最後のフィルム
⸻
Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第70話
最後のフィルム
⸻
前書き
記憶は、
嘘をつく。
自分を守るために。
誰かを守るために。
時には、
生きていくために。
でも。
写真は、
何も説明してくれない。
ただ、
そこにあったものを残す。
だからこそ。
記憶よりも、
ずっと残酷なことがある。
⸻
午後一時七分。
海鳴町。
中村写真館。
カラン。
扉が開く。
「中村さん!」
榊原の声。
店の奥から。
「聞こえとる!」
老人が顔を出した。
「年寄り急かすな!」
「緊急や!」
「警察はいつも緊急や!」
「今日はほんまに緊急!」
中村老人は悠たちを見る。
そして。
悠が握っている金属ケース。
その瞬間。
老人の表情が変わった。
「……それ。」
透が答える。
「最後の一本です。」
中村老人が。
ゆっくり近付く。
「残っとったんか。」
「柏木さんが。」
老人は。
金属ケースを受け取る。
ラベル。
8/15 LAST
指でなぞる。
「透。」
「はい。」
「これ。」
「お前が撮ったんか。」
透は頷く。
「たぶん。」
「たぶん?」
「最後の方の記憶が。」
「かなり曖昧です。」
老人は。
フィルムを光に当てる。
「保存状態は悪くない。」
榊原。
「現像できる?」
中村老人。
「やってみる。」
「どれくらい?」
老人。
時計を見る。
午後一時九分。
「普通なら。」
「そんな急かしてやる仕事ちゃう。」
榊原。
「今日は普通ちゃう。」
老人。
「分かっとる。」
少し笑う。
「三十分くれ。」
⸻
午後一時十二分。
写真館。
待合室。
悠たちは。
誰も落ち着かなかった。
レイは。
店内をうろうろ。
榊原。
「座れ。」
「落ち着かない。」
「私もや。」
「じゃあ歩けば。」
「邪魔や。」
宮本は。
警察から届く情報を確認している。
祭り。
現時点で異常なし。
時計台周辺。
規制準備。
神社。
旧社入口。
警官二名配置。
しかし。
問題は。
警察が対処できるものなのか。
誰にも分からない。
透は。
椅子。
カメラを膝へ。
何も撮らない。
メアリーは。
窓際。
祭りの準備を見る。
悠は。
例の紙を持っていた。
⸻
未来の俺へ。
メアリーを信じるな。
⸻
自分の字。
間違いない。
十二年前。
自分が書いた。
「……。」
メアリーが。
振り返る。
「気になる?」
悠。
「そりゃ。」
「だよね。」
彼女は。
少し笑う。
でも。
笑顔が弱い。
悠。
「怖い?」
メアリー。
少し考える。
「うん。」
正直だった。
「私が。」
自分の胸に手を置く。
「私じゃなかったら。」
悠。
「……。」
「今まで。」
「悠と話してた私が。」
「何かに作られたものだったら。」
「それは。」
「ちょっと。」
笑う。
「嫌かな。」
悠は。
紙を折った。
ポケットへ。
「俺は。」
メアリーを見る。
「今ここにいるお前を知ってる。」
「でも。」
「それだけ。」
メアリー。
「……それだけ?」
「十分だろ。」
メアリーが。
少し笑った。
「昔から。」
「そういうとこあるよね。」
悠。
「覚えてない。」
「そこは思い出して。」
⸻
透が。
突然言った。
「その紙。」
悠。
「ん?」
「俺。」
「見たことある気がする。」
全員が透を見る。
「どこで。」
透。
目を閉じる。
「十二年前。」
「つばめ。」
「悠が。」
「何か書いてた。」
記憶。
断片。
透。
「でも。」
「メアリーを信じるな。」
「じゃなかった。」
悠の表情が変わる。
「何て書いてた。」
「分からない。」
「ただ。」
透。
眉間を押さえる。
「もっと長かった。」
悠。
紙を取り出す。
見る。
確かに。
下。
余白が妙に大きい。
紙の端。
破れている。
