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2話 歯車の街

灰色の空の下で、アリスはしばらく立ち尽くしていた。


空を見上げても、どこまでも重たそうな色が広がっているばかりだった。雲ではない。煙のようなものが幾重にも重なり、ゆっくりと流れている。森で見ていた空とは、まるで違う。青さも、光のやわらかさもない。ただ、世界そのものに薄い蓋がされているような息苦しさがあった。


息を吸う。


喉の奥に、かすかな痛みが走る。


焦げたような匂いがした。木を燃やしたときの匂いに似ているのに、もっと重く、油のような湿った気配が混じっている。鼻の奥に残るそれは、吸えば吸うほど身体の内側に貼りついてくるみたいだった。


耳には、低く鈍い音が響き続けている。


――ゴウン、ゴウン。


一定の間隔で、どこか遠くから振動が伝わってくる。大きな獣の心臓が、世界のどこかで脈打っているような音だった。そのたびに足元まで微かに震える気がして、アリスは思わず肩をすくめた。


足元を見る。


地面は土ではない。黒ずんだ石が敷かれ、その継ぎ目には鉄の板が打ち込まれている。ところどころ、丸い鋲が光を鈍く返していた。森の土のようにやさしくはなく、冷たく、硬く、転んだら痛そうだと思う。


視線を上げれば、建物が並んでいた。


高い。近い。詰め込まれている。


壁は黒や茶色にくすみ、窓は小さい。屋根の上や壁沿いには太い管が何本も這い、ところどころで白い蒸気を噴いていた。歯車がむき出しになって回っている場所もある。回転に合わせて金属が擦れる音がし、空気が震える。森の家のように、木が日差しを受けて静かに立っているのとはまるで違う。ここにあるものは何もかもが、休みなく動き続けていた。


「……ここ……」


ようやくこぼれた声は、掠れていた。


自分の声が、自分のものではないみたいに遠い。


胸の奥がまだ熱かった。頭の中には、おじいちゃんの姿が残っている。倒れる瞬間。床へ広がる血。最後の声。


――お前は、選べ。


意味はわからない。何をどう選べというのかもわからない。


そもそも、どうしてこんな場所にいるのかさえわからない。


一歩踏み出そうとして、できなかった。


足が重いのではない。ただ、前に進めば本当におじいちゃんのいた場所から切り離されてしまう気がして、怖かった。


そのときだった。


建物の壁に取り付けられた小さな箱が、かすかに唸るような音を立てる。


アリスが目を向けた瞬間――


白い光が灯った。


揺れない。


炎ではない。


ただ、そこにあるだけの光。


アリスは思わず目を細めた。


火とは違う。


温かさがない。


けれど、確かに明るい。


「……」


言葉が出ない。


違う。


全部、違う。


周りを見ると、遠くを歩いていた人影が、ひとり、またひとりとこちらを見るのがわかった。


誰もが忙しそうな足取りをしている。長いコートのようなものを羽織った男、工具を抱えた女、帽子を深く被った年配の男。服はどれも煤けていて、色味が少ない。けれどその中で、アリスの格好だけがひどく浮いていた。


視線が刺さる。


長くは見ない。ただ、一瞬だけ見て、妙なものを見つけたような目をして、また通り過ぎていく。


それが余計に怖かった。


森では、人の目を気にすること自体がほとんどなかった。見られているのに、誰も声をかけてこない。関わりたくない、という無言の空気だけが街を流れている。


アリスはぎゅっと両手を握った。


何かしないといけない。


ここに立ったままではいけない。


それでも、何をすればいいのかわからない。


ふと、すぐそばを白い蒸気が吹き抜けた。短く鋭い音とともに、建物の脇の管から噴き出したそれが、アリスの頬をかすめる。


熱い。


思わず小さく息を呑んで身を引く。


その拍子に、背後から声がした。


「……おい」


アリスはびくりと肩を揺らした。


振り向くと、少年が立っていた。


年は同じくらいか、少し上だろうか。痩せた身体つきで、背だけが少し高い。煤けた作業着を着ていて、袖口には古い油染みがいくつも残っている。首元には薄汚れた布を巻き、額には使い込まれたゴーグルを引っかけていた。片手には細長い工具の束のようなものを持っている。指先の出た手袋は破れていて、爪の隙間に黒い汚れが残っていた。


