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ラミアの独り言 ---「気がついたらラミアに」サイド・ストーリー ---  作者: 並矢 美樹


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デイヴと飲む酒

 王太子殿下を迎えて、今後の基本方針を確認した会議の後、すぐにキースたちの棺を載せた馬車が到着した。

 会議がすぐに散会になったのは、その時間が近くなっていたからもあったのだろう。 僕はその事に、後で気がついた。


 僕らは全員でキースたちを迎え、すぐに送り出した。


 今、このラミウィン領邸は貴族派に対する本陣のようなことになっていて、キースたちを静かに迎えてあげられるような環境にはないし、その余裕もない。

 キースたちは、このままラミアの里へと送られて行くのだ。


 ラミアの里から、キースの残りの妻たちのアーリンさん、アーレンさん、ロンさん、そして人間の妻のマリがキースを迎えに、このラミウィン領まで急遽来ていた。 ラーリン様は、ウスベニメが入院しているし、母たちが全員いなくなっては、たとえ祖母であるキースのお母さんなど身近な人たちが沢山いても、子供たちは心細く感じるだろうからと、ラミアの里に残ったそうだ。

 彼女たちに対して、ミーリア様でさえ、何て言葉を掛ければ良いかわからずに困っていたらしい。 マリは、デイヴの妻になったエリと同時に、最初に僕の友の妻としてやって来たこともあり、アンと仲が良かった。 アンも何も言葉が出ないで、顔を見合わせて2人とも涙が溢れただけだったらしい。

 彼女たちは慌ただしく、ほんの短い時間をここで過ごしただけで、キースたちの棺と共にラミアの里に戻って行った。


 さすがに今日は、もう難しい話をしたりの予定はない。

 僕だけでなく、デイヴも、クラウスも、そして誰よりも王太子殿下の疲労が考慮されたからだろう。


 それでも晩餐の席は用意され、王太子殿下はその席で積極的にヴェスター家の者たちと会話し、親睦に努めているようだ。

 新春の儀や、名目上は夫人や母親の王妃様の茶会で、多くのヴェスター家の者とあってはいるが、それでも親しく会話したことのある者なんて限られているからだろう。


 僕は今の立場としては、王太子殿下は側近を連れて来れなかったから、臨時で王太子殿下の側付き、補佐官のようなことをしなければならなくなっている。 臨時ではあるけど、王太子殿下からは、摂政補佐官なんて地位を与えられてしまってもいる。

 だから本当なら、今のこの時間も、王太子殿下の側に控えていなければならないのだけど、もうどうしようもなく自分の時間が欲しくなって、王太子殿下の許可を得て、晩餐の席を離れ、普段公務の時に使っている自分の部屋へと避難した。


 1人でもう暗くなった部屋の中で、少しだけ座り心地が良くなるように手を加えた、いつもの椅子に腰を下ろし、僕はボーッとしている。

 自分の時間がほしいとか、1人の時間が欲しいとか口にしてはみたけど、実際は何を考えることもできずに、ただ暗くなった部屋の中を眺めているだけだ。 なんだか悲しみさえ、まともに感じていない。

 もちろんその時その時に激しく感じる悲しさ、心の痛みは確かにあって、それはとても大きい。 だけど、それは持続しないで、ふと気づくと、心が空虚なだけでなく、心も頭も動いていないのだ。 なんて言うか、心が、心も頭も動かすことを拒否して、停めてしまっているような気分だ。


 「よう、いいか?」


 入り口の扉をノックもせずに開けて、返事も聞かずデイヴが入って来た。


 「晩餐の席からくすねて来たんだ」


 デイヴは器用にも、手にグラス二つと酒瓶、それにツマミらしきものを抱えていた。

 そのツマミを机の上に置き、グラスに酒を注ぐと、一方を僕に無言で渡してきた。 僕も無言でそのグラスを受け取った。

 デイヴは酒の入ったグラスを持ったまま、部屋の脇に置いてある、ちょっとした休憩用のクッションも置いてある長椅子に、だらしない格好で座った。 グラスの中身をこぼさないか心配になる調子だったけど、大丈夫なようだ。


 僕はそんなつまらない心配に心が動いたことに、デイヴに感謝する気持ちが湧いた。


 デイヴは溢しそうになったグラスの中身を、ほんの少し口に含んで飲み込むと言った。

 「本当はくすねて来たんじゃなくて、晩餐の席から退散しようとしていたのをレンスに見つかって、『どこ行くの?』と詰問調で言われたから、仕方なく、お前を探していると言ったら、これらを持たせてくれた」


