表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

乙女ゲーム:クリスマスイベント

目を開けると、常にイライラした。

心の中はいつも、砂嵐のようなジャリジャリとした居心地の悪さがくすぶっていた。


だから、ちょっとした人の幸せも絶対に、許せなかった。

羨ましいって、思うことは誰にでもあるだろうけれど。

あたしの中にあったのはもっと、どす黒い気持ちで。


妬ましいと、心から思っていた。



■ 学園・異界LOVEストーリー ■

beyond time and space ~どんな姿でも、愛され、愛するふたりとなる~




ジングルベルが鳴り響き、街中はカップルが身を寄せ合う。

今日はクリスマスイブ。

あたしが階段を降りていくと、お兄ちゃんが出かける準備をしていた。


「お兄様、どこか行くんですの?」

誰もが浮かれるこんな日に、出かけていく兄。

嫌な予感がして、あたしは兄の後ろ姿に聞いた。


「ちょっと、友達と出かけてくるよ」

振り返った兄は、嬉しそうに笑っていた。

クリスマスイブに、友達と出かけることがそんなに嬉しいこと?


そんなわけがない。

―――あの女だ。


すぐに、わかった。

最近、兄に近づいているあたしの同級生の広水 奏音。

兄を取られたら、あたしには一体、何が残るんだろう。


込み上げる恐怖心と、焦燥感、怒りが混ざり合って、吐き気がした。

あたしはその場で、しゃがみ込んだ。


「梅子? どうかしたか?」

急にうずくまったあたしに、兄が心配そうに近寄ってくる。

「胸が苦しい」

呻くような声で告げると、兄が急に焦りだした。

「きゅ、救急車呼ぶか?」

「いいえ。大丈夫ですわ。車を出してもらいますので」

「わかった、今、運転手を呼んでくるから待ってろ」

「お兄様、ごめんなさい」

あたしが、申し訳なさそうな顔をすると、兄は「大丈夫だよ」と優しく微笑んだ。


兄がタクシーを呼んでいる。

あたしはしゃがみ込んだまま、少しだけ顔を上げて兄を見ていた。


どんなに待ったって、サンタクロースは、あたしの元には来ない。

―――だから、広水 奏音の元にも来なければいいんだよ。


車で向かっている間、兄はチラチラとケータイを見ていた。

でも、あたしは絶対に、兄に電話もメールもさせたくなかった。


兄の腕にしがみつくと、兄はあたしを心配そうに見つめてくれた。


診察室に入ると、兄とは別れ別れになった。

あたしの胸の痛みは、ただの仮病だったから、すぐに診察は終わった。

しかしながら、神林家の娘が胸の痛みを訴えて、病院に来たのだ。

簡単には帰せないと、検査をするといわれた。

だけど、あたしは必要がないと断った。


「お兄様、帰りましょう」

待合室で待っていたお兄ちゃんの元に近づくと、兄がほっとした顔をしていた。


「もう、大丈夫なんだな?」

「えぇ、まだ不安ですけれど、今は大丈夫ですわ」

「―――そうか」

「お兄様?」

「それなら、これでタクシーで帰れるな。俺はどうしても、行かなければいけないところあるから」

「えっ、お兄様―――」


兄は「今、執事の新林さんが来てくれるから、一緒に帰れよ」というと、あたしに背を向けた。


「嘘」

お兄様は踵を返して、走り出す。


―――捨てられる。

クリスマスイブ、ジングルベルが街中に降り注ぎ、恋人たちが華やぐ夜。


お兄様はあたしではなくて、広水 奏音を選んだ。



***************************



12月24日。

駅前に大きなもみの木が飾られ、イルミネーションがキラキラと輝いている。

クリスマスイブの夜。


広水 奏音は時計を見つめながら、神林 大和先輩を待っていた。

待ち合わせ時間は5分前に過ぎてたところ。


ちょっと遅れているだけ。

だって、まだ5分過ぎただけだから。


待ち合わせスポットのその場所は、先ほどからお目当ての相手と合流して楽しそうな声が上がっている。


―――このまま、待つ?

―――怒って、帰る?


選択肢が浮かび上がってくる。

あたしはもちろんのごとく、「待つ」ことを選択した。


暖冬なんて言われていても、12月も後半。

ひとつのところにずっと立っていると、足元から冷えてくる。


時計を見ても、針が進むだけ。

大和先輩の姿は一向に現れないし、「先輩、大丈夫ですか?」と送ったメールも未読のままだ。


―――このまま、待つ?

―――怒って、帰る?


選択肢が再び、浮かび上がってくる。

「帰る」ことを選択した方がいいのかもしれない。


クリスマスイブの今日。

大和先輩はあたしよりも、一緒に過ごしたい人がいたのかもしれない。

そもそも、あたしとの約束なんて忘れてしまっているのかもしれない。


―――「待つ」を選択


寒くて凍えそうな夜だけれど、あたしはやっぱり、希望が捨てきれない。

あと、5分待っていたら、大和先輩が来てくれるかもしれない。


もし、遅れてきたとき、あたしがいなかったら、彼はきっとショックを受ける。

あの時計の長針が、「6」まで進んだら。

それでも来なかったら、帰ろう。


繰り返し、「待つ」「帰る」の選択肢を選んでいく。

本格的に体が震えだした頃、あたしは、もう大和先輩は来ないと諦めていた。


「奏音!」

声が響いてきたとき、あたしは、幻聴だと思った。


「奏音! 悪い!」

「えっ―――大和先輩?」


息せき切って駆け寄ってくる大和先輩が、スロモーションのように見えた。

まるでテレビを見ているかのようで、あたしはなぜか、傍観者のように大和先輩を見つめた。


「奏音、待たせて悪かった。出かけに妹が具合悪くして、病院に付き添っていたんだ」

肩で息をする大和先輩が、勢いよく、頭を下げた。


―――「もう、先輩! 遅すぎるよ! 私、すごい待ったんだよ!」

―――「そっか。妹ちゃんの具合はもう、大丈夫なの?」


選択肢が浮かび上がってくる。


あたしはふたつの選択肢を見て、少し悩んだ。

正直、身体の芯まで冷え切った状況で、怒りたい気持ちもある。


それでも、あたしは後者を選んだ。


「そっか。妹ちゃんの具合はもう、大丈夫なの?」

あたしの言葉に、大和先輩の目がみるみるうちに、大きく見開かれる。


同時に泣きだしそうなほど嬉しそうな表情で、笑った。


「あぁ、もう大丈夫だ」

「妹ちゃんが具合良くなって、良かったね」


あたしが笑うと、大和先輩があたしの腕をつかむと強引に引き寄せた。

あたしの体はすっぽり大和先輩の腕の中に包まれる。


「奏音、冷え切ってるな。分けられるなら、俺の体温を分けてやるのに」

切ない声が耳元で響いてくる。

重なった大和先輩の体の熱が伝わって、あたしの体も心も、ポカポカと温まってきた。


「先輩、来てくれてありがとう」

「奏音、待っていてくれてありがとう」


ジングルベルが鳴るクリスマスイブの夜。

ふたりの唇がそっと重なり、愛を告げた。

2018.12.24 大幅なストーリーの改変に伴い、一話、番外編を挟みます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