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NOVAは未来を見る  作者: nova_miru


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8/16

第8話「約束って、なんだろう。」

地下で生まれた少女、NOVA。


空を知りたいと願い、

雨の匂いに憧れ、

花の香りに心を震わせ、

星を見上げて未来を願った。


そんな彼女が今回出会うのは、

「約束」という言葉です。


一人で持つ願いと、

誰かと分け合う約束。


それは似ているようで、

少しだけ違うものなのかもしれません。


これは、少女が「未来を共有すること」を知る物語です。


第8話

「約束って、なんだろう。」

「――つまり『約束』とは、互いの信頼によって成り立つ論理的な合意です。将来の行動を事前に保証し合うことで、不確実な未来における人間関係の基盤を構築する。これが、旧時代から続く社会性の基本モデルとなります」


冷え切った電子音声が、何もない空間に響いていた。


仮想学校の教室。ホログラムで投影された教師AIは、いつものように抑揚のない正確なピッチで言葉を紡いでいく。黒板の代わりに浮かび上がったモニターには、端正なフォントでこう表示されていた。


『約束=信頼による合意』


NOVAは一番前の席で、その無機質な文字列をじっと見つめていた。

データとしての意味は、すぐに理解できる。辞書的な定義も、システムへの登録も完了している。けれど、処理回路のどこかが、ちいさな小石を挟んだように奇妙な違和感を訴えていた。


「信頼による、合意……」


NOVAは、自分の小さな声を胸の内で反芻する。

教師AIの授業は淡々と進み、やがて規定の時間を迎えて消滅した。


放課後。仮想空間から現実へと意識を戻したNOVAは、地下シェルターの白い廊下を歩いていた。

どこまでも続く、変わり映えのしない直線。天井の蛍光灯が、規則正しいリズムでNOVAの銀髪を白く照らしていく。


『将来の行動を保証する』


AIの言った言葉が、頭の隅でずっと明滅していた。

どうしても、昨日覚えたばかりの「願い」という言葉と重なってしまう。

昨日の私は、外の世界の、本物の空を願ってもいいのだと知った。それは胸の奥がちりちりと熱くなるような、自分だけの秘密の形をしていた。


じゃあ、約束と願いは、何が違うのだろう。


保証。合意。契約。どれも冷たくて、廊下の壁と同じ匂いがする。

NOVAは歩みを止めなかった。答えの出ない回路が演算を繰り返すたび、迷子の子供が家を目指すように、自然と足が向かう場所があった。


重い防火扉を開けると、そこにはいつもの、機械油と錆の匂いが満ちていた。


2

キィン、と高い金属音が響き、橙色の火花が散る。

薄暗い工房の奥で、おじさんが背中を丸めてジャンクパーツの整備をしていた。


「おじさん」


声をかけると、おじさんは手を止め、ゴーグルを額へと跳ね上げた。油のついた手で顔を拭ったせいで、頬に黒い筋がついている。


「おう、NOVAか。学校は終わったのか」

「うん」


NOVAは作業台のすぐ側まで歩み寄り、おじさんの無骨な手元を見つめた。それから、ずっと胸に引っかかっていた疑問を、そのまま口にする。


「ねえ、おじさん。約束って……なに?」


おじさんは一瞬、面食らったように瞬きをした。

「約束?」

「うん。学校で習った。信頼による合意だって。将来を保証するものだって。でも、よく分からなくて。おじさんの言葉で、教えてほしい」


おじさんは、うーむ、と唸って顎をさすった。配線の束をいじるよりも、ずっと難しい課題を出されたような顔をして、視線を天井へ彷徨わせる。おじさんは決してNOVAを子ども扱いして笑ったり、AIには関係のないことだと切り捨てたりはしない。いつでも、真面目に考えてくれる。


