知らなかった名前
少しだけ前のことである。
上の子たち、と言っても一番上のティッタは除いて、その次の一緒の時期に生まれた子たちのことだけど、その子たちも大きくなって、学校に通う歳となった。
元々のラミアは、母親が授乳期をやっと過ぎるくらいで死んでしまっていたこともあって、幼い頃から同時期に生まれた子たちで集団になって、日々の生活をする習慣があった。 まあ、メリーと同世代の子たちまでだ。
ティッタたちが大きくなり、学校に通う年齢になった時に、少し問題になって、学校に通う歳になったら、同年の子で集まって暮らすということになった。
この時点では、子どもたちは全員ラミアだから、洞窟の方の部屋を割り当てるだけで、然程問題にはならない。 そもそも全員が一緒に育てられたようなものだから、寝に戻るのが、各自の家ではなくて、みんな一緒の洞窟の部屋になっただけのことだからだ。
翌年の今ちょっと話題にしようとしていた上の子になって、少し事情が複雑化した。 対象の子どもたちの人数がドッと増えただけでなくて、ラミアだけじゃなくて、人間とハーピーの子も含まれることになったからである。
僕はラミアだけでなくなると、女の子だけじゃなくて男の子もいるしな、と思ったのだけど、そこは全く考慮されなかった。
問題になったのは、人間はともかく、ハーピーの子たちには、洞窟の方の部屋の生活は、それを日常とするには暗過ぎて不便だからである。 天気の良い昼間なら、ハーピーでも洞窟の中で困ることはないけど、日が陰っていたり、夜になると簡単な灯り程度ではハーピーには生活が難しいのだ。
これはもう種族的な問題なので、努力でどうにかなる話でもないので、エレクとシルクは、人間とハーピー用に寄宿舎を別に建てることにした。 今後、他地域からも学校に生徒を受け入れる計画もあって、寄宿舎は必要だからでもある。
ま、これらのことは背景ではあるが、余談でもある。
今の主眼は、つまり上の子が学校に入学する年齢になって、別の場所で暮らすことになったので、ラミアの里の方の家で暮らす子どもの数が減ったということだ。
もう一つ、これはどうしようかと解決策を考えていた問題があった。 何かというと、ワーリアの子たちをラミアの里のどこで暮らさせようかという問題だ。
今まで、僕らラミアの騎士と呼ばれた男たちの子どもたちは、皆それぞれにラミアの里以外が主な生活の場所になっていても、ラミアの里に家があるし、最近はラーリアはみんなラミアの里に戻っているので、ラミアの里に連れて来ての生活にも全く困ることはなかったのだ。
ここに来て、ワーリアのたちの子どもたちだけ、ラミアの里で暮らす経験をさせないことが問題になってきたのだ。
ラミウィン領の私邸の方の庭では、うちの子たちだけじゃなくて、バンジのところの子たちも一緒に遊んでいるのに、ワーリアの、もう少しするとエーデルの子も含めてクラウスの子たちだけ、ラミアの里での暮らしをさせないのは問題がある。 うちの子もバンジの子も、代わる代わる半分はラミアの里に居るという状況だからね。
ワーリアたちは、ラミアの里に自分たちの家という物を持っていなかったから、それを建てるという案もあったのだが、それも問題がある。 イクス様やラーリア様たちのように、ラミアの里を主な生活の場としている母親がいないのだ。 正直に言って、今のラミウィン領では、ワーリアの1人がラミアの里で暮らすということになるのは困ってしまうのだ。
それでどうしようかと考えあぐねていたのだけど、メリーの一言で決まってしまった。
「えっ、エーデルお姉の子達なのだから、ウォルフたちの代わりにここに来てたら良いじゃん。 ワーリア姉たちだって、ナーリア姉の姉妹なんだから、何も問題ないじゃん」
