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Appearing ― 突然、君からのメッセージ ―  作者: 和泉發仙


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79/90

午後六時五十二分

Appearing


― 突然、君からのメッセージ ―


第77話


午後六時五十二分


前書き


「殺すつもりはなかった」


その言葉は、


罪を消してくれない。


けれど。


最初から殺そうとした人間と、


間違った判断を重ね、


取り返しのつかない場所まで来てしまった人間は、


同じではない。


十二年前。


午後六時五十二分。


怪異ではない。


幽霊でもない。


止まった時計でもない。


ただの人間たちが、


選択を間違えた時間。


⸻


午後六時二十二分。


兵庫県内。


県職員住宅。


藤崎隆志は、


一本のカセットテープを見つめていた。


古い透明ケース。


黄ばんだラベル。


そこに、


青いボールペン。


⸻


8月15日 18:52


⸻


橘依子の字。


十二年間。


何度も捨てようとした。


燃やそうとも思った。


海へ投げようとも。


それでも。


できなかった。


理由は。


自分でも分かっている。


これを捨てたら。


本当に。


あの二人が。


いなくなる。


「……。」


スマートフォン。


また。


震える。


県警。


四度目。


藤崎は、


電源を切った。


静寂。


机。


引き出し。


奥。


小さな。


古いカセットレコーダー。


取り出す。


電池。


入れる。


テープ。


セット。


カチ。


再生。


回る。


ザー……。


十二年前の。


雨の音。


⸻


十二年前


八月十五日 午後六時四十七分


海鳴町。


祭り本部公用車。


雨。


ワイパー。


一定。


左右。


左右。


運転席。


藤崎隆志。


二十八歳。


助手席。


空席。


後部座席。


橘依子。


三十四歳。


その隣。


メアリー。


毛布。


濡れた制服。


震える身体。


依子が。


少女の肩を。


抱いている。


『大丈夫。』


『もう大丈夫。』


メアリー。


小さく。


頷く。


『先生。』


『ん?』


『みんな。』


『警察が探してる。』


『でも。』


『今は病院。』


『……うん。』


運転席。


藤崎。


ルームミラー。


見る。


メアリー。


視線。


合う。


藤崎。


すぐ。


前を見る。


メアリー。


何か。


感じる。


『藤崎さん。』


男の肩。


わずかに。


動く。


『はい。』


『時計台のこと。』


依子。


『メアリー。』


『この人も知っとる?』


藤崎。


何も。


答えない。


依子。


『今はいいから。』


メアリー。


『先生も。』


『……。』


『柏木さんも。』


『大石さんも。』


『みんな。』


涙。


『なんで私らだけ。』


『何も知らんかったん。』


依子。


言葉。


ない。


藤崎。


ハンドル。


握る手。


強くなる。


⸻


午後六時四十九分。


交差点。


右。


市民病院。


左。


旧社。


藤崎。


ウインカー。


左。


カチ。


カチ。


依子。


顔。


上げる。


『藤崎さん。』


返事。


ない。


『病院は右です。』


『分かってます。』


車。


左折。


依子。


『ちょっと。』


『どこへ行くんです。』


藤崎。


『確認だけです。』


『何の。』


『時計台。』


依子。


顔。


強張る。


『戻るつもりですか。』


『旧社の入口だけ。』


『駄目です。』


『でも直哉が。』


『駄目です!』


メアリー。


驚く。


藤崎。


『橘先生。』


『あいつが開けた可能性がある。』


『大石さんが行ってます。』


『警察に何ができる。』


『だからって!』


藤崎。


『俺の仕事でもある!』


依子。


『違う!』


車内。


静まる。


雨。


ワイパー。


依子。


低い声。


『あなたは。』


『時計台を壊したかっただけでしょう。』


藤崎。


顔。


変わる。


メアリー。


二人を見る。


藤崎。


『危険だからです。』


依子。


『違う。』


『……。』


『あそこが残ってたら。』


『あなたのお父さんのことまで。』


『いつか出てくるから。』


藤崎。


急に。


ブレーキ。


メアリー。


『きゃっ!』


車。


路肩。


停まる。


藤崎。


振り返る。


『その話を。』


声。


低い。


『この子の前でするな。』


依子。


『だったら病院へ行って。』


『先生。』


『行って!』


藤崎。


前。


向く。


再発進。


しかし。


旧社方面。


そのまま。


⸻


現在。


藤崎。


カセット。


聞く。


自分の声。


十二年前。


若い。


苛立っている。


怯えている。


彼は。


両手で。


顔を覆った。


「……。」


テープ。


回り続ける。


⸻


十二年前


午後六時五十一分


メアリー。


後部座席。


『お父さん?』


藤崎。


答えない。


『先生。』


依子。


『……。』


『藤崎さんのお父さん。』


『時計台で何かあったん?』


藤崎。


『黙ってろ。』


依子。


『藤崎さん!』


メアリー。


『私。』


藤崎。


『黙れ!』


車。


蛇行。


依子。


『車を止めて!』


藤崎。


『もうすぐだ!』


『この子は怪我してるんですよ!』


『分かってる!』


『分かってない!』


依子。


前へ。


身を乗り出す。


『止めて!』


藤崎。


『触るな!』


ハンドル。


揺れる。


車。


旧社へ向かう。


狭い。


海沿い。


右。


崖。


左。


防風林。


メアリー。


『先生!』


依子。


藤崎の肩。


掴む。


『藤崎さん、車を止めて!』


藤崎。


『離せ!』


車。


急ブレーキ。


キィィィッ!!


⸻


午後六時五十二分。


衝撃。


ドンッ!!