 「ああ、レンスやディフィーの目を掻い潜って逃げ出すのは無理だな」


 僕は、ちょっとだけ口の端を上げて笑って見せて、それから僕もほんの少しグラスの酒を口に含んだ。


 それから僕らはグラスを持ったまま、もう一度それに口を付けることもしないで、沈黙の海に沈んだ。


 しばらくして、唐突にデイヴが語り出した。

 「なあアレク、お前はキースの奴が最初は俺の護衛だったのは知っているだろ?」

 

 「ああ、それはもちろん知っている」


 「でも、俺の最初の護衛はキースじゃなくて、クラッドの方だったんだ」


 「それは初耳だな」


 「クラッドの場合は、護衛というだけじゃなくて、ほら、年も離れているだろ、だから教育係というか世話役も兼ねていたんだ。

  でも、分かるだろ、クラッドの奴はクソ真面目というか、融通の利かない堅物だからさ、もちろん重々あいつの言うことが正しいのは分かっていたけど、どうにも苦手でなぁ、俺は逃げ回っていた訳さ」


 うん、それは分かる。 当時の様子が目に見えるようだ。


 「それでまあ、親父の奴も諦めて、クラッドを俺と離して、兄貴の方に付けて、俺には同い年なら、そこまで邪険にはできないだろうと、弟の方のキースを当てがったのさ。

  同い年だから、世話役というか教育係という訳じゃなくて、護衛兼、どこに逃げ隠れするか分からない俺の監視役としてだな」


 僕は、困った顔をした領主様の顔を想像して、今度は本当に少し笑ってしまった。

 それに気を良くしたのだろうか、デイヴの語りがポツリポツリとしたものから、少しテンポが良くなった。


 「俺としては、やっとクラッドの軛を脱して自由になった気分だろ、親父の思惑なんて知ったことではなくて、それまで以上に、自由気ままに振る舞ったという訳さ。

  それに付き合わされるキースは大変だっただろうけど、世話役という訳ではないから、俺を止める訳にも行かず、ただ、近くに付いているだけだったのさ。

  キースにしてみると、兄貴のクラッドから、俺を『もう少し落ち着かせろ』なんて怒られていたみたいで、挟まれて大変だったみたいだな」


 うん、それは大変だっただろうな、とは思うけど、なんとなく想像すると笑える。


 「ま、最初はそんな風に、ただ俺がキースの奴を振り回すだけだったのだけど、しばらくすると、俺も子供ではあっても気がつく訳さ」


 デイヴの言葉が止まったので、接ぎ穂となる言葉を掛けてやる。

 「何に気がついたんだよ?」


 「いや、あいつ優秀だろ。

  剣にしても何にしても、俺よりずっと強かったり、上手かったり、物を知っていたりするんだよ。

  俺はさぁ、一応、領主の息子という自覚はあったから、キースに何一つ敵わない自分に、これで良いのだろうか、と子供心にも思ってしまった訳だ。

  これはキツかったぜ」


 ああ、確かにキースは優秀だ。 剣はストーム師匠やラーリア様、イクス様のような特別な人を除けば一番強いだろうし、他のことも何でも無難にこなせてしまう。 そこに目が向いてしまって、自分と比べてしまったら、それはキツいな。


 「俺もさ、これは遊んでいるだけではどうにもならないと思って、それからは俺なりに努力を始めたという訳さ。

  そしたらストームの奴が、そんな俺のことを面白がって、稽古をつけてくれたりして、少しは剣も強くなったかと思ったけど、俺のついでで教えられていたキースの方が、もっと強くなりやがる。 本当にこの野郎と思ったぜ」


 うん、その気持ちは分かる気がする。


 「でもまあ、剣術だけじゃなくて、それなりに学問とかもやって、領主の息子だからと思って、ヴェスター領の過去のこととか現状とかも、知ろうとは心掛けていた訳さ。

  そうしたらもう、色々とドロドロとしたことが出てくるわくるわで、それに対して兄貴2人の見解というか、意見が対立したりして、家庭内がギスギスするわ。 俺の成長とともに、諸々のことが段々と分かる訳で、俺はそういうことに心底嫌気がさしてしまった訳だ。

