八月十五日の朝
Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第68話
八月十五日の朝
⸻
前書き
最後の日だと知っていたら、
人は何をするのだろう。
大切な人へ、
何かを伝えるのだろうか。
行きたかった場所へ、
行くのだろうか。
それとも。
いつもと同じ朝ご飯を食べて、
くだらない話をして、
いつもと同じ道を歩くのだろうか。
たぶん。
本当に大切なのは、
そういう普通の一日なのだと思う。
⸻
八月十五日。
午前六時十二分。
海鳴町。
朝。
窓の向こうから聞こえてきたのは、
祭囃子ではなかった。
「おーい!」
男の声。
「そっち持ち上げて!」
「せーの!」
ガタン。
「違う違う! 反対!」
「そっち反対や!」
「どっちやねん!」
朝っぱらから騒がしい。
悠は布団の中で目を開けた。
「……うるせぇ。」
枕元のスマートフォンを見る。
午前六時十二分。
十二分。
その数字を見て。
一瞬だけ胸がざわつく。
六時十分。
でも。
もう過ぎている。
朝の六時十分には、
何も起こらなかった。
当たり前だ。
問題なのは。
夕方。
悠は身体を起こした。
窓を開ける。
夏の朝の空気。
すでに少し暑い。
眼下。
商店街では、
町内会の男たちが屋台を組み立てていた。
赤。
青。
黄色。
提灯。
電線。
焼きそば。
たこ焼き。
射的。
金魚すくい。
昨日まで事件の舞台だった町が、
一晩で。
祭りの町へ変わり始めていた。
「……祭りか。」
十二年前。
同じ日。
同じ町。
同じ朝。
そして。
自分たちは。
六人だった。
悠は窓枠へ手を置く。
圭介。
名前を思い出しただけで。
記憶が少しずつ戻ってくる。
自転車。
ゲームセンター。
海。
コンビニ。
くだらない喧嘩。
圭介は。
確か。
炭酸が苦手だった。
「……いや。」
悠は笑う。
ラムネ飲んでたじゃねぇか。
記憶が混ざっている。
まだ完全ではない。
でも。
戻ってきている。
その時。
ドンドンドン!
部屋の扉。
「悠ー!」
レイ。
「起きろー!」
「起きてる!」
「朝飯!」
「今行く!」
「透が死にそう!」
悠の動きが止まる。
勢いよく扉を開ける。
「何!?」
レイが真顔。
「腹減って。」
「……。」
「昨日食わせただろ!!」
廊下。
透が壁にもたれて立っている。
「俺は死にそうなんて言ってない。」
「顔が死んでる。」
「寝不足。」
悠。
「寝た?」
透。
「二時間。」
「アホか!」
朝から。
榊原と同じ言葉が出た。
⸻
午前六時四十分。
宿の食堂。
白米。
味噌汁。
焼き魚。
卵焼き。
漬物。
冷奴。
昔ながらの朝食。
透は。
黙々と食べている。
悠が見る。
「食えるじゃん。」
「食える。」
「じゃあ普段も食えよ。」
「面倒。」
レイ。
「飯を面倒扱いする奴初めて見た。」
透。
「写真撮ってると忘れる。」
メアリー。
「だから昔から言ってるやん。」
透。
「聞こえてる。」
メアリーが笑う。
悠も笑った。
その向かい。
榊原。
白米二杯目。
宮本。
「先輩。」
「食べすぎでは。」
「今日動くんやぞ。」
「朝は食わな。」
レイ。
「説得力ある。」
榊原。
「お前も食え。」
「食ってます。」
「もっと。」
「母ちゃんかよ。」
「誰が母ちゃんや!」
朝から。
うるさい。
でも。
不思議だった。
こんな状況なのに。
悠は。
少し楽しかった。
⸻
メアリーは。
悠の隣。
食事はできない。
当然。
箸も持てない。
それでも。
食卓を見ながら。
嬉しそうにしている。
悠は気付く。
「食べたい?」
メアリー。
「卵焼き。」
「好きだったっけ。」
「甘いやつ。」
悠が一つ食べる。
「甘い。」
メアリー。
「いいなぁ。」
「感想だけ?」
「めちゃくちゃ甘い。」
「それだけ?」
「卵の味がする。」
「当たり前や!」
メアリーが笑う。
その笑顔を見て。
悠は。
突然。
胸が痛くなった。
もし。
透の言っていたことが本当なら。
全部思い出したら。
メアリーは消える。
つまり。
こういう時間も。
終わる。
悠の箸が止まる。
「悠?」
メアリー。
「どうした?」
「……いや。」
悠は。
卵焼きを食べた。
「うまい。」
メアリー。
「それさっき聞いた。」
笑う。
悠も。
笑った。
今は。
それでいい。
⸻
午前七時二十五分。