その少年が、露骨に怪しむような目でアリスを見ていた。


「生きてるよな?」


声は低くはないが、気遣いより先に面倒くささが滲んでいる。


アリスは答えられず、ただ見返す。


少年は軽く眉を寄せた。


「なら、そんなとこ突っ立ってないで動けよ。邪魔だ」


邪魔。


その言葉は少しだけ痛かった。


けれど、そう言われても仕方ないとも思った。自分でも、ここに自分が馴染んでいないことくらいはわかる。


アリスは唇を開きかけ、やめた。


少年はじろじろとアリスの服を見る。


「……なんだその格好。どこの外れから来たんだよ」


返事がないのを見て、ますます怪訝そうな顔になる。


「迷子か? それとも口きけないのか?」


アリスはかすかに首を横に振った。


口がきけないわけじゃない。ただ、どこから話せばいいのかわからないだけだ。森にいたこと。おじいちゃんが襲われたこと。気づいたらここにいたこと。そんなことを言っても、きっと信じてもらえない。


それに、知らない相手に話してしまっていいのかもわからなかった。


少年は小さくため息をつく。


「はあ……めんどくさ」


その言い方はぶっきらぼうなのに、本当に放っていく気配はなかった。むしろ、どう扱えばいいのかわからなくて困っているようにも見える。


アリスはようやく、掠れた声で言った。


「……ここ、どこ」


少年は一瞬だけ目を丸くしたあと、ますます呆れた顔をした。


「は?」


「……」


「いや、そこからかよ」


額に手をやって、空を見るような仕草をする。


「どこって……街だよ、街。見ればわかるだろ」


アリスは黙る。


そんなことはわかっている。聞きたかったのはそういうことじゃない。


けれど、それをうまく言い直せない。


少年はアリスの顔を見て、少しだけ表情を変えた。ひどく怯えた顔をしていることに、今さら気づいたらしい。


「……お前、ほんとに大丈夫か?」


そう聞かれても、答えようがなかった。


大丈夫ではない。


でも、大丈夫じゃないと口にしたところで、何が変わるわけでもない。


そのとき、また別の視線を感じた。


通りの向こう側。建物の陰から、二人の男がこちらを見ている。揃いの濃い色の上着を着て、胸元には金属の留め具が光っていた。腰には短い警棒のようなものを提げている。少年もそれに気づいたらしく、表情がすっと固くなる。


「あー……最悪」


ぼそりと呟く声が、さっきまでよりずっと低い。


アリスがそちらを見ると、男たちはまっすぐこちらへ歩いてくるところだった。足取りに迷いがない。巡回中にたまたま見た、というより、最初からこちらを目当てにしているようだった。


