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Appearing ― 突然、君からのメッセージ ―  作者: 和泉發仙


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9/90

午前四時の海

前書き


夜って、

少しだけ人を正直にする。


昼間なら笑って誤魔化せることも、

深夜の帰り道では急に胸へ刺さったりする。


今回は、

“止まっていたもの”が、

少しだけ動き始める話です。


⸻



Appearing


― 突然、君からのメッセージ ―


 第8話


午前四時の海


 午前三時五十分。


 新子安の湾岸は、夜と朝の境目みたいな色をしていた。


 黒瀬悠は、運河沿いの自販機の前に座り込んでいた。


 隣にはメアリー。


 足元には飲みかけの氷結。


 対岸では工場の灯りが水面に滲み、遠くの煙突に赤い航空障害灯が点滅している。


 ときおり、大型車の走る低い音が聞こえてくる。


 眠れなかった。


 ここ最近ずっとそうだ。


⸻


「ねぇ」


⸻


 メアリーが海を見ながら呟く。


⸻


「横浜の海って黒いね」


⸻


「夜だからだろ」


⸻


「富山の海もっと青かった」


⸻


「昼ならここも青い」


⸻


「でもなんか違うちゃ」


⸻


 メアリーは膝を抱えた。


 風で金髪が揺れる。


 その姿は、

 昔より少し大人っぽく見えた。


⸻


「……悠ちゃん」


⸻


「ん」


⸻


「最近ちょっと元気なった」


⸻


「気のせい」


⸻


「またそれ」


⸻


 メアリーは笑う。


⸻


「でも前より死にそうな顔してない」


⸻


 悠は黙った。


 昔から、

 メアリーはこういうことを普通に言う。


 遠慮がない。


 でも悪意もない。


⸻


「……お前さ」


⸻


「ん?」


⸻


「なんで戻ってきたんだろうな」


⸻


 メアリーは少し考える。


⸻


「わからん」


⸻


「でも」


⸻


「会いたかった」


⸻


 その言葉が、

 夜風より静かに胸へ落ちた。


⸻


 その時だった。


 後ろからバイク音が近づいてくる。


⸻


「うわマジでいた」


⸻


 レイだった。


 スカジャン姿のまま、

 コンビニ袋を片手に歩いてくる。


⸻


「お前ら老人かよ」


⸻


「こんな時間に海とか」


⸻


「……お前も来てんじゃん」


⸻


「眠れねーんだよ」


⸻


 レイは隣へ座った。


 缶コーヒーを開ける。


⸻


「ほら」


⸻


「……サンキュ」


⸻


「今日だけな」


⸻


 メアリーは嬉しそうにレイを見ていた。


⸻


「レイちゃんやっぱ優しい」


⸻


「怖い顔しとるけど」


⸻


 悠は少しだけ吹き出す。


⸻


「なに笑ってんの」


⸻


「……別に」


⸻


「はい禁止ワード」


⸻


 レイは笑いながら氷結を奪った。


⸻


「うわ甘っ」


⸻


「お前よくこんなん飲めるな」


⸻


「安いから」


⸻


「終わってんな人生」


⸻


「うるせ」


⸻


 三人分の笑い声が、

 夜明け前の海へ溶けていく。


 その瞬間だった。


 悠はふと思った。


 あぁ。


 昔もこんな感じだったな、と。


 海鳴町。


 夏休み。


 深夜の海。


 コンビニ。


 将来の話。


 何者にもなれていないのに、

 何にでもなれると思っていた頃。


⸻


「……なぁ悠」


⸻


 レイがぽつりと呟く。


⸻


「お前さ」


⸻


「最近ちょっとだけ戻ったよな」


⸻


「は?」


⸻


「前ずっと死んだ魚みたいだったし」


⸻


「失礼だな」


⸻


「事実じゃん」


⸻


 レイは缶コーヒーを見つめる。


⸻


「正直さ」


⸻


「ちょっと安心してる」


⸻


 悠は黙る。


 レイはこういう時、

 真面目な顔をする。


 だから苦手だった。


⸻


「お前、なんか」


⸻


「そのまま消えそうだったし」


⸻


 風が吹く。


 波の音。


 遠くでトラックが走る。


⸻


「……そんな顔してた?」


⸻


「してた」


⸻


「ずっと」


⸻


 レイは笑わなかった。


 悠は視線を海へ逃がす。


 何も言えなかった。


 図星だったから。


⸻


「でもまぁ」


⸻


 レイが立ち上がる。


⸻


「ちょっとマシになったなら良かったわ」


⸻


「……どした急に」


⸻


「別にー」


⸻


 レイは照れ隠しみたいに笑った。


⸻


「朝になったら仕事だし帰る」


⸻


「だる」


⸻


「お前も働け」


⸻


「……考えとく」


⸻


「それ絶対行かないやつ」


⸻


 レイはヘルメットを被る。


 エンジン音。


 赤いテールランプ。


⸻


「また連絡する」


⸻


「おう」


⸻


「死ぬなよ」


⸻


「誰が」


⸻


「お前」


⸻


 レイは笑って走り去った。


 静けさだけが残る。


⸻


「レイちゃん優しいねぇ」


⸻


「……まぁ」


⸻


「昔っから悠ちゃんのこと好きやもん」


⸻


 悠の動きが止まる。


⸻


「は?」


⸻


「え?」


⸻


 メアリーも固まる。


⸻


「……あれ?」


⸻


「なんで私こんなこと言ったんやろ」


⸻


 悠は黙った。


 メアリー自身も、

 少し驚いた顔をしている。


⸻


「……なんか変」


⸻


 メアリーは自分の胸元を押さえる。


⸻


「最近さ」


⸻


「時々、自分じゃないみたいになる」


⸻


 夜明け前の風が吹いた。


 空が少しだけ白くなり始める。


 悠はその横顔を見ながら、

 胸の奥に小さな不安が広がっていくのを感じていた。


⸻


後書き


第8話でした。


今回は、

「止まっていた時間が少し動き始める」

回です。


悠だけじゃなく、

レイもまた、

過去に囚われた側の人間なんですよね。


そしてメアリーの中でも、

少しずつ“違和感”が大きくなり始めています。


ただまだ、

誰も“死”を直視していません。


だからこそ、

今の時間が少し切ない。


ではまた次回。

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