第10話「友達って、なんだろう。」
第10話です。
空、雨、花、星、海。
NOVAは少しずつ、地下シェルターの外にある世界を知ってきました。
そして今回は、初めて「人との繋がり」に触れるお話です。
当たり前のように誰もが持っているもの。
けれどNOVAには、まだよく分からないもの。
それが――友達。
どうぞ、お楽しみください。
【シーン1:仮想学校】
「――『友達』とは、互いを信頼し、支え合う存在のことです」
スピーカーから流れる教師AIの講義は、いつも通り正確で、少しの迷いもない。
「人間社会において、非常に重要かつ普遍的な関係性であり、共通の関心事や深い精神的結びつきによって形成されます。利害関係を超え、互いの幸福を願い合うことがその基盤となります」
黒板を模したホログラムの画面に、楽しそうに肩を組む少年少女のイラストが浮かび上がる。
NOVAは、その言葉のひとつひとつを聞き逃さないよう、真面目に机に向かっていた。
(互いを、信頼し、支え合う……)
ノートに文字を書き写しながら、NOVAは小さく首を傾げる。
頭が良い彼女は、辞書的な意味ならすぐに理解できた。
けれど、その言葉が持つ本当の温度のようなものが、どうしても胸の奥にまで届かない。
言葉の意味は分かる。
けれど、実感が湧かない。
教科書の中だけの遠い概念に、NOVAの心には小さな疑問と、それ以上の深い興味が芽生え始めていた。
【シーン2:廊下】
授業が終わり、仮想空間から現実へと引き戻される。
NOVAは、いつものように地下シェルターの冷たい白い廊下を歩いていた。
「あはは、本当? それウケる!」
不意に、無機質な廊下に不釣り合いな明るい笑い声が響いた。
NOVAは足を止める。
少し先で、二人の女子生徒のホログラムが熱心に話し込んでいた。
一人は快活そうな茶髪のポニーテール。
もう一人は知的な雰囲気の黒髪眼鏡の少女。
二人はお互いの顔を見ながら、本当に楽しそうに笑っている。
NOVAはその場に立ったまま、じっと二人を見つめた。
何を話しているのかは分からない。
何がそんなに面白いのかも分からない。
シェルターの維持にも、生存にも関係のない話なのだろう。
それなのに。
二人は、とても楽しそうだった。
NOVAの目は、その笑顔から離れなかった。
【シーン3:観察】
気付けば、NOVAは二人のすぐ近くまで歩いていた。
「……?」
ホログラムの少女たちが、突然目の前に現れたNOVAに気付き、会話を止める。
NOVAは茶髪の少女の顔をじっと見つめた。
ホログラムの光が瞳の中で小さく揺れる。
もっと知りたい。
もっと見てみたい。
友達と一緒にいる人は、どんな顔をするのだろう。
どんな気持ちになるのだろう。
NOVAは純粋な疑問のまま、さらに顔を近づけた。
「え、あの……?」
「な、何かな?」
突然の距離感に、二人は困ったように顔を見合わせる。
少し頬を赤くしながら、不思議そうにNOVAを見返した。
けれどNOVAに悪意はない。
ただ、友達を理解したい。
その気持ちだけが、彼女を突き動かしていた。
【シーン4:疑問】
ホログラムの少女たちと別れ、また一人になったNOVAは、シェルターの静寂の中で考え込んでいた。
AIの先生が言っていた、お互いを支え合う存在。
さっき廊下で見た、眩しいくらいに笑い合っていた二人。
頭の中でいくつものピースを組み合わせようとするけれど、やっぱり最後の中心が綺麗に嵌まらない。
「友達って、なんだろう……」
ぽつりと呟いた声は、冷たい壁に吸い込まれて消えた。
考えれば考えるほど、それは空や海と同じように、今の自分には手の届かない、だけど酷く美しく魅力的なものに思えてくるのだった。
【シーン5:工房】
気づけば、NOVAの足はいつもの場所へと向かっていた。
重い金属の扉を開けると、シェルターの駆動音とは違う、不規則で力強い機械音が鼓膜を震わせる。
スパークの鋭い光と、オイルの匂い。
薄暗い工房の奥では、いつものようにおじさんが黙々と作業を続けていた。
どこか冷え切ったシェルターの中で、この場所だけは、NOVAにとって不思議と温かい。
分からないことがあった時、いつも静かに答えをくれる人が、そこにいるからだ。
【シーン6:質問】
「おじさん」
工具を握るヴォルクの背中に、NOVAが静かに声をかける。
ヴォルクは手を止め、鉄の仮面の奥にある無骨な視線を、ゆっくりとNOVAへと巡らせた。
「なんだ、NOVA。また何か、学校で新しいことでも習ったのか」
NOVAはおじさんの側まで歩み寄り、胸の奥に大切に抱えてきた疑問を、真っ直ぐにぶつけた。
「友達って、なに?」
「……」
ヴォルクの手が、今度は完全に止まった。
鉄の身体の奥で、かつて自分が失ったもの、守れなかったもの、あるいは二度と手に入らない人間らしい絆の記憶が、鈍い痛みを伴って呼び覚まされる。
それは、海の音を説明するよりも、ずっとずっと難しい問いだった。
工房の中に、静かで、どこか優しい沈黙が流れる。
ヴォルクはNOVAの純粋な瞳を見つめたまま、簡単には言葉を選べずにいた。
【シーン7:ラスト】
NOVAはおじさんの隣に立ちながら、静かに答えを待っていた。
おじさんなら、きっと何かを知っている。
そう思ったからだ。
工房には機械の駆動音だけが響いている。
(私にも、いつかできるのかな)
その時。
NOVAは初めて気付いた。
空を見たい。
雨の匂いを知りたい。
花畑を歩いてみたい。
海の音を聞いてみたい。
それと同じように。
友達が欲しい。
それは、願いだった。
まだ形も分からない。
どうやったら手に入るのかも分からない。
それでも。
胸の奥に、小さく確かな憧れが生まれていた。
(友達って――)
(どうやったら、なれるんだろう)
ヴォルクはまだ答えを探している。
NOVAもまた、その答えを探している。
工房の静かな空気の中で。
少女は初めて、「誰かと繋がりたい」と願った。
それは、
空を夢見た日と同じくらい、
大切な願いだった。
(第10話 End)
第10話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は「友達って、なんだろう。」というテーマでした。
空や海と同じように、NOVAにとって友達もまた、見たことはあっても本当には知らない存在です。
私たちにとって当たり前のことでも、NOVAの目を通すと少し違って見える。
そんな物語になっていたら嬉しいです。
皆さんは、友達って何だと思いますか?
もしよければ、感想や皆さんの考える「友達」を教えてください。
次回、第11話。
NOVAはもう少しだけ、その答えに近づこうとします。




