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フラウベルは馬に乗り塩樹の森を海辺沿いに進んでいた。
昨日マイナが城へ来たときに暫くの間は昼前までならば洞窟にいると言っていたので、さっそく訪ねることにしたのだった。
フラウベルは将来の将軍候補として国軍の様々な所に出入りして経験を積んでいるのだが、普段からちょっとした雑用などでも気になったことがあれば一人で動くことが多い。
なまじ腕が立つため大抵の危険は自力でなんとかしてしまうこともあって、宰相のロイドを始めとした老臣がやめるように進言してもいっこうに直る気配がない悪癖だった。
とはいえそれで解決した問題も多く、生来の真面目で気さくな性格などもあり、国民からはフラウベルの単独行動は応援されていたりもする。
「なにやら声がするような」
海風を楽しみながら進んでいたフラウベルだったが騎馬の足を止め、耳をすませて呟いた。
おそらく男だろうか、目的地の方向から声が聞こえてくる。
マイナさんの他に冒険者でもいるのかとも思ったフラウベルだが、それにしてもここまで聞こえてくるとは大きな声だ。
危険は感じなかったが念のため、馬の足を早めて進むとやがてマイナの住む洞窟が見えてきた。
「これは……なにをしているのでしょう?」
マイナの住む洞窟の周囲は広く草地になっており、先日訪れたときにはなにもなかったはずなのにそこには土壁の粗末な小屋のような物が建ち、その周りで数人の男達が忙しそうに作業をしている。
「あ、やっぱりベルさんだ。やっほー、早速来てくれたんだね」
フラウベルが遠目に様子を眺めていると気がついたマイナが男達の輪の中から手を振ってきたので馬を降りて歩いていく。
近づくと男達は見覚えがある相手だった。
「こんにちは、マイナさん。大工が来ているようですが、あの小屋は彼らが?」
「いやいや、アレは私が魔術で作ったんだけど、さすがにあのままじゃ使えないから大工さんにちゃんと作ってもらおうと思って」
フラウベルが男たちを見ると、指示を出していた大工の親方もフラウベルのことに気がついたらしく、急いでやってきた。
「王女さまじゃないですか、こんな所でいったいどうしたんですか!」
「ちょっとマイナさんに用事がありまして。お仕事中なのでしょう? 私のことは気にせずに続けてください」
「そうですか? 今日のところは下見だけなんでもう終わるんですが、それじゃあスンマセン、お言葉に甘えます」
そういうと親方はフラウベルをちらちらと見ていた他の大工に活を入れるべく、大声で怒鳴りながら小屋へと向かった。
親方を見送ったフラウベルは感心したように小屋を見る。
「あの小屋を魔術で建てたのですか。真言魔術というのは色々なことが出来るんですね」
「あはは、アレ小屋に見えるけど屋根がないんだ。だから壁だけ」
「そうなんですか? それでも土魔法を使って壁を作っているのを見たことがありますが、あれはもっと土の山って感じでしたが」
「統合魔術は難しい制御が必要ない分、基本的には決まった形での使用になるし、大抵は戦いで使うことを念頭に置いたものが多いから。まあ、得意分野の違いだね」
謙遜するように言っているが、マイナの態度は少し得意げだ。
なかなか可愛い所もあるんだなと思いつつフラウベルは話を続ける。
「そうするとあそこを宿屋として使うんですか?」
「いやいや、流石にアレじゃ小さすぎるよ。あそこは温泉」
「え?」
「あの中が温泉になっているんだよ。今日は時間あるよね? そうしたら後で一緒に入ろうよ」
嬉しそうに誘うマイナに、それこそ温泉なんて数日で作れるものじゃないはずだと首を傾げるフラウベルだったが、見れば分かると自信ありげに言われてそれもそうだと楽しみにすることにした。
そして暫く、洞窟内の部屋で2人で話していると親方がやってきて明日から早速仕事を始めることを伝えてから王都へ帰っていった。
「よし、それじゃあ入ろっか」
奥の部屋からタオルや桶を二人分持ってきたマイナに促され温泉があるという小屋もどきに向かうと正面に2つある扉くらいの大きさの穴の片側から中に入る。
そこは土壁に囲まれた広い部屋になっており、床は白い石材が敷き詰められている。
「ここは脱衣所になる予定なんだけど、まだ床板を敷いてないから一応気をつけてね」
「ではここで服を脱いで良いんですね」
「あ、脱いだ服はとりあえずここにある籠の中に入れておいてね」
「ありがとうございます」
天井がないので青空と風に流される雲が良く見える。
この天気ならしばらくスコールもないだろうと思いながらもマイナと並んで軽革鎧を外し服を脱いでいるこの状況に、フラウベルはつい笑ってしまった。
「ん? どうかした?」
「いえ、天井のない場所で服を脱ぐというのは始めて経験なので、なんだか可笑しくって」
「あー、まあわかんなくはないけど、その割にどんどん脱いでいくね。恥ずかしくはないんだ?」
「軍では着替えにしろ入浴にしろ早さ勝負みたいなところがありますし、城だと入浴や着替えは女官が手伝ってくれますから」
「なんだか真反対な環境に聞こえるけど、人に肌を見られるってことでは一緒なのかな?」
「そうそう、そういうことです」
本当に恥ずかしげも無く自然に裸になったフラウベルの体をユーナがため息をつき見ている。
