八年前の少年
Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第69話
八年前の少年
⸻
前書き
待っている人にとって、
八年は長い。
子どもなら大人になる。
髪型も変わる。
声も変わる。
考え方だって変わる。
だから。
八年ぶりに会った人が、
あの日とまったく同じ姿だったなら。
嬉しいより先に、
きっと。
怖くなる。
⸻
午前十一時十八分。
海鳴町。
商店街。
夏祭りの準備は、いつの間にか本番へ向けた最後の段階に入っていた。
提灯が通りを横切り、電線には色とりどりの飾りが下がっている。焼きそばの鉄板が熱せられ、醤油の焦げる匂いが少しずつ町へ広がり始めていた。
子どもたちは、すでに祭りが始まったような顔で走り回っている。
浴衣姿の女の子。
財布を握り締めた小学生。
神輿の周りで大人たちに混ざる中学生。
何も知らない。
十二年前のことも。
今夜、何が起きるかもしれないことも。
ただ祭りを楽しみにしている。
その普通さが。
悠には少し怖かった。
「白石紗季。」
榊原が小型の無線機を耳へ当てながら歩く。
「十七歳相当の外見。」
「長い黒髪。」
「高校制服。」
「目撃したら確保やなく、まず連絡。」
宮本が別方向の警官へ指示を出す。
「不用意に接触しないよう伝えています。」
レイが横を歩きながら呟いた。
「いや。」
「高校生一人探すだけなのに。」
「なんでこんな緊張すんだよ。」
悠も同じ気持ちだった。
普通なら。
家出した少女。
迷子。
そんな言葉で説明できる。
だが。
紗季は十二年前と。
まったく同じ姿で帰ってきた。
そして。
圭介を迎えに行く。
そう書き残して消えた。
⸻
透は。
ほとんど喋らなかった。
カメラも構えない。
ただ周囲を見る。
人。
路地。
時計。
屋根。
何かを探している。
「透。」
悠が声を掛ける。
「何。」
「紗季が行きそうな場所。」
「思い当たらない?」
透は少し考えた。
「図書館。」
「学校。」
「時計台。」
「海。」
「多すぎ。」
レイ。
「昔の紗季なら?」
透は視線を落とす。
「……静かな場所。」
メアリーが言った。
「神社。」
全員が彼女を見る。
「紗季。」
「人多いところ苦手やった。」
「祭りの日も。」
「何回か神社の裏へ逃げとった。」
透も頷く。
「そうだった。」
悠。
「じゃあ神社?」
透。
「でも。」
少しだけ表情を曇らせる。
「そこへ誘われてる可能性もある。」
榊原。
「それでも確認する。」
⸻
午前十一時四十二分。
神社。
すでに境内では祭りの準備が進んでいた。
紅白幕。
神輿。
太鼓。
屋台。
子どもたち。
大人たち。
神崎文江は相変わらず中央で指示を飛ばしている。
「そこちゃう!」
「右!」
「もっと!」
「文江さん!」
榊原が呼ぶ。
文江が振り返る。
「なんや。」
「白石紗季。」
その名前を聞いた瞬間。
文江の顔が変わる。
「帰ってきたん?」
「見た?」
「いや。」
文江は首を振る。
しかし。
視線が。
境内の奥へ向いた。
「でも。」
「朝から。」
「変なんよ。」
悠。
「何が。」
「犬が。」
境内の端。
一匹の柴犬。
首輪。
リード。
飼い主らしい老人が困っている。
犬は。
ずっと。
旧社へ続く裏道を見ながら唸っている。
「普段。」
「ここまで嫌がらん。」
文江が言う。
透の表情が変わる。
「裏へ行く。」
榊原。
「昨日の地下には入らんぞ。」
「分かってる。」
⸻
裏道。
竹林。
昼なのに。
少し暗い。
蝉。
風。
木漏れ日。
悠は昨日の地下を思い出す。
名前の刻まれた壁。
蓮。
春人。
暗闇。
足元の穴。
そして。
『蓮は生きてる』
春人の声。
本当に。
そうなのか。
八年前。
十七歳だった少年。
現在なら二十五歳。
