夏の自販機
前書き
人は、
「もう終わった」と思っているものほど、
本当は終わっていなかったりする。
夢。
青春。
恋愛。
あるいは、
誰かへの気持ちも。
今回は、
少しだけ“昔の距離感”が戻る夜です。
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Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第11話
夏の自販機
午後十時二十分。
反町駅から少し離れた、首都高の高架下。
夜風がぬるかった。
昼間の熱が、
まだアスファルトへ残っている。
黒瀬 悠は、
自販機の前でぼんやり缶コーヒーを眺めていた。
買う気はない。
ただ立っているだけだった。
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「絶対疲れとるね」
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隣でメアリーが言う。
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「顔死んどる」
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「元からだろ」
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「最近ちょっと戻った思ったのに」
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「知らねぇ」
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メアリーは呆れたように笑った。
でもその顔は、
どこか安心しているようにも見えた。
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「ねぇ」
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「ん」
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「悠ちゃんさ」
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「昔もっと喋っとったよね」
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「……そうだっけ」
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「うん」
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メアリーは自販機の明かりを見上げる。
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「海でずっとバイクの話しとった」
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「“免許取ったら遠く行く”とか」
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「レイちゃんと三人で北海道行くとか」
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悠は少しだけ目を細めた。
そんなことも言っていた気がする。
高校時代。
未来なんて、
無限にあると思っていた頃。
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「……結局なんも変わってねぇな」
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ぽつりと呟く。
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「仕事して」
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「酒飲んで」
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「寝て」
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「また仕事」
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「未来とか全然見えねぇし」
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自販機のモーター音だけが静かに響く。
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「……でも」
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メアリーが小さく言った。
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「悠ちゃん、生きとるやん」
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悠は顔を上げる。
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「それだけでも結構すごいことやよ」
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その言葉が、
妙に胸へ残った。
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その時だった。
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「うお、いた」
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後ろから聞き慣れた声。
振り返る。
レイだった。
今日はスカジャンではなく、
黒いオーバーサイズパーカー姿だった。
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「お前らマジで夜行性だな」
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「お前もだろ」
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「私は今仕事帰り」
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レイは眠そうに目を擦る。
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「倉庫クソだるかった」
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「また新人飛んだし」
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「三日?」
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「二日」
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「記録更新じゃん」
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「笑えねー」
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レイは自販機へ小銭を入れる。
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「うわ高っ」
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「なんでコーヒー140円もすんの」
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「知らねぇ」
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「終わってるわこの国」
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レイは缶コーヒーを取り出した。
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「つーかさ」
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「悠」
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「ん」
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「お前工場どうすんの」
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悠は少し黙る。
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「……別に」
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「出た」
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「別にマン」
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「うるせ」
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レイは缶コーヒーを開けながら、
少し真面目な顔をした。
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「いやさ」
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「そのままだとマジで壊れるぞ」
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「……」
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「前のお前さ」
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「なんかずっと水の中いるみたいだったし」
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悠は返事をしなかった。
図星だった。
工場。
夜勤。
陰口。
人手不足。
終わらない疲労。
気づけば、
何も考えなくなっていた。
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「……ねぇ」
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メアリーが小さく呟く。
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「レイちゃん」
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「ん?」
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当然、
レイには聞こえない。
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「ありがと」
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メアリーは少し笑った。
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「悠ちゃんのこと」
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「ちゃんと見とってくれて」
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悠は視線を逸らした。
なんとなく、
聞いてはいけない気がしたから。
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「まぁでも」
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レイが伸びをする。
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「ちょっと最近安心してる」
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「は?」
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「お前笑うようになったし」
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「前マジで終わってたもん」
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「失礼だな」
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「事実じゃん」
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レイは吹き出す。
悠も少し笑った。
その瞬間。
メアリーが、
すごく嬉しそうな顔をした。
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「……やっと笑った」
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その声が、
夜風の中へ溶けていく。
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しばらくして。
三人は近くの河川敷へ歩いていた。
夜の川。
高架橋。
遠くのマンション灯。
虫の声。
静かな場所だった。
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「うわー」
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メアリーが川を覗き込む。
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「夜の川ってなんか怖いね」
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「落ちんなよ」
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「悠ちゃん泳げんもんね」
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「泳げるわ」
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「昔溺れとったやん」
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「足滑っただけだろ」
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レイが笑う。
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「懐かし」
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「お前らほんと昔から変わんねーな」
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その時だった。
メアリーの顔から、
ふっと笑みが消える。
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「……あれ」
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「ん?」
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メアリーは川面を見つめていた。
黒い水。
街灯の反射。
揺れる光。
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「……なんやろ」
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「ここ」
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「なんか怖い」
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悠の胸が少しざわつく。
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「メアリー?」
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「……分からん」
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「でも」
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「水の音、嫌」
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風が吹いた。
川面が揺れる。
メアリーは、
どこか怯えたような顔をしていた。
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その表情を見ながら。
悠は初めて、
小さな恐怖を覚えていた。
もし本当に。
メアリーが、
“思い出し始めている”のだとしたら。
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後書き
第11話でした。
今回は、
「止まっていた感情が戻り始める」
回です。
悠は少しずつ、
“生きること”へ戻り始めています。
そしてレイもまた、
そんな悠をずっと見ていた側の人間です。
一方でメアリーは、
少しずつ“水”や“夜”へ恐怖反応を見せ始めています。
まだ真実には届きません。
でも、
確実に近づいています。
ではまた次回。