少年はアリスに顔を寄せるようにして、小声で言った。


「おい。お前、今すぐ普通の顔しろ」


普通の顔がどんな顔なのか、アリスにはわからなかった。


「……え」


「え、じゃねえよ」


さらに男たちが近づく。


そのうちのひとりが、アリスを見てはっきりと眉をひそめた。


「そこの娘。所属票は」


意味がわからない。


アリスは目を瞬かせる。


男はもう一度、少し強く言った。


「所属票を見せろ。身元が確認できない者の往来は制限されている」


アリスは何も持っていない。所属票という言葉すら、初めて聞いた。


戸惑っているうちに、少年が横から割って入った。


「こいつ、うちの店の手伝いっすよ。今朝来たばっかで、まだ持ってなくて」


男の視線が少年に移る。


「どこの店だ」


「南の端の修理屋です。親方に言われて迎えに」


少年の答えは妙に滑らかだった。嘘をついているように聞こえない自然さがある。けれど男たちの目は少しも和らがない。


「南の端の修理屋に、この娘のような服装の者が来るとは聞いていない」


「そりゃ、いちいち巡回に報告するような話じゃないでしょ」


「口の利き方に気をつけろ」


低い声が落ちる。


アリスの肩がまた強ばる。


ここで、自分が何か言えばいいのかもしれない。でも、何を言えばいいのかまるでわからない。そもそも、さっきから交わされている言葉の半分も理解できていなかった。


所属票。手伝い。修理屋。


全部、知らない世界の言葉みたいだった。


男のひとりが、一歩こちらへ出る。


「娘、お前の名は」


アリスは口を開く。


声が出ない。


男の目が細くなる。


「答えろ」


その威圧だけで、喉が閉じたようになった。


おじいちゃんが死んだ。


ここがどこかもわからない。


知らない人ばかりで、言葉もわからない。


怖い。


その感情が先に立ってしまって、名前ひとつ言えない。


沈黙が、疑いを強くしたのがわかった。


「……連れていくか」


もうひとりが低く言う。


少年が舌打ちした。


「待ってくださいよ。怯えてるだけだって」


「身元不明の不審者を見過ごせるか。お前も一緒に来てもらう」


その瞬間、少年の顔からわずかな愛想まで消えた。


「……はあ。そう来るかよ」


男の手がアリスの腕へ伸びる。


反射的に、アリスは半歩下がった。


たったそれだけの動きだった。


けれど少年には、それで十分だったらしい。


「走るぞ」


気づいたときには、手首を掴まれていた。


ぐい、と強く引かれる。


「待て!」


男たちの声が飛ぶ。


次の瞬間には、アリスは走っていた。


正確には、走らされていた。


固い石の道を、靴底が打つたび乾いた音が返ってくる。森の土の上とはまるで違う。少しでも足をもつれさせれば、膝をひどく打ちそうだった。


少年は迷いなく脇道へ飛び込む。


細い路地だった。両側の建物が近く、空がさらに狭く見える。頭上には管が何本も横切り、その継ぎ目から時おり白い蒸気が漏れている。


熱い風が頬を打つ。


「こっち!」


少年が振り返りもせずに叫ぶ。


アリスは必死についていく。走るたびに、胸の中で心臓が嫌なほど暴れる。喉が焼けるみたいに痛い。空気が重くて、吸っても吸っても足りない気がした。


背後からは追ってくる足音がする。


規則的で、重い。


少年の足音は軽いのに、後ろのそれはひどく威圧的だった。


路地の先で、突然地面が金属板に変わる。踏んだ瞬間、靴が少し滑った。


「あっ……」


「気をつけろ!」


引かれる力が強くなる。


アリスはどうにか転ばずに済んだが、足首に鈍い痛みが走った。


曲がり角を二つ、三つと抜ける。


そのたびに景色が変わる。細い路地。天井みたいに低い鉄骨の下。煤けた壁。積み上がった木箱。片隅に放置された歯車や部品。どこもかしこも狭く、乱雑で、それなのに街そのものは巨大な仕組みの一部みたいに一定の律動を持っていた。


ひとつ角を曲がったところで、頭上の大きな管から突然、爆ぜるような音とともに蒸気が吹き出した。


白い煙が視界を塞ぐ。


「っ」


アリスは思わず目を閉じる。


熱い。怖い。


けれど少年は足を止めなかった。


「そのまま来い!」


蒸気の中を突っ切る。


視界が真っ白になる。何も見えないのに、手首を掴む力だけが頼りだった。ほんの数秒のはずなのに、ずっと長く感じられた。


蒸気を抜けた途端、ひんやりした空気が頬を撫でる。


「……こっちだ、急げ」


路地はさらに下り坂になっていた。石段が半分崩れ、片側には手すり代わりの鎖が張ってある。こんなところを全力で下りるなんて正気ではないと思ったが、後ろから追ってくる気配が消えない以上、止まるわけにもいかなかった。


