↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Appearing ― 突然、君からのメッセージ ―  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/90

雨の匂い

前書き


人は、

思い出したくないことほど、

心の奥へ沈めようとする。


でも記憶って、

完全には消えてくれない。


匂い。

音。

景色。


ふとした瞬間に、

勝手に浮かび上がってくる。


今回は、

そんな夜です。


⸻


Appearing


― 突然、君からのメッセージ ―


第12話


雨の匂い


 午後六時過ぎ。


 東神奈川の空は、

 昼間からずっと重たかった。


 湿った風。


 灰色の雲。


 遠くで鳴る雷。


 夏の終わりが近づいているみたいな空気だった。


 黒瀬 悠は、

 コンビニの軒下でタバコを吸うサラリーマンをぼんやり眺めていた。


 今日は珍しく、

 工場へ行った。


 仮病続きだったせいで、

 さすがにこれ以上休むと面倒になると思ったからだ。


 だが。


 やっぱり行かなきゃよかったと、

 今は心底思っていた。


⸻


「黒瀬ぇ!!」


⸻


 主任の怒鳴り声。


 止まるライン。


 人手不足。


 陰口。


⸻


『またアイツ?』


⸻


『最近サボりすぎじゃね』


⸻


『派遣っていいよな〜責任なくて』


⸻


 聞こえるように言う声。


 悠は全部、

 聞こえないフリをしていた。


 そうしないと、

 やっていけなかった。


⸻


「……疲れた」


⸻


 小さく呟く。


⸻


「お疲れさまやよ」


⸻


 隣でメアリーが笑う。


 工場帰りの悠を、

 ずっと待っていたらしい。


⸻


「悠ちゃん今日ずっと死にそうな顔しとった」


⸻


「元からだろ」


⸻


「いや今日ほんとヤバかった」


⸻


 メアリーは少し困った顔をした。


⸻


「なんか見てて苦しかった」


⸻


 悠は返事をしなかった。


 言われなくても分かっている。


 最近、

 少し戻り始めていた感情が。


 また仕事へ行った瞬間、

 全部押し潰されそうになった。


⸻


「……帰るか」


⸻


「うん」


⸻


 歩き始めた瞬間。


 ぽつり。


 雨が落ちてきた。


⸻


「うわ」


⸻


「降ってきた」


⸻


 数秒後には、

 本降りだった。


 アスファルトを叩く雨音。


 車の水しぶき。


 湿った空気。


 二人は近くの高架下へ駆け込む。


⸻


「はぁ……」


⸻


 悠は壁にもたれた。


 メアリーは雨を見つめている。


 その横顔が、

 どこか不安そうだった。


⸻


「……メアリー?」


⸻


「……うん」


⸻


 返事が小さい。


⸻


「どうした」


⸻


「なんか」


⸻


 メアリーは胸元を押さえる。


⸻


「雨の匂い、嫌」


⸻


 悠の胸がざわつく。


⸻


「……またか」


⸻


「ごめん」


⸻


「最近ちょっと変なん」


⸻


 雨音が強くなる。


 高架下へ吹き込む湿った風。


 街灯の光が、

 濡れた道路へ反射していた。


⸻


「……あれ」


⸻


 メアリーが小さく呟く。


⸻


「ん?」


⸻


「ここ」


⸻


 高架下の奥。


 薄暗い通路。


 落書き。


 古い自販機。


 その景色を見た瞬間。


 メアリーの顔色が変わった。


⸻


「……っ」


⸻


「メアリー?」


⸻


「いや」


⸻


「待って」


⸻


 呼吸が乱れ始める。


⸻


「暗くて」


⸻


「寒くて」


⸻


「誰かおって――」


⸻


 言葉が止まる。


 メアリーは頭を押さえた。


⸻


「わからん……」


⸻


「でも怖い」


⸻


 悠は何も言えなかった。


 ただ隣へ座る。


 昔みたいに。


⸻


「……大丈夫」


⸻


「うん……」


⸻


 メアリーは少しだけ肩を震わせていた。


⸻


「悠ちゃん」


⸻


「ん」


⸻


「手」


⸻


「は?」


⸻


「なんか怖い」


⸻


 悠は少し迷ってから、

 そっと手を伸ばした。


 触れられるか分からなかった。


 でも。


⸻


「……あ」


⸻


 触れた。


 少し冷たい。


 でも確かにそこにいた。


⸻


「……触れた」


⸻


 メアリーが驚いた顔をする。


⸻


「今まで触れんかったのに」


⸻


 悠も言葉を失う。


 雨音だけが響く。


 メアリーは、

 少し安心したみたいに笑った。


⸻


「……なんか」


⸻


「夢じゃないみたい」


⸻


 その言葉が、

 妙に胸へ残った。


⸻


 その時だった。


⸻


「うわマジ降ってんじゃん」


⸻


 高架下へレイが飛び込んでくる。


 スカジャン。


 びしょ濡れ。


⸻


「お前ら何してんの」


⸻


「雨宿り」


⸻


「見りゃ分かる」


⸻


 レイは髪をかき上げながら、

 悠の隣へ座った。


⸻


「つーか今日仕事行ったんだ」


⸻


「……まぁ」


⸻


「で?」


⸻


「死んだ?」


⸻


「半分くらい」


⸻


「だろーね」


⸻


 レイは苦笑する。


⸻


「ほんとあの工場クソだな」


⸻


「辞めりゃいいのに」


⸻


「金ねぇし」


⸻


「それなー」


⸻


 レイは空を見上げた。


 雨。


 ネオン。


 高架下。


 夏の終わりみたいな夜だった。


⸻


「……でもさ」


⸻


 レイがぽつりと言う。


⸻


「最近のお前」


⸻


「ちょっとだけ人間っぽいぞ」


⸻


「なんだそれ」


⸻


「前マジで幽霊みたいだったし」


⸻


 悠は少しだけ笑った。


 その横で。


 メアリーも笑っていた。


⸻


 でもその笑顔の奥に、

 小さな怯えが残っていることを。


 悠だけは気づいていた。


⸻


後書き


第12話でした。


今回は、

“雨”

をテーマにしています。


メアリーの記憶の奥には、

確実に“雨の夜”が存在しています。


ただ、

まだ本人は繋がっていない。


そして今回は初めて、

悠とメアリーが“触れ合う”描写を入れています。


この変化が、

今後かなり重要になっていきます。


ではまた次回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。