  で、俺は得意の逃げを打って、領主家を飛び出して、知っての通りキースと一緒に狩人学校に入り込んだ訳だな。 これはアレクも知っているな。

  キースは単純に俺の護衛だったから俺に付き合ったというだけじゃ無くて、俺と一緒に学問をしたり、領のことを調べたりしていたから、やっぱり俺と同じように嫌気がさしていたんじゃないかな。 そうじゃなきゃ、すぐにでも狩人学校に入り込んだことを報告していただろうけど、それをしなかったからな」


 なるほどね、そうかも知れない。 でも本当のところはどうだったんだろうか。 キースが全く知らせていないとは考えられない気もするのだけど。


 「それからのことはアレクもよく知っているだろうと思うが、一つ打ち明けると、俺とキースの間柄は、狩人学校や、ラミアの里に来たばかりの頃は、表面上はともかく、やっぱり領主家の三男とその護衛だったんだよ」


 うん、それもなんか分かる気がする。 なかなか一度決まってしまって、かなり長くその立場で過ごしてしまえば、そう簡単に表面上はともかく、心の深いところで変わるものではない気がする。


 「もちろんそれは、キースの方でそういう風に思ってしまっているから、というところもあった。

  でもやっぱり一番の問題は俺の方にあって、俺はキースが俺の護衛なのだという風に思わないと、キースとの関係を維持出来なかったんだ。 俺より何をしても優秀な奴が、俺のことを立てて扱うんだぜ、そういう立場にあるからと思わないと、こっちが居た堪れなくなるじゃないか。

  いや、本当のことを言えば、そういうのも建前で、俺はキースに劣等感しか感じないような気分になっていたんだ。 キースは俺に威張ったりでしゃばったり、優越感を見せるようなことはなかったけど、逆にそれだからこそ、俺はキースに対して劣等感の塊になっていたんだな。

  一番近しいところにいる奴が、弱みなんてまるでない完璧な男なんだ。 そりゃ、半端ない劣等感だぜ」


 その当時の気持ちが蘇っているのだろうか、デイヴの言葉は真に迫っている気がした。


 「そんなだから、いつまで経っても、俺はキースを自分の護衛なんだと思うことで、精神の安定を保っていて、そこから踏み出せないでいたんだな。

  ところがだぜ、覚えているだろ、アレク」


 「何をだよ」


 「あの時のことだよ。 初めて空を飛んだ時のことさ。

  キースの奴、本当に情けない悲鳴を延々と上げやがって、それまで弱みなんてないと思っていた、完璧な奴だと思っていたのに、あの悲鳴さ。

  俺は可笑しくて、可笑しくて。

  そんな悲鳴をあげるキースが面白かったのも本当だけど、それまで完璧な奴だと恐れて劣等感の塊になっていた自分が、悲鳴をあげるキースを見て、あれっ、普通の奴じゃんと思ったら、それまでの自分も可笑しくて、可笑しくて」


 ハーピーのところに初めて行った時、僕はもう一杯一杯で、デイヴにそんな精神的な革命が起こっていたことなんて、全く知らなかったよ。


 「ま、俺もそれで吹っ切れてしまったんだけど、キースの奴もそれで吹っ切れたみたいだな。

  キースは、自分は護衛なのだから、自らをきちんと律して、俺に人間的な弱みだとかを見せるものではないと、これもあのクラッドが悪いのだけど、思い込んでいたみたいだ。

  あそこまで悲鳴をあげる自分を見られたら、もうどうにもならないと思って、そういう無理をやめたみたいだ。

  それからだな、俺とキースが本当の意味で友人に、親友になったのは」


 デイヴの語りは止まった。

 デイヴも僕も沈黙してしまい、互いの呼吸音が聞こえる。


 どれほど経ったのだろう、僅かな時間のような気もするし、随分と時間が経ったような気もする。

 デイヴが絞り出すような声で言った。


 「アレク、あの時のキースの悲鳴、覚えているだろ。

  面白かったなぁ」


 面白かったと言ったのに、デイヴは笑うのではなく、大粒の涙を溢したと思うと、声をあげて泣き出した。

 僕も我慢していた気持ちが切れて、一緒に泣いてしまった。




 デイヴは気付かなかったが、僕は鍛えられてしまっているから、デイヴの語りの途中で気がついてしまっていた。

 部屋の外の何人ものラミアの気配だ。

 きっと心配して、気配を消して中をうかがっているのだろう。 レンスに持って来た物を持たされたのだから、当然だな、と思った。

 それに気がついていたから、泣き出すようなことをしたくなかったのだけど、我慢できなかった。


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