だが。
もし。
紗季と同じなら。
⸻
先頭の透が。
突然止まった。
「……。」
悠。
「どうした。」
透は。
前を見ている。
旧社。
その前。
石段。
誰か座っている。
白いTシャツ。
ジーンズ。
野球帽。
足元にグローブ。
少年。
透が。
動かない。
悠には。
すぐ分かった。
写真で見た。
アルバム。
笑っていた少年。
秋山蓮。
「……蓮。」
透の声。
掠れている。
少年が。
顔を上げた。
そして。
笑った。
「兄ちゃん。」
⸻
透の膝が。
わずかに揺れた。
一歩。
「……。」
また一歩。
八年間。
ずっと探した。
死体もない。
消息もない。
帰ってもこない。
その弟が。
今。
目の前。
十七歳のまま。
「蓮。」
少年。
「うん。」
透が。
さらに近付く。
榊原が。
「秋山。」
止める。
透は聞かない。
「蓮。」
今度は。
涙声。
少年が。
昔と同じように。
少し困った顔で笑う。
「兄ちゃん。」
「ごめん。」
その言葉で。
透の動きが止まった。
八年前。
神崎文江が聞いた。
一分だけ戻ってきた蓮。
『兄ちゃんに、ごめんって』
同じ。
「……本物?」
透が聞く。
蓮は。
少し首を傾げる。
「何それ。」
「兄ちゃん。」
「変。」
透の涙が。
落ちる。
「カメラ。」
震える手。
首から下げたカメラを持ち上げる。
ファインダー。
蓮。
シャッター。
カシャ。
画面。
悠も覗く。
そこには。
少年が。
写っていた。
透の呼吸が止まる。
昨日。
偽物の蓮は。
写真に写らなかった。
今は。
写っている。
「……蓮。」
透がカメラを下ろす。
今度こそ。
駆け寄る。
弟の肩を。
掴もうとする。
しかし。
手が。
すり抜けた。
「……。」
全員が凍る。
透が。
もう一度。
蓮へ手を伸ばす。
触れない。
メアリーと同じ。
蓮は。
悲しそうに。
笑った。
「やっぱり。」
透。
「……死んだのか。」
蓮は首を横に振る。
「分かんない。」
「俺。」
「死んだ記憶ない。」
メアリーが息を呑む。
自分と。
同じ。
透は。
必死に声を抑える。
「どこにいた。」
「八年間。」
蓮。
「八年?」
不思議そうな顔。
「そんな経ってないよ。」
透が。
目を閉じる。
「……。」
「俺には。」
蓮が。
旧社を見る。
「昨日。」
透。
「昨日?」
「兄ちゃんと喧嘩して。」
「神社来て。」
「地下入って。」
「白石先輩と会って。」
「それから。」
少し。
眉を寄せる。
「分かんない。」
榊原。
「君。」
蓮が。
初めて彼女を見る。
「誰?」
「警察。」
「秋山蓮やな?」
「はい。」
「今日は何年やと思う?」
蓮。
すぐ答える。
「2018年。」
透の顔が。
歪む。
榊原。
「今。」
「2026年や。」
蓮。
笑う。
「え?」
誰も。
笑わない。
少年の笑顔が。
ゆっくり消える。
「……嘘。」
透。
「本当。」
「兄ちゃん。」
透は。
何も言えない。
蓮が。
透の顔を見る。
頬。
髭。
目元。
痩せた身体。
八年。
「兄ちゃん。」
声が。
震える。
「老けた?」
レイが。
思わず顔を逸らす。
悠も。
胸が痛む。
透は。
泣きながら。
少し笑った。
「八年だからな。」
蓮の目から。
涙が落ちる。
「ごめん。」
透。
「謝るな。」
「でも。」
「謝るな。」
今度は。
強く。
「お前。」
「最後に。」
「自分のせいにするなって言っただろ。」
蓮が。
驚く。
「聞いたの?」
「聞いた。」
透。
笑う。
「八年遅れで。」
蓮も。
泣きながら笑った。
「遅っ。」
透。
「うるさい。」
兄弟。
触れられない。
それでも。
再会だった。
⸻
しばらく。
誰も口を挟まなかった。
風。
竹。
蝉。
普通の夏。
透は。
目の前の弟を。
ただ見ている。
写真を撮らない。
記録しない。
今だけは。
