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Appearing ― 突然、君からのメッセージ ―  作者: 和泉發仙


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雨の海沿い

Appearing


― 突然、君からのメッセージ ―


第76話


雨の海沿い


前書き


人の記憶は、


出来事を順番どおりには残さない。


怖かったこと。


痛かったこと。


忘れたかったこと。


それらは混ざり、


時には、


原因と結果さえ入れ替える。


だから。


「海へ落ちた」


という記憶があっても。


それが、


死んだ瞬間とは限らない。


⸻


午後五時五十七分。


海鳴町時計台。


十二年間止まっていた時計は、


動いていた。


カチ。


カチ。


カチ。


もう、


六時十分ではない。


五時五十七分。


現実の時間。


ただの時計。


そのことが、


妙に不思議だった。


床には、


帰ってきた人々がいる。


三浦圭介。


神崎春人。


白石紗季。


秋山蓮。


佐伯直哉。


大石俊郎。


そして。


十七歳の姿をした瀬川宗一。


ヨル。


十二年前。


八年前。


もっと昔。


別々の時間から来た人間たちが、


同じ部屋で。


息をしている。


「……兄ちゃん。」


蓮が。


透の前に立つ。


透は。


動かない。


ただ、


弟を見る。


十七歳。


あの日のまま。


「蓮。」


「うん。」


透。


手を伸ばす。


今度は。


触れる。


肩。


そこにある。


「……。」


透の顔が。


一気に崩れた。


「お前……。」


蓮。


笑う。


「ただいま。」


透。


弟の頭を。


思い切り。


引き寄せた。


「遅ぇんだよ……!」


「兄ちゃんも。」


「八年だぞ……!」


「ごめん。」


「謝んな……!」


泣く。


声を上げて。


十二年間。


ほとんど感情を外へ出さなかった男が。


子どものように。


泣いた。


レイが。


顔を背ける。


宮本も。


何も言わない。


榊原だけが。


鼻をすすってから。


「……泣いてへんからな。」


宮本。


「何も言ってません。」


「言いそうな顔しとった。」


「してません。」


少しだけ。


笑い。


でも。


悠は。


笑えなかった。


スマートフォン。


画面。


そこに。


まだ。


メッセージ。


⸻


『私を殺した人を、ちゃんと見つけて。』


⸻


Mary。


メアリー。


いない。


「……。」


悠は。


画面を消した。


「大石さん。」


床に座っていた大石が、


顔を上げる。


「十二年前。」


悠。


「海へ落ちたあと。」


大石の目が。


わずかに動く。


「メアリー。」


「生きてたんですよね。」


静寂。


佐伯直哉が。


顔を上げた。


「……え?」


誰より。


驚いたのは。


彼だった。


⸻


直哉。


二十三歳の姿。


雨に濡れたまま。


十二年前から。


一日も経っていないような顔。


「生きて……。」


悠。


「たぶん。」


直哉。


「でも。」


頭。


抱える。


「俺。」


「俺が。」


「落とした。」


声。


震える。


「腕掴んで。」


「揉み合って。」


「それで。」


「海に。」


悠。


「それは。」


「覚えてる。」


直哉。


顔。


真っ青。


「じゃあ。」


「俺が殺したんじゃ……。」


大石。


「違う。」


全員。


大石を見る。


直哉。


「……。」


大石。


もう一度。


「お前じゃない。」


直哉の口が。


開いたまま。


動かない。


「俊郎さん。」


「メアリーは。」


大石。


目を閉じる。


「生きとった。」


⸻


悠の胸。


強く。


鳴る。


やっぱり。


メッセージ。


正しかった。


海への転落。


それは。


死ではない。


榊原。


すぐに。


刑事へ戻る。


「いつ確認した。」


「午後六時四十分過ぎ。」


「場所。」


「旧防波堤。」


「誰と。」


大石。


答えない。


榊原。


「大石。」


「もう終わったんや。」


「時計台は動いた。」


「向こうからも帰ってきた。」


一歩。


「もう。」


「怪異を理由に。」


「黙る必要ない。」


大石。


「……。」


「十二年前。」


榊原。


「人間がやったことだけ。」


「話せ。」


長い。


沈黙。


そして。


大石は。