それはイクス様に、僕らのだけじゃなくて、クラウスの子たちの面倒も見てもらうという事で、僕らも良いのだろうかと思ったのだが、クラウスやワーリアたちはもっと遠慮した。
だが、快諾だった。
「何も私だけで子どもたちの世話をする訳じゃないから。
もちろんメリーもいるし、メリーの代の子たちは子どもの世話に慣れているし協力的だから。 それに今のラミアの里にはいつでもラーリアたちはいるし、奥方様、ばあやさん、キースのお母さんもいる。 それにミナさんも来てくれるし。
何も問題ないわ」
で、まあ、簡単に、クラウスの子たちも半分は交代でラミアの里の僕の家で暮らすことに決まったのだ。
とはいえ、特にクラウスは、イクス様に正式に「よろしくお願いします」の挨拶をすることになった。
なんか良く分からないのだけど、それが大ごとになって、クラウスたちは一家全員で挨拶に来ることになって、何故か分からないけど、僕はその付き添いなのである。 ナーリアたちは誰も来ない。 言い出しっぺのメリーの姉のアンくらいは一緒してくれるかと思ったら、
「私は今忙しいし、イクス様はともかくメリーと話さなければならないこともないから」
と、簡単に袖にされてしまった。
クラウスは緊張した顔で、イクス様に挨拶していたが、ワーリアたちはまだ良い、普通の対応だ。 しかし、エーデルときたら、来た途端にメリーとおしゃべりの花を咲かせている。 兄としては、もう母親にもなったのだから、もう少ししっかりした態度をしてほしいと思うのだ。
この場には、イクス様だけでなく、奥方様や、ミナモハさんも来ているのだ。
そんな感じで僕は少し苦虫を噛み潰した顔をしたのだけど、当の2人は全く気が付かない。
気がついたのはワーリルだった。
「アレク、苦い顔しているけど、妹2人の仲が良いのだから、別に良いじゃない」
ん、まあな。 もう、どういう顔をして良いのか。
「いや、でも本当だよ。 エーデルとメリーは本当に仲が良いよね。 ま、昔からだけど。
エーデルはさぁ、セカンとディフィーとも凄く仲が良いよね。 時々私、エーデルに尻尾がないのが不思議に見えるもの」
「えー、ワリファ姉、それ、どういう意味よ?」
「いや、エーデルは人間であることを忘れちゃって、私たちの姉妹に感じちゃているんだよね。 特にセカンやディフィーといるとそんな感じに見えちゃう。 私たちの下の妹、っていうような感じ。
それで、尻尾がないんで、『あ、アレクの妹』だった、って思い出す、そんな感じ」
「全く、何よそれ」 と、ワーリオ。
「えっ、分かる気するよ」 とワーリル。
「ワーリドは、どっち派?」
「私はワーリオと同じかな。 エーデルはアレクの妹と思っちゃているから」
「うん、私もそっちね。 ワリファとワーリルは、セカンとディフィーの実の姉妹だから、2人と同じ気持ちになっちゃうからじゃない」
ワーリアの分析だ。
「ちょっとエーデルお姉が羨ましいかも。 私は?」
「メリーは、メリーね。 アンの妹というのが、頭にこびりついているし」
「ええ、なんなのそれ」
「だってねぇ、みんなもでしょ」
「ああ、やっぱり、私たちにとっては初めての人間の女の友達だから、もうその印象が強過ぎるから」
メリーはちょっと納得いかないという顔をした。 ま、確かにメリーとエーデルでは立場的にはそう違わない、いやそんなことはないな。
「ところで、今、ちょっと思ったのですが、ミナモハ様のことはなんて呼べば良いでしょうか。
私たち、ストラト様は、なんていうか最初のイメージが強くて、子どもたちには『モエじい』なんですけど」
「えっ、私? 構わないわよ、アレクの子どもたちと一緒で。 『ミナばあ』でも『ミナおばあちゃん』でもなんでも」
「いえ、イクス様は子どもたちはイクス母様ですから、ミナモハ様はイクス様と年齢はそんなに変わらないと思うので」