カセット。


床。


落ちる。


ザー。


雨。


依子。


『メアリー!』


藤崎。


『くそっ……!』


メアリー。


前席。


ぶつかる。


『痛……。』


依子。


『大丈夫!?』


『うん……。』


藤崎。


『降りるな!』


メアリー。


ドア。


開ける。


『メアリー!』


少女。


外。


雨。


走る。


依子。


追う。


『待って!』


藤崎。


『先生!』


依子。


振り返る。


『病院へ連絡してください!』


『私はメアリーを!』


走る。


雨。


二人。


暗闇。


藤崎。


一人。


車内。


呼吸。


荒い。


そして。


携帯電話。


手。


伸ばす。


救急。


押す。


一。


一。


その時。


遠く。


悲鳴。


メアリー。


『先生!!』


藤崎。


顔。


上げる。


電話。


落とす。


外。


走る。


カセット。


車内。


録音。


続く。


雨。


数秒。


十秒。


二十秒。


そして。


遠く。


男の声。


藤崎ではない。


『何しとんねん!』


依子。


『離してください!』


メアリー。


『やめて!』


男。


『お前らのせいで!』


ノイズ。


風。


次。


衝撃。


そして。


橘依子の悲鳴。


⸻


現在。


藤崎。


停止。


カチ。


手。


震える。


「……。」


そこから先。


聞けない。


十二年間。


一度も。


最後まで。


聞けなかった。


でも。


今日。


再生。


押す。


⸻


ザー……。


十二年前。


依子。


泣いている。


『メアリー……?』


返事。


ない。


藤崎。


遠く。


『先生!』


足音。


近付く。


藤崎。


『何が――』


依子。


『救急車!!』


『早く!!』


藤崎。


『メアリー!?』


男。


息。


荒い。


別の男。


『違う。』


藤崎。


『……。』


『俺は。』


『こんなつもりじゃ。』


依子。


『触らないで!!』


藤崎。


『あんた……。』


男。


『俺は悪くない。』


依子。


『藤崎さん!』


『警察を!』


男。


『やめろ。』


依子。


『離して!』


男。


『警察はやめろ!』


藤崎。


『何言ってんだ!』


男。


『全部バレる!』


藤崎。


『何が!』


沈黙。


そして。


男。


『時計台のことも。』


『あの子のことも。』


藤崎。


『……あの子?』


男。


何も。


答えない。


⸻


藤崎。


現在。


目を閉じる。


その声。


十二年間。


忘れたことは。


一度もない。


怪異に。


消されたわけでもない。


自分で。


忘れたふりをした。


⸻


海鳴町。


午後六時二十七分。


榊原。


宮本。


大石。


パトカー。


走る。


榊原。


「藤崎。」


「電話。」


宮本。


「電源切れました。」


「位置情報。」


「直前まで職員住宅。」


「応援。」


「向かってます。」


大石。


後部座席。


「榊原さん。」


「何。」


「藤崎は。」


「人を殺せるような奴じゃ。」


榊原。


バックミラー。


睨む。


「その言い方。」


「一番嫌いや。」


大石。


「……。」


「人殺す奴が。」


「全員。」


「最初から人殺しの顔してると思う?」


大石。


答えない。


榊原。


「ただ。」


少し。


声。


落とす。


「私も。」


「藤崎が犯人とは。」


「まだ思ってへん。」


宮本。


「先輩。」


「うん。」


