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付き合ってないのに彼氏面してくる男を、正式に否定したら全部終わった話  作者: そらのことのは


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【第6話】公開処刑

共通の友人たちとの飲み会の日が来た。


店に向かう足取りは、正直、軽くはなかった。

でも、逃げるつもりもなかった。


ここで終わらせる。

そのために、この日を選んだのは私だ。



店に入ると、既に半分くらい集まっていた。


「おー、来た来た!」


手を振ってくれたのは友人A。

その隣の席には——


「こっちこっち」


当然のような顔で手を挙げる男、佐藤。


はい出た。自動的に隣キープ。


「お疲れ」


勝手に私のグラスにドリンクを注ぎながら、佐藤が言う。


「ビールでよかった? いつもこれ飲んでるよね」


「聞いてから注いでもらえます?」


「照れんなって」


会話、成立してない。


「てかさ、遅かったね。心配したよ」


「集合時間の5分前ですけど。どこの時空で生きてるんですか」


「俺、君のことになると、1分でも遅いと不安になっちゃうんだよね」


「重い通り越して気持ち悪いって、自覚は?」


「そういうツンなとこ、やっぱ可愛い」


今日で終わりだから、まあいいか。

私はビールを一口飲んだ。


乾杯が終わり、しばらくは普通の飲み会だった。


仕事の話、上司の愚痴、最近のニュース。


ただ一つ違うのは——

佐藤がことあるごとに、**「彼氏目線コメント」**をぶっ込んでくることだ。


「こいつ、こう見えて酒弱いんだよ」


「その情報、どこで仕入れました?」


「この前、二人で飲んだときさ、顔真っ赤にして可愛かったから」


「その『二人で飲んだ』やつ、相談と称した半ストーカー行為の釈明会ですよね」


周りが「仲いいな」と笑うたび、胃が少しずつ削れていく。


友人Aが、そっと目線だけで聞いてきた。


(大丈夫?)


私はグラスを持ち上げて、小さくうなずいた。


(今日はやるから)


2時間制のコース、残り30分くらいになった頃だった。


佐藤が、ふっと立ち上がった。


「あ、ちょっといい?」


自然に皆の視線が集まる。


私の背中に、嫌な汗が流れた。


(来るな。これ、多分来るな)


佐藤は、わざとらしく咳払いをした。


「前からみんなにちゃんと言おうと思ってて」


その時点で、すでに嫌な予感しかしない。


「え、なに、プロポーズとかじゃないよね?」


友人Bが冗談めかして笑う。


「まだそこまでは早いけどさ」


「まだ」?


