124.『感覚共有』の成長
あらすじ
探索者たちと守護者たちの戦力は拮抗していた。故に戦いは複雑さを増していき、私はそれを克明に『記憶』していく。この戦いを私の乏しい戦闘に関する知識の糧とするために。
そんな戦いの勝敗を決したのは、守護者ゴブリンリーダーの卓越した戦力の分配能力だった。重傷を負った探索者たちは、守護者たちの圧に負け、撤退を選ぶ。そうして敗走した探索者たちは、そのままダンジョンから脱出していった。
それは、ふとした思いつきだった。
病魔の森の外に旅立った黒牙と『感覚共有』のスキルでずっと繋がっていたことにより、私の『感覚共有』のスキルレベルは順調に伸びていっている。現在、『感覚共有』のスキルレベルは、三。あれからずっとスキルを使用し続けていることを考えれば、他のスキルよりもスキルレベルの伸びは遅いように思えるが、スキルレベルの最初の壁にはもう辿り着いている。さすがにそろそろスキルの使い勝手に変化があってもいいように思う。しかし、今のところ定期的に覗いている黒牙との感覚の繋がりに変化のようなものは無い。
今までスキルレベルの上昇は、そのスキルの成長を意味していた。スキルレベルが上がるごとにそのスキルによる恩恵が高まっていくのを感じていたし、その都度、出来ることも増えていた。ならば、きっと『感覚共有』も、スキルレベルが上がったことで成長しているはず。なのに、どうして黒牙との繋がりに変化を感じられないのだろう?
そこまで考えた所で、はたと気が付いた。もしかして、私が気づいていないだけで、『感覚共有』は成長しているのかも知れない、と。
そう。例えば、今までは同時に一体の配下とまでしか繋がれなかったけれど、実はすでにもっと多くの配下たちと同時に繋がれるようになっていたり、とか。
そこに思い至った所で早速、私は配下たちを呼び寄せ、『感覚共有』を試してみた。その結果は、正解。いや、正解以上の結果となった。
最初に『感覚共有』を試したのは、命令で呼び戻した猪丸に対してだ。すると、副思考で確認している黒牙との繋がりを残したまま、あっさりと猪丸の感覚に繋がるのを感じた。しかも、猪丸と繋がる絆から送られてきた感覚は、猪丸の視覚だけではない。猪丸の嗅覚と触覚による情報もまた、同時に送られてきた。
大分、ご無沙汰していた感覚だ。それだけでもかなり衝撃的だったのだが、猪丸から送られてくる感覚の中でも、特に嗅覚による情報は最も強烈だった。『暗視』を持つ黒牙の視界で、繋がった相手の持つスキルの効果が『感覚共有』に乗るということは理解していたのだが、突然のことでちょっと油断してしまっていたようである。さすがは『嗅覚』というスキルを持つ猪丸の嗅覚だ。
それにしても、きつい。絆を通して送られてくる情報量の多さに、一瞬、圧倒されかけた私だったが、即座に幾つかの副思考へ感覚から受け取る情報の処理を任せることで、何とか平静を保つことに成功した。
『嗅覚』のスキルによる上乗せを抜きにしても、視覚、嗅覚、触覚という三つの感覚器官から送られてくる情報量たるや、相当なものだ。大よそ、十八年ぶりくらいか。よくもまあ、人間だった頃の私は、こんな膨大な量の情報を前にして、常に冷静であれたものだ。ちょっとだけ、尊敬してしまう。自分の事なのにな。
しかし、何とかなったはいいが、このままだと副思考の大部分を『感覚共有』で送られてくる情報の処理に使い続けなければならない。何とか受け取る情報を弱めることは出来ないだろうか? もしくは、情報を受け取らないという選択は?