「私だって、最初は夫と同じでモエばあだったんだから、良いのよ。
それに『おばあちゃん』の座は、亡くなった姉と争って死守した座なんだから」
ミナモハさんは、懐かしそうにそう言った。
「そんなこともありましたね。
思い出すと、最初はミナモハシュウメという名前を隠されていたんですよね」
「アレクくん、それはもういいのよ」
ミナモハさんに僕は凄まれて、みんなの笑いになった。
僕は名前が話題になって、ふとあることを思い出した。
「そう言えば、僕はストーム師匠やカーライルさんの名前を知らないな。 どっちも家名だよね」
「えっ、お兄はお義父さんの名前を今まで知らなかったの?」
「アレク様は父の名を、ご存じなかったのですか。 父の名は」
「クラウス!!」
エーデルが僕のことを呆れたという声で驚いて、クラウスが考えたこともなかったという調子で教えてくれようとした時、それまでニコニコしてみんなの話を聞いていた奥方様が、とても鋭い声音でクラウスの名を呼び、言葉を遮った。
「クラウス、あなたの父のストームは、今は誰にも名前を呼ばれたくないのよ。 だから、アレクに名前を教えなくて良いわ」
クラウスも奥方様に厳しく遮られるなんて思ってもいなくて、すごく驚いていたが、僕も驚いた。 他の人も驚いたようで、場が静まってしまった。
奥方様は、ちょっと気まずそうに、もう少し言葉を続けた。
「私は勿論ストームの名前を知っていて、昔は名前で呼んでいたけど、今はストームとしか呼ばないわ。 それはカーライルも同じこと。
ええとね、私の亡くなった夫と2人は領主と重臣の間柄だけど、親友でもあったのは知っているわね。 それだからプライベートでは名前呼びだったのよ。 もっとも夫は、これはもう亡くなっているから構わないでしょうからはっきり言うと、ロンダイルという長ったらしい名前だったからロンだったわ。 まあ、そんな愛称で呼ばれるほど、3人は仲が良かったのよ。
それが夫があんなことになって、2人は自分のことを責めたのは良く知っているでしょ。 そしてあの時から、2人は名前で呼ばれるのが辛くなってしまったのよ。 名前で呼ばれると、亡き親友を思い出してしまうのね。
それだから、私でも2人を名前では今は呼べない、いえ、私が呼んでも2人はそのまま受け止めると思うけど、私も名前を口にしようとは思えないの。
だから2人の名前は、なるべく知らさなくて良いと思うのよ」
「はい、奥方様、わかりました。
私は父が自分の名前に、そんな思いを抱えていたなんて、全く知りませんでした。 考えたこともありませんでした。 教えていただき、ありがとうございました。
私はアレク様に生涯の忠誠を捧げたいと思っていますが、父にとってはそれが亡き領主様であり、その上親友でもあった訳です。 私はアレク様の親友にはなれませんが、もし父と同じような立場になれば、そんな風に感じるかもしれないとは、心から思います。
ですから、これはらはもっと気をつけて、なるべく父の名は伏せておこうと思います」
「まあ、それほど大した事ではないのですけどね。 あの2人が良い歳をしているのに、ずっとイジイジと引き摺っているだけなのですけど」
奥方様は、座の雰囲気が重くなり過ぎたと感じたのか、少し茶化したけど、とてもストーム師匠とカーライルさんの気持ちを大事にしているのだろうと感じた。
それにしてもクラウス、「生涯の忠誠」って、何を言い出すんだ。 重過ぎるだろ。 それにクラウスはストーム師匠の息子だし、本来は僕なんかより上の立場だろう。 それに今はラミウィン家の家臣みたいな立場になっているけど、お前はあくまで妹の夫で、ワーリアたちと共に家族だよ。 認識が間違っているぞ。
でも、やっぱり、なんか嬉しい。




