【第4話】「俺たちさ…」会議
カフェに呼び出された。
佐藤くんは、いつになく真剣な表情をしていた。
「今日は、ちょっと大事な話があるんだ」
大事な話。
私の心臓が、少しだけ期待で跳ねた。
もしかして、ついに気づいてくれたのかもしれない。
「付き合ってない」ってことに。
「勘違いだった」って。
淡い期待を胸に、私は席に着いた。
◇
佐藤くんは深呼吸して、口を開いた。
「俺たちさ」
出た。
彼の決め台詞。
一人しか存在しない複数形。
「将来のこと、ちゃんと考えないと」
将来。
時が止まった。
私の脳内で、緊急地震速報レベルのアラートが鳴り響いた。
【警告】基礎工事未完了のまま高層建築開始
【警告】建築基準法違反
【警告】手順が完全にバグっています
「……あの」
私は震え声で聞いた。
「どの段階の話ですか? まだチュートリアルも終わってないんですけど」
「現在」すら確定してないのに「将来」?
佐藤くんは真剣な目で答えた。
「結婚とか、そういうの。君のご両親への挨拶とか」
結婚。
両親への挨拶。
私の理性が完全に爆発した。
「佐藤さん、地下も一階もないのに、いきなり屋上にヘリポート作ろうとしてますよね。物理法則、読んだことあります?」
「あはは、そういう例え好き」
好きじゃない。マジで言ってる。
「俺、君のこと本気だから」
佐藤くんの目は、真剣そのものだった。
その熱量は本物だ。でも、方向性が完全に間違っている。
RPGで村を出た瞬間にラスボスに挑もうとしている勇者。装備は「ひのきのぼう(付き合ってない)」しかないのに。
「佐藤さん、時系列って概念、ご存知ですか」
「順番って日本語、読めますか」
私は必死に冷静さを保とうとした。
「早くない。時間は待ってくれないからね」
佐藤くんは遠くを見つめて言った。まるでドラマの主人公のように。
でも、私の頭の中で流れているBGMは、『世にも奇妙な物語』のテーマ曲だった。
「俺たちの場合、来年には同棲開始して……」
俺たちの場合。
「ちょっと待ってください。その『俺たち』の住民票、どこの役所で取得しました? 私、転入届出した覚えないんですけど」
「その後、2年くらいで結婚式挙げて……」
佐藤くんは、スマホのメモを開いた。
メモしてる。人生設計をメモしてる。
画面を覗き込んだ瞬間、背筋が凍った。
- 2026年春:同棲開始
- 2027年夏:プロポーズ
- 2028年秋:結婚式
- 2029年:第一子誕生(女の子希望)
びっしりと書き込まれた、私の知らない「私の人生」。
「子供は2人くらいがいいかなって思ってるんだけど、君はどう思う?」
「毒です」
思考が追いつく前に、口が勝手に動いた。
「やっぱり面白い! そういうブラックユーモア、俺のツボなんだよね」
本気で言ってるんですけど。
「佐藤さん、私たち付き合ってないですよね」
私は震える声で確認した。
「だから、そういう照れ隠し可愛いって」
照れ隠しじゃない。事実確認です。
「一度も告白されてないし、私も承諾してないし、デートもしてないし、手も繋いでないし、何なら2人で会ったの3回しかないですよね」
私は一気にまくし立てた。
「形式的なことにこだわるタイプ?」
形式的?
「いや、形式じゃなくて、それ『法的根拠』ですけど。裁判だったら証拠不十分で即却下される案件ですよ」
「でも、心は繋がってるじゃん」
繋がってない。あなたの心が、一方的に私にストーキングしてるだけです。
「心が繋がってたら告白なしで結婚できるんですか。じゃあ私、今から芸能人と心で繋がって結婚しますけど」
「それは違うでしょ。俺たちは特別だから」
特別じゃない。異常です。
「とりあえず、来月君の実家に挨拶行きたいんだけど」
来月。もう日程調整段階。
「ないです。来年もないです。10年後もないです。地球が滅亡するまでないです」
「あはは、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
緊張してない。拒否してる。全力で。
◇
私は、ようやく理解した。
この人が言う「俺たち」は、複数形じゃない。
単数形だ。
「俺」という一人称を、「俺たち」と言い換えているだけ。
そこに私はいない。
私の意思も、感情も、人生設計も、何一つ含まれていない。
ただ、佐藤くんの妄想の中に存在する「理想の彼女」という名前のNPCがいるだけ。
私じゃない。私の形をした、彼の妄想。
「俺たちの未来、楽しみだね」
佐藤くんは嬉しそうに言った。
俺たちの未来。
「佐藤さん」
私は静かに言った。
「その『俺たち』って、誰と誰のことですか?」
「俺と君に決まってるじゃん」
「それ、あなたの中だけの話ですよね。少なくとも、私はその『俺たち』に参加した覚えは一度もありません」
佐藤くんは、少しだけ困ったような顔をした。
「またまた。そうやって突き放すこと言うの、君のクセだよね」
クセじゃなくて、事実です。
私は確信した。
この人の『俺たち』には、最初から『俺』しかいなかった。
私は、その物語のエキストラですらない。ただの背景だ。
◇
「じゃ、今日はこれで。また連絡するね」
佐藤くんは満足そうに立ち上がった。
私は何も言えず、ただ座っていた。
店を出る佐藤くんの背中を見ながら、私は小さく呟いた。
「これ、もう放置したらダメなやつだ……」
でも、どうすればいいのか分からなかった。
この男を止める方法が、まだ見つかっていなかった。
そして、私はまだ知らなかった。
佐藤くんが、その妄想を現実側に持ち込もうとしてくることを。
私の知らないところで、「俺たち」という既成事実を積み重ねていくことを。
外堀を埋める作業が、もう始まっていることを。
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次回、SNSで「彼女」として公開処刑される。