目で。
見ている。
やがて。
悠が聞いた。
「蓮。」
少年が振り向く。
「何。」
「紗季と一緒だった?」
「うん。」
全員の空気が変わる。
蓮。
「ずっとじゃない。」
「向こう。」
「向こうって?」
蓮は。
言葉を探す。
「場所じゃない。」
「でも。」
「海鳴町。」
悠。
「……?」
蓮。
「同じ町なんだけど。」
「誰もいない。」
「朝も夜も。」
「ずっと夕方。」
透が。
「六時十分?」
蓮。
目を見開く。
「そう。」
「時計。」
「全部。」
「六時十分。」
メアリーの肩が。
震える。
蓮。
「白石先輩は。」
「ずっと図書館にいた。」
「圭介先輩は。」
そこで。
言葉が止まる。
悠。
「圭介は?」
蓮の顔が。
曇る。
「時計台。」
全員。
黙る。
「ずっと。」
「出られない。」
悠。
「春人は?」
「行ったり来たり。」
「何で。」
「誰かを止めてる。」
透。
「誰。」
蓮は。
旧社を見る。
「分からない。」
「顔がない。」
悠の背筋が。
冷える。
フィルム。
顔だけ白く消えた人物。
「そいつ。」
「人なのか?」
蓮。
「分からない。」
「でも。」
少年は。
怖そうに。
兄を見る。
「人の顔を使う。」
透の目が鋭くなる。
「昨日。」
「俺の顔も?」
蓮。
「多分。」
透が。
小さく。
「やっぱり。」
蓮。
「兄ちゃん。」
「何。」
「昨日。」
「俺に会った?」
透。
「あぁ。」
「写真に写らなかった。」
蓮。
「それ。」
「俺じゃない。」
⸻
風が。
一瞬。
止まった。
悠は。
今までの出来事を。
頭の中で並べる。
メアリーの声。
春人からの電話。
圭介の放送。
蓮の姿。
全部。
本人とは限らない。
では。
どれが本人。
どれが偽物。
「見分け方。」
悠が聞く。
「ある?」
蓮。
少し考える。
「写真。」
透が。
顔を上げる。
「写真?」
「うん。」
「向こうにいる人。」
「本物なら。」
「写真に残る。」
「偽物は?」
「残らない。」
透は。
カメラを握る。
悠。
「だから透は。」
「ずっと撮ってた?」
透。
「……知らなかった。」
「でも。」
「無意識に。」
「確かめてたのかも。」
十二年間。
彼は。
写真で。
生者と。
死者と。
偽物を。
見分けようとしていた。
⸻
榊原が。
「じゃあ。」
「昨日の春人。」
地下。
全員に見えた。
蓮は生きている。
そう言った。
「撮ってない。」
透が答える。
「でも。」
蓮。
「多分本物。」
「なんで。」
「春人先輩だけ。」
「顔を使われない。」
悠。
「どうして。」
蓮の顔が。
苦しくなる。
「抵抗してるから。」
「ずっと。」
時計台で。
何かと。
戦っている。
十二年間。
春人も。
また。
止まっていた。
⸻
その時。
蓮が突然。
旧社の奥を見る。
「……来た。」
透。
「何が。」
「白石先輩。」
全員が振り向く。
竹林。
奥。
制服。
長い黒髪。
白石紗季。
立っている。
蓮。
「先輩!」
紗季が。
歩いてくる。
悠。
透。
メアリー。
全員。
息を呑む。
十二年前のまま。
紗季は。
悠を見る。
そして。
メアリー。
「久しぶり。」
メアリーの目から。
涙。
「紗季……。」
紗季は。
笑う。
少し。
「メアリー。」
「やっぱり。」
「戻ってきたんだ。」
透が。
カメラを構える。
カシャ。
液晶。
紗季。
写っている。
本物。
透が。
カメラを下ろす。
「紗季。」
彼女が。
透を見る。
「透くん。」
「老けたね。」
蓮。
「俺も言った。」
透。
「お前ら。」
「最初にそれ言うのやめろ。」
一瞬。
笑い。
奇妙な再会。
十二年前。
八年前。
現在。
三つの時間が。
同じ場所へ。
重なっている。
⸻
紗季が。
真顔になる。
「時間ないよ。」
榊原。
「午後六時?」
紗季。
「うん。」
