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付き合ってないのに彼氏面してくる男を、正式に否定したら全部終わった話  作者: そらのことのは


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7/8

【第7話】崩壊と拡散

翌朝、目覚ましより先にスマホの通知音で起こされた。


画面には、友人からのLINEが山ほど。


『昨日のやつ、バズってるんだけど』


寝起きの脳には、情報量が多すぎる一文だった。



布団の中でリンクを開く。


とある匿名アカウントの投稿が、やたら伸びていた。


> 『付き合ってないのに彼氏面してた男が、飲み会で女の子に

> 「付き合ってないですよね?」

> って公開処刑されてた現場にいた。

> その後、「『俺たちさ』って、一人称ですよね?」ってトドメ刺されてて草』


いいねとRTの数が、普通に怖い桁になっている。


リプ欄は地獄だった。


『それ彼氏面男やん』

『俺も同じタイプに粘着されたことある』

『「俺たち」は一人称、名言すぎる』

『これ言えるメンタル欲しい』


私は布団に顔を埋めた。


「いや、拡散力どうなってんのこの国……」


ただの飲み会の一場面が、気づけば見知らぬ誰かのタイムラインを汚染している。


恐る恐る、飲み会メンバーのグループLINEを開いた。


未読、98件。


地獄の予感しかしない。


スクロールすると、昨日の帰り道あたりから既に盛り上がっていた。


友人A『さっきのやつ、マジで笑い死ぬかと思った』


友人B『「付き合ってないですよね?」の言い方、完全に裁判長だった』


友人C『「異議あり!」ってAA貼りたかった』


そこから、佐藤くんの「供養会」が始まっていた。


友人A『てかさ、これ見て』


過去のグループトークのスクショが貼られる。


佐藤『今日も彼女が可愛かった件』


友人B『誰?』


佐藤『〇〇(私の名前)』


私『彼女じゃないです』


佐藤『またまた〜』


今見ると、寒気しかしない会話だった。


さらに、次々と過去ログが掘り起こされていく。


友人C『はい証拠②』


佐藤『既読ついてるよね?』


友人C『これ今見ると普通に怖いな』


友人A『これ、私ちゃんから相談されてたやつじゃん』


私『そう、それ。普通にしんどかったやつ』


友人B『この時点で「ただの心配性」って擁護してたの、正直すまん』


私『いや、私も「ちょっと重い人」くらいに思おうとしてたから、お互い様』


さらに別スクショ。


佐藤『俺たちの将来、ちゃんと考えないと』


友人D『これ一番笑った』


友人B『どの段階の将来だよって話』


友人A『0話の時点で最終回の話すんな』


友人C『チュートリアルスキップすな』


私『これ、カフェで真顔で言われたんですよ。普通にホラー』


友人D『よく笑わずに座ってたな…』


「耐えてたんじゃなくて、フリーズしてただけだよ……」


私はスマホを持ったまま、天井を見上げた。


タイムラインは、佐藤くんの「最後の抵抗」も記録していた。


昨日の深夜、私がグループを見てない間に、彼は長文を投下していた。


佐藤『いや、でもさ。俺たち、普通にカップルだったじゃん?

