思考する蟲
荒野に整然と並べられた遠距離火砲が、圧倒的な質量で迫りくる蟲の群れの方向を向いた。
目標は距離にしておよそ二〇キロ。コンピュータによって座標演算され、遠隔操作によって僅かな調整が行われる。
空と颯太は、遠距離火砲を降ろし軽くなったCr-2で帰還する時、この異様な光景を目にした。
遠距離火砲は早々に前線に送り込まれ、蟲の進軍を早くから食い止めることをメインとして運用されるため、こうして基地のギリギリで防衛することは無いからだ。
「ソラ、今回どう思う?」
「え……どうって?」
颯太は静かに走るCr-2の中で空にそう訊いた。
「どうっていわれてもなー……死ぬときは死ぬし、死なないときは死なない。それだけじゃん?」
それだけ言って、空は次の任務の確認をし始めた。
そんな空の行動を見て、颯太はCr-2の運転を前方追従の自動運転に切り替えた。
「なんかソラ、変わったね」
そう言うと、空は作業する手を止めて颯太を見た。
「何か、変わったか?」
「変わったよ。前みたいに向上心が無くなったっていうか」
「現実を見るようになった?」
颯太は無言で頷いた。
「……見ただろ、橋宮さんの戦い方」
それは先日のこと、橋宮が一人でバッタを倒したことだ。壊滅した前線に送り込まれた橋宮は、高電圧を用いて蟲の硬い外層を剥がし、その手で頭部を叩き壊したのだ。
「あれ見て気づいたんだ、俺は主役にはなれない」
「……」
「ただ足が速いだけ」
「それでも!」
「それだけだ。そこ、曲がらないと怒られるぞ」
颯太はゆっくり視線を前に戻し、手動運転に切り替えて車庫への車両用通路を曲がった。
*
『こちら迎撃用意完了』
『了解』
『こちらもすべて完了しました』
『了解』
管制室にはそんな声が溢れかえっていた。
そして島田もその一人である。しかしこの男、迎撃準備よりも敵のエネルギー反応を確認していた。このエネルギー反応を見るレーダーは基本的には敵の接近を知らせるためのものだが、密集度を見ることもできるのだ。
島田はモニターとにらみ合った末、違和感を感じていた。
「進行方向が若干傾いている……? ……まさか目的は!」
島田はすぐに司令部に無線を繋いだ。
「管制室特殊戦闘員指揮官島田幸先です」
「島田くんか。どうした」
「進行方向の再演算をお願いします」
そして数秒の沈黙後、
「分かった。確認する」
そう言って無線は切られた。
島田は再びモニターに向かった。
「相模原C-4地雷をナンバー000から350まで起動準備!」
『島田さん!?』
「群れは相模原で分散するわ。第二基地を抜けられると絶望的ね」
『……了解しました』
トーキョーへ辿り着くには山を越える他はない。海岸線は攻撃力に特化した特殊兵器を備える防衛基地があり、生存確率が低くなる。
しかし、蟲は思考しない。つまり……
「思考する蟲ねぇ。統轄系統を殺さないとエンドレスの可能性は否定できないわね」
アメリカで報告された『考える蟲』の話を思い出した。
結論から言うと原因不明。指揮系統の破壊に失敗し、どの蟲が指揮を取っていたかは不明。だが、間違いなく人と同じような思考性をしていたと言う。
「真偽は分からないけど……警戒は必須ね」
と、管制室が作戦の最終段階の準備をしていた時だった。モニターの半分を覆うように、警告の赤い文字が出た。
「緊急警戒レベル5!? 最高レベルじゃない!」
レベル1から5までのうちの5の警報が発令された。5と言うのは地上の施設全封鎖と道路の封鎖。地下三層への避難命令だ。
つまり、
「最高にヤベェなぁおい」
「!? 雷電!」
島田の横に顔を出したのは特殊スーツ姿の雲切雷電だ。彼はヤシマ工業の特殊戦闘員だが、普段はほぼ作戦に参加しない怠け者で名前を残す人物だ。しかしその腕前は最強の名を欲しいままにするほど強く、トーキョー唯一のIERHという国際組織の登録戦闘員でもある。
そんな人間が来て喜ばない人は居ない。この島田を除いては。
「雷ちゃん、crowに出撃命令は出してない。乱すようなことはやめてよねぇ?」
「あぁ? お前らには関係ねぇよ。こっちの事だ」
そう言って雷電は一枚の紙を取り出して、島田のデスクに置いた。
「もしかしたら役に立つかもなぁ」
「待って雷ちゃん!」
島田が引き止めるも、雷電は管制室を後にした。
島田は唇を噛み、恐る恐る置いて行った紙を開いた。
『十二月教会』
と、書いてあった。
十二月教会自体は分かる。新興宗教の一つで、多くの信教者を抱える比較的大規模な宗教だが、何故これを渡したのかが分からない。
「雷ちゃん……あなたは何をしているの……」
そう呟くと、騒がしくなる管制室が静かになるような錯覚に陥った。




