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十二教会の狙い

 視界の端に表示されるタイムカウンターが刻々と減っていく。

 雷電はそんな活動限界を知らせる表示を消した。ほぼ無意味だからだ。

 雷電は群れの真ん中まで味方の被害など無視してやってきたが、さすがに息が上がってきた。腕と足が合わせて四本では圧倒的に足りない。対応できるのは四面、向かってくるのは八面だからだ。


 「……!」


 歯を食いしばって地面を殴る。発生した衝撃波が周りの蟲を蹴散らす。が、蟲はほぼ無限に湧いてくる。


 「クソ、これじゃキリが……いや」


 雷電は積み重ねた蟲の死体の山の上に立ち、遠くを見た。その時だった。群れの後方に一際大きな体を持つ蟲を見つけた。


 「俺だ」

 『雷ちゃん、見つかった?』

 「あぁ」


 何か訊きたそうだった島田との無線を一方的に切り、その上で通信を切断した。


 「その体、スクラップにしてやる」


 雷電は積み重ねた蟲の死体の山を蹴り飛ばす勢いで跳躍した。その距離は計り知れないが、本丸の頭上まで、文字通り一瞬で飛んだ。

 しかし雷電が拳を固めた時、下から飛来物があった。


 「……!」


 咄嗟にその飛来物を手で捕まえ、その中身を確認した。

 そこには銃弾と思しき金属があった。


 「まさか、人か」


 雷電は空中で体勢を変え、蟲の後ろに着地した。

 すぐに顔を上げたが、遅かった。


 「雲切雷電、お前のことか?」

 「ハッ……だったらなんだ?」


 黒い服に身を包んだ男二人が、雷電に銃口を向けて立っていた。なぜか横にいる蟲は襲おうとはしない。


 「やっぱりそうか、お前ら十二教会だな」


 雷電がそう言ったのは、彼らの首に刻印された虫を象ったものだ。そう、この前燈耀を殺した時に利用したあの徽章と同じ。

 そう確信して、雷電は一歩目を強く踏み込んだ。反動で地面が抉られ、音をも置き去りにするスピードで男の腹に拳を叩き込んだ。男は紙切れのように吹き飛び、遠くの蟲の群れの中に落下した。

 そしてもう一人は雷電の奇襲に焦ったのか、持っていた銃を乱射した。


 「どこ狙ってんだ?」


 適当に撃ち込まれた弾丸は大きく雷電を外した。たまたま雷電に向いた弾丸は、彼の拳に叩き落とされた。


 「ひ、ひぁ! ぁぁああぁぁ……」


 腰が抜け、地面を無様に這いつくばる男の前に、雷電は立ち塞がった。

 そして男の首を掴み持ち上げた。


 「この計画の指導は誰だ。如月家か?」

 「あぁぁあぁああぁ!」


 男は焦点の合わない虚な眼で、雷電を捉える前に白目を剥いて気絶した。


 「チッ……」


 雷電は男を適当に投げ捨てた。

 視界の端にあるタイムカウンターを確認した。十分に余裕があった。


 「……」


 雷電は側にいた大きな蟲のボディを軽く叩いた。金属のような音がする、それは蟻だったものだ。今は人間の血を吸ったか人間の肉を食らったかで身体が巨大化、外層の硬化が極端に進んだ。その結果、この蟲は動けなくなった。


 「どのみち実験は失敗、ってわけか」


 雷電はタバコに火を付けて一口吸い込んで、白い息を吐いた。


 「クソが!」


 蟲の頭を叩き潰したのだった。







 『俺だ。片付けた。後はお前の仕事だ』

 「雷ちゃんね、了解したわ。こっちもさっき蟲の群れが撤退を始めたところよ。もう少しで余計な人的資源を消化してしまうところだったのよぉ」

 『……んなこと興味ねーよ』


 ブツッと一方的に無線が切られた。

 島田はふぅっと大きく息を吐いて、缶コーヒーを手に取った。開けた缶の数は十三本。常に特殊戦闘員の心音と体内酸素濃度の確認、それから断末魔を聞き続けると、精神が壊れる。精神を安定させるにはこれしか無かった。

 今回はあくまでも補助的な作戦であり、言ってしまえばただの時間稼ぎだったため、損害が出れば速やかに帰還せよと指示を出した結果、ほぼ死者は出さずに終わった。ただ負傷者は多い。傷自体はすぐに治るが、精神的なトラウマは消えない。彼ら特殊戦闘員はどこかの機械的人間とは違い、心も体も人間なのだ。


 「島田くん、よくやってくれた」


 コーヒーを口にしつつ椅子の背もたれに体重を預けていた時だった。管制室に入ってきたのは禿頭の男だ。


 「ありがとうございます。ご期待に応えられて嬉しく思います」


 と、上辺だけの返事を返した。そもそもこの男、早々に投げ出したじゃないか、と内心不満と軽蔑の目を向けた。


 「今回の功績は大きく響くはずだよ」

 「はぁ、そうですか」

 「興味なさそうだね? どうかしたのか?」

 「いえ、なんでもありません」

 「……そうか、まぁいい。ともかく、よくやった」


 そう言うと、男は足早に去っていった。島田は、その遠のく背中に中指を突き立て、コーヒーを啜った。







 静かな駆動音、衝撃を吸収する巨大なサスペンション付きの輸送専用機Cr-2の中の雰囲気は最悪だった。

 空が操縦し、助手席に颯太が乗る構図になっているが、どちらも言葉を発しなかった。

 片方は空気を読んであえて無視をし、片方は相方のことは頭になく、ただショックで沈んでいた。

 颯太は自分の手を見た。

 硬くなった掌と、傷だらけの腕。浮き出ている血管が無数に張り巡らせている。

 能力は無い。

 人一倍力が強く、人一倍足が速い。けれどそれは特殊戦闘員の中では最悪だ。役に立たない。

 今日の指示は「雷電の援護」だった。しかし彼に援護など必要ない。強すぎるのだ。島田はそれを見せるためにこの指示を出したのだ。力任せに押せるのは、本当に力のある奴だけなのだと、そう伝えてきたのだ。

 颯太は悔しかった。背後で奮闘する仲間を助けられず、ましてや受けた任務もこなせない。

 そして、ある疑問が浮かんだ。


 「なぁソラ」

 「ん?」

 「俺はさ……なんで特殊戦闘部隊に配属されたんだと思う?」

 「…………知らねぇよ」


 空は突き放すように言ったが、それもまた事実。そんなこと空が知るはずもないのだ。


 「そうだよな。ごめん」

 「いや」


 そう言って、それが最後になった。そのまま会話はさらないまま、格納庫に帰還した。

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