見切り
作戦開始の合図は、先陣を切る男の一撃だった。
拳を地面に叩き込んだ衝撃波だけで蟲の群れを吹き飛ばしていく。どこの戦車より高火力で、どこの戦闘機よりも早く動ける化け物は、とにかく前へ進んでいった。
「ふーたぁぁ! 死ぬぞお前!」
そんな化け物の背中を追いかけようと、颯太が蟲の群れに突っ込んだ時だった。背後から大声で飛び込んできたのは空だ。
空は颯太の背中を掴むと、そのまま前に倒れ込むように伏せた。
と、ほぼ同時に上を掠めるように蟲の死骸が飛んでいく。
「俺は足が使えるけど、ふーたは無理だ!」
「行ける! 行けるよ! 任務を果たさなきゃ」
「最優先は自分の命だろ! ……まずい」
空は颯太を掴んで走り出した。
「ここは混戦だ。ふーたが何か出来るとこじゃねぇ!」
空がそう言い放った。すると、
「いや、俺は出来る。見えるんだ」
颯太は両手に長さ五〇センチほどの黄色に光る刀のようなものを握っていた。
「おい、それ」
「分子断裂刀、だったっけ。名前はよく覚えてない」
分子断裂刀はヤシマ隊員の中では通称だが、実のところまだ運用試験中の新兵器であり、名称は未明。あらゆる分子、原子の結合を瞬時に破壊することができる代物だが、使いにくさから研究は進んでいない。
「それ使うのか?」
「あぁ、能力の無い俺はこれしか出来ないから」
颯太はそう言って走り出した。
正面から突っ込んでくる蟲の下に滑り込み、頭部から腹部まで両断する。滑るように切れるが、自分に当たると損傷部が再生不可能になるため、細心の注意を払った。
そして立ち上がり、右から鋭い牙を大きく上げてやってくる蟲の頭に突き刺し、そのまま頭を縦に割った。中から出る黒い飛沫が特殊スーツを汚すが躊躇わない。颯太は何度も何度も繰り返す。僅かな隙を見せれば終わりという極限の状態を保ち続けた。
「はぁはぁ……はぁ」
息が持たない。酸素を吸い込む暇も無い。時間が経てば経つほど増える傷口の痛みを堪え、血が滲んでも無視した。そうでなくては、生きることはおろか、肉片すら残せない。
前方では変わらず凄まじい衝撃波を感じる。数秒おきに地面が揺れるのだ。
「雷電さん……今行きます」
颯太は刀を握り直し、再び走り出した。
*
『チーム【owl】離脱します!』
「了解」
橋宮は【owl】からの離脱報告を受け、即座に対応する。比較的役割の少ない隊員か、傷を負っていない隊員が補う。そうして出来るだけ戦線を維持しつつ時間を稼ぐか、蟲の群れ自体を退けるかだ。
しかし今回は数が多過ぎるため、特殊戦闘員のみでの撃破は正直不可能に等しい。
時間が経てば経つほど負傷する隊員が増え、穴が増え、負担が増える。減るのは人間の命だけだ。
そんな戦場でもこの男は駆け抜ける。
「おぉぉらあぁぁ!」
目の前に現れる蟲を次々と殴って撃沈させていく。
そう、橋宮は両腕の方から指先にかけて筋肉が発達しており、常人では考えられないほどのパワーを引き出せる。
それゆえ、ヤシマ工業の遠距離火砲よりも破壊力に長ける。
「……!」
橋宮はコンクリートブロックの破片につまずきそうになりながら、戦線を維持するべく戦場を走り抜ける。これが唯一の欠点だった。速く走れないのだ。脚の筋肉が発達した特殊戦闘員は、一歩で遠くまで飛び、跳躍と着地を繰り返して移動するのだが、橋宮のように脚は発達してなければ常人と同じなのだ。
特に建物の瓦礫が散乱し、その上で防衛を行う市街戦などは非常に行動が制限される。
そして普段橋宮はそれを補うために様々な移動手段を用いるのだが、今回は緊急出撃のため、間に合わなかった。
「チッ……多過ぎるっだろ!」
橋宮はコンクリートの破片を手に取り、狙いを定めて投擲。弾丸並みの速さで飛ぶ破片は見事に蟲の頭部に直撃して撃沈させる。
「ゆき、まだか」
『もう少し待って』
「このままじゃ死人が増える!」
『分かってるわよ! こっちだって作戦を検討中なのよ』
「早くし」
橋宮の言葉を聞く前に無線はブツリと切られ、双方向ではなく島田からの一方向に切り替わった。
橋宮は地面に拳を叩きつけた。衝撃波が周りの細かい瓦礫を揺らす。
「時間が無い……時間が無いのに……クソ!」
橋宮は次々と離脱する隊員の穴を埋めるのに走り出した。
が、彼の腕は限界が近かった。
腕の筋肉を動かす際に大量のエネルギーを消費するのだが、橋宮の場合はフルに使えば三十分と言ったところだ。エネルギーが無くなれば身体は動かなくなる。つまり死を意味する。
そして、他の特殊戦闘員も同じだ。時間が掛れば掛かるほど死亡確率が上がっていく。更に加えると、特殊戦闘員は指示が無い限り撤退してはいけないのだ。だから橋宮は焦っていた。
『こちら【falcon】! 数が多過ぎる! 至急応援を頼む』
「了解、【crow】橋宮が向かう」
『橋宮さん! 頼もしい!』
橋宮は応援要請の無線に即座に反応した。そして限界に近い腕を一度伸ばして拳を握った。
「やるしかねぇ」
そう呟いて、橋宮は走り出すのだ。