佐藤は、私の肩に自然な動作で手を回そうとした。


「こいつ、俺の彼女なんで」



一瞬で、世界から音が消えた。


店内のざわめきも、近くの席の笑い声も、BGMも、全部。


テーブルの上にあるグラスと皿だけが、やけに鮮明に見える。


彼の手が、私の肩に触れる直前で——

私の中の何かが、完全に切れた。


私は、反射的にその手を払った。


バシッ、と乾いた音がした。


その音で、凍っていた時間がまた動き始める。


「……あの」


自分でも驚くほど、声は静かだった。


「私たち、付き合ってないですよね?」


空気が、物理的に冷える音がした気がした。

佐藤の笑顔が、ゆっくりと引きつる。


「え……?」


私は、淡々と続けた。


「一度も『付き合ってください』と言われていませんし、私も『はい』と言ってません」


「いや、でも、その、雰囲気が——」


「キスもしてません。手も繋いでません。デートもしてません。二人で会った回数、まだ片手で数えられます」


周りが息を呑む気配が伝わってくる。


「でも、毎日連絡してたじゃん」


佐藤が、声を荒げ始めた。


「おはようもおやすみも、やりとりしてたし——」


「あなたが一方的に送りつけてきただけです。私は、人質でした」


「人質って何だよ!」


横から友人Cが小声で言った。


「比喩が重いのに意味は分かるの草」


友人Aが困惑した顔で口を開いた。

「え、違うの?SNSで彼女って……」


「勝手に書かれただけです。私、承諾してません。肖像権侵害で訴訟準備してたレベルです」


「記念日も祝ったじゃん!」


佐藤は必死だ。


「一ヶ月記念、ケーキだって——」


「勝手に『記念日』を作って、勝手にケーキを買ってきて、勝手に『付き合ってる前提』で祝っただけですよね」


私は首をかしげた。


「私はただ、その場で糖分を摂取しただけです」


友人Bが噴き出す。


「言い方!」


友人Dが、佐藤に向き直って言う。


「それ、ただの『彼氏面』じゃん」


彼氏面。


その言葉が場に響いた瞬間、凍りついた空気が一瞬にして爆笑の渦へと変わった。


「うわー!完全に彼氏面男!」

「怖っ!勘違い乙!」

「一人で彼氏やってたんだwww」


「ていうか」


友人Aが思い出したように言う。


「前に『俺たちの将来、ちゃんと考えないと』とか言ってなかった?」


「言ってました。結婚とか同棲とか、スマホにメモまでしてました」


「メモしてたのwww」


「『2026年春:同棲開始』『2028年秋:結婚式』って」


「基礎工事ゼロで高層ビル建設www」


「しかも『子供は2人くらいがいい』って聞かれました」


「子供の人数www」


友人たちの笑いが止まらない。


「あと、『既読ついてるよね?』って詰められるのもありました」


「監視社会怖すぎwww」


「女子会にも『俺も行く』って乗り込もうとしてきました」


「女子会の意味www」


佐藤くんはなおも食い下がる。


「でもさ、心は繋がってたじゃん。あの空気感とか——」


「繋がってないです。あなたの心が、一方的に私にくっついてきてただけです」


私は淡々と切り捨てた。


「私が『嫌です』『無理です』『やめてください』って何回言っても、全部『ツンデレ』って変換してましたよね」


「あれ、照れ隠しかと——」


「違います。純度100%の拒絶です。毒です。青酸カリです」


友人Eが、テーブルを叩きながら笑い出した。


「青酸カリwww」


「私の毒舌、あなたの中で全部『可愛いツンツン』に変換されてましたけど、あれガチの罵倒ですから」


佐藤の顔から、血の気が引いていく。


少し間を置いてから、私は言った。


「佐藤さん」


あえて、少しだけトーンを落とす。


「ずっと『俺たちさ』って言ってましたよね」


佐藤が、ビクッと肩を震わせた。


彼がよく口にしていた、あの決まり文句。


『俺たちさ、将来どうする?』

『俺たちの場合はさ』

『俺たちってさ』


その全部を、私は覚えている。


「『俺たちの将来』とか、『俺たちの思い出』とか、『俺たちの日常』とか」


私は、ひとつひとつなぞるように言葉を並べた。


「でも、私、一度もその『俺たち』に参加した覚えがないんですよね」


テーブルの上のグラス越しに、佐藤の顔がゆがんで見えた。


「だから、多分——」


私はハッキリと言った。


「その『俺たち』って、一人称ですよね」


一瞬の静寂。


そして次の瞬間、テーブルが揺れるほどの笑い声が起きた。


「一人称wwww」

「複数形じゃなかったwww」

「新ジャンルの日本語出たww」

「『俺たち』=『俺』はさすがに草」


友人Bが涙を拭きながら言う。


「怖ぇよそれ!幽霊かよ!見えてるの自分だけじゃん!」


友人Cが追い打ちをかける。


「『俺たちさ(俺)』www」


「新しいホラーじゃん」


「見えない彼女と会話する男」


笑いの渦の中、佐藤だけが固まっていた。


顔は真っ赤で、でも唇だけが青白い。


自分の中だけで完結していた「恋愛ドラマ」が、全員の前で「一人コント」だったと宣告された。


その瞬間だった。


「……ふざけんなよ」


絞り出すような声で、佐藤が言った。


「そんな言い方、ひどくない?」


ようやく出てきた、「怒り」。


でも、もう遅い。


「事実を言っただけですよ」


私はグラスを置いた。


「勝手に『俺たち』って言って、勝手に将来まで決めて、勝手にSNSで『彼女』って書いて、勝手に周りに話して」


一気に続ける。


「私、一度もその会議に呼ばれてないんですよね」


友人Aが、小さくうなずいた。


「それな」


「もしそれで私が『ひどい』なら、その感覚のズレこそが一番怖いです」


そう言い切った瞬間、ふっと体が軽くなった気がした。


佐藤は、何か言おうとして——

結局、何も言わないまま、視線を逸らした。


「……帰る」


捨て台詞も、謝罪も、会計もなく——

佐藤は逃げるように店を出ていった。



ドアが閉まる音がして、ようやく店内に普通のざわめきが戻ってきた。


しばらくの間、私たちのテーブルだけが、ぽっかりと静かだった。


先に口を開いたのは、友人Bだった。


「……お会計、あいつの分どうする?」


友人Cが即答する。


「彼氏面税で割り勘でいいだろ」


「それただの被害者負担なんだよな」


ちょっと笑いが起きる。空気が少しだけ戻ってくる。


友人Aが、私のグラスにそっと飲み物を注いだ。


「お疲れ」


「……うん」


その一言だけで、少し泣きそうになったから、慌ててビールを一気に飲んだ。


「マジでさ」


友人Cが、真顔で言った。


「よく今まで耐えたな、お前」


「耐えてたっていうか、どう止めればいいか分かんなかっただけ」


「毒舌聞いてる限り、止めようとしてたのは分かるけどな」


友人Bが笑う。


「でも、全部『ツンデレ』に変換されてたからな、あいつの中で」


「それが一番のホラーだったわ」


やっと、終わった。


長かった地獄が、ようやく終わりを迎えた。



飲み会の帰り道、一人で夜風を受けながら歩く。


脳内で、さっきの場面が何度もリプレイされた。


『こいつ、俺の彼女なんで』


『付き合ってないですよね?』


『それ、一人称ですよね』


思い出すたびに、胃の辺りがキリキリする。


でも同時に、胸のあたりがスッと軽くなる。


あの場で言葉にした瞬間——

やっと、私の中の「意味不明なモヤモヤ」に、名前がついた。


「俺たち」という一人称。


私を巻き込んだつもりで、最初から最後まで独りで完結してた関係。


あれは、恋愛じゃない。

一方的な物語への、勝手なキャスティングだ。


「……終わったな」


口にすると、ようやく実感が湧いてきた。


家に着いて、靴を脱いで、玄関に座り込んだ。


冷たい床が、やけに心地よかった。


「長かったな、マジで」


でも、それはもう過去形だった。


自由だった。

本当に、自由だった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「付き合ってないですよね?」


この一言で、全部終わった。


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