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Appearing ― 突然、君からのメッセージ ―  作者: 和泉發仙


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67/90

神社の裏

Appearing


― 突然、君からのメッセージ ―


第66話


神社の裏


⸻


前書き


扉は、


開けるためにある。


でも。


中には、


閉じたままの方がいい扉もある。


問題は。


それを決めるのが、


いつも扉の外にいる人間だということだ。


中にいる誰かは、


ずっと。


開けてもらうのを待っているかもしれない。


⸻


午後二時十分。


海鳴町。


中村写真館前。


透が先頭に立っていた。


黒いパーカー。


首からカメラ。


細い肩。


昔よりずっと痩せた。


けれど歩き方には迷いがなかった。


悠は、その背中を見ながら妙な感覚を覚えていた。


ついさっきまで。


追う側と追われる側だった。


監視されていた。


逃げられた。


何度も。


それが今では。


同じ方向へ歩いている。


「なんか変だな。」


悠が呟く。


透が振り返らずに答える。


「何が。」


「お前が普通に一緒にいるの。」


レイが横から口を挟む。


「たしかに。」


「さっきまで完全に不審者だったからな。」


透は少しだけ笑った。


「今も大して変わらない。」


「自覚あんのかよ。」


「ある。」


その短いやり取りに。


ほんの少しだけ。


十二年前の空気が混ざった気がした。


メアリーも、それを感じたのだろう。


透の横顔を見ながら。


小さく笑った。


「懐かしい。」


悠が聞く。


「何が?」


「透くん。」


「昔からこんなんやった。」


透がメアリーを見る。


「余計なこと言うな。」


「ほんとやもん。」


その一瞬だけ。


事件を忘れた。


でも。


透はすぐに前を向いた。


「急ぐ。」


「六時までに戻る。」


榊原が腕時計を見る。


午後二時十二分。


「残り三時間四十八分。」


宮本が言う。


「神社までは?」


「徒歩十五分。」


透が答える。


「裏手から入るなら。」


榊原が眉を寄せた。


「裏手?」


「正面から行くと。」


透は言葉を切る。


「見られる。」


全員が足を止めた。


「誰に?」


悠が聞く。


透は答えない。


代わりに。


商店街の屋根の上を見る。


「誰かに。」


レイがため息を吐く。


「その言い方やめろ。」


「怖ぇんだよ。」


透はそれ以上言わなかった。


⸻


神社へ向かう道。


昼間。


住宅街。


洗濯物。


庭先の自転車。


犬の鳴き声。


どこにでもある町。


だからこそ。


今から向かう場所が。


余計に異物に感じられた。


途中。


駄菓子屋の前。


木村トメが椅子へ座り。


扇子で顔を仰いでいた。


悠たちを見る。


そして。


透を見た瞬間。


扇子の動きが止まる。


「……透ちゃん。」


透も立ち止まる。


「トメさん。」


老人は。


しばらく何も言わなかった。


やがて。


小さく笑った。


「やっと。」


「一緒に歩けるようになったんやね。」


透は返事をしなかった。


トメは、悠へ視線を移す。


「黒瀬くん。」


「はい。」


「今日は。」


扇子を閉じる。


「六時十分まで。」


声が少し低くなる。


「時計見たらあかんよ。」


榊原がすぐ反応する。


「なんで?」


トメは首を横に振る。


「見るから。」


「何が。」


「昔の人。」


それだけ言うと。


「ラムネ持ってき。」


いつもの顔に戻った。


レイが思わず苦笑する。


「情報とラムネの差がすげぇな。」


トメは笑う。


「暑いやろ。」


悠はラムネを受け取る。


一本多い。


五本。


悠。


レイ。


榊原。


宮本。


透。


メアリーには。


本来いらない。


でも。


トメは当然のように。


悠の横へ一本差し出した。


「メアリーちゃんの分。」


メアリーが目を丸くする。


「……ありがとう。」


