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NOVAは未来を見る  作者: nova_miru


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初めて花に出会った日

地下で生まれた少女、NOVA。


空を知らない。

雨を知らない。

風を知らない。


そんな彼女は今日、

初めて「花の香り」と出会う。


これは、

少女が少しずつ世界を知っていく物語。

「花って、こんな匂いなんだね。」 地下シェルターの廊下は、いつも同じ匂いがしていた。 金属と、冷えた空気と、かすかな機械油。 NOVAはその匂いを、生まれた時からずっと知っていた。 それ以外を、知らなかった。 だから最初は、気がつかなかった。 いつものように廊下を歩いていて、角を曲がった瞬間。 何かが、違った。 空気の中に、知らない何かが混じっていた。 NOVAは足を止めた。 小さく鼻を動かす。 金属でも、機械油でも、消毒液でもない。 もっと、やわらかい何か。 視線を巡らせると、廊下の片隅にある小さな棚の上に、それはあった。 一輪の白い花。 細いガラスの小瓶にさされた、小さな花びら。 怜が、そっと置いていったものだった。 ◇ ◇ ◇ NOVAは、そっと近づいた。 教科書で見たことはあった。 仮想学校のモニターにも、何度も映し出されていた。 でも本物を、こんなに近くで見るのは初めてだった。 白い花びらが五枚。 中心に、淡い黄色。 小さくて、何の変哲もない、ただの花。 なのに、NOVAはしばらく動けなかった。 そっと顔を近づける。 そして、息を吸った。 ――ふわり。 その瞬間、胸の中に何かがやわらかく広がった。 甘くて、やさしくて、少しだけ透き通っているような。 言葉にできない何かが、鼻の奥から胸の奥まで、静かに流れ込んできた。 「……やさしい」 NOVAは小さく呟いた。 目を丸くしながら、もう一度息を吸う。 やっぱり、やさしかった。 雨の匂いを思い出した。 あの時も、こんな気持ちになった。 そして、気づいた時には―― 走っていた。 ◇ ◇ ◇ なぜ走っているのか、自分でもよくわからなかった。 ただ、おじさんに伝えたかった。 今すぐ、この気持ちを、おじさんと一緒に感じたかった。 廊下を曲がり、階段を下り、工房の扉を勢いよく開ける。 熱気と機械油の匂いが、一気に押し寄せてきた。 「おじさん!」 奥で作業していたおじさんが、ゆっくりと振り返る。 NOVAは息を切らしながら、それでも笑いながら言った。 「花って……こんな匂いなんだね!」 ◇ ◇ ◇ おじさんは手を止めた。 NOVAの顔を見た。 息を切らして、頬を少し赤くして、目をきらきらさせているNOVAを、しばらく黙って見ていた。 それから、静かに微笑んだ。 「NOVAは今日、初めて花に出会ったんだな」 その言葉が、NOVAの胸にじんわりと染みた。 出会った、という言葉が好きだった。 花を見た、ではなくて。 花に出会った。 まるで花が、自分のために待っていてくれたみたいな気がした。 「うん! 白くて、小さくて……すごく、やさしい匂いがしたの!」 身振り手振りを交えて一生懸命に伝えるNOVAを、おじさんは目を細めて見つめていた。 そして、何かを思い出したように、作業台の奥の棚へと歩いていく。 「ちょっと待ってな」 ◇ ◇ ◇ おじさんが取り出してきたのは、ひどく古びた一冊の本だった。 表紙は少し色褪せていて、端が丸くなっていた。 そっとページをめくると、そこには花があった。 赤い花。 白い花。 青い花。 黄色い花。 薄く透き通るように押されたその花たちは、色を失いながらも、確かにそこにいた。 「全部……匂いが違うの?」 NOVAは顔を上げて聞いた。 おじさんは頷いた。 「全部違う。甘いのも、すっぱいのも、ほとんど匂いのないやつも。夜だけ香るやつもある」 「夜だけ?」 「ああ。暗くなってから、初めて匂いが出る花がある」 NOVAはもう一度ページを見た。 赤い花の名前。白い花の名前。 聞いたことのない名前が、たくさん並んでいた。 世界には、こんなにたくさんの花があるのか。 そしてそれぞれが、違う匂いを持っているのか。 頭の中で、何かがゆっくりと広がっていく感覚があった。 おじさんはページをめくりながら、静かに言った。 「世界にはな。まだNOVAの知らない景色も、匂いも、たくさんある」 NOVAは顔を上げなかった。 押し花のページを見つめたまま、その言葉を胸の中で繰り返した。 まだ知らない景色。 まだ知らない匂い。 たくさん、ある。 地下シェルターの外に、まだNOVAが出会っていない世界が、たくさんある。 それは怖いことではなかった。 むしろ、胸が温かくなった。 世界は、自分が思っているよりずっと広い。 そしてその広さは、NOVAを待っていてくれているような気がした。 ◇ ◇ ◇ しばらく二人で押し花の本を見ていた。 おじさんは何も言わなかった。 NOVAも何も言わなかった。 ただ、ページをめくる音だけが、工房に静かに響いていた。 それが心地よかった。 誰かと一緒に、同じものを見ている。 それだけで、こんなに温かくなれるなんて、NOVAは知らなかった。 工房を出る時、NOVAは振り返って言った。 「おじさん」 「なんだ」 「いつか……本物の花畑を見てみたい」 おじさんはしばらく黙っていた。 それから、いつもの静かな声で言った。 「見られるさ、きっと。」 ◇ ◇ ◇ 廊下に戻ると、白い花が飾ってある。 さっきと同じ場所に、さっきと同じように、静かに咲いていた。 NOVAはもう一度だけ、顔を近づけた。 やさしい匂いが、また胸の中に広がった。 今度は、もっと温かかった。 誰かに伝えた後の感動は、一人で感じた時より、ずっと大きくなることを、NOVAは今日初めて知った。 NOVAは、おじさんから借りた押し花の本を、そっと花瓶の隣に置いた。 古い紙の中の花と、今ここに咲いている花。 過去と現在が、狭い廊下に並んでいる。 ◇ ◇ ◇ 地下シェルターの廊下。 壁際の小さな棚の上。 一輪の白い花と、一冊の押し花の本が、並んで置かれていた。 人の気配はなかった。 それでも、花びらがわずかに揺れた。 まるで、誰かがそこを通り過ぎたように。 雨を知り。 風を知り。 そして今日、花の香りを知った。 地下で生まれた少女は、こうして少しずつ、世界を好きになっていく。 ――「花って、こんな匂いなんだね。」 その小さな感動を、誰かに伝えたくて走り出したあの瞬間。 孤独だった少女の世界は、たしかに、少しだけ広がっていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。


この話を書きながら、


「初めて感動したことを誰かに伝えたくなる気持ち」


を思い出していました。


第5話は、

花の話というより、


NOVAが誰かと感動を分かち合いたくなった話です。


地下で生まれた少女は、

少しずつ世界を好きになっています。


また次の話でお会いしましょう。

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