様の表情を浮かべていた。
「はい! 私の事なら大丈夫です。あの森の噂が本当なら、むしろここから先は皆さまの方が危険でしょう。私には聖女神リクシル様の守護がありますから。ここまでの道中、皆様のおかげで一つの不安も無く旅することが出来ました。ありがとうございます。聖騎士様方、どうか帰路もお気をつけて」
それに対してミーシェは、満面の笑顔でそう応える。聖女にそこまで言われては、聖騎士たちはこれ以上、無理についていくことは出来ない。
「有難きお言葉。しかし、我々の任務はあくまで聖女様の護衛です。せめて貴方様が無事にあの呪われた森で神命を完了し、この場所に戻ってくるまで、我々はここで待機させて頂きましょう。任務中、もし何かお困りのことがございましたら、どうかまた我々を御便り下さい。この命に変えましても、貴方様の助けとなりましょう」
それを聞くと、始めてミーシェはその表情に心配を滲ませた。
「それは大変有難い事ですが、私は心配です。森から離れているとはいえ、ここも決して安全とは言えないのでしょう? この地は今、魔王の軍勢に攻め込まれている最中だと聞きましたが」
「おお、自ら危険な地へ赴かれようと言う時に、残る我らの心配までして頂けるとは。さすがは博愛の聖女様。ですが、ご安心ください。ここから彼奴等が根城としている勇王国王都はまだかなり距離がございます。それに我々は聖騎士の精鋭ですから、たとえ魔王の軍勢が襲い掛かってこようとも、全て打ち払って御覧に入れましょう」
「まあ、それは頼もしい。ですが、万が一ということもあります。どうか、ご無理だけはなさらぬように」
「心得ておきましょう」
心配するミーシェに対して、聖騎士たちは自信に満ちた表情で頷いている。ミーシェはそんな聖騎士たちの様子に多少の不安を感じつつも、無理に笑顔を作ると彼らへ頭を下げた。
「では、行ってまいります」
そうしてミーシェは、未だ視界に映らぬ程の遠方にある病魔の森へ向けて、一人進み始めた。
「ここが、病魔の森……」
そう呟いたミーシェの眼前には今、鬱蒼と茂る緑に包まれた森が存在していた。森ならばこれまで幾つか見てきたミーシェではあったが、そこは記憶にあるどんな森よりも深く、巨大で、薄暗い。その不気味さは元来、周囲から楽天的と言われるミーシェをして、さすがに二の足を踏む程の存在感を放っていた。
しかし、永遠にそこで立ち止まっている訳にも行かない。偉大なる聖女神から授かった使命の為。そして何よりも、ミーシェの夢の為に。この機会を逃す手はない。
そうして秘めた想いを胸に、ミーシェは意を決すると、病魔の森へと足を踏み入れていった。
『生活魔法』による仄かな光を灯し、茂みをかき分けながらミーシェは森の奥へと進んでいく。今のところ、森におかしな点は見つからない。
一応、少し前に何者かの支配領域に踏み込んだ感触はあったのだが、恐らく付近を支配する魔王が生み出したものだろうと考え、ミーシェは納得していた。実際、この近くの国は、つい先日魔王に落とされたばかりだという話なのだ。この森がその魔王の支配領域となっていたとしても、おかしくはない。
そんなことよりも、悪名高き呪われた地と言われる病魔の森に足を踏み入れてから、多少の時間が経ったはずなのに、今のところ自身の身体に異変は現れていないことのほうが、ミーシェには気になっていた。
しかし、ミーシェも何処から森の呪いが始まるのか、詳しく知っている訳ではない。それにいざとなれば、きっとまたミーシェの身体は力によって守られる。
そんなわけで、特に何かを気にすること無く、ミーシェは森の中を進み続けた。
すると、程なくしてミーシェの前に、ある魔物が現れる。現れたのは、Eランクの魔狼フォレストウルフ。この病魔の森の中では、取り立てて強くも弱くもないランクの魔物だ。しかもその数はたった一匹。
しかし、全体的に弱い魔物しかいない人間の領域の最深部からやってきたミーシェからすると、そこそこ強い部類の魔物になる。少なくとも何の力も持たない一般人が出会ってしまえば、成す術も無くあっさりと殺されてしまうことだろう。
しかし、襲い掛かってきたフォレストウルフの攻撃がミーシェに届くことは無かった。フォレストウルフの爪は、ミーシェの手前で透明な壁に遮られてしまったのだ。
透明な壁の正体はミーシェが『神聖魔法』で生み出した強力な障壁だった。この障壁の強度は他の魔法と違い、使い手の信仰心に依存するところが大きい。聖女たるミーシェの『信仰』のスキルレベルは十。故にその障壁はフォレストウルフが、どれだけ攻撃を加えても決して壊れることは無い。
それでも、フォレストウルフは攻撃を止めようとはしなかった。そこには、まだ自分が傷を受けていないという理由もあったが、何よりもミーシェが弱そうに感じられたというのが大きい。だからこそ、自身の攻撃を完璧に阻まれていても、フォレストウルフにとってそれはまだ狩りの範疇であった。
一方でミーシェはというと、最初はその迫力に少し怖気づいていたけれど、その攻撃が自分に一切通用しないということを理解してからは、その姿を障壁の内からじっと観察し続けている。