「六人。」
悠。
「圭介が呼んでる。」
紗季は。
首を横に振った。
「圭介じゃない。」
分かっていた。
でも。
改めて。
本人から聞く。
「誰。」
紗季。
「分からない。」
「でも。」
「六人が揃うと。」
「扉が開く。」
透。
「どの扉。」
紗季。
「時計台の。」
「一番上。」
注連縄。
秘密の部屋。
メアリーが。
思い出す。
「あそこ……。」
紗季が。
頷く。
「十二年前。」
「私たち。」
「開けた。」
悠の頭。
痛み。
透。
「違う。」
「開けてない。」
紗季。
「開けた。」
透。
「俺は見てた。」
「開ける前に圭介が――」
紗季。
「それ。」
「あなたが覚えてる方。」
静寂。
「どういう意味。」
紗季は。
悠を見る。
「記憶。」
「全員違うんだよ。」
「十二年前の。」
「悠は透を残したと思ってる。」
「透は圭介が最初に消えたと思ってる。」
「メアリーは海へ突き落とされたと思ってる。」
「私は。」
自分の胸。
「時計台の扉を開けた。」
蓮。
「俺は八年前だから知らない。」
紗季。
「どれも。」
「嘘じゃない。」
悠。
「……?」
「でも。」
「全部じゃない。」
紗季は。
時計台の方向を見る。
「思い出す時。」
「あれが。」
「少しずつ。」
「都合いい形に変える。」
透。
「何のために。」
紗季。
「戻って来させるため。」
六人を。
再び。
同じ場所へ。
⸻
悠が。
「じゃあ。」
「本当の記憶は。」
紗季。
「ある。」
「どこ。」
紗季は。
透のカメラを見る。
「写真。」
透。
「写真は。」
「記録。」
紗季。
「それだけじゃない。」
「十二年前。」
「透くん。」
「最後まで撮ってたでしょ。」
透。
「あぁ。」
「その最後のフィルム。」
悠たち。
顔を見合わせる。
未現像フィルム。
すでに現像した。
顔の白い人物。
紗季。
「違う。」
「もう一本。」
透の顔が。
変わる。
「……ない。」
「ある。」
「どこ。」
紗季は。
言った。
「悠が持ってる。」
悠。
「俺?」
「十二年前。」
「透くんから。」
「取り上げた。」
「それで。」
「隠した。」
頭痛。
悠の記憶。
カメラ。
透。
血。
叫び。
『お前は残れ!』
そして。
何か。
フィルムを。
握った。
「……俺。」
紗季。
「思い出した?」
悠。
「まだ。」
紗季。
「場所だけ。」
「覚えてるはず。」
「どこに隠した。」
悠は。
目を閉じる。
十二年前。
夕方。
走る。
手。
フィルム。
誰にも渡せない。
隠す。
どこ。
土?
学校?
海?
その時。
匂い。
コーヒー。
ナポリタン。
喫茶店。
悠が。
目を開く。
「つばめ。」
透。
「何。」
「喫茶店。」
柏木。
自由帳。
破られたページ。
「俺。」
「つばめに。」
「何か隠した。」
透が。
「行く。」
榊原。
時計を見る。
午後零時二十六分。
まだ。
時間はある。
だが。
紗季が。
「待って。」
「私は。」
「一緒に行けない。」
悠。
「なんで。」
紗季。
自分の手を見る。
指先が。
薄くなっている。
「戻される。」
蓮も。
同じ。
輪郭。
揺れる。
透。
「蓮!」
少年。
「大丈夫。」
「また。」
透。
「またじゃねぇ!」
声が。
強くなる。
蓮。
少し笑う。
「兄ちゃん。」
「六時。」
「時計台で。」
透。
「行くな。」
「行かなきゃ。」
「行くな!」
蓮。
「今度は。」
兄を見る。
「一緒に帰ろ。」
透の顔。
崩れる。
紗季も。
メアリーを見る。
「メアリー。」
「うん。」
「春人。」
「まだ待ってる。」
メアリーの涙。
「……うん。」
紗季。
悠へ。
「六人揃って。」
「でも。」
「扉は開けないで。」
「どうすれば。」
「本当の記憶を。」
紗季の身体。
薄くなる。
「先に見つけて。」
「そうすれば。」
