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Appearing ― 突然、君からのメッセージ ―  作者: 和泉發仙


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12/90

夏の自販機

前書き


人は、

「もう終わった」と思っているものほど、

本当は終わっていなかったりする。


夢。

青春。

恋愛。


あるいは、

誰かへの気持ちも。


今回は、

少しだけ“昔の距離感”が戻る夜です。


⸻



Appearing


― 突然、君からのメッセージ ―


第11話


夏の自販機


 午後十時二十分。


反町駅から少し離れた、首都高の高架下。


 夜風がぬるかった。


 昼間の熱が、

 まだアスファルトへ残っている。


 黒瀬 悠は、

 自販機の前でぼんやり缶コーヒーを眺めていた。


 買う気はない。


 ただ立っているだけだった。


⸻


「絶対疲れとるね」


⸻


 隣でメアリーが言う。


⸻


「顔死んどる」


⸻


「元からだろ」


⸻


「最近ちょっと戻った思ったのに」


⸻


「知らねぇ」


⸻


 メアリーは呆れたように笑った。


 でもその顔は、

 どこか安心しているようにも見えた。


⸻


「ねぇ」


⸻


「ん」


⸻


「悠ちゃんさ」


⸻


「昔もっと喋っとったよね」


⸻


「……そうだっけ」


⸻


「うん」


⸻


 メアリーは自販機の明かりを見上げる。


⸻


「海でずっとバイクの話しとった」


⸻


「“免許取ったら遠く行く”とか」


⸻


「レイちゃんと三人で北海道行くとか」


⸻


 悠は少しだけ目を細めた。


 そんなことも言っていた気がする。


 高校時代。


 未来なんて、

 無限にあると思っていた頃。


⸻


「……結局なんも変わってねぇな」


⸻


 ぽつりと呟く。


⸻


「仕事して」


⸻


「酒飲んで」


⸻


「寝て」


⸻


「また仕事」


⸻


「未来とか全然見えねぇし」


⸻


 自販機のモーター音だけが静かに響く。


⸻


「……でも」


⸻


 メアリーが小さく言った。


⸻


「悠ちゃん、生きとるやん」


⸻


 悠は顔を上げる。


⸻


「それだけでも結構すごいことやよ」


⸻


 その言葉が、

 妙に胸へ残った。


⸻


 その時だった。


⸻


「うお、いた」


⸻


 後ろから聞き慣れた声。


 振り返る。


 レイだった。


 今日はスカジャンではなく、

 黒いオーバーサイズパーカー姿だった。


⸻


「お前らマジで夜行性だな」


⸻


「お前もだろ」


⸻


「私は今仕事帰り」


⸻


 レイは眠そうに目を擦る。


⸻


「倉庫クソだるかった」


⸻


「また新人飛んだし」


⸻


「三日?」


⸻


「二日」


⸻


「記録更新じゃん」


⸻


「笑えねー」


⸻


 レイは自販機へ小銭を入れる。


⸻


「うわ高っ」


⸻


「なんでコーヒー140円もすんの」


⸻


「知らねぇ」


⸻


「終わってるわこの国」


⸻


 レイは缶コーヒーを取り出した。


⸻


「つーかさ」


⸻


「悠」


⸻


「ん」


⸻


「お前工場どうすんの」


⸻


 悠は少し黙る。


⸻


「……別に」


⸻


「出た」


⸻


「別にマン」


⸻


「うるせ」


⸻


 レイは缶コーヒーを開けながら、

 少し真面目な顔をした。


⸻


「いやさ」


⸻


「そのままだとマジで壊れるぞ」


⸻


「……」


⸻


「前のお前さ」


⸻


「なんかずっと水の中いるみたいだったし」


⸻


 悠は返事をしなかった。


 図星だった。


 工場。


 夜勤。


 陰口。


 人手不足。


 終わらない疲労。


 気づけば、

 何も考えなくなっていた。


⸻


「……ねぇ」


⸻


 メアリーが小さく呟く。


⸻


「レイちゃん」


⸻


「ん?」


⸻


 当然、

 レイには聞こえない。


⸻


「ありがと」


⸻


 メアリーは少し笑った。


⸻


「悠ちゃんのこと」


⸻


「ちゃんと見とってくれて」


⸻


 悠は視線を逸らした。


 なんとなく、

 聞いてはいけない気がしたから。


⸻


「まぁでも」


⸻


 レイが伸びをする。


⸻


「ちょっと最近安心してる」


⸻


「は?」


⸻


「お前笑うようになったし」


⸻


「前マジで終わってたもん」


⸻


「失礼だな」


⸻


「事実じゃん」


⸻


 レイは吹き出す。


 悠も少し笑った。


 その瞬間。


 メアリーが、

 すごく嬉しそうな顔をした。


⸻


「……やっと笑った」


⸻


 その声が、

 夜風の中へ溶けていく。


⸻


 しばらくして。


 三人は近くの河川敷へ歩いていた。


 夜の川。


 高架橋。


 遠くのマンション灯。


 虫の声。


 静かな場所だった。


⸻


「うわー」


⸻


 メアリーが川を覗き込む。


⸻


「夜の川ってなんか怖いね」


⸻


「落ちんなよ」


⸻


「悠ちゃん泳げんもんね」


⸻


「泳げるわ」


⸻


「昔溺れとったやん」


⸻


「足滑っただけだろ」


⸻


 レイが笑う。


⸻


「懐かし」


⸻


「お前らほんと昔から変わんねーな」


⸻


 その時だった。


 メアリーの顔から、

 ふっと笑みが消える。


⸻


「……あれ」


⸻


「ん?」


⸻


 メアリーは川面を見つめていた。


 黒い水。


 街灯の反射。


 揺れる光。


⸻


「……なんやろ」


⸻


「ここ」


⸻


「なんか怖い」


⸻


 悠の胸が少しざわつく。


⸻


「メアリー?」


⸻


「……分からん」


⸻


「でも」


⸻


「水の音、嫌」


⸻


 風が吹いた。


 川面が揺れる。


 メアリーは、

 どこか怯えたような顔をしていた。


⸻


 その表情を見ながら。


 悠は初めて、

 小さな恐怖を覚えていた。


 もし本当に。


 メアリーが、

 “思い出し始めている”のだとしたら。



⸻


後書き


第11話でした。


今回は、

「止まっていた感情が戻り始める」

回です。


悠は少しずつ、

“生きること”へ戻り始めています。


そしてレイもまた、

そんな悠をずっと見ていた側の人間です。


一方でメアリーは、

少しずつ“水”や“夜”へ恐怖反応を見せ始めています。


まだ真実には届きません。


でも、

確実に近づいています。


ではまた次回。

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