「藤崎さんが。」


「三日前。」


「照会した資料。」


「閲覧履歴。」


宮本。


タブレット。


「橘依子。」


「メアリー・アンダーソン。」


「佐伯直哉。」


「瀬川宗一。」


榊原。


「ほか。」


宮本。


止まる。


「一人。」


「誰。」


名前。


表示。


榊原。


目。


細くなる。


「……なるほど。」


⸻


時計台。


午後六時二十九分。


悠。


圭介。


春人。


透。


蓮。


紗季。


直哉。


祭りの端。


階段。


座る。


十二年。


戻った人たち。


警察。


救急。


説明。


できるはずもない。


とりあえず。


「保護」。


それで。


話を進めている。


圭介。


自販機。


缶ジュース。


見つめる。


「……。」


悠。


「何。」


「値段。」


「そこ?」


「高くない?」


悠。


「十二年経ってるから。」


圭介。


「マジかよ。」


蓮。


スマホ。


透の。


触る。


「何これ。」


透。


「スマホ。」


「知ってる。」


「八年前にもあった。」


「違う。」


画面。


「カメラ。」


「めっちゃ綺麗。」


透。


「お前。」


「八年ぶりの感想それ?」


蓮。


「兄ちゃん老けた。」


透。


「帰れ。」


蓮。


「帰ってきたばっか。」


紗季。


笑う。


ほんの少し。


普通。


戻る。


でも。


直哉。


一人。


離れた場所。


座っている。


悠。


隣へ。


「直哉さん。」


「……。」


「メアリー。」


直哉。


「俺が。」


悠。


「違った。」


「でも。」


「俺。」


「落とした。」


「それは。」


「消えない。」


悠。


座る。


「はい。」


直哉。


少し。


驚く。


悠。


「なかったことには。」


「できない。」


「でも。」


「それと。」


「殺したことは。」


「別です。」


直哉。


手。


震える。


「メアリー。」


「生きてたんだな。」


「はい。」


直哉。


顔。


覆う。


「よかった。」


声。


泣いている。


「……よかった。」


十二年。


自分が。


殺したと思っていた。


向こう側で。


ずっと。


それだけを。


抱えていた。


悠。


「直哉さん。」


「何。」


「メアリー。」


「最後に。」


「何か言ってませんでした?」


直哉。


考える。


「俺と。」


「揉み合う前?」


「はい。」


長い。


沈黙。


「……写真。」


悠。


「え。」


「写真を。」


「見たって。」


悠。


「何の。」


直哉。


「分からない。」


「でも。」


記憶。


⸻


十二年前。


雨。


メアリー。


直哉。


『私。』


『見たから。』


直哉。


『何を。』


『写真。』


『昔の。』


『時計台。』


直哉。


顔。


変わる。


『誰に見せてもらった。』


メアリー。


『先生。』


『橘先生?』


頷く。


『そこに。』


『女の子。』


『誰。』


メアリー。


『知らん。』


『でも。』


『その子。』


『後ろに。』


⸻


現在。


直哉。


頭。


押さえる。


「そこまで。」


悠。


「女の子。」


「水城千尋?」


直哉。


「分からん。」


春人。


近く。


聞いていた。


「写真。」


「橘先生。」


透。


「写真部顧問。」


悠。


「だから。」


「持ってても。」


おかしくない。


メアリー。


写真を。


見ていた。


その写真が。


人間側の事件にも。


関係している?