「選べるから。」
「何を?」
声。
遠くなる。
「終わらせるか。」
「もう一度。」
「繰り返すか。」
その言葉を最後に。
紗季。
消える。
蓮も。
透へ。
手を振る。
「あとで。」
透。
声が出ない。
蓮。
笑う。
「ちゃんと飯食えよ。」
透。
「……お前が言うな。」
蓮。
消える。
竹林。
空。
蝉。
また。
普通の夏。
⸻
透は。
しばらく。
何もない場所を見ていた。
悠。
隣へ。
「行こう。」
透。
「……あぁ。」
「フィルム。」
「探す。」
榊原。
「それが。」
「本当の証拠ってことか。」
宮本。
「そして。」
「十二年前の記憶を。」
「上書きされる前に確認する。」
レイ。
「もう。」
「完全に刑事事件の範囲外だな。」
榊原。
「せやな。」
「でも。」
一歩。
歩く。
「人が困っとる。」
「ほな。」
「やることは同じや。」
レイ。
「刑事カッコいい。」
榊原。
「惚れんなよ。」
「それはない。」
「ダボ!」
少し。
笑う。
だが。
悠は。
遠くの時計台を見る。
午後六時。
六人。
本当の記録。
扉。
そして。
圭介。
まだ。
足りない。
春人も。
いない。
圭介も。
いない。
でも。
そこへ。
行く。
今度は。
十二年前とは違う。
一人で。
行かない。
⸻
午後零時四十分。
商店街へ戻る。
祭り。
さらに。
人が増えている。
甚平。
浴衣。
観光客。
音楽。
笑い声。
その中。
悠たちは。
喫茶店「つばめ」へ。
カラン。
柏木。
「また来た。」
悠。
「柏木さん。」
「十二年前。」
「俺。」
「ここに何か隠してませんか。」
柏木が。
手を止める。
「……。」
「フィルム。」
長い沈黙。
柏木。
ゆっくり。
悠を見る。
「思い出したんか。」
全員。
固まる。
悠。
「知ってたんですか。」
柏木は。
カウンターの下。
古い引き出し。
鍵。
開ける。
その奥。
小さな。
金属ケース。
「十二年。」
「預かっとった。」
ケース。
悠へ。
「お前が。」
「誰にも渡すなって。」
手。
震える。
開く。
中。
フィルム。
一本。
ラベル。
透の字。
8/15 LAST
透の目。
大きくなる。
「……最後の一本。」
柏木。
「それと。」
もう一つ。
折り畳まれた紙。
悠自身の字。
⸻
未来の俺へ。
メアリーを信じるな。
⸻
誰も。
動かなかった。
メアリーも。
文字を見ていた。
悠の。
十二年前の自分が。
未来の自分へ。
残した警告。
メアリーを信じるな。
悠は。
ゆっくり。
彼女を見る。
メアリーは。
泣きそうな顔で。
でも。
笑った。
「……そっか。」
「私。」
「やっぱり。」
「何か。」
「忘れてるんやね。」
祭り太鼓。
外。
ドン。
ドン。
午後一時。
六時まで。
あと五時間。
最後のフィルムが。
十二年ぶりに。
悠の手へ戻った。
⸻
――第69話・完――
後書き
今回、八年前に消えた秋山蓮が本物として姿を現しました。
透にとって、ようやく「弟はどこかに存在している」と確認できた回でもあります。
そして紗季から判明した重要な事実。
十二年前の記憶は、完全な嘘ではありません。
ただし、それぞれの記憶が少しずつ改変されている。
そのため、
* 透の記憶
* メアリーの記憶
* 悠の記憶
* 紗季の記憶
が食い違っていた。
それを修正できる可能性があるのが、秋山透が十二年前に最後まで撮影していた最後のフィルムです。
そしてラスト。
十二年前の悠自身が残した、
「メアリーを信じるな」
という警告。
ここは「メアリーが黒幕」という単純な意味にはしません。
次回第70話では、最後のフィルムを現像します。
そこで初めて。
十二年前の午後六時前。
六人の間で本当は何が起きていたのか。
その映像ではなく、連続写真が姿を現し始めます。