小さく。


頷いた。


⸻


十二年前


八月十五日 午後六時三十八分


雨。


海鳴町。


旧防波堤。


大石の白い車が、


急停車する。


ドア。


開く。


大石。


飛び出す。


後ろ。


柏木。


『こっちです!』


走る。


雨。


海。


荒れている。


防波堤。


一足。


靴。


落ちている。


メアリーの。


『メアリー!』


返事。


ない。


柏木。


下を見る。


『大石さん!』


海。


テトラポッド。


その間。


何か。


白い。


腕。


大石。


降りる。


『おい!』


『聞こえるか!』


少女。


動く。


咳。


『……っ。』


生きている。


メアリー。


自力で。


テトラポッドへ。


しがみついていた。


大石。


腕。


掴む。


引き上げる。


柏木。


手伝う。


二人。


メアリーを。


地上へ。


『メアリー!』


少女。


水。


吐く。


咳。


呼吸。


ある。


柏木。


『救急車!』


大石。


無線。


手。


伸ばす。


でも。


メアリー。


腕。


掴む。


『待って。』


大石。


『何。』


メアリー。


震えている。


『直哉さん。』


柏木。


顔。


変わる。


『何があった。』


『直哉さんが。』


『私を。』


声。


途切れる。


大石。


『落としたのか。』


メアリー。


泣く。


『違う。』


『違う?』


『私が。』


『逃げようとして。』


『直哉さんが止めて。』


『それで。』


『滑った。』


大石。


柏木。


見る。


事故。


少なくとも。


この時点では。


メアリー自身も。


そう認識していた。


柏木。


『救急車を。』


大石。


頷く。


無線。


その時。


メアリー。


『でも。』


二人。


見る。


『直哉さん。』


『時計台へ行った。』


柏木。


顔。


青ざめる。


『何て?』


『戻るって。』


『おじいちゃんを。』


『止めるって。』


大石。


立つ。


『柏木さん。』


柏木。


『……。』


二人。


迷う。


メアリー。


怪我。


直哉。


時計台。


扉。


六時十分。


全部。


同時。


大石。


『私はこの子を。』


柏木。


『いや。』


『あなたは時計台へ。』


『でも。』


『私は救急車を呼ぶ。』


大石。


メアリーを見る。


『絶対に。』


『一人にするな。』


柏木。


『分かってます。』


大石。


走る。


車。


時計台へ。


残った。


柏木。


メアリー。


雨。


⸻


現在。


悠。


「柏木さんと。」


大石。


「あぁ。」


「私は。」


「時計台へ戻った。」


榊原。


「何時。」


「六時四十二分くらい。」


「その後。」


「時計台で。」


「直哉が消えた。」


直哉。


俯く。


瀬川宗一が。


遠くを見る。


「……そうや。」


全員。


瀬川。


見る。


十七歳の姿。


でも。


声。


長い年月を生きた老人。


「直哉は。」


「俺を追って。」


「入ってきた。」


直哉。


祖父を見る。


「じいちゃん。」


瀬川。


「アホ。」


直哉。


泣き笑い。


「……久しぶりに聞いた。」


「ほんまに。」


瀬川。


「お前。」


「昔から。」


「人の話聞かん。」


「じいちゃんもだろ。」


「ワシはええ。」


「なんで。」


「じいちゃんやから。」


レイ。


小声。


「理不尽。」


榊原。


「今そこええから。」


瀬川。


「刑事怖いな。」


「聞こえとるで。」


⸻


榊原。


大石へ。


「で。」


「時計台が落ち着いたんは。」


「何時。」


大石。


「七時前。」


「そのあと。」


「防波堤へ戻った。」


悠。


「メアリーは。」


大石。


答えない。


「いなかった?」


大石。


頷く。


「柏木さんも。」


「いなかった。」


悠。


「柏木さんは。」


「さっき。」


階下。


「いる。」


榊原。


「聞けばええ。」


⸻


午後六時三分。


鐘楼。


柏木修一。


壁際。


座っている。


久我。


隣。


古い板。


そして。


柏木が。


階段を降りてきた悠たちを見る。


「……終わったんですね。」


悠。


「怪異は。」


「たぶん。」


柏木。


ヨルを見る。


少女。


久我の後ろ。


隠れる。


柏木。


目。


大きくなる。