毎日連絡取り合ってたし、記念日も祝ったし、将来のことも話してたし…

俺だけの勘違いじゃないと思うんだけど』


友人A『毎日連絡→お前が一方的に送りつけてただけ』


友人B『記念日→お前が一方的に祝ってただけ』


友人C『将来の話→お前が一方的にプレゼンしてただけ』


友人D『全部「単独犯」です』


私、画面見ながら笑ってしまった。


さらに追撃。


佐藤『でもさ、心は繋がってたじゃん。あの空気感とかさ』


友人A『空気感で付き合えるなら、俺今ご近所全員と婚約してる』


友人B『電車の向かいの席の人とも結婚してるわ』


友人C『店員さんに「袋いりますか?」って聞かれただけで結婚しちゃう世界線』


友人D『「俺はそう思ってた」ってだけで関係成立するなら、世界、地獄だぞ』


最後の一撃。


友人B『てかさ、「心が繋がってた」って言うけど、昨日本人に真顔で否定されてたよね?』


佐藤『……』


そのまま、既読が増えていき——


「佐藤がグループから退出しました」


静かな退場ログだけが残っていた。



問題の匿名ポストは、さらに派生していた。


『彼氏面男の名言まとめ』

という画像付きまとめまで作られている。


1. 「既読ついてるよね?」

2. 「俺たちの将来、ちゃんと考えないと」

3. 「彼女が行きたがってたカフェに来ました #彼女とデート」

4. 「俺たちさ」

5. (オチ)「それ、一人称ですよね」


リプ欄が地獄だった。


『②の時点でホラー映画の匂いする』

『4と5の流れ、コントとして完璧すぎる』

『「俺たち」は一人称、今年一番のパンチライン』


中には、自分の体験談を語り始める人も出てきた。


『私も昔、勝手に彼女認定されて地獄見たことある』

『うちの職場にもいる、彼氏面おじさん』

『「彼氏として当然でしょ?」って言われたから「彼氏じゃないですよね?」って返したら黙った』


画面の向こう側に、見えない被害者たちがいる。


佐藤だけの話じゃない。

どこにでもいるタイプなんだ、これは。


昼過ぎ、友人Aから電話が来た。


「出て大丈夫?」


「大丈夫。今は平和だから」


スピーカーから、苦笑混じりの声が聞こえる。


「昨日さ、マジでスカッとしたわ」


「私の胃は死にかけてたけどね」


「でも、あれ言わなかったら、多分ずっと続いてたよ」


「……だろうね」


「私さ、実はちょっと前からイラついてたんだよね」


「何に」


「お前が悪者っぽくされてる空気に」


一瞬、言葉に詰まった。


「お前さ、佐藤と距離取ろうとしてたじゃん。なのに、周りから見ると"ツンツンしてる彼女"にしか見えなくてさ」


図星だった。


「正直、ちょっと罪悪感あった。止めなかった側として」


「それは……まあ、お互い様でしょ」


「でもさ、昨日全部言ってくれて、なんかスッキリしたわ」


「私もスッキリはした。胃薬欲しいけど」


電話の向こうで、友人が笑う。


「あとさ」


「ん?」


「『俺たちさ』を一人称って言い切ったの、マジで感動した」


「そこ?」


「そこ。今後一生使うから」


電話を切ったあと、ソファに沈み込んだ。


「スカッとした」は、本音だ。


でも、同時に、どこか胸の奥がざわついていた。


佐藤くんは、確かに迷惑だったし、怖かった。

支配しようとしてきたし、私の意思を無視し続けた。


でも——


(あの人なりに、本気ではあったんだろうな)


方向性も手段も、100点満点で間違っていたけれど。


「だからって、許す気はないけど」


口に出してみると、少し楽になった。


「悪い人じゃない」と「やっていいことではない」は、別問題だ。


佐藤くんは、後者を盛大に踏み抜いた。


私は、その線を引いただけ。


日曜の夜、ふと気づいた。


スマホが、静かだった。


いつもなら


6:30「おはよう」

12:00「お昼何食べた?」

18:00「お疲れ様」

23:00「おやすみ」


と、律儀に鳴り続けていた通知が、一切来ない。


当然だ。

アカウントを消したのだから。


画面を見つめながら、小さく息を吐いた。


「……平和」


寂しさは、一切なかった。

むしろ、肩から何か巨大なものが外れたような感覚だけが残っていた。



月曜の朝、会社へ向かう電車の中。


窓に映る自分の顔を見て、少し驚いた。


前より、表情が柔らかい気がした。


(あー、本当にストレスだったんだな)


自覚してなかっただけで。


その瞬間、ようやく心の中で言えた。


「終わったな」


長かった茶番が終わった。


でも、その直後に、別の考えが浮かぶ。


(…いや、終わらせたの、私か)


ずっと「どうしよう」と悩んで、

毒を吐いても笑いに変えられて、

ごまかし続けて、


最後の最後で、「付き合ってないですよね?」と言った。


あれは、完全に私の選択だった。


「まあ……よく言ったよ、私」


誰も褒めてくれないから、自分で自分を褒めておいた。


電車が揺れる。

外の景色が流れていく。


その流れに乗って、過去のモヤモヤも少しずつ遠ざかっていく気がした。


昼休み、友人からスクショが送られてきた。


『「俺たちさ」って言いながら、相手の意思ゼロなの、マジで怖い。

俺の中だけで成立してる関係性に、勝手に他人巻き込むのやめてほしい。

「俺たち」は一人称って言葉、ほんと刺さる。』


昨日の匿名ポストに付いていた、一般ユーザーのコメントだった。


短い文章なのに、妙に胸に残った。


(そう、そこなんだよな)


佐藤くんだけの問題じゃない。


「俺たちさ」

「私たちってさ」


そう言いながら、その「私たち」に、相手の意思が一ミリも入っていない人間。


恋愛でも、仕事でも、友人関係でも、どこにでもいる。


「俺たち=俺」


その図式を、言葉にしてしまった瞬間——


やっと自分の中で、色々なものがカチッとはまった気がした。


私はコーヒーを一口飲んだ。


窓の外は、いつも通りだった。

世界は何も変わっていない。


変わったのは、多分、私の中だけだ。


次、もしまた誰かが同じことをしてきたら——

今度は迷わず、もっと早い段階で言える気がした。


「付き合ってないですよね?」


あるいは、もっとシンプルに。


「その『俺たち』、私入ってないです」


そう言えるだけで、世界はだいぶマシだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


拡散され、笑われ、ミーム化した。


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― 新着の感想 ―
>0話の時点で最終回の話すんな 個人的にはこれが一番ぶっ刺ささりましたwww
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