ただいま
Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第83話
ただいま
前書き
帰る。
その言葉は。
簡単だった。
家へ帰る。
ただ。
それだけ。
でも。
十二年前。
帰れなかった少女にとって。
その数歩は。
どんな怪異より。
遠かった。
⸻
午後六時五十分
海鳴町・時計台前
人。
少しずつ。
帰っていく。
圭介。
母のところへ。
紗季。
白石屋へ。
透と蓮。
二人の家へ。
春人。
白い花。
持って。
歩く。
直哉。
警察へ。
榊原と宮本も。
仕事。
戻る。
時計台。
前。
残った。
ヨル。
久我。
悠。
メアリー。
ヨル。
瀬川の。
帽子。
胸。
抱えている。
メアリー。
「ヨル。」
ヨル。
顔。
上げる。
「何。」
「これから。」
「どうする?」
ヨル。
久我を見る。
久我。
「とりあえず。」
「帰る。」
ヨル。
「帰る。」
その言葉。
確かめる。
ように。
繰り返す。
メアリー。
笑う。
「そっか。」
ヨル。
「メアリーは?」
メアリー。
少し。
止まる。
悠を見る。
それから。
「私も。」
「帰る。」
ヨル。
「どこ。」
メアリー。
海鳴町。
住宅街。
その先。
「家。」
ヨル。
頷く。
「じゃあ。」
「また。」
メアリー。
「うん。」
「また。」
ヨル。
久我と。
歩いていく。
瀬川の帽子。
抱いたまま。
悠。
その背中。
見送る。
「行くか。」
メアリー。
「うん。」
でも。
動かない。
「……。」
悠。
「どうした。」
「ちょっと。」
「怖い。」
悠。
「行きたくない?」
メアリー。
首。
横。
「行きたい。」
「だから。」
「怖い。」
悠。
分かる。
「じゃ。」
一歩。
先。
歩く。
「ゆっくり。」
メアリー。
少し。
遅れて。
ついてくる。
「うん。」
⸻
午後七時十一分
海鳴町・住宅街
メアリー。
止まる。
一軒。
家。
見る。
悠も。
見る。
「ここ?」
「うん。」
十二年前。
見た。
家。
でも。
変わっている。
外壁。
塗り直されている。
門灯。
新しい。
庭木。
大きく。
なっている。
それでも。
形。
同じ。
表札。
ANDERSON
残っている。
悠。
「まだ。」
「あるな。」
メアリー。
返事。
しない。
玄関。
見る。
「お父さん。」
「お母さん。」
声。
小さい。
「まだ。」
「ここに。」
「いるんかな。」
悠。
「確認しよう。」
「待って。」
「うん。」
一分。
二分。
メアリー。
深呼吸。
「……いい。」
悠。
インターホン。
押す。
ピンポーン。
普通の。
音。
十二年前なら。
何度も。
聞いた。
音。
足音。
近づく。
扉。
開く。
男性。
立つ。
白髪。
増えた。
顔。
十二年。
歳を重ねている。
悠。
すぐ。
分かる。
メアリーも。
「……お父さん。」
男。
悠を見る。
目。
細める。
「……。」
「黒瀬?」
悠。
驚く。
「はい。」
「黒瀬悠です。」
男。
しばらく。
悠を見る。
「写真で。」
「見たことがある。」
悠。
「写真?」
奥。
女性。
声。
「誰?」
出てくる。
そして。
悠。
見る。
止まる。
メアリー。
母。
「……悠くん?」
悠。
息。
止まる。
メアリー。
「お母さん。」
母。
聞こえない。
でも。
なぜか。
玄関。
外。
悠の横。
見る。
何も。
いない。
場所。
じっと。
見る。
⸻
午後七時十九分
アンダーソン家・居間
写真。
たくさん。
ある。
メアリー。
幼い頃。
小学校。
中学校。
高校。
家族。
海。
祭り。
友達。
その中。
悠。
写っている。
写真も。
ある。
「……これ。」
悠。
一枚。
見る。
父。
「メアリーの。」
「部屋に。」
「あった。」
悠。
十七歳。
自分。
メアリー。
隣。
圭介。
春人。
紗季。
透。
みんな。
笑っている。
メアリー。
悠の肩越し。
覗く。
「若い。」
悠。
「お前は。」
「変わってないだろ。」
「悠ちゃん。」
「若い。」
「うるさい。」
父。
悠を見る。
「誰と。」
「話してる?」
悠。
止まる。
メアリーも。
止まる。
「……。」
母。
何も。
言わない。
悠。
写真。
置く。
「信じてもらえるか。」
「分かりません。」