新しい謎。


ではない。


今まで。


写真。


ずっと。


中心。


だった。


透。


「橘先生の写真。」


「どこ。」


紗季。


小さく。


「学校。」


全員。


見る。


「写真部。」


「暗室。」


悠。


「まだある?」


紗季。


「校舎。」


「建て替え。」


「してないなら。」


透。


「ある。」


悠。


「なんで知ってる。」


「十二年。」


「見てたから。」


悠。


「お前。」


「本当に。」


「何でも知ってんな。」


透。


「友達いなかったから。」


蓮。


「兄ちゃん。」


「悲しいこと普通に言うな。」


⸻


その時。


悠。


スマートフォン。


震える。


Mary。


⸻


『車。』


⸻


次。


⸻


『先生と降りた。』


⸻


悠。


立つ。


⸻


『雨。』


⸻


次。


⸻


『誰かいた。』


⸻


春人。


「メアリー?」


悠。


頷く。


五通目。


⸻


『知ってる人。』


⸻


六通目。


⸻


『怒ってた。』


⸻


七通目。


間。


長い。


そして。


⸻


『写真を返せって。』


⸻


透。


「写真。」


悠。


「やっぱり。」


八通目。


⸻


『先生が「これは証拠です」って言った。』


⸻


全員。


顔。


変わる。


何の証拠。


九通目。


⸻


『あの人が言った。』


⸻


悠。


待つ。


十通目。


⸻


『「親父はもう死んだんだ」』


⸻


静寂。


直哉。


顔。


上げる。


「親父?」


悠。


「藤崎?」


透。


「藤崎の父親。」


そして。


十一通目。


⸻


『「今さら掘り返して何になる」』


⸻


悠。


息。


止まる。


写真。


橘先生。


藤崎の父。


時計台。


過去。


榊原。


今。


同じ人物の記録を。


見ている。


⸻


パトカー。


宮本。


「先輩。」


タブレット。


表示。


藤崎隆志が。


三日前に閲覧した。


最後の人物。


榊原。


読み上げる。


「藤崎正臣。」


大石。


「……。」


顔。


変わる。


「知ってる?」


榊原。


大石。


「藤崎隆志の父親。」


「それは分かる。」


「何者。」


大石。


「昔。」


「時計台の。」


「改修工事を。」


「担当してた。」


宮本。


資料。


開く。


「死亡。」


「平成二十二年。」


「七十八歳。」


榊原。


「十二年前は。」


「生きてる。」


宮本。


「はい。」


大石。


何か。


思い出す。


「待って。」


榊原。


「何。」


大石。


「祭りの日。」


「正臣さん。」


「いた。」


「どこ。」


「祭り本部。」


静寂。


「藤崎隆志。」


「じゃない。」


榊原。


「もう一人。」


「藤崎が。」


「おった。」


⸻


県職員住宅。


午後六時三十四分。


チャイム。


藤崎隆志。


動かない。


外。


警察。


「藤崎さん。」


「兵庫県警です。」


男。


カセット。


見つめる。


そして。


ついに。


立つ。


玄関。


歩く。


ドア。


開ける。


警察官。


「藤崎隆志さんですね。」


「はい。」


「少しお話を。」


藤崎。


「その前に。」


手。


カセット。


差し出す。


「これを。」


警察官。


「何ですか。」


藤崎。


涙。


「十二年前。」


「橘依子先生が。」


「録音していたものです。」


「……。」


「それと。」


藤崎。


深く。


息。


「父のことを。」


「話します。」


⸻


十二年前。


午後六時五十二分。


雨。


旧社へ向かう道。


倒れている。


メアリー。


頭。


血。


でも。


呼吸。


ある。


橘依子。


膝。


抱く。


『メアリー!』


藤崎隆志。


走る。


『救急車!』


その前。


男。


一人。


傘。


投げ捨てる。


七十近い。


白髪。


祭り実行委員。


古参。


藤崎正臣。


隆志。


父を見る。


『親父……?』


正臣。


顔。


真っ青。


『隆志。』


『なんで。』


『お前がここに。』


正臣。


答えない。


橘。


怒鳴る。


『藤崎さん!』


隆志。


『先生?』


依子。


メアリー。


抱きながら。


父。


睨む。


『この人が。』


『メアリーを。』


正臣。


『違う!』


橘。


『写真を取り返そうとして!』


隆志。


父を見る。


『写真?』


正臣。


『違う。』


『何の話。』


『隆志。』


『何の写真だよ!』


正臣。


沈黙。


橘。


震える手。


鞄。


抱く。


『昭和二十八年の写真です。』


隆志。


固まる。


橘。


『水城千尋が消えた夜。』


正臣。


顔。