「君が。」


ヨル。


「……ヨル。」


柏木。


ゆっくり。


頷く。


「そうでした。」


「ヨル。」


少女。


少し。


笑う。


それだけ。


悠。


「柏木さん。」


男が。


悠を見る。


「十二年前。」


「防波堤。」


柏木の顔。


変わる。


「大石さんから。」


「聞きました。」


「……。」


「メアリー。」


「生きてたんですよね。」


柏木。


目を閉じる。


「あぁ。」


悠。


「そのあと。」


「何があった。」


⸻


十二年前


午後六時四十一分


旧防波堤。


大石の車。


走り去る。


柏木。


携帯電話。


当時の折り畳み。


救急。


番号。


押そうとする。


メアリー。


座り込んでいる。


毛布。


肩。


『柏木さん。』


『喋らないで。』


『救急車呼ぶから。』


『私。』


『大丈夫。』


『大丈夫じゃない。』


『でも。』


メアリー。


立とうとする。


『どこ行くの。』


『時計台。』


柏木。


『ダメだ!』


メアリー。


驚く。


柏木。


すぐ。


声。


抑える。


『お願いだから。』


『もう戻らないで。』


『でもみんなが。』


『大石さんが行った。』


『警察が。』


『警察じゃ無理。』


柏木。


止まる。


メアリー。


自分で。


気付く。


『柏木さん。』


『全部知っとるんやね。』


『……。』


『時計台のこと。』


柏木。


何も言えない。


メアリー。


『瀬川さんのことも。』


『……。』


『あれのことも。』


柏木。


顔。


強張る。


『見たんだな。』


メアリー。


頷く。


この言葉。


『見たんだな?』


大石ではない。


記憶の中。


混ざっていた。


柏木も。


同じ言葉を。


言っていた。


『二人おった。』


メアリー。


『圭介が。』


『私が。』


『同じ顔。』


柏木。


『……。』


『あれ何。』


柏木。


『分からない。』


『嘘。』


『本当に。』


『でも知っとる。』


柏木。


雨。


見る。


『知ってるのは。』


『あれが。』


『人の名前を消すこと。』


『それだけ。』


メアリー。


『じゃあ。』


『みんな忘れる?』


『……。』


『圭介も。』


『春人先輩も。』


『紗季も。』


『私も。』


柏木。


答えられない。


メアリー。


泣く。


『嫌。』


『忘れられるの。』


『嫌。』


柏木。


目。


閉じる。


『だから。』


『記録する。』


メアリー。


見る。


柏木。


胸ポケット。


小さな手帳。


『名前を書く。』


『写真も残す。』


『絶対に。』


『君たちがいたこと。』


『残すから。』


メアリー。


泣きながら。


笑う。


『約束。』


『約束する。』


その時。


遠く。


車。


一台。


ヘッドライト。


柏木。


振り返る。


『……来た。』


⸻


現在。


榊原。


「誰。」


柏木。


「救急車じゃありません。」


「何の車。」


柏木。


「町役場の車。」


悠。


「役場?」


柏木。


頷く。


「当時。」


「祭り本部に。」


「救護用の車両があった。」


「私は。」


「救急車より。」


「そっちが早いと思った。」


榊原。


「誰に電話した。」


柏木。


顔。


苦痛。


「祭り本部。」


「出たのは。」


「役場の職員。」


悠。


「名前。」


柏木。


答えようとする。


しかし。


榊原。


先に。


「待って。」


全員。


見る。


「その人間が。」


「そのまま犯人とは限らん。」


柏木。


頷く。


「はい。」


榊原。


「順番。」


「崩さんといこ。」


悠。


少し。


驚く。


榊原。


「メアリーの記憶。」


「十二年間ぐちゃぐちゃやった。」


「今度は。」


指。


自分の頭。


「こっちが。」


「勝手に犯人作ったらあかん。」


悠。


頷く。


「……はい。」


刑事。


だった。


幽霊がいても。


異世界があっても。


そこだけは。


変わらない。


⸻


柏木。


続ける。


「車が来ました。」


「運転していたのは。」


「祭り本部の職員。」


「でも。」


「もう一人。」


榊原。


「乗っとった。」


「はい。」


「誰。」


柏木。


「橘先生。」


悠。


「……。」


橘依子。


写真部顧問。


メアリーを。


守ろうとしていた教師。


榊原。