息が苦しい。


足が痛い。


手を離してほしいと思うのに、離されたらきっとどこへ行けばいいかもわからなくなる。


そのことに気づいて、アリスは少しだけ唇を噛んだ。


おじいちゃん以外の誰かに、こんなふうに手を引かれたことなんてなかった。


ようやく下りきったところで、少年は道の端に積んであった木箱の裏へアリスを引き込む。次いで、自分も身を屈めた。


数秒後、上の道を誰かが駆け抜けていく音がした。


ひとり、ふたり。


さらに少し遅れて、別の足音も。


「……あっちか!」


遠ざかる声。


少年は息を潜めたまま、しばらく動かなかった。


アリスも真似をして、できるだけ気配を殺す。


鼓動の音だけがやけに大きい。


頬には蒸気の熱がまだ残っている。胸元は汗ばんで、服が肌に貼りついて気持ち悪かった。


長い長い沈黙のあと、少年がようやく息を吐く。


「……撒いた、か」


その声で、アリスも張りつめていた息を少しだけ吐き出した。


力が抜ける。


その場にしゃがみ込むように膝が折れそうになり、慌てて木箱に手をついた。


「お、おい」


少年が顔を覗き込んでくる。


「平気か」


アリスは答えようとして、うまく言葉にならなかった。


喉が痛い。


代わりに小さく頷くと、少年は「そうかよ」とだけ言った。けれどその目には、さっきまでの面倒くさそうな色だけではないものが少し混じっていた。


木箱の影から見える景色は、さっきの表通りより薄暗かった。建物と建物の隙間に作られたような場所で、壁には煤が厚くこびりついている。どこかで水滴が落ちる音がする。近くに放置された金属部品が冷たく光っていた。


少年は膝を立てたまま、頭を掻く。


「ったく……なんでおれがこんな目に」


ぼやき方は大げさなのに、本気で怒っている感じはない。


アリスはしばらく息を整えてから、ようやく小さく言った。


「……ごめん、なさい」


少年が目を丸くした。


「は?」


「……巻き込んで」


声はかすれていて、自分でも情けないと思うほど弱かった。


少年はしばらく黙ってから、鼻で息を吐く。


「別に。おれが勝手に首突っ込んだだけだし」


それから、少しだけ視線を逸らして付け足す。


「……ああいう連中、嫌いなんだよ」


それはたぶん、本音だった。


アリスは何も返せない。


ただ、目の前の少年がさっき助けてくれたことだけは、事実として胸に残った。


「で」


少年が改めてこちらを見る。


「お前、ほんとにどっから来たんだ」


アリスは唇を開く。


閉じる。


森から来た、と言えばいいのだろうか。けれどそれでは足りない。森から来たのは確かでも、それはただの移動ではなく、もっと説明のつかないものだった。


言えない。


言ったところで、信じてもらえない。


黙っていると、少年は少しだけ困ったような顔になった。


「……いや、まあ、今すぐ全部話せってわけじゃねえけど」


そう言いながら、彼は工具の束を脇へ置き、片膝を立て直す。


「名前くらいは言えるだろ」


名前。


そのひとことが、思ったより胸に触れた。


自分がまだ自分でいられるもの。それがおじいちゃんに呼ばれていた名前だけのような気がしたからかもしれない。


アリスはゆっくり顔を上げる。


少年の目は、警戒半分、好奇心半分といったところだった。完全に信用しているわけではない。でも、突き放しきってもいない。


その曖昧さが、少しだけ救いに思えた。


「……アリス」


ようやく声にすると、少年は一度瞬きをした。


「アリス」


確かめるように繰り返す。


「変な名前ではねえな」


何が変で、何が変でないのかはわからない。


アリスが黙っていると、少年は顎を少し上げた。


「おれはレン」


ぶっきらぼうに告げられた名前は短くて、覚えやすかった。


「……レン」


「そう。で、アリス」


少年――レンは壁にもたれ、少しだけ顔をしかめる。


「お前、そのまま表通りうろついたら、またすぐ捕まるぞ」


その言葉に、アリスの身体がこわばる。


「さっきの人たち……」


「巡回。身元のわかんねえやつとか、揉め事起こしそうなの見つけるとすぐ声かけてくる」


淡々とした説明だった。


それは、この街では珍しいことではないのだろう。


「お前みたいに見たことない格好で、ぼーっと真ん中に立ってるやつなんか、そりゃ目立つに決まってる」


アリスは自分の服を見下ろした。


森で着ていたままの服。確かに、この街では場違いだ。周りの人々の服はもっと厚手で、汚れていて、金具や革紐がついていた。自分だけが、別の場所から切り抜かれてここへ貼りつけられたみたいだった。