父。
「何を。」
悠。
メアリーを見る。
「メアリー。」
「今。」
「ここにいます。」
静か。
時計。
音。
聞こえる。
父。
顔。
動かない。
母。
口元。
手。
当てる。
悠。
続ける。
「俺には。」
「見えます。」
「話せます。」
「ずっと。」
「一緒にいました。」
父。
「……。」
「何を。」
「言ってるんだ。」
当然。
悠。
「分かってます。」
「でも。」
「本当です。」
母。
悠の横。
見る。
「メアリー。」
メアリー。
震える。
「お母さん。」
母。
聞こえない。
「いるの?」
悠。
「はい。」
「どこ?」
悠。
自分の。
右。
指す。
「ここ。」
母。
そこを見る。
何も。
ない。
でも。
涙。
落ちる。
「……そう。」
父。
立ち上がる。
窓。
向く。
肩。
震える。
「十二年。」
声。
低い。
「十二年だ。」
悠。
「はい。」
「十二年。」
「何も。」
「分からなかった。」
「はい。」
「死んだのか。」
「生きてるのか。」
「どこにいるのか。」
「はい。」
父。
振り返る。
「今さら。」
「いると言われて。」
「信じろと?」
悠。
「信じなくて。」
「いいです。」
メアリー。
悠を見る。
「悠ちゃん。」
悠。
「俺が。」
「伝えます。」
「メアリーが。」
「言いたかったこと。」
「全部。」
⸻
午後七時四十一分
メアリーの部屋。
扉。
開く。
メアリー。
入れない。
入口。
立つ。
悠。
中。
見る。
十二年前。
そのまま。
ではない。
掃除。
されている。
布団。
ない。
机。
整えられている。
本。
棚。
写真。
小物。
箱。
でも。
残してある。
母。
「捨てられなくて。」
悠。
「……。」
母。
「何回も。」
「片付けようって。」
「思った。」
「でも。」
「明日。」
「帰ってくるかもしれないって。」
メアリー。
泣く。
「お母さん。」
母。
机。
引き出し。
開ける。
「警察にも。」
「見せたもの。」
「全部。」
「返ってきた。」
箱。
出す。
写真。
ノート。
手紙。
悠。
一通。
見る。
表。
名前。
黒瀬悠。
悠。
止まる。
「俺?」
母。
「そう。」
「渡してない。」
「みたい。」
メアリー。
顔。
変わる。
「……。」
悠。
メアリーを見る。
「知ってる?」
「……知らん。」
嘘。
分かる。
「メアリー。」
「知らん。」
「顔。」
「何。」
「分かりやすい。」
「知らん!」
母。
悠。
一人で。
喋っている。
ように。
見える。
少し。
笑う。
「本当に。」
「いるのね。」
悠。
「はい。」
⸻
午後七時五十三分
悠。
手紙。
持つ。
「開けて。」
母。
言う。
悠。
「でも。」
「あなた宛て。」
悠。
メアリーを見る。
メアリー。
両手。
顔。
覆う。
「待って。」
悠。
「何。」
「心の準備。」
「十二年。」
「準備期間。」
「あっただろ。」
「そういう。」
「正論。」
「今いらん。」
悠。
笑う。
どこかで。
今日。
聞いた。
言葉。
封。
開く。
紙。
広げる。
字。
十七歳。
メアリー。
悠ちゃんへ
祭りが終わったら。
海に行きませんか。
できれば。
二人で。
悠。
止まる。
メアリー。
「読まんでいい。」
「読む。」
「やめて。」
「俺宛て。」
「十二年前の私!」
「お前だろ。」
「違う!」
「何が。」
悠。
続ける。
私は。
悠ちゃんが好きです。
悠。
止まる。
メアリー。
しゃがむ。
「……。」
もし。
悠ちゃんが。
私のことを。
そういうふうに。
見てなくても。
友達では。
いてください。
お願いします。
メアリー
静か。
悠。
手紙。
見る。
メアリー。
床。
見ている。
「……最悪。」
悠。
「何が。」
「十二年後に。」
「本人の前で。」
「読まれるとか。」
「書いたの。」
「お前。」
「十七歳の私。」
「同一人物。」
「違う。」
「同一人物。」
メアリー。
顔。
上げる。
真っ赤。
「返事。」
悠。
「しただろ。」
「いつ。」
「今日。」
メアリー。
止まる。
公園。
18:10。
『好きだよ。』
『私も。』
思い出す。
「……。」
悠。
「十二年。」
「遅れたけど。」
メアリー。
「校長先生。」
「何。」
「遅れても。」
「いいって。」
悠。
