終、分流転機
鬱屈した時間が続く日を二日経て、久しぶりに晴れ空が明都の頭上に広がった。雲一つなく、太陽はじりじりと肌を焦がすほど。しかし、湿気混じりの涼やかな風が頻繁に吹き抜けて、暑いとまでは評せない、程よい心地よさの日和だった。
二日屋内に籠もっていた息苦しさに辟易した燈架」は、颯季を買い物に誘った。乾いた服で、乾いた下駄を履き、街に出る。颯季は詰襟の上着を脱ぎ、シャツとズボン姿で伴った。
まだ昼に差し掛かるかといった時間帯であるにも関わらず、足下は太陽の熱線ですっかり乾いていた。歩きやすいというだけで、心が弾む。それは明都中の人がそうであるようで、通りにはたくさんの人がいた。
「梅霖も終わるな」
今日の日付を思い出し、駆け足で雨降りの月が過ぎ去ろうとしていることに気が付いた。過ごしやすいとはいえ、暑気の気配はそこここに漂っている。雨季が明けるのも遠くないだろう。
「……そうですね」
しかし颯季は、浮かない顔をしていた。心ここにあらずといった様子で、燈架の後を背後霊のごとくついてきている。
燈架は後頭部を掻いた。
「どうした?」
颯季は思い詰めた様子で口を開く。
「……雨が降っていたほうが、揺さんには都合が良かったんだな、って思って」
傘で牛の頭を隠していた揺。傘の中を敢えて覗き込む者などほぼいないため、彼のように目に見えて妖然とした妖でも、往来を歩くことができた。
彼はそれをどう思っていたのだろうか。何となく喜んでいたのではないか、と燈架は思い、それに哀愁を覚えている自分に気が付いた。
最近、妖に肩入れし過ぎている。妖祓いには、あまり良いことではない。妖を憎む必要はないが、その境はきちんと引かなければならない。
道の真ん中で立ち止まった燈架と颯季を避けて、人波は流れていく。一度分かれた川の流れは、何とも言えぬ顔つきで颯季を見下ろす燈架の背後で再び交わり、先へと進んでいった。
買い物から帰り、土産に買った菓子を配った後、燈架は一人書斎に引き篭もった。硝子で花の形に造った電灯が、板床を橙色に照らす。
部屋の角、本棚の手前の床には、糸綴じの本を積み上げて作った柱が三つ立っていた。いずれも燈架の脛ほどの高さしかないが、出されて放置された本の冊数としては、それなりのものだった。
自分が片付けていないそれを憂鬱な気分で見下ろし、溜め息を吐く。それから一番上の一冊を拾い上げ、穴だらけの本棚に突っ込んだ。
二度、三度と繰り返したところで、蝶番の軋む音がする。
重厚な木の扉を開いて、狐面の男が忍ぶように入ってきた。
彼は、静かにまっすぐ燈架の前まで進み出る。
「頼みがある」
いつも燈架に嫌みを言う口が、珍しく真摯な声を出す。
だが、喧嘩腰でない志炯に燈架は驚くこともなく、むしろ抱えた悩みにずっと寄っていた眉を開いた。
「そう不安がるな。……ちゃんと分かってるよ」
渡りに船だ、と燈架は思った。颯季から離れ、己の立場を見直す良い機会だ、と。