「何で。」


「先生は。」


「メアリーを探してた。」


柏木。


「診療所から逃げたあと。」


「ずっと。」


⸻


十二年前


午後六時四十七分


車。


停まる。


助手席。


ドア。


開く。


橘依子。


雨具。


飛び出す。


『メアリー!』


少女。


顔。


上げる。


『先生。』


依子。


駆け寄る。


抱き締める。


『よかった……!』


『本当に。』


『よかった……。』


泣く。


メアリー。


先生へ。


しがみつく。


『先生。』


『怖かった。』


『うん。』


『みんな。』


『分かってる。』


『帰ろう。』


『でも。』


『今は帰ろう。』


メアリー。


頷く。


安心。


している。


柏木も。


ほっとする。


運転席。


男。


降りる。


町役場。


祭り実行委員。


腕章。


雨。


顔。


よく見えない。


『乗せます。』


橘。


『お願いします。』


柏木。


『病院へ。』


男。


『分かりました。』


メアリー。


後部座席。


橘。


隣。


乗る。


柏木。


『私も。』


男。


『柏木さんは。』


『時計台へ。』


『人手が足りない。』


柏木。


迷う。


橘。


『大丈夫です。』


『私が付き添います。』


メアリー。


窓。


開ける。


『柏木さん。』


『何。』


『約束。』


柏木。


一瞬。


そして。


頷く。


『忘れない。』


メアリー。


笑う。


『うん。』


車。


走る。


雨。


柏木。


見送る。


それが。


柏木が。


生きているメアリーを見た。


最後。


⸻


現在。


柏木。


「そのあと。」


「病院には。」


「来なかった。」


榊原。


「……。」


「何時に気付いた。」


「七時二十分頃。」


「時計台。」


「混乱。」


「警察。」


「行方不明者。」


「全部。」


「それから。」


「橘先生に連絡した。」


悠。


「先生は。」


柏木。


「出なかった。」


「運転してた人は。」


柏木。


「翌朝。」


「普通に。」


「祭りの片付けに来た。」


静寂。


悠。


「何て。」


柏木。


「メアリーは。」


「途中で車を降りた。」


榊原。


「場所。」


「旧社へ向かう道。」


透。


顔。


変わる。


「神社。」


柏木。


「はい。」


「メアリーが。」


「時計台へ戻ると言い出して。」


「車を降りた。」


悠。


「橘先生は?」


柏木。


「追いかけた。」


「それから。」


「戻らなかった。」


榊原。


「橘依子。」


「今。」


柏木。


「……十二年前から。」


「行方不明です。」


⸻


誰も。


喋らない。


悠。


「え。」


今まで。


橘先生。


あの日以降。


町を離れた。


そう。


聞かされていた。


退職。


転居。


そういう記録。


「行方不明?」


透。


「俺も。」


「辞めたって。」


柏木。


「そういうことにした。」


榊原。


顔。


険しくなる。


「誰が。」


柏木。


「大石さん。」


大石。


俯く。


「私です。」


榊原。


「ダボ。」


低い。


「教師一人。」


「戸籍からは消せへんぞ。」


大石。


「失踪届は。」


「出ている。」


「ただ。」


「海鳴町の事件とは。」


「切り離した。」


宮本。


端末。


操作。


「確認します。」


数十秒。


「……あります。」


全員。


見る。


「橘依子。」


「当時三十四歳。」


「平成二十六年八月十五日夜から。」


「所在不明。」


悠。


「先生も。」


「消えてた。」


メアリーの事件と。


同じ夜。


⸻


午後六時十一分。


時計台。


外。


祭り。


花火の準備。


町。


少しずつ。


夕暮れ。


宮本。


「もう一つ。」


端末。


見る。


「当時の失踪資料。」


「橘依子の車は。」


「翌朝。」


「発見されています。」


榊原。


「どこ。」


「旧社の裏。」


悠。


「地下道。」


透。


「入口。」


宮本。


「ただし。」


画面。


拡大。


「橘さんが乗っていた車ではありません。」


榊原。


「何。」


宮本。


「祭り本部の公用車。」


「柏木さんが。」


「さっき言った車。」


柏木。


「……はい。」


「車内。」


宮本。


読み上げる。


「助手席。」


「橘依子の血痕。」


悠。


息。


止まる。