商店街。
祭り準備。
「おー!」
佐伯健三が悠たちを見つける。
「若いの来た!」
嫌な予感。
「ちょっと手伝って!」
レイ。
「ほら来た。」
悠。
「絶対そうなると思った。」
気付けば。
悠とレイ。
屋台の骨組みを運んでいる。
「重っ!」
「そっち上げろ!」
「上げてる!」
「悠そっち!」
「どっち!」
十二年前と。
似た声。
似た景色。
透は。
少し離れた場所。
カメラ。
カシャ。
悠。
「おい!」
カシャ。
「手伝え!」
透。
「記録係。」
「便利な言葉使うな!」
カシャ。
レイ。
「こいつ腹立つな!」
透。
「自然な表情が撮れる。」
「撮んな!」
カシャ。
メアリーが。
腹を抱えて笑っている。
「懐かしい。」
悠が。
屋台を持ちながら。
「何が!」
「昔も同じ。」
「誰が?」
「圭介。」
悠の動きが。
一瞬止まる。
メアリー。
笑いながら。
「圭介も。」
「透くんに。」
『撮ってないで手伝え!』
って。
怒ってた。
悠の頭。
景色が。
重なる。
⸻
十二年前。
同じ商店街。
高校生の圭介。
屋台を持っている。
「重い!」
春人。
「そっち上げろ!」
「上げとるわ!」
透。
カシャ。
圭介。
「秋山ァ!」
カシャ。
「カメラ置けぇ!!」
メアリー。
大笑い。
紗季。
日陰でラムネを飲んでいる。
悠。
「透逃げろ!」
透。
走る。
圭介。
追う。
「待てぇ!」
⸻
現在。
悠は。
笑っていた。
涙も。
少し出ていた。
レイ。
「どうした。」
「……思い出した。」
「何を。」
悠は。
透を見る。
「こいつ。」
「十二年前も。」
「写真撮って逃げてた。」
透。
少し笑う。
「圭介。」
「足速かった。」
悠。
「そうだった。」
また。
一つ。
戻った。
⸻
午前八時十五分。
駄菓子屋。
木村トメ。
店先。
大量のラムネ。
「手伝い代。」
一人一本。
レイ。
「神。」
榊原。
「仕事中や。」
と言いながら。
普通に一本取る。
宮本。
「先輩。」
「一本くらいええやろ。」
ポン!
ビー玉。
シュワ。
悠。
一口。
冷たい。
甘い。
懐かしい。
メアリー。
「私も。」
悠。
「飲めないだろ。」
「匂い。」
瓶を。
メアリーへ向ける。
彼女が。
顔を近付ける。
「……。」
目を閉じる。
「懐かしい。」
その瞬間。
風。
提灯が揺れる。
悠の耳。
声。
『乾杯!』
十二年前。
六人。
ラムネ。
瓶を合わせる。
カン。
圭介。
『明日もな!』
春人。
『明日も祭りだろ。』
『違う。』
圭介。
笑う。
『来年。』
『来年も。』
メアリー。
『再来年も。』
紗季。
『卒業しても?』
圭介。
『当たり前。』
透。
カメラ。
『撮るぞ。』
圭介。
『待て。』
六人。
並ぶ。
誰か。
カメラ。
タイマー。
カシャ。
⸻
現在。
悠。
瓶を握る。
「約束……。」
メアリー。
「思い出した?」
「少し。」
透も。
聞いている。
悠。
「来年も。」
透。
静かに。
「来ようって。」
メアリー。
「言ったね。」
透。
「来られなかった。」
誰も。
続けなかった。
⸻
午前九時。
神社。
境内では。
祭りの準備。
紅白幕。
太鼓。
神輿。
神崎文江が。
椅子へ座って。
指示を出している。
「それ右!」
「違う!」
「もっと右!」
青年。
「どっち!?」
文江。
「ワシから見て右!」
「先に言って!」
榊原が笑う。
「元気やなぁ。」
悠たちが近付く。
文江は。
透を見る。
「寝たか。」
透。
「二時間。」
「アホ。」
本日三回目。
透が。
少し嫌そうな顔。
「みんな同じこと言う。」
文江。
「みんな正しいんや。」
⸻
神社。
昨日入った。
地下。
入口は。
警察が簡易封鎖している。
榊原が確認。
異常なし。
「今日は入らん。」
透も頷く。
「夕方までは。」
悠。
「夕方?」
透。
「六時前。」
「もう一度行く。」
榊原。
「昨日死にかけたやろ。」
透。
「でも。」
「入口はそこ。」
悠。
「何の入口。」
透は。
時計台を見る。
「向こう側。」
まだ。
その正体は分からない。
ただ。
蓮。
紗季。
圭介。
おそらく。
そこにいる。
⸻
午前九時四十分。
境内。
子どもたちが。
神輿の練習。
「わっしょい!」
「わっしょい!」
その中。
一人の少年。
野球帽。
悠が。
一瞬。
目を止める。
蓮?