このままでは『感覚共有』を使うたびに、副思考で同時並行的に行っていた幾つもの作業に支障が出てしまう。早めに対処法を探さなければ。
それから色々と試してみた所、どうやら情報量の細かな調節というのは出来ないようだが、絆を通して感覚を繋げる際に、受け取る感覚を選ぶことは出来るということが分かった。そして、一度感覚を繋げてしまうと、以降は繋がりを切り、もう一度繋げ直すまで、その辺りの調節は出来ない、と。なるほど。絆を通して感覚の繋がりを構築するところが、この『感覚共有』というスキルの要点らしい。
そこからさらに、幾つまで同時に感覚の繋がりを作れるか試してみると、現状では最大で三つまで繋がりを作れるということも分かった。
そこで、遠方にいて感覚を繋げ直すことが出来ない黒牙との繋がりはそのままにするとして、残る二つの枠で猪丸と熊吉に繋がりを作っておく。そして、繋げる感覚の設定だが、とりあえず、視覚だけにしておこう。まだまだ、他の感覚を受け取るには私自身に準備が必要だし、視覚だけでも十分に役割は果たせている。それ以外の感覚に関しては、少しずつ慣らしていくことにしよう。
さて、『感覚共有』の新たな扱いに関してはこれで良しとする。
続いては、そろそろ新たに加わった複製体の調子を確認してみよう。
新たにダンジョンの第一階層へ追加した複製体は、レッサーゴブリン、ゴブリンランナー、ゴブリンハイダーの三種。
幸か不幸か、まだあれからコボルトの探索者たちは、ダンジョンを訪れてはいない。その為、確認できたのは病魔の森の常連たちがそれぞれの複製体たちと相対した時の感触だけだ。しかし、それでも有意義なデータは取れたように思う。
まずは、レッサーゴブリンについて。
このゴブリンは、魔物図鑑の説明文にもあったように通常のゴブリンよりも弱いゴブリンの劣等種だ。今のところ、病魔の森の中でレッサーゴブリンを確認したという報告を聞いたことは無いが、魔物図鑑に記されているということは、病魔の森の何処かにはいるのだろう。
その弱さは、確かに知っていた。知っていたのだが、複製体となったことで劣化が入り、さらに極まっている。なにせ、Gランクのベビーゴブリンとすらいい勝負をするほどだ。さながらそれは、動く案山子。ちょっと、信じがたい弱さだ。
魔物図鑑からの複製召喚というのも、弱い理由の一つだろう。育てた魔物を記録すれば、もう少し強くはなるかもしれない。しかし、これを育てることは出来るのだろうか? スキルは成長させられるだろうが、レベルの方はどんな魔物が相手でも全く倒せる気がしない。
案の定、ダンジョンにやってくる魔物で、このレッサーゴブリンの複製体に苦戦する魔物は今のところいない。ダンジョンに慣れてきた魔物はもちろんのこと、戦いを知らないFランクのゴブリンだって、この複製体が相手なら、容易に勝つことが出来るだろう。これは逆にすごい事なのではないか。だってそれは、私のダンジョンにやってくる魔物たちの強さの幅が広がることを意味しているのだから。
そういう意味では、思った以上に役立っていると言えるだろう。
続いては、ゴブリンランナーについて。
ゴブリンランナーたちはその足の速さを駆使して、侵入者たちの誘導役を担っている。侵入者たちにわざと姿を見せ、追いかけさせることで道に迷わせたり、罠が多い通路へ誘い込んだり、他の複製体の集まる場所まで導いたり。どうやらこういった行動は、逃げるという範疇に含まれるらしい。時には罠も駆使して、ダンジョン内を走り続けている。
ただ、やっぱりいくら足が速いと言われていても、そこはFランクの魔物。しかも、複製体として、通常のゴブリンランナーよりも劣化した状態だ。ランクが上の魔物や、素早い魔物が相手では、どうしても逃げ切れずに捕まってしまう事が多い。それでも、成功する可能性があるというだけで十分に有用だ。
現状で逃走の成功率は大体、三割から四割くらいだろうか。魔物図鑑から複製召喚した複製体だということを考慮すれば、上出来な部類だろう。