「まあ実際のところ隠す必要のない体型だよね。しっかり鍛えてあるのに細いし出るとこは出て絞るところは絞れてるとか……」
「マイナさんはちょっと細すぎですね。もっと鍛えたほうが良いと思いますよ」
「魔術師に無理いわないで、これでも鍛えているほうだと思うんだ」
フラウベルに悪気が無いのはマイナにもわかるのだが、恨めしげな目で主に彼女の胸を見てしまうのは仕方ないことなのかもしれない。
そうしてじゃれていると、ふいに風が吹きマイナが体を震わせた。
「あー、天井がないとやっぱり寒いね。風邪をひく前に浴室に行こうか」
マイナはそう言って入って来た所とは逆の位置にある穴へと入っていった。
フラウベルも続いて穴から次の間へ入り、驚きに動きを止めた。
壁は他と同じ土壁で天井はない。
しかし床には乳白色の美しいタイルが敷き詰められ、浴槽は鏡のように磨かれている真っ白な石材、同じ石材で作られた噴水のような湯口からは綺麗なお湯湧き出て、浴槽へと注がれていた。
温泉と言っていたのでお湯の貯まった穴の底や縁に洗った石を敷き詰めた程度のものを想像していたのだが、街にある浴場の施設どころか、王城にある浴室に勝るとも劣らない素晴らしさだった。
「この湯口から壁沿いに伸びてる水路にもお湯が流れているから、ここから桶でお湯を掬ってまずは体を流してね」
驚くフラウベルに気を良くしたのか、楽しそうに入りかたの説明を始めるマイナ。
その言葉に従いフラウベルはお湯で体を流してから浴槽に浸かる。
「ああ~」
少し熱めのお湯に体が包まれると自然と声が漏れ、なんとも言えない安らぎを感じた。
「なるほど、屋外で入る風呂というのも中々良いものですね」
「でしょ? 今は壁が殺風景だけどしっかりと出来上がればもっと良くなるよ」
「いいですね、それは楽しみです」
「でしょでしょ? 1週間もあれば完成するらしいから、また入りに来てよ」
「ええ、ぜひそうさせてもらいます」
その後、浴槽の縁に頭をのせ湯の中で俯せに寝そべるマイナとその横で行儀良く座るフラウベルはなんでもないことを話しながらゆっくりとした時間を過ごした。
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その日、夕食の席でフラウベルから温泉とマイナの話を聞いているディアナは、珍しく雄弁な妹を見て微笑ましいなと思う。
「マイナによるとあれだけの施設を作るには準備にかなりの手間と時間が必要らしいのですが、それも納得です。本当に一流の職人が最高の材料でつくったものとしか思えない出来栄えなんです! ……姉様、どうかなさいましたか?」
「いえ、なんでもありませんわ。ただ……そうね、いつの間にかマイナのことを呼び捨てにしているのだと思ってね?」
「あ、それはその、これから長い付き合いになりそうなので……その……」
くすくすと笑うディアナに何となく気恥ずかしくなったフラウベルはつい口ごもってしまう。
マイナと話すうちに、呼び捨てにしてと言われたのでそれなら互いに呼び捨てにしようということになっただけのことなのだが、考えてみると家族や軍での身内以外で呼び捨てで名前を言い合う相手はこれまで居なかったので、不思議な感じだ。
「ベルに友人が出来たようでよかったわ」
「姉様? さすがに私にも友人くらい居ますよ!」
「それは知っているけれど、ベルが友人だと言っているのは同僚や部下ばかりじゃない。私達のような立場では対等な立場で話せる友人はなかなか居ないから貴重でしょう?」
確かに上下関係のない相手となると、剣の修業時代の兄弟弟子くらいしか思い浮かばなかった。
「そもそもベルの友人は男性ばかりでしょう。女の子の友人が出来たのなら喜ばしいことよ」
「……別に友人を作りにいったわけでは無いのですが」
「あらそうかしら?」
「そうですよ。マイナによると当面は冒険者たちに温泉や井戸を提供して、洞窟前の空地にテントを張って休めるようにするそうです」
「うまく使えば大森林の探索の役に立ちそうね」
家族と友人について話す気まずさにぶっきらぼうな物言いで話しを変えたフラウベルに、ディアナは微笑んでいる。
「単純に時間の節約になりますし、マイナは回復ポーションも作れるようなのでいざというときの怪我の治療もしてもらえます。冒険者にとっては中々便利になるかと」
「そう、それなら冒険者組合の方にも話を通しておいたほうが良いかしら」
「そうですね、魔獣素材の買い取りのことや使い魔のユニコーンウルフがフォレストウルフの群れを1つ服従させてもいるそうなので、その辺りも冒険者組合と打ち合わせしたいとマイナも言っていました」
「フォレストウルフの群れを服従させているの? ……なんだかそういう話だけ聞いていると危険人物よね。まるで物語の魔女みたいだわ」
使い魔が魔獣を服従させているという思いもよらなかった言葉に困惑するディアナ。
それはそうだなとフラウベルも思うが事実なのでしょうがない。
そうして2人は夕食が終わった後も、今後の予定について長く話し続けた。
どうやらマイナの愛されるダンジョン計画は順調に進んでいるようだ。
ここまでで第1話終了です。
お付き合いいただきありがとうございます。
第2話がある程度書きたまるまで少々お待ちください。