違う。
普通の小学生。
透も。
同じ少年を見ていた。
カメラを。
構えない。
ただ。
見ている。
悠が横へ立つ。
「撮らないの。」
「撮らない。」
「珍しい。」
透。
「……今日は。」
少年を見る。
「目で見る。」
悠は。
何も言わなかった。
少しだけ。
透が。
十二年間の役目から。
降り始めている。
そんな気がした。
⸻
午前十時十五分。
商店街。
突然。
「あら。」
女性の声。
悠が振り返る。
白石。
という看板。
小さな和菓子屋。
店先。
六十代くらいの女性。
悠を見ている。
そして。
透。
「……秋山くん?」
透の顔が。
固まる。
「……白石さん。」
悠にも。
すぐ分かった。
白石紗季。
その家族。
女性。
白石美佐江(63)
紗季の母。
美佐江は。
透を見る。
長い沈黙。
「久しぶりね。」
「はい。」
「何年ぶり。」
「……八年。」
美佐江。
「そう。」
その顔に。
怒りはない。
でも。
深い疲れ。
「紗季のこと。」
透。
「……はい。」
「まだ探してる?」
透は。
頷く。
美佐江は。
小さく笑った。
「あの子。」
「帰ってきたのよ。」
悠の呼吸が。
止まる。
透。
「……いつ。」
「昨日。」
静寂。
「昨日!?」
悠。
美佐江は。
不思議そうに。
「ええ。」
「夜。」
「突然。」
透の顔から。
血の気が引く。
「今。」
「どこです。」
「二階。」
「寝てる。」
透が。
店へ入ろうとする。
榊原が。
腕を掴む。
「待て。」
「でも!」
「確認してから。」
美佐江。
戸惑う。
「何?」
「警察?」
榊原。
手帳。
「少し。」
「娘さんにお話を。」
美佐江。
「いいですけど……。」
そして。
首を傾げる。
「変なんですよ。」
悠。
「何が。」
美佐江。
「紗季。」
「十二年前から。」
「全然。」
笑う。
困ったように。
「変わってないの。」
透の目。
大きくなる。
「昨日帰ってきて。」
「高校の制服で。」
「最初。」
「誰かと思った。」
メアリー。
震える。
「紗季……。」
美佐江。
「それに。」
「変なこと言うの。」
榊原。
「何て。」
母親は。
思い出す。
「お祭り。」
「まだ始まってない?」
誰も。
声を出せなかった。
紗季にとって。
十二年。
経っていない。
⸻
階段。
ギシ。
一段。
また一段。
悠。
透。
榊原。
宮本。
レイ。
メアリー。
二階。
廊下。
突き当たり。
部屋。
美佐江。
ノック。
「紗季。」
返事なし。
「入るよ。」
ガチャ。
扉。
開く。
ベッド。
空。
窓。
開いている。
カーテン。
風。
「……いない。」
美佐江。
「え?」
机。
そこに。
一枚の紙。
透が。
見る。
高校生の字。
⸻
圭介を迎えに行ってきます。
⸻
悠の心臓が。
跳ねる。
「圭介……。」
紗季は。
覚えている。
透が。
窓へ走る。
外。
商店街。
祭り準備の人混み。
その向こう。
白いブラウス。
紺のスカート。
長い黒髪。
高校生。
白石紗季。
歩いている。
「紗季!!」
透が叫ぶ。
少女が。
振り返る。
十二年前と。
全く同じ顔。
そして。
透を見た瞬間。
笑った。
昔の。
友達を見る笑顔。
「透くん。」
声は。
人混みの向こう。
聞こえるはずがない距離。
なのに。
はっきり聞こえた。
「遅いよ。」
透が。
階段へ走る。
「待て!」
悠たちも。
追う。
外。
人混み。
祭り準備。
「すみません!」
「通して!」
少女。
歩く。
走っていない。
なのに。
距離が縮まらない。
時計台方向。
「紗季!」
透。
少女が。
角を曲がる。
追う。
しかし。
そこには。
誰もいない。
代わりに。
地面。
一枚の写真。
透が拾う。
十二年前。
六人。
時計台前。
悠。
メアリー。
春人。
透。
紗季。
圭介。
初めて。
六人全員が。
はっきり写っている。
そして。
裏。
文字。
⸻
午後六時。
六人で来て。
⸻
レイが。
「六人?」
悠。
メアリー。
透。
紗季。
圭介。
春人。
十二年前の六人。
でも。
今ここにいるのは。
三人だけ。
透が。
低く言う。
「呼び戻す気だ。」
榊原。
「誰が。」
透。
「分からない。」
悠は。
写真を見る。
違和感。
六人。
でも。
撮ったのは誰だ?