「……どうしよう」


思わず漏れた声は、自分でも驚くほど小さかった。


レンはその声を聞いて、わずかに眉を寄せる。


「……はあ」


またため息。


けれど今度のそれは、呆れというより観念に近かった。


「とりあえず、ここにはいられねえな」


「……」


「追い返されるか、引き渡されるか、どっちにしろ面倒だ」


レンは立ち上がる。


そして少し考えてから、アリスへ手を差し出した。


さっきのように強く掴むためではなく、立ち上がらせるための手だった。


「来いよ」


アリスはその手を見る。


細くて、汚れていて、関節のところに小さな傷がいくつもあった。きれいな手ではない。けれど、あの混乱の中で自分を引っ張ってくれた手だ。


一度だけ、頭の中でおじいちゃんの姿がよぎる。


知らない相手に、ついていっていいのか。


そう思うのに、ここでひとりになってしまうことの方がもっと怖かった。


アリスはそっと、自分の手を重ねる。


レンの手は温かかった。


「……よし」


引き上げる力は思ったよりしっかりしていて、アリスはよろけながらも立ち上がることができた。


レンはすぐ手を離した。


「勘違いすんなよ」


「……え」


「助けたのは、あそこで泣かれても困るからだ。あと、おれも巻き込まれたから、途中で放り出すと余計面倒なんだよ」


言い方はひねくれているのに、見捨てる気はまるでない。


アリスは少しだけ目を伏せて、小さく言った。


「……ありがとう」


レンは一瞬だけ言葉に詰まったように見えた。


「……別に」


ぶっきらぼうにそれだけ返して、先に歩き出す。


アリスはその背を追う。


木箱の陰から出ると、薄暗い通路の先にまた別の路地が続いていた。どこも似たような色をしていて、初めて来た者には見分けがつかない。レンがいなければ、二歩進む前に迷っていただろう。


路地を歩きながら、アリスはそっと周囲を見る。


壁に寄せかけられた古い金属でできた乗り物のようなもの。鎖で吊られた荷箱。細い窓の向こうで動く歯車の影。どこかの建物の奥から響く槌音。蒸気の匂い。煤の匂い。人の生活の匂い。森にはなかったものばかりなのに、誰かにとってはこれが当たり前なのだ。


レンが振り返らずに言う。


「足、遅れるなよ」


「……うん」


「あと、表に出たら下向いとけ。なるべく喋るな」


「……うん」


「返事はできるんだな」


その言い方に、ほんの少しだけ棘が混じっていた。


けれどさっきほど怖くはない。


レンは少しだけ歩調を緩めた。


「すぐそこに、おれの知ってる場所がある。ひとまず休める」


アリスはその言葉に、ほんの少しだけ胸の緊張がほどけるのを感じた。


休める。


その響きが、今は何よりありがたかった。


それでも、安心しきることはできない。


おじいちゃんはいない。


ここがどこなのかもまだわからない。


どうして自分がここへ来たのかも、何ひとつわからない。


けれど、灰色の空の下でただ立ち尽くしていたさっきよりは、少なくとも前へ進んでいた。


選べ、とおじいちゃんは言った。


もし今の自分に選べることがあるのだとしたら、それはたぶん、立ち止まり続けることではない。


アリスは前を行くレンの背中を見つめる。


細くて、頼りなさそうに見えるのに、路地を進む足取りには迷いがない。


知らない世界の中で、今はその背中だけが目印だった。


灰色の街の奥で、またどこかの蒸気が噴き上がる。


その音を聞きながら、アリスはレンの後を追って歩き出した。

少女がいたら少年がいる。

この価値観は古いんでしょうか。

けど、なんだかそこの関係性でしか見いだせないよさっていうのはありますよね。

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