「……続き?」
宮本が。
「紙が途中で破られている可能性があります。」
榊原。
「ほな。」
「『メアリーを信じるな』だけで意味決めたらあかんな。」
悠。
少しだけ。
胸の重さが軽くなる。
メアリー。
「でも。」
「書いたこと自体は本当。」
透。
「あぁ。」
そこは。
消えない。
⸻
午後一時三十八分。
奥。
中村老人の声。
「来い!」
全員。
立ち上がる。
暗室。
赤い光。
薬品の匂い。
中村老人。
手袋。
真剣な顔。
「思ったより。」
「残っとる。」
透。
「何枚。」
「三十六。」
悠。
「全部?」
老人。
「いや。」
「何枚か焼けとる。」
「でも。」
「二十九枚。」
「見られる。」
二十九枚。
十二年前。
最後の時間。
老人が。
ネガを。
ライトボックスへ置く。
透が。
息を止める。
小さな画像。
連続。
「順番。」
老人。
「撮影順。」
最初。
祭り。
人。
屋台。
六人。
笑っている。
普通。
二枚目。
三枚目。
圭介。
メアリー。
紗季。
春人。
悠。
「俺がいない。」
透。
悠。
「撮ってるから。」
「そう。」
四枚目。
時計台。
午後五時四十二分。
時計が写っている。
五枚目。
圭介。
何かを指差す。
六枚目。
時計台上部。
窓。
誰かいる。
黒い帽子。
「瀬川。」
榊原。
透。
「たぶん。」
七枚目。
瀬川。
こちらへ。
手。
止まれ。
そう見える。
八枚目。
春人が。
圭介の肩を掴んでいる。
九枚目。
圭介。
怒っている。
十枚目。
メアリー。
二人の間へ。
十一枚目。
悠。
紗季。
何かを話している。
中村老人。
「ここから。」
「妙や。」
十二枚目。
同じ構図。
でも。
圭介が。
二人いる。
「……。」
レイ。
「は?」
一人。
春人の前。
もう一人。
時計台入口。
同じ服。
同じ顔。
悠。
「これ。」
透。
「合成じゃない。」
中村老人。
「フィルムや。」
「撮った時点で。」
「こう写っとる。」
メアリー。
顔が青くなる。
「人の顔を使う。」
蓮の言葉。
⸻
十三枚目。
入口の圭介。
悠へ手を振る。
十四枚目。
本物らしき圭介が。
悠を止める。
十五枚目。
メアリーが。
入口へ向かっている。
悠。
「……。」
紙。
メアリーを信じるな。
十六枚目。
透が。
誰かからカメラを受け取った?
いや。
写真。
どうして透自身が写っている。
透が。
固まる。
「これ。」
悠。
「誰が撮った。」
透。
「俺が持ってた。」
中村老人。
「なら。」
「誰かに渡した。」
透。
「覚えてない。」
十六枚目。
六人。
全員写っている。
そして。
七人目。
少し離れた場所。
メアリー。
悠。
息を呑む。
写真の中。
メアリーが。
二人いる。
一人。
悠たちの隣。
もう一人。
時計台の入口。
「……だから。」
メアリー。
自分自身を見る。
「悠。」
「私を。」
「信じるなって。」
透。
「違う。」
全員が透を見る。
透は。
十六枚目。
指差す。
「悠が警告したのは。」
「メアリー本人じゃない。」
入口。
もう一人。
「メアリーの顔をした。」
「こいつだ。」
⸻
悠の頭。
激痛。
「っ……!」
記憶。
十二年前。
声。
『悠。』
振り向く。
メアリー。
『こっち。』
後ろ。
本物のメアリー。
『悠!』
二人。
同じ顔。
自分。
分からない。
だから。
書いた。
未来の自分へ。
メアリーを信じるな。
違う。
続き。
あった。
⸻
悠。
「思い出した。」
メアリー。
「何?」
悠。
「続き。」
全員。
見る。
悠。
ゆっくり。
言う。
「メアリーを信じるな。」
「――メアリーの顔をしているものを、信じるな。」
⸻
メアリーの瞳から。
涙。
でも。
今度は。
少し笑う。
「……よかった。」
悠。
「何が。」
「私。」
「疑われてなかった。」