以前も出た疑問。
タイマー?
三脚?
誰か?
写真のガラス面。
反射。
悠が。
目を細める。
そこ。
撮影者が。
わずかに映っている。
黒い帽子。
「……瀬川。」
透が。
写真を見る。
元時計台管理人。
黒い帽子の男。
瀬川宗一。
そして。
写真の裏。
透が。
指で擦る。
文字の下。
薄い。
別の文字。
古い鉛筆。
⸻
六人揃ったら、扉を開けるな。
⸻
榊原。
「どっちやねん。」
透。
「上の文字。」
写真を光へ。
「新しい。」
「下は十二年前。」
つまり。
十二年前の瀬川は。
警告していた。
現在の何者かは。
六人を集めようとしている。
悠が。
写真を握る。
午後六時。
今。
午前十時三十一分。
あと。
七時間二十九分。
⸻
その時。
商店街の放送。
ザッ。
『本日は――』
祭りの案内。
『海鳴夏祭り――』
普通。
『午後五時より――』
ノイズ。
ザザッ。
そして。
声が変わる。
少年。
『悠。』
町中。
スピーカー。
悠が。
顔を上げる。
その声。
知っている。
昨日。
夢で聞いた。
「……圭介。」
透も。
固まる。
スピーカー。
『見つけて。』
ノイズ。
『約束しただろ。』
悠の胸が。
痛む。
十二年前。
『もう一回、見つけて。』
同じ声。
そして。
最後。
『六時に。』
『時計台で待ってる。』
放送。
ブツン。
普通の祭り案内へ戻る。
『――皆様のお越しをお待ちしております。』
商店街の人々。
誰も。
気付いていない。
屋台を作っている。
笑っている。
子どもが走る。
夏祭りを。
楽しみにしている。
悠たちだけが。
立ち尽くしていた。
メアリーが。
悠を見る。
「行く?」
悠は。
すぐ答えなかった。
写真。
六人。
笑っている。
十二年前。
何も知らなかった頃。
透が。
「罠かもしれない。」
榊原。
「罠やろ。」
レイ。
「ほぼ罠だろ。」
宮本。
「行かない選択肢も。」
悠。
「ない。」
榊原が睨む。
「黒瀬。」
「行かなかったら。」
悠は写真を見る。
「また。」
「透が一人で十二年やることになる。」
透。
「もうやらない。」
悠が。
少し笑う。
「なら。」
「今日終わらせよう。」
透は。
何も言わない。
やがて。
カメラを持ち上げる。
でも。
シャッターは切らなかった。
「……分かった。」
⸻
その頃。
時計台。
内部。
誰もいないはずの。
最上階。
時計。
六時十分で。
止まっている。
その下。
暗い部屋。
一人。
高校生の少年。
三浦圭介。
椅子に座っている。
目を閉じている。
その隣。
神崎春人。
立っている。
春人は。
圭介を見る。
「呼んだのか。」
圭介。
目を開く。
「俺じゃない。」
春人の顔が。
変わる。
「じゃあ。」
二人。
同時に。
部屋の奥を見る。
暗闇。
そこから。
声。
男でも。
女でもない。
老人でも。
子どもでもない。
「六人。」
ゆっくり。
何かが。
笑う。
「今度こそ。」
「全員。」
春人が。
圭介の前へ立つ。
守るように。
「させない。」
暗闇。
「十二年前も。」
「そう言ったね。」
春人の表情が。
凍る。
そして。
暗闇の中。
一つ。
目が。
開いた。
⸻
午前十時三十三分。
祭りまで。
六時間二十七分。
午後六時まで。
七時間二十七分。
六時十分まで。
七時間三十七分。
海鳴町の夏は。
まだ。
始まったばかりだった。
⸻
――第68話・完――
後書き
ここから「八月十五日編」が本格的に始まりました。
今回の大きなポイントは、白石紗季が十二年前の姿のまま実家へ帰ってきたこと。
そして、圭介からの呼び出し。
ただし最後の場面で判明した通り、圭介本人は悠を呼んでいません。
つまり、これまでメアリー、春人、蓮、圭介などの姿や声を利用して悠たちを誘導していた「何か」が存在する。
一方で瀬川宗一は十二年前から、
「六人揃ったら、扉を開けるな」
と警告していた。
ここからはもう新しい主要人物は増やしません。
第69話では午後へ進みます。
祭りが始まり、人が増え、町が最も明るく賑やかになっていく一方で、悠たちは消えた紗季を探します。
そして次に見つかるのは紗季ではなく――
八年前に消えたままの、十七歳の秋山蓮です。




