第13話「抱きしめるって、どんな感じなんだろう。」
こんにちは、白坂蒼李です。
前回、おじさんから「友達とは、気付いたら隣にいるものだ」と教わったNOVA。
今回は、学校で新しく「抱擁」という言葉を学びます。
言葉では伝えきれない思いを、人はどのように届けるのでしょうか。
地下で育った少女が、人の温もりについて少しだけ考えるお話です。
どうぞ最後まで読んでいただけると嬉しいです。
シーン1:仮想学校
「――『抱擁』および『スキンシップ』とは、言葉を用いずに相手へ安心や信頼を伝える、極めて有効な非言語コミュニケーションの一つです」
仮想学校の教壇で、教師AIの声が淡々と響く。
空間を満たすホログラム映像が、次々と切り替わっていく。
小さな我が子をいとおしそうに胸へ抱きかかえる母親。
再会を喜び、互いの背中を強く叩き合いながら抱き合う友人たち。
静かな夕暮れの中、肩を寄せ合い、そっと腕を回し合う恋人同士。
NOVAは、その映像を食い入るように見つめていた。
彼女の意識が、教師AIのテキストの中にある「友達」という三文字に強く反応する。
(友達、同士も……抱きしめ合うの?)
ここ数日で知った、教科書には載っていない「友達」という存在。おじさんが教えてくれた「気付いたら隣にいる」という温かい関係。
画面の向こうで、腕を回し合って笑っている人間たちの姿を見つめながら、NOVAの胸の奥に、またひとつ新しい、無垢な疑問がぽつりと浮かび上がっていた。
「抱きしめるって……どんな感じなんだろう」
シーン2:廊下
チャイムが鳴り、現実の白い廊下へ戻る。
NOVAが歩みを進めると、いつもの場所で、あの茶髪と黒髪の少女のホログラムが楽しそうに談笑していた。
「もう、またそんなこと言って!」
茶髪の少女が、笑いながら黒髪の少女の肩をぽんと軽く叩く。叩かれた少女も、嬉しそうに目を細めて笑い返す。
二人の周りにだけ、シェルターの冷たい蛍光灯とは違う、眩しいほどの光が満ちているように見えた。
NOVAは、少し離れた場所からその光景をそっと見つめていた。
おじさんは言った。『焦らなくていい。気付いたら、隣にいる』と。
NOVAは歩きながら、自分の両手を、そっと自分の両肩へと当ててみた。衣服越しに伝わる、自分だけの小さな体温。
人は、誰かと触れ合うことで、こうやって安心を確かめ合うのだろうか。まだ見ぬ「外の世界の人間」たちの温もりに、NOVAは静かに想いを馳せていた。
シーン3:工房
「おじさん」
いつもの薄暗い工房。重い金属の扉を開け、NOVAはヴォルクの背中に声をかけた。
油を差す作業をしていたヴォルクが、静かに手を止め、鉄の仮面の奥にある無骨な視線をNOVAへと向ける。
「なんだ、NOVA。今日は何を知りたくなった」
NOVAはおじさんの側まで歩み寄り、胸に抱えてきた純粋な疑問をそのまま口にした。
「抱きしめるって……友達同士なら、普通のことなの?」
「……」
ヴォルクは、数秒の間、静かに考え込んだ。
鉄の身体になった今の自分には、もう他人の肌の温もりを正しく感知するレシーバーは残っていない。けれど、かつて生身の人間だった頃、確かに知っていたはずの「重み」を、記憶の奥底から手繰り寄せる。
シーン4:ヴォルクの答え
「人それぞれだな」
ヴォルクは掠れた声で、静かに語り始めた。
「親愛の情を示すために、すぐに抱きしめる奴もいれば、肩を叩くだけの奴もいる。ただ、無言で握手を交わすだけの手堅い奴もいる。どれが普通、ということはない」
「そうなの……?」
「ああ。だがな、NOVA」
ヴォルクは作業台に手を置き、NOVAの真っ直ぐな瞳を見つめ返した。
「抱きしめるってのはな。言葉だけじゃ、どうしても伝えきれない重い思いを、相手の身体へ直接届けるための……『願い』みたいなもんだ」
「願い……?」
「そうだ。『安心してほしい』とか、『どうか生きていてくれ』とか。『ありがとう』や『お前に会えて良かった』とか。そういう、喉の奥でつっかえて言葉にならない思いを、互いの体温で伝える行為だ」
それは、かつて激戦の最中、死にゆく戦友を抱きしめたヴォルク自身の記憶でもあった。言葉にならなかった、祈りにも似た人間の願い。
シーン5:願い
工房の中に、静かな沈黙が流れる。
機械の駆動音だけが響く中、NOVAはもう一度、自分の両肩へそっと手を当てた。
おじさんの言う「願い」という言葉が、胸の奥で何度も、何度も優しくリフレインする。
「私の願いを……」
NOVAは、自分の小さな手のひらを見つめながら、ぽつりと小さく呟いた。
「受け止めてくれる人は、いるのかな」
シェルターの中に、たった一人。
いつか、私のこの言葉にならない思いを、体温ごと受け止めてくれる誰かが、外の世界にはいるのだろうか。
ヴォルクは、鉄の仮面の奥の目を、ほんの少しだけ柔らかく細めて答えた。
「いる」
その声には、確かな重みがあった。
「きっとな、NOVA」
シーン6:ラスト
自室へ戻ったNOVAは、簡易ベッドの上に仰向けに横たわっていた。
冷たい天井を見つめながら、今日一日を思い返す。
教師AIが映したホログラムの家族。廊下で触れ合って笑っていた二人の少女。
そして、おじさんが教えてくれた「抱擁は、身体で伝える願い」だという言葉。
NOVAはそっと目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、まだ見ぬ広大な星空。
彼女は自分の腕を胸の前で交差し、自分の身体を、優しくきゅっと抱きしめた。
「私の願いを……」
換気装置の低い音に混ざるように、小さな祈りが唇からこぼれる。
「誰か……受け止めて」
冷たいシェルターの夜。けれどNOVAの胸の奥には、おじさんがくれた温かい余韻が、確かに残り続けていた。
第14話への引き
翌日。仮想学校の真っ白な空間に、新しいテキストが浮かび上がる。
「――本日の授業テーマは『挨拶』です。挨拶とは、見知らぬ他者との間に境界線を引き、人との繋がりを作るための、最も基本的かつ第一歩となる行動です」
画面に大きく表示される、三つの言葉。
【おはよう】
【こんにちは】
【ありがとう】
NOVAはその文字を、静かに、じっと見つめていた。
「この言葉で……人と繋がれるのかな」
世界を広げるための、一番小さくて、一番大きな一歩。
少女は、新しい言葉の扉を開こうとしていた。
第13話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は「抱擁」という行為をテーマにしました。
NOVAにとって、人と触れ合うことはまだ知らない世界です。
だからこそ、「抱きしめる」という何気ない行動が、とても大きな意味を持っています。
そして、この話で生まれた
「私の願いを……誰か受け止めて。」
という言葉は、NOVAという作品全体を通して大切にしていきたい願いでもあります。
次回、第14話では「挨拶」。
たった一言の「おはよう」が、NOVAにとって大きな一歩になります。
また次のお話でお会いできれば嬉しいです。




