【第3話】謎の独占契約
週末、大学時代の友達とランチの約束をしていた。
久々の女子会。佐藤くんという精神的足枷から解放される、貴重な時間。
私はウキウキしながら準備をして、何気なくInstagramのストーリーに投稿した。
『久々の女子会。 楽しみ〜』
写真は、予約したイタリアンのスクショ。
オシャレなパンケーキが有名なお店。
これが、致命的なミスになる。
投稿から5分後。
スマホが震えた。
LINE通知:佐藤(彼氏面男)
『週末、誰と会うの?』
情報収集能力、ストーカーレベルで高いな。
監視衛星でも飛ばしてるのか。
「大学の友達とランチです」
一応、最低限の礼儀として返した。
この返信を、私は3秒後に死ぬほど後悔することになる。
『そっか。 男の子はいないよね?』
男の子。
この言い方、吐き気がする。
まるで幼稚園の先生が園児に確認するような口調。
「女子会です。日本語、読めますか? お・ん・な・の・こ・だ・け」
一文字ずつ区切って送った。
『ならいいんだけど。 俺、君のこと心配だから』
ならいいんだけど。
「許可」してる。
この男、私の予定を「審査」して「許可」してる。
私は深呼吸した。
殺意が、メラメラと燃え上がってくる。
「私の予定に許可出す権限、どこから湧いてきたんですか? 国会議員? 総理大臣? それとも神?」
『あはは。 そういう言い方するよね、君。頭いい〜』
頭いいじゃない。殺意です。純度100%の。
そして、地獄のメッセージが届いた。
『てか、その店俺も行きたかったんだよね! 今から合流していい?』
私は画面を凝視した。
文字が踊っている。脳が情報処理を拒否している。
「……は?」
声に出して言った。部屋に一人なのに。
「女子会です」
私は震える指で打った。
「女子だけの会合です。男子禁制です。女人禁制の逆バージョンです。小学校の国語からやり直してください」
『大丈夫、俺空気読むし。 それに、君の友達にも挨拶しておきたいから』
空気読めてねーよ。
今この瞬間、地球上で最も空気読めてねーよ。
挨拶って何の?
「付き合ってない女の自称彼氏です」とでも名乗るつもりなのだろうか。
「挨拶不要です。というか、どの肩書きで挨拶するつもりですか? "彼氏のつもりの人"って名刺でも配る気ですか?」
『彼氏として、君の大切な人たちと関係築きたいっていうか』
彼氏じゃない。
「佐藤さん、あなた彼氏じゃないですよね。裁判だったら、証拠不十分で即却下される案件ですよ」
『証拠なら、俺の気持ちがあるじゃん』
気持ちは証拠になりません。法廷で「フィーリングです」って言っても通らないんですよ。
「じゃあ私、今から"佐藤くんのこと大嫌いだな〜"って気持ち持ったら、自動的に"絶縁状態"になりますけどいいですか?」
『それは困る。そういうジョークきつい〜』
ジョークじゃない。今ここで正式発令してもいいレベル。
◇
結局、私は店を変えることにした。
タグ付けした店には行けない。この男が本当に現れる可能性があるからだ。
友達には事情を話して、別のカフェに移動。
「え、何それ? 怖っ!」
「完全にストーカーじゃん!」
友達の反応は至極まっとう。私の感覚が狂っていなかったことに安堵する。
しかし、恐怖は終わっていなかった。
その夜。
『今日、店にいなかったよね? パンケーキ食べたかったな』
行ってる。
本当に行ってやがる。
画面を持つ手が震えた。
「まさか本当に来るわけない」という希望的観測が、粉々に砕け散った。
「急遽予定変更しました」
『そっか、残念。 会えると思ったのに』
会う気満々だったのかよ。
そして、追撃。
『てかさ、予定変更したら教えてくれないと困るな。 俺の予定も狂っちゃうし』
予定共有義務。
いつの間に、私のGoogleカレンダーは彼と同期設定になったのだろうか。
「佐藤さん、私の予定は私のものです。あなたに報告する義務、地球上のどこにも存在しません」
『でもさ、彼氏として把握しておきたいっていうか』
彼氏じゃない。
「彼氏じゃないです。1億回言いますけど、彼氏じゃないです。理解するまで言い続けますよ」
『1億回も言ってくれるの? 愛の言葉みたいで嬉しいな』
無敵だった。
私の全ての攻撃が、彼の中で「愛情表現」にリアルタイム変換されている。
◇
『他の男がいる場所に行くなら、ちゃんと報告してほしい』
報告義務。
「なんで報告しなきゃいけないんですか。あなた、私の保護観察官ですか? 執行猶予中でしたっけ、私?」
『だって、彼氏として心配だから』
また出た。彼氏認定。
「佐藤さん、"心配するから管理していい"ってルール、どこの独裁国家の法律ですか? 北朝鮮?」
『あはは。 そういう例え、マジでセンスいいよね。君、ほんと面白い』
面白くない。殺意の表明です。
私は悟った。
この人の中で、私は既に「管理下にある資産」として登録されている。
・予定の事前報告義務
・行動の許可制
・交友関係の監視体制
これ、もはや恋愛じゃない。支配だ。
でも、佐藤くんは「愛」だと思っている。
「心配」だと思っている。
「彼氏として当然」だと思っている。
◇
私はベッドに倒れ込み、天井を見つめた。
——「付き合ってないですよね?」って言うタイミング、完全に逸してる。
だって、もう1ヶ月以上経ってるし。
毎日連絡取り合ってるし。
記念日まで祝っちゃったし(祝ってないけど)。
今更「付き合ってない」なんて言ったら、どうなるんだろう。
そして、もっと恐ろしいことに気づいた。
周りの人たちも、もう私たちを「カップル」だと思い始めている。
佐藤くんがSNSで匂わせてるから。
共通の知人に「彼女」として紹介してるから。
外堀が埋められている。
私は、じわじわと逃げ道を塞がれていた。
スマホが震えた。
『夢で会おうね。 おやすみ』
夢に出てきたら全力で殴る。
私は心に誓った。
そして、小さく呟いた。
「これ、もう笑い事じゃ済まされないかも……」
私の心の中で、小さな「恐怖」の種が芽生え始めていた。
それは、やがて大きな「決断」へと繋がっていくことになる。
でも、その時の私は、まだ知らなかった。
佐藤くんの暴走が、これで終わりではないことを。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
監視、報告義務、予定管理。
これもう恋愛じゃない。
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