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NOVAは未来を見る  作者: nova_miru


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9/16

第9話「海って、どんな音がするの?」

地下シェルターで生まれた少女、NOVA。


空を知りたいと願い、

雨の匂いに憧れ、

花の香りを知り、

星の美しさに心を震わせた。


そして前回、

NOVAは「約束」という言葉を知った。


一人で抱える願い。

誰かと分け合う約束。


その小さな約束は、まだ見ぬ未来へと続いている。


今回、NOVAが出会うのは「海」。


どこまでも続く青い世界。


地下で生まれた少女は、

その果てしなさに何を感じるのだろうか。


第9話


「海って、どんな音がするの?」

仮想学校の教室は、今日も変わらず静かだった。


白い壁。

白い天井。

白い床。


そこに響くのは、教師AIの無機質な音声だけ。


「――地球表面の約七十パーセントを占める巨大な塩水の領域。それが『海』です」


教室の正面モニターに映像が表示される。


その瞬間だった。


NOVAは思わず息を呑んだ。


そこには、見たことのない世界が広がっていた。


青。


ただ、青だった。


どこまでも続く青い水面。


その向こうには、空と海が溶け合う一本の線。


水平線。


教師AIは説明を続けている。


「海には明確な境界が存在しません。遮蔽物のない開放的な環境が特徴です」


けれど、NOVAはもう説明を聞いていなかった。


ただ、その映像を見つめていた。


地下シェルターで生まれ育った彼女にとって、世界には必ず終わりがあった。


廊下には壁がある。


部屋にも壁がある。


見上げれば天井がある。


どこまで歩いても、必ず何かに突き当たる。


それが当たり前だった。


だから。


画面の中の世界が信じられなかった。


「終わりが……ない?」


小さな声が漏れる。


誰もいない教室に、その言葉だけが静かに落ちた。


授業が終わった後も、NOVAの頭の中には海の映像が残っていた。


白い廊下を歩く。


左右には無機質な壁。


頭上には厚い天井。


いつもと何も変わらない景色。


だけど今日は違った。


あの青い世界を知ってしまったから。


「終わりがない世界……」


胸の奥が少しだけざわつく。


それは恐怖ではなかった。


憧れだった。


まだ見たことのない世界への憧れ。


気が付けば、足はいつもの場所へ向かっていた。


重い扉を開く。


金属の擦れる音。


機械油の匂い。


火花の光。


おじさんの工房だった。


ヴォルクは作業台の前で機械の整備をしていた。


「おじさん」


声をかける。


ヴォルクは振り返った。


「おう。学校は終わったのか」


「うん」


NOVAは近くまで歩いていく。


そして、胸の中にあった疑問を口にした。


「ねえ、おじさん」


「なんだ」


「海って、どんな音がするの?」


その瞬間。


ヴォルクの手が止まった。


ほんの一瞬だけ。


だが確かに。


彼の記憶の奥底で、遠い昔の景色が揺れた。


青い海。


潮風。


波打ち際。


もう二百年以上も前の記憶。


けれどヴォルクは何も語らない。


静かに工具を置いた。


「そうだな……」


少しだけ考える。


そして答えた。


「ザァ……」


NOVAは首を傾げる。


「ザァ?」


「ザァ……ザァ……」


「それだけ?」


「それだけだ」


NOVAはますます不思議そうな顔をした。


「静かなの?」


「うーん」


ヴォルクは腕を組む。


「うるさいな」


「うるさいんだ」


「でも静かだ」


「静か?」


「そうだ」


矛盾した答えだった。


NOVAには理解できない。


だけどヴォルクは真面目だった。


だから余計に分からない。


「海って……」


NOVAは少しだけ躊躇した。


それでも聞く。


「本当に終わりがないの?」


ヴォルクは天井を見上げた。


少しだけ笑う。


そして答えた。


「俺も知らん」


それは優しい嘘だった。


本当は知っている。


本当は見たことがある。


だけど彼は言わなかった。


「だから見に行くんだろうな」


静かな声だった。


それは海の話だったのか。


それとも人生の話だったのか。


NOVAには分からなかった。


だけど、その言葉は胸の奥に残った。


夜。


自室。


換気装置の低い音だけが響いている。


NOVAはベッドに腰掛けていた。


手には古いヘッドホン。


そっと耳に当てる。


再生ボタンを押した。


小さなノイズ。


そして。


――ザァ……


NOVAの身体がわずかに震えた。


――ザァ……


また音が響く。


それは機械音ではなかった。


警報音でもない。


誰かの声でもない。


ただ、波が寄せては返す音。


なのに。


なぜだろう。


どこか温かかった。


目を閉じる。


すると冷たい地下の部屋が消えていく。


代わりに広がるのは、青い世界。


水平線。


潮風。


果てしなく続く海。


本当は見たことがないはずなのに。


まるで昔から知っていたような気がした。


「これが……海」


胸の奥がじんわりと温かくなる。


不思議だった。


理由は分からない。


だけど、この音が好きだと思った。


やがて録音は終わった。


ヘッドホンを外す。


部屋には再び静寂が戻る。


白い壁。


白い天井。


白い部屋。


何も変わっていない。


けれど。


NOVAの心だけは違っていた。


天井を見上げる。


その向こうにあるはずの世界を思う。


海。


水平線。


波の音。


そして。


まだ見ぬ未来。


「いつか」


小さく呟く。


「いつか、本物を聞いてみたい」


その願いは静かだった。


けれど確かだった。


胸の奥には今も、波の音が響いている。


どこまでも続く青い世界から届いた、小さな手紙のように。


『海は、まだ見ぬ世界から届く手紙。』

第9話「海って、どんな音がするの?」を読んでいただき、ありがとうございました。


今回は、NOVAが初めて「海」という存在に触れるお話でした。


地下シェルターで生きるNOVAにとって、

世界には必ず壁がありました。


どこまで歩いても壁がある。

見上げれば天井がある。


だからこそ、


「終わりがない世界」


という概念そのものが衝撃だったのだと思います。


今回のお話では、

海そのものよりも、


「まだ見たことのない世界への憧れ」


を描きたいと思いました。


また、ヴォルクの


「俺も知らん。だから見に行くんだろうな」


という言葉には、

少しだけ彼自身の想いも込めています。


知っているはずなのに、

あえて知らないと言う。


それはNOVAから未来を奪わないための、

不器用な優しさなのかもしれません。


そして、ヘッドホンから流れる波の音。


それはNOVAにとって、

まだ見ぬ世界から届いた最初の手紙でした。


空。

雨。

花。

星。

海。


少しずつ世界を知っていくNOVAですが、

彼女の旅はまだ始まったばかりです。


次回も、

NOVAと一緒に新しい世界を見に行けたら嬉しいです。

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