【第2話】彼氏面のアップデート
あの「地獄の一ヶ月記念日」から一週間。
私のスマホは、佐藤くん専用の精神拘束デバイスと化していた。
◇
午前6時30分:『おはよう。今日も一日頑張ろうね』
午後12時00分:『お昼ご飯食べた?』
午後18時00分:『お疲れ様。今日はどうだった?』
午後23時00分:『おやすみ。いい夢見てね』
まるで高性能なAIアシスタント。
ただし、「返信不要」というオプションが存在しない欠陥品。
最初の2日間は、最低限の礼儀として返していた。
「おはようございます」
「カレーです」
「おつかれさまです」
「おやすみなさい」
「知り合い以上、彼女未満(というか彼女じゃない)」の距離感を、命がけで維持していた。
でも、3日目で心が折れた。
◇
残業で疲れ果てた夜、スマホの通知を見る気力もなく、ソファに倒れ込んだ。
1時間後、恐る恐るスマホを開くと——
23:00『おやすみ。』
23:15『既読ついてるよね?』
23:30『 何かあった?』
23:45『心配してる』
0:00『俺、何かした?』
既読ついてるよね?
背筋を冷たい汗が流れ落ちていく。
通知でチラ見しただけなのに、なぜバレている?
私は震える指で言い訳を打った。
「通知で見ただけで、開いてませんでした。というか、あなたに生存報告する義務、私にありましたっけ?」
毒をたっぷり込めて送信。
30秒後、即レス。
『そっか。でもさ、通知で見るってことは、俺のこと気にしてくれてるってことだよね? 嬉しいな』
ポジティブ変換装置、稼働中。
私の「苦し紛れの言い訳」が、彼の脳内で「愛の証」にリアルタイム変換されている。
「気にしてないです。ただの事故です。交通事故レベルの不可抗力です」
『あはは、そういうツンなとこ、ホント可愛いよね』
出た。なんでも"ツン"認定病。
私の辞書に載ってるのは「拒絶」と「警告」と「殺意」なんですけど。
◇
翌日から、佐藤くんの中で"暗黙の交際ルール"がアップデートされ始めた。
『できれば既読ついたら、すぐ返事もらえると安心できるかな』
安心って何ですか。私、あなたの精神安定剤でしたっけ?
「私、あなたの何ですか?母親?秘書?精神科医?どの契約書にサインした覚えもないんですけど」
『母親だったら嫌だなぁ。彼女だからいいんだよ』
彼女じゃない。
「彼女じゃないです。100回言いましょうか? 彼女じゃない、彼女じゃない、彼女じゃない——」
『100回も言ってくれるの? 愛の言葉みたいで嬉しいな』
こいつ、無敵だ。
私の全ての攻撃が、彼の中で「照れ隠し」「ツンデレ」「愛情表現」のいずれかに変換されている。
まるで、どんな毒も「回復アイテム」に変換するバグ持ちラスボスと戦っているような気分だった。
◇
数日後、さらなる条約が一方的に締結された。
『おはようとおやすみだけは、ちゃんとやり取りするって決めない?』
決めないよ。誰と。いつ。どこで。
「嫌です」
単語で返した。これ以上どこにオブラートをかけろというのか。
『そう言いながら、ちゃんと返してくれるところ、ほんと優しいよね。』
優しさじゃない。あなたをブロックする勇気がまだないだけです。
「優しさじゃなくて、あなたをブロックする勇気がまだないだけです」
本音を込めて送った。
『うん、その"まだ"って言葉に希望感じちゃうな。いつかブロックされない男になれるように頑張るよ』
努力の方向性が地獄側なんだよ。
そして、極め付け。
『憲法で保証されてなくても、俺たちの愛の法律では義務化ってことでどう?』
俺たちの。
また出た。この複数形。
でも、そこに私はいない。
愛の法律。
義務化。
「愛の法律なんて制定してませんし、私はその国の国民じゃありません。亡命させてください」
『あはは! 残念、俺という国からは出国禁止です』
独裁国家だった。
佐藤人民共和国だった。
◇
そして、週末。
『今度の週末空いてる?』
「用事があります」
即答。嘘だけど。
『何の用事?』
監視開始。
「友達と遊びます」
『男? 女?』
は?
「女です」
『ならいいけど、男だったら報告してね(^^♪』
報告義務。
「なんで報告しなきゃいけないんですか。あなた、私の上司でしたっけ? 人事部? 公安?」
『だって、彼氏として心配だから』
彼氏じゃない。
「佐藤さん、あなた彼氏じゃないですよね。一度でも告白しましたっけ? 私、一度でも『はい』と言いましたっけ?」
『じゃあ、彼氏候補?』
候補にすら入ってない。圏外です。測定不能です。
「候補にも入ってないです。というか、そもそも選挙やってないです」
『あはは、厳しいなぁ。 でも、そういうツンツンしてるところも好きだよ』
ツンツンしてない。事実を言ってるだけです。
私は諦めて、スマホを放り投げた。
◇
ソファに倒れ込み、天井を見つめる。
佐藤くんという男は、私の全ての「拒絶」を「スパイス」として楽しんでいる。
私が毒を吐けば吐くほど、彼の好感度バーがじわじわ上がっていく。
これは、もはや会話ではない。
一方的な「生存確認」という名のDDoS攻撃だ。
同じ相手からのアクセスが多すぎて、サーバーが落ちそう。
スマホが震えた。
『そういえば、君の好きな食べ物って何? 今度デートの時に参考にしたいから』
デート。
私は返信した。
「毒です。青酸カリがお気に入りです」
『あはは。ブラックユーモア最高! やっぱり君面白い! そういうセンス、俺のツボなんだよね』
本気で言ってるんですけど。
私は枕に顔を埋めた。
そして、小さく呟いた。
「これ、いつか刺しても正当防衛になるよね?」
私の殺意は、佐藤くんの愛(妄想)に比例して、着実に育っていた。
そして、この「管理」は、やがて私の交友関係にまで侵食し始める。
その予感が、背筋を冷たく撫でていった。
読んでくれてありがとうございます。
「既読ついてるよね?」
この一文で、自由は終わった。
面白いと感じていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




