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Appearing ― 突然、君からのメッセージ ―  作者: 和泉發仙


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11/90

帰れない夏

前書き


人は、

「忘れたくない」と思うほど、

少しずつ忘れていく。


声。

匂い。

夏の空気。


だから時々、

突然胸が苦しくなる。


「あれ、何か大事なことを忘れてる」


みたいに。


今回は、

そんな夜です。


⸻



Appearing


― 突然、君からのメッセージ ―


 午後十一時過ぎ。


 ライブハウスを出た頃には、

 横浜駅西口はすっかり夜の顔になっていた。


 ビブレの前を行き交う若者たち。


 居酒屋から出てくる酔っ払い。


 ドン・キホーテの派手な明かり。


 客待ちのタクシー。


 雑居ビルを埋め尽くす看板。


 地下の熱気から解放された夜風が、

 少しだけ気持ちよかった。


⸻


「……あっつ」


⸻


 レイがスカジャンを肩へ引っかけながら歩く。


 汗で髪が少し乱れていた。


⸻


「今日人多かったな」


⸻


「三十人くらい?」


⸻


「終わってんな」


⸻


「地下箱なんてそんなもんだろ」


⸻


 シンが笑う。


 その横で、

 メアリーはまだ少し静かだった。


⸻


「……大丈夫か?」


⸻


 悠が小さく聞く。


⸻


「うん」


⸻


 メアリーは笑おうとする。


 でもどこかぎこちなかった。


⸻


「なんかね」


⸻


「ちょっとだけ頭痛い」


⸻


「帰るか」


⸻


「平気やよ」


⸻


 そう言いながら、

 メアリーは夜空を見上げた。


⸻


「……でも」


⸻


「なんか今日変やった」


⸻


 悠は何も言えなかった。


 ライブハウスでのあの反応。


 照明が落ちた瞬間の悲鳴。


 あれは。


 今までとは少し違った。


⸻


「おーい」


⸻


 後ろからレイが振り返る。


⸻


「腹減った」


⸻


「ラーメン行かね?」


⸻


「太るぞ」


⸻


「今さら?」


⸻


「確かに」


⸻


 レイとシンが笑う。


 メアリーも少しだけ吹き出した。


⸻


 駅裏の小さなラーメン屋。


 油の匂い。


 古い換気扇。


 深夜営業特有の空気。


 夜勤帰りや酔っ払いが数人いる。


⸻


「うわ懐かし」


⸻


 メアリーが店内を見回す。


⸻


「こういう店好きやった」


⸻


「お前毎回チャーハン頼んで残してたよな」


⸻


「だって量多いもん」


⸻


「学習しろよ」


⸻


 悠は少し笑った。


 自然だった。


 本当に。


 昔みたいだった。


⸻


「黒瀬ぇ〜」


⸻


 シンがニヤニヤする。


⸻


「お前最近顔柔らかくなったよな」


⸻


「そうか?」


⸻


「前もっと“世界滅びろ”みたいな顔してた」


⸻


「どんな顔だよ」


⸻


「工場ゾンビ顔」


⸻


 レイが吹き出した。


⸻


「それはちょっと分かる」


⸻


「お前まで言うな」


⸻


 笑い声。


 湯気。


 深夜のラーメン屋。


 その空気を、

 メアリーは静かに見ていた。


⸻


「……いいねぇ」


⸻


「ん?」


⸻


「こういうの」


⸻


「みんなで夜ご飯」


⸻


 悠は箸を止める。


 その言い方が、

 妙に胸へ刺さった。


 まるで。


 “もう出来ないもの”

を見ているみたいだったから。


⸻


「……メアリー?」


⸻


「んー?」


⸻


「お前さ」


⸻


「最近なんか変だぞ」


⸻


 メアリーは少し黙る。


⸻


「……うん」


⸻


「自分でも分かる」


⸻


 店のテレビでは、

 深夜ニュースが流れていた。


 芸能ニュース。


 天気予報。


 お盆渋滞。


 なんでもない情報。


 でもその時だった。


⸻


『――神奈川県内では本日も熱中症警戒アラートが――』


⸻


 テレビ画面。


 夜の港エリア映像。


 コンテナ置き場。


 赤いランプ。


 雨で濡れた道路。


⸻


「――っ」


⸻


 突然。


 メアリーの顔色が変わった。


⸻


「おい?」


⸻


 メアリーはテレビを見たまま固まっている。


⸻


「……雨」


⸻


「は?」


⸻


「暗くて」


⸻


「寒くて」


⸻


 呼吸が乱れ始める。


⸻


「メアリー!」


⸻


「いや……」


⸻


「待って」


⸻


 メアリーは頭を押さえた。


⸻


「なんか」


⸻


「誰か――」


⸻


 そこで。


 映像が切り替わる。


 普通のニュースへ戻る。


 メアリーの呼吸だけが荒い。


⸻


「……ごめ」


⸻


「なんか分からん」


⸻


 悠は何も言えなかった。


 レイとシンは、

 当然メアリーが見えていない。


 だから:


⸻


「おい黒瀬?」


⸻


「大丈夫か?」


⸻


 心配そうに悠を見るだけだった。


⸻


「……あぁ」


⸻


「平気」


⸻


 平気じゃなかった。


 悠には分かってしまった。


 少しずつ。


 確実に。


 メアリーは、

 “死”へ近づいている。


⸻


 帰り道。


 深夜一時。


 街は少し静かになっていた。


 レイはバイクへ跨がる。


⸻


「じゃ、またな」


⸻


「……おう」


⸻


「お前も少しは外出ろよ」


⸻


「引きこもると腐るぞ」


⸻


「もう腐ってる」


⸻


「知ってる」


⸻


 レイは笑う。


 でもその目は、

 少しだけ優しかった。


⸻


 バイクが走り去る。


 静寂。


 残ったのは、

 悠とメアリーだけだった。


⸻


「……ごめんね」


⸻


 メアリーが小さく呟く。


⸻


「なにが」


⸻


「なんか最近」


⸻


「変なことばっか」


⸻


 悠は少し黙ったあと、

 夜空を見上げた。


⸻


「……別にいい」


⸻


「え?」


⸻


「今いるだけでいい」


⸻


 メアリーは目を丸くした。


⸻


「……悠ちゃん」


⸻


「ん」


⸻


「ちょっと大人になった?」


⸻


「うるせぇ」


⸻


 メアリーが笑う。


 その笑顔を見ながら。


 悠はふと思った。


 もし本当に。


 また失うなら。


 今度こそ、

 ちゃんと向き合わなきゃいけないのかもしれない。


⸻


後書き


第10話でした。


今回は、

“戻ってきた日常の温かさ”

と、

“少しずつ近づく違和感”

を同時に描いています。


今の段階ではまだ、

ホラーよりも青春寄り。


でも少しずつ、

メアリーの記憶の奥で

“何か”

が動き始めています。


そして悠も、

ただ止まっているだけだった人間から、

少しずつ変わり始めています。


ではまた次回。

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