悠。
「当たり前だろ。」
メアリー。
「でも十二年前の悠。」
「ちゃんと説明最後まで書いてよ。」
悠。
「俺に言うな。」
レイ。
「本人だろ。」
「十二年前の俺に言え。」
ほんの少し。
笑い。
でも。
次の写真。
十七枚目。
誰も笑えなくなる。
時計。
午後六時七分。
圭介。
時計台へ入る。
本物のメアリー。
追う。
春人。
追う。
紗季。
追う。
悠。
追う。
透だけ。
外。
十八枚目。
時計。
六時八分。
瀬川宗一。
透の前。
何か叫んでいる。
十九枚目。
透。
カメラを。
別の誰かへ渡している。
撮影者が。
変わった。
「誰に?」
透。
「分からない。」
二十枚目。
六時九分。
透も。
入口へ向かう。
瀬川。
止める。
二十一枚目。
悠が。
時計台から出てくる。
「……俺?」
悠。
自分を見る。
顔。
必死。
二十二枚目。
悠。
透を。
殴る。
透。
「これ。」
「あぁ。」
記憶と一致。
二十三枚目。
悠。
透を地面へ。
押さえ付ける。
二十四枚目。
悠。
何か叫んでいる。
写真だから。
音はない。
でも。
透には分かる。
『お前は残れ!』
二十五枚目。
時計。
午後六時十分。
写真。
白い。
半分。
感光したように。
何も見えない。
しかし。
中央。
六つの影。
「六人?」
宮本。
透。
「違う。」
数える。
一。
二。
三。
四。
五。
六。
七。
七人。
榊原。
「七人おる。」
悠。
「誰。」
透。
写真へ顔を近付ける。
六人。
悠。
メアリー。
圭介。
春人。
紗季。
そして。
おそらく。
もう一人。
顔がない。
「俺じゃない。」
透。
外に残された。
なら。
七人目。
いや。
六人目の中に。
偽物がいる。
⸻
二十六枚目。
六時十分。
白。
二十七枚目。
同じ。
だが。
中央。
一人。
倒れている。
メアリー。
悠。
「……。」
二十八枚目。
時計。
六時十一分。
悠。
一人。
時計台前。
膝をついている。
周囲。
誰もいない。
圭介。
消えた。
メアリー。
消えた。
春人。
消えた。
紗季。
消えた。
そして。
写真の端。
透。
倒れている。
二人だけ。
こちら側へ。
残った。
二十九枚目。
最後。
悠が。
カメラを持っている。
自分で。
レンズを覗き込むような。
妙な写真。
鏡?
ガラス?
違う。
誰かが。
撮っている。
悠は。
カメラへ。
何かを見せている。
紙。
文字。
中村老人が。
写真を拡大する。
粗い。
しかし。
読める。
悠の手。
紙。
⸻
『次は俺が忘れる。』
⸻
透の顔が。
変わる。
「……。」
悠。
「俺。」
「知ってた?」
メアリー。
「何を。」
「記憶が消えること。」
透。
「たぶん。」
悠は。
最後の写真を見る。
十二年前の自分。
顔。
泣いている。
でも。
カメラへ。
笑おうとしている。
その写真の下。
影。
誰か。
悠の背後。
長い髪。
メアリー?
違う。
紗季?
違う。
中村老人が。
「拡大する。」
機械。
画像。
大きくなる。
輪郭。
制服。
少年。
「圭介?」
悠。
透。
「違う。」
背が。
少し高い。
そして。
黒い帽子。
「瀬川。」
榊原。
だが。
帽子の下。
顔。
初めて。
はっきり。
写っている。
瀬川宗一ではない。
若い。
高校生くらい。
悠が。
息を呑む。
知っている。
「……誰。」
レイ。
悠は。
頭を押さえる。
名前。
出ない。
でも。
知っている。
透も。
同じ顔。
「俺も。」
「知ってる。」
メアリー。
その少年を見た瞬間。
震えた。
「……違う。」
悠。
「何が。」
メアリー。
「この人。」
「十二年前。」
「いた。」
透。
「誰。」
メアリー。
泣きながら。
「分からない。」
「でも。」
「この人。」
写真。
黒い帽子。
高校生。