変わる。


そして。


『あなたも写ってる。』


⸻


現在。


藤崎隆志。


警察官の前。


目。


閉じる。


「父は。」


「十二年前。」


「メアリーを。」


声。


震える。


「殺そうとしたんじゃない。」


「でも。」


「先生が持っていた写真を。」


「奪おうとした。」


「その時。」


「メアリーが。」


「先生を庇った。」


警察官。


「それで。」


藤崎。


「倒れた。」


「頭を打った。」


「でも。」


「まだ。」


涙。


「まだ生きてた。」


警察官。


「その後は。」


藤崎。


答えられない。


「藤崎さん。」


「その後。」


長い。


長い。


沈黙。


「父が。」


藤崎。


呟く。


「言ったんです。」


⸻


十二年前。


藤崎正臣。


雨。


メアリー。


倒れている。


『救急車を呼ぶ。』


隆志。


携帯。


取る。


父。


腕。


掴む。


『待て。』


『離せ!』


『待て!』


『この子死ぬぞ!』


正臣。


『呼んだら。』


『全部終わる。』


隆志。


『何が!』


正臣。


『町が。』


『俺たちが。』


『何言ってんだ!』


橘。


『藤崎くん!』


『呼んで!』


隆志。


番号。


押す。


父。


携帯。


奪う。


地面。


投げる。


『親父!!』


正臣。


『この子はもう助からん。』


橘。


『助かる!!』


正臣。


『黙れ!!』


雨。


メアリー。


目。


わずかに。


開く。


意識。


ある。


全部。


聞いている。


そして。


小さく。


口。


動く。


『……悠ちゃん。』


⸻


現在。


悠。


時計台。


突然。


胸。


押さえる。


「……。」


春人。


「どうした。」


スマートフォン。


震える。


Mary。


一通。


⸻


『思い出した。』


⸻


悠。


息。


止まる。


次。


⸻


『私、まだ生きてた。』


⸻


次。


⸻


『救急車を呼んでって、先生が言った。』


⸻


悠の目から。


涙。


落ちる。


そして。


最後。


⸻


『でも。』


⸻


間。


⸻


『呼んでくれなかった。』


⸻


悠。


動けない。


殺人。


刃物。


銃。


絞殺。


そんな。


分かりやすいものではなかった。


助けられた。


まだ。


助かったかもしれない。


なのに。


大人たちが。


自分たちの秘密を守るため。


救急車を。


呼ばなかった。


それが。


メアリーの死。


だった。


⸻


県職員住宅。


藤崎隆志。


泣く。


「俺は。」


「呼べた。」


「父を。」


「殴ってでも。」


「電話を。」


「取り返せた。」


「車で。」


「病院へ。」


「運べた。」


「でも。」


警察官。


黙って。


聞く。


藤崎。


「怖かった。」


「父が。」


「町が。」


「時計台が。」


「全部。」


「怖くて。」


「俺は。」


「何もしなかった。」


⸻


その頃。


海鳴町。


祭り本部。


柏木修一。


一人。


椅子。


座る。


遠く。


花火。


ドン。


夜空。


光。


柏木。


目を閉じる。


十二年前。


自分も。


同じ。


記録を隠した。


大石も。


藤崎も。


正臣も。


それぞれ。


「守る」と言った。


町。


家族。


メアリー。


記憶。


でも。


結果。


一人の少女を。


誰も。


守れなかった。


⸻


時計台。


午後六時四十二分。


悠のスマートフォン。


また。


メッセージ。


⸻


『悠ちゃん。』


⸻


悠。


「うん。」


⸻


『私、殺されたんかな。』


⸻


答えられない。


法律なら。


何罪。


誰が。


どこまで。


責任。


それは。


警察。


裁判。


決める。


でも。


メアリーが。


聞いているのは。


そういうことではない。


悠。


スマートフォン。


文字。


打つ。


⸻


『助けてもらえなかった。』


⸻


送る。


既読。


すぐ。


次。


⸻


『そっか。』


⸻


そして。


⸻


『それが一番、嫌やね。』


⸻


悠。


泣く。


メアリー。


怖かった。


痛かった。


でも。


最後まで。


周囲には。


大人がいた。


警察。


教師。


町役場。


町の人。


助けを求めれば。


助かるはずの人たち。


その中で。


死んだ。


それが。


一番。


残酷だった。


⸻


その時。


春人。


「悠。」


「何。」


「いる。」


悠。


顔。


上げる。


時計台広場。


祭りの人混み。


浴衣。


屋台。


提灯。


その向こう。


少女。


一人。


メアリー。


制服。


あの日。


十七歳。


輪郭。