「後部座席。」


宮本。


一瞬。


止まる。


榊原。


「言って。」


「メアリー・アンダーソンと。」


「血液型が一致する血痕。」


大石。


顔。


上げる。


「そんな。」


榊原。


大石を見る。


「知らんかった?」


「知らない。」


「鑑定。」


宮本。


「当時。」


「二人とも所在不明者。」


「事件性なしとして。」


顔。


歪む。


「詳細鑑定されてません。」


榊原。


「……。」


怒り。


でも。


抑える。


「十二年前や。」


「試料。」


宮本。


「保管されている可能性あります。」


榊原。


「回収。」


「すぐ。」


「はい。」


悠。


「運転してた人。」


全員。


止まる。


ここ。


一番。


重要。


柏木。


目を伏せる。


榊原。


「名前。」


柏木。


ゆっくり。


答えた。


「当時。」


「海鳴町役場。」


「地域振興課。」


「祭り実行委員会。」


「二十八歳。」


新しい名前。


でも。


ただの突然現れた怪しい男ではない。


柏木は。


続ける。


「瀬川さんの時計台を。」


「取り壊す計画を。」


「担当していた人です。」


悠。


「……。」


「名前は。」


柏木。


「藤崎隆志。」


⸻


風。


時計台の窓。


鳴る。


カタカタ。


榊原。


「今は。」


柏木。


顔を上げる。


「海鳴町には。」


「いません。」


宮本。


検索。


数秒。


「……先輩。」


「何。」


宮本の表情が。


変わる。


「藤崎隆志。」


「現在五十二歳。」


「現住所。」


指。


止まる。


「兵庫県内。」


榊原。


「職業。」


宮本。


画面を見る。


そして。


言った。


「県職員です。」


榊原。


「……。」


「しかも。」


宮本。


「十二年前の事件資料。」


「一度。」


「照会してます。」


悠。


「いつ。」


宮本。


「三日前。」


全員。


凍る。


三日前。


悠が。


海鳴町へ。


戻った頃。


「誰が。」


宮本。


「藤崎本人。」


榊原。


顔。


完全に。


刑事。


「こいつ。」


「今も。」


「事件見とる。」


⸻


その瞬間。


悠のスマートフォン。


震える。


Mary。


また。


メッセージ。


⸻


『先生は犯人じゃない。』


⸻


悠。


「……。」


次。


⸻


『直哉さんも違う。』


⸻


次。


⸻


『大石さんでもない。』


⸻


榊原。


「柏木は。」


悠。


待つ。


画面。


四通目。


⸻


『柏木さんも違う。』


⸻


そして。


五通目。


長い。


⸻


『私、海から上がったあとも、生きてた。』


⸻


六通目。


⸻


『先生と車に乗った。』


⸻


七通目。


⸻


『でも病院には行かなかった。』


⸻


悠の手が。


震える。


八通目。


⸻


『あの人が、道を変えた。』


⸻


榊原。


「藤崎。」


誰も。


まだ。


断定しない。


でも。


九通目。


⸻


『先生が怒鳴った。』


⸻


十通目。


⸻


『「藤崎さん、車を止めて!」』


⸻


全員。


動けない。


悠。


画面。


見つめる。


最後。


十一通目。


⸻


『そこから先が、まだ思い出せない。』


⸻


悠。


目を閉じる。


まだ。


決めつけない。


榊原も。


同じ。


「宮本。」


「はい。」


「藤崎の身柄。」


「いきなり押さえる理由はまだ弱い。」


「せやけど。」


靴。


階段へ。


「会いに行く。」


悠。


「俺も。」


榊原。


「あかん。」


即答。


「ここからは警察。」


「でも。」


「黒瀬。」


榊原。


振り返る。


「お前には。」


「別にやることある。」


「何。」


榊原。


スマートフォン。


指す。


「メアリー。」


「最後まで。」


「一人にすんな。」


悠。


「……。」


「こっちは。」


榊原。


目。


鋭い。


「生きとる人間を追う。」


宮本。


「車出します。」


榊原。


「大石。」


「はい。」


「お前も来い。」


大石。


「……。」


「十二年前。」


榊原。


「隠した分。」


「全部。」


「今度は喋ってもらう。」


大石。


静かに。


頷いた。


「分かりました。」


⸻


午後六時十七分。


時計台の外。


祭り。


始まっていた。


何も知らない子どもたち。