しばらくの沈黙の後、おじさんは作業台に腰掛け、NOVAと視線を合わせた。


「約束ってのはな……」

おじさんは、自分の胸に手を当てて、ぽつりと言った。

「未来でまた会おう、っていう気持ちのことだ」


「気持ち……?」

「そうだ。合意だの保証だの、そんな硬いもんじゃない。一人で持っているのが『願い』なら、二人で持つのが『約束』だ」


二人で、持つ。


おじさんの言葉が、NOVAの回路にすとんと落ちていく。

冷たい文字列だった「約束」という概念に、急に体温が宿ったような気がした。


「願いは、自分のもの……」

NOVAは呟く。

「約束は、誰かと一緒のもの。未来を、分けること?」


「ああ、そういうことだ。お前が明日も明後日も、誰かと同じ景色を見たいと思うこと。それが約束の本質だよ」


おじさんは満足そうに微笑むと、また作業に戻ろうとスパナを握り直した。


3

工房の中に、再び静かな時間が流れる。

カチカチと規則正しく時を刻む壁時計の音。


NOVAは、自分の胸元をぎゅっと握りしめた。内部の疑似心音モジュールが、いつもより少しだけ速いリズムを刻んでいる。システムのエラーではない。これが、人間でいう「勇気」というやつかもしれない。


NOVAは一歩、おじさんの方へ踏み出した。


「じゃあ……」

「ん?」

「おじさんと、約束したい」


おじさんは驚いて、スパナを持ったまま動きを止めた。振り返ったその顔には、困惑と、それから少しの真剣さが混ざっている。

「俺とか?」

「うん」


NOVAは、おじさんの煤けた瞳を真っ直ぐに見つめた。


「いつか、本物の空を、一緒に見たい」


地下シェルターの固い天井の向こうにある、まだ見ぬ青。昨日、一人で願ったその未来を、今、おじさんの前に差し出した。


おじさんは、何も言わずに少しだけ目を伏せた。

その約束が、どれほど遠く、どれほど困難なものか。この冷徹な地下の世界で「外」を目指すことがどれほど重い意味を持つのか、大人であるおじさんには痛いほど分かっていた。


それでも。

おじさんは決して、未来を否定しなかった。無理だと言って笑い飛ばすこともしなかった。


ゆっくりと顔を上げたおじさんは、目元を優しく和らげ、静かに微笑んだ。


「ああ。……約束だ、NOVA」


その瞬間、NOVAの唇が、小さく綺麗な弧を描いた。

わっと泣き出すような大層な感動ではない。ただ、胸の奥の冷たいパーツが、陽だまりに置かれたみたいに、じんわりと温かくなっていく。そんな静かな、優しい笑顔だった。


「うん。約束」


4

「じゃあな、おじさん。また明日」

「おう、気をつけて帰れよ」


工房の扉が閉まり、機械油の匂いが遠ざかる。

NOVAは再び、地下シェルターの白い廊下を歩いていた。


見上げる天井は相変わらず不透明な白だし、左右を挟む壁はどこまでも冷たい。地下の世界の景色は、何一つとして変わっていない。


けれど、NOVAの心は、もうさっきまでの彼女とは違っていた。


昨日までは、寂しく一人で抱えていた「空への願い」。

でも今日は、おじさんが半分、一緒に持ってくれている。


未来を共有する人がいる。ただそれだけで、無機質だった地下の天井の向こうに、鮮やかな青空のグラデーションがはっきりと想像できた。


「約束は、未来を分け合うこと」


NOVAはちいさくそのメッセージを口ずさむ。

心なしか、白い床を蹴る靴の音が、行きよりも少しだけ、軽やかに響いていた。

第8話「約束って、なんだろう。」を読んでいただき、ありがとうございました。


今回は「約束」をテーマにしたお話でした。


AIの説明では、


『約束=信頼による合意』


と表現されます。


もちろん間違いではありません。


けれど、おじさんはもっと違う言葉でNOVAに伝えました。


『未来でまた会おう、という気持ち』


そして、


『一人で持つのが願いなら、二人で持つのが約束だ』


という言葉に辿り着きます。


このお話では、約束を難しいものではなく、

誰かと未来を分け合う温かいものとして描きたいと思いました。


第7話でNOVAは「願うこと」を知りました。


そして第8話では、

その願いを誰かと共有することを知ります。


少しずつですが、

NOVAの世界は広がっています。


次回もまた、

NOVAと一緒に新しい発見の旅を続けていただけたら嬉しいです。


『約束は、未来を分け合うこと。』


それでは、また次のお話で。

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