薄い。


でも。


いる。


笑っている。


悠。


立つ。


「メアリー。」


彼女。


手。


振る。


悠。


走る。


人混み。


抜ける。


「メアリー!」


少女。


背を向ける。


歩く。


「待て!」


追う。


神社。


参道。


人。


少なくなる。


森。


夕暮れ。


旧社。


そして。


メアリー。


止まる。


振り返る。


「全部。」


声。


聞こえる。


「思い出した。」


悠。


息。


切れている。


「……うん。」


「私。」


「海で死んだんじゃなかった。」


「うん。」


「直哉さんでもなかった。」


「うん。」


「先生。」


「最後まで。」


「助けようとしてくれた。」


「うん。」


メアリー。


少し。


安心。


「よかった。」


悠。


「何が。」


「先生まで。」


「嫌いにならんで済んだ。」


悠。


涙。


拭く。


「藤崎は。」


「警察が。」


「話聞いてる。」


「うん。」


「藤崎正臣は。」


メアリー。


首。


横。


「もう死んどる。」


「うん。」


「だから。」


メアリー。


「もう。」


「仕返し。」


「できんね。」


悠。


「したかった?」


メアリー。


少し考える。


「さっきまでは。」


「分からんかった。」


「今は。」


「……。」


笑う。


「殴りたい。」


悠。


吹き出す。


涙。


出てるのに。


笑う。


「それくらいは。」


「いいと思う。」


「幽霊パンチ。」


「効くかな。」


「たぶん。」


「無理。」


二人。


笑う。


十二年。


かかって。


ようやく。


メアリーは。


自分の死を。


自分の言葉で。


話せた。


⸻


少し。


沈黙。


蝉。


祭り。


遠く。


花火。


メアリー。


「でも。」


悠。


「何。」


「まだ。」


「一個。」


悠。


嫌な予感。


「あるの?」


メアリー。


「謎じゃない。」


「じゃあ。」


少女。


旧社。


奥。


見る。


「先生。」


悠。


「橘先生。」


「うん。」


「メアリーが倒れたあと。」


「先生。」


「どうなった。」


メアリー。


首。


横。


「分からん。」


「でも。」


「最後に。」


「聞いた。」


悠。


「何を。」


メアリー。


記憶。


⸻


雨。


意識。


遠い。


藤崎正臣。


怒鳴る。


隆志。


動けない。


そして。


橘依子。


メアリーの手。


握る。


『大丈夫。』


泣いている。


『絶対。』


『助けるから。』


誰か。


『先生。』


依子。


振り返る。


『これを。』


『……。』


『持って逃げて。』


⸻


現在。


メアリー。


「先生。」


「何か。」


「渡された。」


悠。


「誰に。」


メアリー。


見る。


旧社。


地下への入口。


「分からん。」


「でも。」


「先生は。」


「そのあと。」


「ここへ来た。」


悠。


「地下道。」


「たぶん。」


「だから。」


メアリー。


「先生。」


「まだ見つかってない。」


⸻


風。


木々。


揺れる。


悠。


旧社。


見る。


十二年前。


橘依子。


行方不明。


公用車。


血痕。


でも。


遺体。


ない。


時計台の怪異。


終わった。


向こう側にも。


彼女は。


いなかった。


なら。


橘依子は。


どこへ。


メアリー。


「悠ちゃん。」


「うん。」


「先生。」


「見つけよ。」


悠。


頷く。


「今度は。」


「ちゃんと。」


旧社。


地下。


十二年前から。


誰も開けていない。


もう一つの。


小さな扉。


そこに。


写真部顧問が。


最後に守ったものが。


残っている。


⸻


――第77話・完――


後書き


メアリーの死の輪郭が、ついにほぼ確定しました。


佐伯直哉との揉み合いによる海への転落では、メアリーは死亡していません。


その後も生存し、橘依子と公用車に乗り、さらに藤崎正臣との争いの中で負傷。


そして最大の悲劇は――


まだ救命できる可能性があったのに、大人たちが秘密の露見を恐れて救急要請を遅らせたこと。


藤崎隆志は直接手を下した犯人ではありません。


しかし、「助けられたのに何もしなかった」という重大な責任を十二年間抱えていました。


一方、橘依子は最後までメアリーを助けようとしていた。


そして彼女自身も、その夜から行方不明のままです。


次回、第78話。


「橘先生」


旧社の地下へ。


今度は怪異を追うためではありません。


一人の教師が十二年前、


何を守り、何を残し、そしてどこへ消えたのか。


物語は「犯人探し」から、最後に残された人を見つける段階へ進みます。

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