「私が。」
「死ぬ前に。」
「助けてくれた。」
⸻
中村老人が。
写真を見る。
そして。
顔色が変わった。
「……いや。」
榊原。
「知っとるん?」
老人。
何も言わない。
「中村さん。」
「誰。」
老人は。
椅子へ座る。
手。
震えている。
「瀬川宗一。」
「この人は瀬川じゃない。」
「違う。」
老人。
「瀬川や。」
悠。
「高校生ですよ。」
老人。
「そうや。」
「瀬川宗一。」
「十七歳。」
静寂。
「どういうこと。」
老人は。
昔の写真棚を見る。
そして。
一冊。
古いアルバム。
取り出す。
昭和五十三年。
1978年。
写真。
海鳴町。
祭り。
時計台。
高校生たち。
その中。
黒い帽子。
少年。
同じ顔。
瀬川宗一。
十七歳。
悠。
「……。」
中村老人。
「瀬川は。」
「十五年前に死んだ。」
「でも。」
「最初に消えたんは。」
ページ。
指。
「そのずっと前や。」
榊原。
「いつ。」
老人。
「昭和五十三年。」
「八月十五日。」
全員。
固まる。
「午後。」
老人。
時計を見る。
「六時十分。」
⸻
新しい事件ではない。
同じ事件。
ずっと。
繰り返していた。
瀬川宗一は。
元時計台管理人になる前。
十七歳で。
一度。
六時十分の向こうへ行った。
そして。
戻ってきた。
だから。
知っていた。
だから。
時計台管理人になった。
だから。
十二年前。
止めようとした。
だから。
死んだ後も。
黒い帽子の姿で。
現れ続けた。
敵ではない。
最初から。
番人だった。
⸻
透が。
最後の写真を見る。
「瀬川さん。」
十二年前。
高校生の姿。
悠の後ろ。
彼は。
何かを指差している。
写真の端。
時計。
六時十一分。
その下。
小さな扉。
悠。
「これ。」
透。
「時計台の。」
「地下入口。」
榊原。
「神社と繋がっとる道。」
透。
頷く。
中村老人。
「瀬川が。」
「昔。」
「言うとった。」
全員。
老人を見る。
「六時十分に。」
「誰かが消えるんやない。」
「逆や。」
悠。
「逆?」
老人。
低い声。
「六時十分は。」
「向こうから。」
「帰ってこられる時間や。」
⸻
誰も。
動けない。
今まで。
六時十分。
恐怖。
消失。
入口。
そう思っていた。
違う。
本来は。
出口。
では。
なぜ。
人が消える。
透。
気付く。
「扉を。」
「逆に使ってる。」
老人。
頷く。
「何かが。」
「こっちから人を呼び込んどる。」
悠。
「それが。」
「顔のない奴?」
老人。
「ワシは知らん。」
「でも。」
「瀬川は。」
「ずっと。」
「そいつを止めとった。」
⸻
午後二時十九分。
写真館。
六時まで。
三時間四十一分。
六時十分まで。
三時間五十一分。
榊原が。
立ち上がる。
「整理するで。」
机。
紙。
ペン。
「向こうにおる可能性が高いんは。」
悠。
「圭介。」
透。
「蓮。」
メアリー。
「春人。」
悠。
「紗季。」
四人。
そして。
今ここ。
悠。
透。
メアリー。
榊原。
宮本。
レイ。
「六人揃えろって声は。」
榊原。
「罠。」
透。
「でも。」
「六時十分は。」
「本当の出口。」
悠。
「じゃあ。」
「やることは。」
時計台を見る。
「中へ入るんじゃない。」
「向こうにいる四人を。」
「こっちへ出す。」
透。
「六時十一分までに。」
八年前。
蓮が。
一分だけ戻った。
六時十一分。
扉が閉じる。
時間。
たった。
一分。
⸻
メアリーが。
小さく。
「私は?」
悠が振り向く。
「何。」
「私は。」
自分の手を見る。
「こっち?」
誰も。
答えられない。
彼女は。
悠たちといる。
でも。
触れない。
食べられない。
写真には。
写る時と。
写らない時がある。
死んだと。
思っている。
しかし。
遺体。
本当に。
確認した?