実は聖女の使う『神聖魔法』には、魔物を攻撃する術も存在していた。しかし、ミーシェはそれがあまり得意では無かったし、何よりもそれをこの魔物に使うことをミーシェ自身が望んでいなかったのだ。なにせ、聖女の目的は魔物と友達になる事なのだから。
「えーと、わんちゃん? 私とお友達になりましょう」
ミーシェは障壁へ攻撃を続けるフォレストウルフに対して、そう語り掛けた。勿論のこと、魔狼であるフォレストウルフに大して、そんな聖女の言葉が通じるはずもない。それ故、何事も無かったかのようにフォレストウルフは障壁への攻撃を続けた。
しかし、それからもミーシェは幾度も様々な方法で、フォレストウルフに自分が敵では無いと訴え続けたのだ。きっといつかは通じるはずだと、信じて。
その膠着状態は暫く続き、第三の勢力の介入によって中断されることになった。
森の奥からやってきた第三勢力は、フォレストウルフと同じくEランクの魔物である魔熊フォレストベアだ。フォレストベアはミーシェとそれに襲い掛かるフォレストウルフを一瞥すると、まずはより強そうなフォレストウルフへと狙いを定め、襲い掛かった。
その巨体に見合わぬ俊敏さで襲い掛かるフォレストベアは、フォレストウルフへ強烈な一撃を加えた。
吹き飛ぶフォレストウルフに対して、さらに追いすがるフォレストベア。ふらふらと立ち上がるフォレストウルフに、フォレストベアはトドメの一撃を加えようとし。
「ダ、ダメ―――っ!!」
そう叫んだミーシェの『神聖魔法』により、フォレストウルフとフォレストベアの双間を囲うように障壁が張られ、それによってフォレストベアの攻撃はフォレストウルフへ届く前に遮られた。
フォレストベアは大いに暴れたが、一切の攻撃はミーシェの張った障壁に阻まれ、ついには周囲を障壁によって囲まれ、その場から満足に動くことすら叶わなくなってしまう。一方でフォレストウルフはというと、障壁の硬さは既に承知していた上に、フォレストベアから受けた傷が深かったこともあり、その場へ静かに座り込んでしまった。
ミーシェはそれを確かめると、フォレストウルフへと近づいていく。そして、その身体に手を翳すと『神聖魔法』でその傷を癒す。すると、重症だったフォレストウルフの傷は、僅かな時間で消え失せ、万全の状態に戻った。
そんな突然の行動とそれによって齎された変化に唖然とする二匹へ向き直ると、ミーシェは腰に手を当てて、なんと説教を始めたのだ。
傍から見ればその姿は、さながら喧嘩をしていた子供たちを仲裁しているかのようだった。少なくとも自身の身長の倍はある危険な魔物たちを相手にしているようには見えない。それは、人間の言葉を理解できない魔物たちにとっても同じ。
二匹の魔物はミーシェに対して、言い知れぬ恐怖を覚えた。
その行動は不可解だし、異質な力を持っているのは分かる。それでも、未だ二匹はミーシェから脅威のようなものは感じないのだ。魔物としての本能が、目の前に存在する生物を弱者だと断じている。しかし、現在、そんなミーシェにより二匹は全ての行動を封じられていた。脅威を一切感じないのに、明らかに自らの命を握られている。
その事実が二匹の心へ深い恐怖を植え付けたのだ。
しかし、一方でミーシェはというと、そんな二匹の様子の変化に気づかず、伝わるはずもない言葉で滾々と説教を続けていた。
どれだけ攻撃を加えても全く動じぬ強さを宿し、自分の受けた傷を癒してくれる懐の深さを併せ持つ。二匹が何処にも属さぬ野生の魔物だったという事実も合わさり、二匹がミーシェに対して恭順を示したのは、それから暫くしてのことだった。
「あなたはプレーフね。私が昔、飼っていた犬の名前よ。犬、分かる? 魔物じゃない、人間に使える動物っていう特別な種族なの。それからあなたはヴォーシェね、大きくて強い英雄の名前よっ!」
二匹が己へ跪くようにその場で座り込んだのを確認すると、ミーシェはフォレストウルフとフォレストベアに名前を与えた。その瞬間、ミーシェと二匹の間に、ある繋がりが生まれる。それはスピリットラインと呼ばれる特別な繋がりであり、何処かのダンジョンコアが、絆と呼ぶ繋がりだった。
だが、ミーシェはまだ、それに気が付かない
「あ、ぃ――っ」
その代わりに、ミーシェは激しい頭痛を感じた。立っている事すらままならず、ミーシェはその場に座り込んでしまう。気が付けば、説かれた障壁から解放された二匹が、ミーシェの側へ寄り添うように佇んでいた。
プレーフが心配そうにミーシェの頬を舐め、ヴォーシェはそっとミーシェの側に立つ。そんな二匹の温かさに触れていると、次第にミーシェの頭を蝕む謎の痛みは消えていくかのようだった。
「プレーフ、ヴォーシェ、ありがとう。私はもう大丈夫だよ」
暫くして謎の痛みが完全に消え去ると、ミーシェは立ち上がり、二匹に向かって身振り手振りも交え、お礼を告げる。ミーシェはその行動から、二匹が自身の友達になってくれたのだと理解したのだ。
それは、病魔の森にて聖女ミーシェを主とした小さな群れが誕生した瞬間であった
その後、ミーシェは二匹を従え、やはり自分の考えは間違っていなかったのだと確信を深め、さらなる友達を作るべく、病魔の森の奥深くへと進んでいく。
自身の思い通りに進む状況に、半ば当初の目的を忘れながら。




