夏の残響
前書き
「このままでいいのかな」
そう思いながら、
結局なにも変えられないまま、
毎日だけが過ぎていく。
でも時々、
誰かが勝手に引っ張り出してくる。
止まっていた感情を。
今回は、
そんな夜です。
Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第9話
夏の残響
午後九時過ぎ。
横浜駅西口から歩いて十分ほど。
繁華街の外れにある雑居ビルの地下で、
小さなライブイベントが始まっていた。
古いライブハウス。
駅前の明るさから少し離れただけなのに、
階段を下りれば、そこだけ別の時間が流れているようだった。
薄暗い照明。
湿気。
アルコールの匂い。
地下特有の熱気が充満している。
壁には無数のステッカー。
名前も知らないバンドのフライヤー。
どこか時代に取り残された空間だった。
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「うわー!!」
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メアリーが目を輝かせる。
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「こういうとこ懐かしい!」
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「来たことねぇだろ」
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「あるもん!」
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「レイちゃんのライブ見た!」
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「……あー」
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悠は少し思い出す。
高校時代。
富山の小さいライブハウス。
レイは昔から、
音楽だけは本気だった。
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「おー黒瀬!!」
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地下奥からシンが手を振る。
相変わらずうるさい。
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「マジで来たじゃん!」
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「レアイベントすぎるだろ!」
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「……帰ろかな」
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「帰んな帰んな!!」
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シンは無理やり悠の肩を引っ張る。
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「今日レイ機嫌悪ぃから助けて」
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「知らねぇよ」
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「仕事でクソ客に当たったらしい」
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「いつものことだろ」
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その時。
ステージ裏のカーテンが開く。
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「……うわ」
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レイが出てきた。
黒タンクトップ。
スカジャンを腰へ巻いている。
汗で少し濡れた髪。
目つきが悪い。
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「なんでいんの」
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「シンに連れてこられた」
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「帰れ」
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「お前毎回それ言うな」
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レイは鼻で笑う。
だが少しだけ、
安心した顔をしていた。
メアリーはそんな二人を見ながら、
ニヤニヤしている。
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「青春や〜」
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「うるせぇ」
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ライブが始まる。
重低音。
ギター。
ドラム。
狭い箱に音が響き渡る。
客は多くない。
だが皆、
どこか必死だった。
昼間は倉庫。
工場。
バイト。
夜だけ、
ここで別人になる。
そんな人間たちだった。
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ステージの上。
レイは別人みたいだった。
鋭い目。
汗。
マイクを握る手。
叫ぶみたいに歌う。
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「……すげぇな」
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悠がぽつりと呟く。
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「やろ?」
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メアリーが嬉しそうに笑う。
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「レイちゃん昔からカッコよかったもん」
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照明が揺れる。
爆音。
歓声。
その瞬間だった。
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悠はふと思い出す。
富山の夏。
防波堤。
レイが言っていた。
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『東京行く』
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『でっかいとこでライブやる』
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あの頃は。
本当にできる気がしていた。
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「……悠ちゃん」
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「ん」
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「なんか泣きそうな顔しとる」
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「してねぇよ」
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「しとる」
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メアリーは少し笑う。
その横顔が、
妙に優しかった。
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ライブ終了後。
地下通路。
汗と煙草の匂い。
レイは壁にもたれながら缶ビールを開けた。
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「はぁー……」
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「疲れた」
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「お疲れ」
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「珍し」
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「何が」
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「お前が素直」
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「……気分」
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レイは少し吹き出す。
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「つーかさ」
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「悠」
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「ん」
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「お前最近ちょっと変わった」
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「……そうか?」
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「前もっと死んでた」
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「ひでぇ」
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「マジで」
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レイは少し真面目な顔になる。
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「なんか今さ」
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「ちゃんと“ここ”いる感じする」
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悠は返事をしなかった。
その理由を、
自分でも分かっていたから。
メアリーがいる。
ただそれだけで。
止まっていた何かが、
少しだけ動き始めていた。
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「……ねぇ」
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その時だった。
メアリーが小さく呟く。
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「ん?」
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メアリーは、
ライブハウス奥の非常口を見ていた。
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「……なんやろ」
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「また?」
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「うん……」
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顔色が少し悪い。
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「なんか」
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「ここ、知っとる気する」
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「いや初めてだろ」
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「違う」
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メアリーは額を押さえる。
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「暗くて」
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「怖くて」
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「誰かおって――」
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そこで言葉が止まる。
突然、
ライブハウスの照明が一瞬だけ落ちた。
真っ暗。
ほんの数秒。
でも。
その瞬間。
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「いやっ……!!」
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メアリーが小さく悲鳴を上げた。
悠の心臓が跳ねる。
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「メアリー?」
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照明が戻る。
メアリーは肩を震わせていた。
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「……ごめん」
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「なんか今」
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「すごい怖かった」
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悠は黙る。
胸の奥が妙にざわつく。
まだ分からない。
でも確実に。
メアリーの記憶の奥で、
何かが目を覚まし始めていた。
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後書き
第9話でした。
今回は、
「夜の居場所」
がテーマです。
ライブハウスって、
夢を諦めきれない人たちが集まる場所なんですよね。
昼は現実。
夜だけ、
少しだけ夢を見る。
レイはまさに、
そういう人間です。
そしてメアリーの記憶も、
少しずつ“恐怖”へ近づき始めています。
でもまだ、
誰も真実を知らない。
だから今はまだ、
夏の続きをやっています。