悠の記憶。
海。
落下。
血。
でも。
記憶は。
改変されている。
透が。
メアリーを見る。
「分からない。」
正直に。
「でも。」
カメラ。
「調べる。」
メアリー。
「どうやって。」
透。
「十二年前の。」
「お前の最後の写真。」
フィルム。
まだ。
二十九枚。
中村老人。
「あ。」
全員。
見る。
老人。
ネガ。
「一枚。」
「数え間違えた。」
「何?」
「三十枚目。」
端。
ほとんど。
真っ黒。
「露光不足。」
「でも。」
「何か写っとる。」
デジタル化。
補正。
少しずつ。
画像。
浮かぶ。
夜。
いや。
暗い場所。
地下。
少女。
メアリー。
倒れていない。
立っている。
生きている。
その前。
春人。
そして。
写真の裏。
透が。
撮影時に記録した。
時刻。
18:12
全員。
息を呑む。
悠。
「六時十二分。」
六時十分の。
二分後。
メアリーは。
まだ。
立っていた。
つまり。
悠が覚えている。
六時十分の死。
成立しない。
メアリー自身が。
震える。
「じゃあ。」
悠。
「お前。」
写真を見る。
「六時十分には。」
「死んでない。」
メアリーの瞳。
大きくなる。
「私……。」
頭。
痛み。
「私。」
記憶。
海。
誰か。
手。
落ちる。
違う。
時計台。
地下。
春人。
泣いている。
『メアリー!』
誰か。
叫ぶ。
自分。
走る。
そして。
六時十二分。
「……私。」
メアリーが。
呟く。
「時計台から。」
「出た。」
悠。
「何?」
メアリー。
震える。
「私。」
「一回。」
「帰ってる。」
透。
顔が変わる。
「いつ。」
メアリー。
「分からない。」
涙。
「でも。」
「私。」
「死んだ場所。」
顔を上げる。
「時計台じゃない。」
「海でもない。」
悠。
「じゃあ。」
メアリーの唇が。
震える。
記憶。
誰かの車。
雨。
夜。
ヘッドライト。
道路。
知らない男。
いや。
知っている。
警察?
制服?
声。
『見たんだな?』
メアリー。
息を呑む。
「……。」
悠。
「メアリー?」
彼女は。
真っ青だった。
「私。」
「六時十分のあと。」
「誰かに。」
声。
震える。
「殺された。」
⸻
静寂。
怪異。
時計台。
消失。
それだけではなかった。
十二年前。
六時十分のあと。
人間の事件が起きていた。
榊原の表情が。
刑事へ戻る。
「誰に。」
メアリー。
涙。
「分からない。」
「でも。」
「顔。」
「もう少しで。」
思い出せる。
榊原。
「無理に思い出すな。」
メアリー。
「でも。」
「思い出したら消える可能性がある。」
透。
その言葉。
全員。
止まる。
メアリー。
自分の身体を見る。
少し。
輪郭が。
薄くなっている。
悠。
「メアリー。」
彼女は。
笑った。
怖いはずなのに。
「大丈夫。」
悠。
「大丈夫じゃねぇ。」
「まだ。」
彼女は。
第46話と。
同じ言葉を。
言った。
「まだ。」
⸻
写真館の外。
祭り太鼓。
ドン。
ドン。
ドン。
午後二時二十三分。
残り。
三時間三十七分。
十二年前の事件は。
二つあった。
六時十分に起きた怪異。
そして。
六時十分のあとに起きた殺人。
その二つが。
十二年間。
一つの事件として。
混ざっていた。
悠は。
ようやく。
気付く。
怪物だけを見ていたら。
犯人を見失う。
人間だけを見ていたら。
怪異を見失う。
両方。
あの日。
同時に。
起きていた。
そして。
どちらも。
まだ。
終わっていない。
⸻
――第70話・完――
後書き
ここで物語の構造が大きく反転しました。
六時十分は「人が消える時刻」ではなく、本来は向こう側から戻れる時刻。
瀬川宗一も黒幕ではありません。
1978年に十七歳で同じ現象へ巻き込まれ、生還した後、時計台管理人となって何十年も出口を守っていた人物でした。
そして最大のポイント。
メアリーは六時十分には死んでいません。
最後のフィルムには、18時12分の時点で生きているメアリーが残っていました。
つまり十二年前には、
超常現象による「六時十分事件」と、その直後に起きた現実の「殺人事件」
が重なっていた。
ここで以前から入れていた「怪異と人間の事件を完全に切り離さない」という伏線が、ようやく本線へ戻ってきます。
次回、第71話。
「六時十二分」
メアリーの記憶が、六時十分の“その後”へ進みます。
ただし思い出せば思い出すほど、彼女の姿は薄くなる。
そして榊原は、メアリーが思い出したわずかな断片――
「車」「雨」「制服」「見たんだな?」
から、十二年前の警察記録に残された一人の人物へ辿り着きます。