最後は、ゴブリンハイダーについて。
ゴブリンハイダーはダンジョンの各所にある暗闇へ配置して、そこから近くを通る侵入者に奇襲させている。その際、素の攻撃力の無さを補う為、ダンジョン内に住まうゴブリンたちが木材を加工して作り出した棍棒を持たせた。
そこをわざわざ手作り品で補ったのには、理由がある。実は守護者の機能にはあった武具を携えた蘇生機能が、複製体には実装されていないようなのだ。その為、複製体が倒されると持っていた武具は、消えることなくその場に落ちてしまう。つまり、複製体を倒した相手に持ち去られてしまう可能性があるのだ。それに武器系のスキルを持たない複製体たちに、真っ当な武器を持たせたところで、どうせうまく扱うことは出来ない。それならば、ゴブリンたち手製の棍棒を使った方が安上がりで良いだろう。
この棍棒は作り手のゴブリンたちが趣味で作った一品な為、そこまで良質な品ではない。しかし、数だけは大量にあるし、粗末な武器であっても、あると無いでは大分違う。複製体に持たせる使い捨ての武器としては十分だ。
と、思っていたのだが、実際に使ってみると、大抵の場合は複製体が倒された後の棍棒が拾われることなくその場に放置されることになった。その為、回収した武器は復活した複製体の武器として再利用されている。
そもそも、魔獣系統の多い病魔の森の常連たちが、落ちた武器を拾う筈も無かったのだ。今のままであれば、宝図鑑から召喚した武器を装備させていても、また回収できるかもしれない。しかし、またエルロンドから探索者たちがやってきたら、回収されてしまう可能性はある。とりあえず、武器に関しては当分の間、このままで様子を見ることにしよう。
さて、このゴブリンハイダーだが、魔物図鑑からそのまま複製している関係上、覚えているスキルは種族としての最低限。そのスキルレベルも全てが一の状態だ。当然、ゴブリンハイダーの代名詞であろうスキル『隠伏』もその効果はスキルレベルにふさわしい効果しか発揮されないはず。そんな複製体のステータスを確認した直後は、私もそのように考えていたのだが、これが何故だか侵入者たちに見つかりにくい。探知系のスキルを持っている魔物であっても、隠れているゴブリハイダーに気づけなかったりするのだ。一体これは何故なのか。気になって、配下たちに話を聞いたり、自身の知覚で確かめたりしてみた結果、私はある結論に辿り着いた。
恐らくだが、原因はゴブリンハイダーが弱すぎるが故の現象と思われる。元来、弱い魔物は気配も魔力も分かりにくい。そんな魔物がスキルレベル一とはいえ、『隠伏』のスキルを使うのだ。しかも、場所はダンジョンという特殊な環境。そこへ、さらにゴブリンハイダーという種族の隠れることが得意という特性が重なって、非常に見つかりにくくなっているのではないか。
まあなんにせよ、想定外の事ではあるが、嬉しい結果だ。
概ね、このような感じで全ての複製体がそれぞれの役割を担うことで、今のところ、ダンジョンはうまく回っている。心なしか、最近では常連たちがダンジョンに滞在する時間も伸びているようだ。
そう言えば、その関係でつい先日、ついにダンジョン内で別種の魔物同士が遭遇する事態を確認した。出会ったのは、数匹のゴブリンたちとEランクのフォレストディアー。
ちなみにこのフォレストディアーは魔鹿系統の魔物だが、ダンジョン裏手に縄張りを敷く魔鹿たちの群れとは無関係な野良魔物だ。そのせいか、魔鹿の群れに属する魔鹿たちと比べると、幾分か好戦的なように感じる。
両者が視線を合わせた瞬間、私はその場に緊張が走ったのを感じた。気配が僅かに強まり、互いへの敵意がぶつかり合う。それは恐らく、張りつめた空気というやつだ。
しかし、最終的に危険なことにはならなかった。どちらとも相手と距離を取りながら、別々の通路へと進んでいったのだ。
どうも、野生の世界にはダンジョン内では基本的に争わないという暗黙の了解的なものがあるらしい。
ほっとしたような、残念なような。
ちょっと複雑な気分だ。