吹き出す。
「そういう意味じゃ。」
「ないだろ。」
「校長先生。」
「許してくれた。」
「恋愛の。」
「責任。」
「校長に。」
「押しつけんな。」
メアリー。
笑う。
泣きながら。
笑う。
母。
二人。
見えない。
会話。
聞けない。
でも。
悠の顔。
見て。
少し。
笑う。
⸻
午後八時十六分
居間。
父。
座っている。
悠。
事件。
全部ではない。
話せる範囲。
話す。
十二年前。
海。
旧社。
橘先生。
地下。
メアリーが。
最後まで。
生きていたこと。
誰かを。
守ろうとしたこと。
そして。
見つかったこと。
父。
俯く。
母。
手。
握る。
「一人だった?」
母。
聞く。
悠。
メアリーを見る。
メアリー。
首。
横。
悠。
「いいえ。」
「最後。」
「一人じゃ。」
「なかったです。」
ヨル。
いた。
橘。
追った。
そして。
メアリーは。
悠のところへ。
帰ろうとした。
父。
目。
閉じる。
「そうか。」
それだけ。
⸻
午後八時三十七分
玄関。
帰る。
時間。
悠。
靴。
履く。
メアリー。
玄関。
中。
立つ。
動かない。
母。
悠へ。
「また。」
「来てくれる?」
悠。
「はい。」
「メアリーも。」
悠。
「連れてきます。」
母。
泣く。
父。
玄関。
壁。
手。
置く。
「黒瀬。」
「はい。」
「ありがとう。」
悠。
「俺は。」
「何も。」
父。
首。
横。
「連れて。」
「帰ってきてくれた。」
悠。
言葉。
ない。
メアリー。
一歩。
前。
両親。
前。
立つ。
届かない。
触れない。
声。
聞こえない。
それでも。
言う。
「お父さん。」
父。
顔。
上げる。
「お母さん。」
母。
なぜか。
玄関。
中央。
見る。
メアリー。
涙。
落とす。
「ただいま。」
母。
唇。
震える。
そして。
何も。
見えない。
場所へ。
言う。
「おかえり。」
メアリー。
崩れる。
「ただいま。」
「ただいま。」
「ただいま。」
悠。
黙って。
待つ。
十二年。
遅れた。
帰宅。
やっと。
終わる。
⸻
午後八時四十三分
家。
出る。
悠。
スマートフォン。
震える。
透。
『明日、朝9時。海。全員来る。』
悠。
『何』
透。
『最後の写真を撮る。』
悠。
立ち止まる。
昨日。
祭り。
旧カメラ。
最後の一枚。
撮った。
悠。
『昨日。撮っただろ。』
返事。
すぐ。
来る。
『違う。』
『昨日のは。』
『帰ってきた写真。』
少し。
間。
『明日は。』
『これから行く人間の写真。』
悠。
画面。
見る。
メアリー。
横から。
覗く。
「写真。」
「うん。」
「私も?」
「全員。」
メアリー。
少し。
笑う。
「じゃあ。」
「行く。」
悠。
「九時。」
「早い。」
「六時より。」
「遅い。」
「比較対象。」
「お前に。」
「するんじゃなかった。」
⸻
午後九時〇八分
アンダーソン家・メアリーの部屋
悠。
いない。
メアリー。
一人。
ベッド。
ない。
だから。
床。
座る。
昔。
机。
見る。
写真。
見る。
手紙。
置かれていた。
引き出し。
見る。
「……。」
自分の。
部屋。
十二年。
待っていた。
家。
待っていた。
父。
母。
待っていた。
今日。
帰った。
メアリー。
窓。
開ける。
夏。
夜。
匂い。
祭り。
残り。
遠く。
海。
「明日。」
言う。
その言葉。
もう。
怖くない。
少し。
怖い。
でも。
言える。
「明日。」
明日は。
海。
みんな。
写真。
そのあと。
分からない。
だから。
いい。
メアリー。
窓辺。
座る。
「おやすみ。」
誰に。
言ったのか。
自分でも。
分からない。
廊下。
母。
足音。
止まる。
扉。
向こう。
しばらく。
静か。
そして。
小さな声。
「おやすみ。」
メアリー。
目。
閉じる。
笑う。
⸻
第83話「ただいま」 了
次回 第84話「最後の写真」
朝九時。
海。
悠。
メアリー。
圭介。
春人。
紗季。
透。
蓮。
直哉。
ヨル。
帰ってきた人。
残った人。
忘れなかった人。
みんな。
一枚の写真に。
入る。
昨日の写真は。
「帰ってきた写真」。
明日の写真は。
「これから行く人間の写真」。
そして。
メアリーは。
写真の真ん中で。
笑う。