笑う。


金魚すくい。


焼きそば。


ラムネ。


遠く。


太鼓。


町は。


十二年ぶりに。


六時十分を越えた。


そして。


時計台前。


圭介。


春人。


紗季。


蓮。


直哉。


立っている。


帰ってきた。


でも。


帰ってきただけでは。


終われない。


佐伯健三。


人混み。


走ってくる。


「直哉!!」


直哉。


振り返る。


父。


十二年。


歳を取った。


自分だけ。


二十三歳。


「……父ちゃん。」


健三。


止まる。


数メートル。


息。


できない。


「直哉。」


「うん。」


「ほんまに。」


「直哉か。」


「……うん。」


健三。


走る。


息子。


抱き締める。


直哉。


最初。


固まる。


そして。


父親の背中。


掴む。


「ごめん。」


健三。


「アホ。」


「俺。」


「メアリーを。」


「今はええ。」


「でも。」


「帰ってきた。」


健三。


泣く。


「まず。」


「それでええ。」


少し離れた場所。


透と蓮。


紗季。


母親。


それぞれ。


十二年。


八年。


失われた時間。


戻り始める。


春人だけ。


空を見る。


悠。


隣。


「春人。」


「ん。」


「メアリー。」


春人。


少し笑う。


「いるよ。」


悠。


「どこ。」


「分からない。」


「でも。」


自分の胸。


「さっきから。」


「近い。」


悠。


スマホ。


見る。


メッセージ。


止まっている。


「……。」


春人。


「悠。」


「何。」


「メアリー。」


「最後。」


「どっちに行くと思う。」


悠。


答えない。


生き返る。


そんな都合のいい奇跡。


期待したい。


でも。


彼女は。


死んでいる。


十二年前。


確かに。


それでも。


悠。


「決めるのは。」


「俺じゃない。」


春人。


見る。


悠。


「メアリーだ。」


春人。


少し。


驚く。


そして。


笑った。


「そうだな。」


⸻


その頃。


海鳴町から。


三十七キロ離れた場所。


県職員住宅。


一室。


テレビ。


消えている。


男。


一人。


机。


古い新聞。


十二年前。


『海鳴町夏祭り 高校生ら複数行方不明』


その横。


古い写真。


少女。


雨。


後ろ姿。


そして。


橘依子。


男。


五十二歳。


藤崎隆志。


スマートフォン。


画面。


海鳴町のライブカメラ。


時計台。


動いている。


六時十八分。


男。


震える手。


画面。


触る。


「……動いた。」


電話。


着信。


県警。


藤崎。


見つめる。


出ない。


二度目。


出ない。


三度目。


切る。


そして。


机の引き出し。


開ける。


中。


古い。


カセットテープ。


一本。


ラベル。


橘依子の字。


⸻


8月15日 18:52


⸻


藤崎。


それを見る。


顔。


歪む。


「先生……。」


手。


伸ばす。


捨てる?


折る?


迷う。


でも。


できない。


十二年間。


できなかった。


だから。


残っている。


藤崎。


椅子へ。


崩れる。


そして。


誰もいない部屋で。


呟いた。


「俺は。」


長い。


沈黙。


「殺すつもりなんて。」


「なかった。」


窓の外。


遠く。


夏の空。


花火。


一発。


上がった。


⸻


――第76話・完――


後書き


ここで大きな事実が確定しました。


メアリーは海へ転落した時点では死んでいません。


佐伯直哉との揉み合いによる転落から自力で生還し、大石と柏木に救助されています。


その後、橘依子とともに祭り本部の公用車へ乗った。


運転していたのは、当時二十八歳の町役場職員――藤崎隆志。


ただし、まだ「藤崎=殺人犯」と断定はしません。


分かっているのは、


病院へ向かうはずだった車が途中で進路を変えたこと。


橘依子が、


「藤崎さん、車を止めて!」


と叫んだこと。


そして藤崎の手元には現在も、十二年前の午後六時五十二分に録音された橘依子のカセットテープが残っていること。


次回、第77話。


「午後六時五十二分」


怪異のない、


ただの車の中で。


十二年前、本当に何が起きたのか。


いよいよメアリーが命を落とした夜の核心へ入ります。

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