聞こえないはずの声。


でも。


トメは。


少しだけ笑った。


⸻


午後二時三十五分。


神社。


正面ではない。


裏手。


透の案内で。


古い住宅の間を抜け。


細い坂道へ入る。


道というより。


獣道に近い。


雑草。


竹。


木の根。


夏の湿気。


虫の声。


空気が一気に変わる。


「こんな道あったか?」


悠が聞く。


透が答える。


「昔からある。」


「地元でもほとんど使わない。」


「蓮はなんで知ってた。」


「野球のボール。」


「え?」


「中学の時。」


「ここまで飛ばした。」


レイが笑う。


「どんなホームランだよ。」


透も少し笑った。


「本人はそう言ってた。」


兄弟の話。


それだけで。


透の表情が少し柔らかくなる。


だが。


その柔らかさは。


すぐ消えた。


「八年前。」


「蓮が。」


「ここに入った。」


道の先。


木々の隙間から。


古い石垣が見えた。


苔。


ひび。


その奥。


小さな祠。


屋根は半分崩れている。


神崎文江が世話をしている表の神社とは。


明らかに違う。


「これ何だ。」


宮本が聞く。


透は答えた。


「旧社。」


「今の神社ができる前。」


「ここにあった。」


榊原が周囲を見る。


「いつの?」


「明治より前。」


「祭神は。」


「分からない。」


「記録が消えてる。」


榊原が透を見る。


「消えた?」


「役場の古文書。」


「一部だけ。」


「旧社に関するページが切り取られてた。」


新しい大謎を増やさない。


悠は自分にそう言い聞かせるように。


今あるものだけを見る。


蓮が来た場所。


透が避けてきた場所。


そして。


「扉は?」


悠が聞く。


透は祠の裏へ回る。


雑草を掻き分ける。


土。


石。


木の根。


その下。


鉄板。


いや。


扉。


地面へ埋め込まれた。


古い金属扉。


大人一人が通れる程度。


取っ手。


鍵穴。


「これ……。」


榊原がしゃがむ。


「地下?」


透は頷く。


「蓮が見つけた。」


「お前は入ったのか。」


透は数秒黙る。


「一度だけ。」


全員が透を見る。


「いつ。」


「蓮が消えた翌日。」


「中に何があった。」


透の顔が強張る。


「覚えてない。」


悠が眉をひそめる。


「覚えてない?」


「入った。」


「階段を降りた。」


「その先。」


「……気付いたら。」


透は自分の手を見る。


「時計台の前にいた。」


「午後六時十一分。」


空気が冷える。


メアリーが小さく言う。


「一分。」


透が頷く。


「俺のカメラには。」


「四百六十三枚。」


「写真が増えてた。」


榊原の目が変わる。


「何が写ってた。」


「全部。」


透は答える。


「真っ黒。」


⸻


悠は地面の扉を見る。


開けたくない。


それが自然な感情だった。


だが。


蓮のノート。


『もし僕がいなくなったら、時計台じゃなくて神社の裏を見て』


少年が。


兄を助けるために残した言葉。


透はポケットから。


小さな鍵を出す。


「これ。」


「蓮の机にあった。」


鍵穴へ差す。


回す。


ガチャン。


誰も動かない。


透は。


悠を見る。


「ここから先。」


「お前は。」


言葉を切る。


「何を見ても。」


「自分の記憶だと思うな。」


悠は眉を寄せる。


「どういう意味だ。」


「ここは。」


透が扉へ手を掛ける。


「見たいものを見せる。」


「それが。」


「一番怖い。」


扉が開く。


ギィィィ……。


下。


石段。


闇。


冷たい空気。


土の匂い。


そして。


かすかに。


海の匂い。


「なんで海の匂いすんだよ。」


レイが呟く。


誰も答えない。


榊原が懐中電灯を点ける。


「私が先。」


「いや。」


透が止める。


「俺。」


「道を知ってる。」


「覚えてないんじゃなかったのか。」


榊原。


透は。


少し皮肉っぽく笑った。


「身体は覚えてる。」


悠には。


その言葉が嫌だった。


⸻


地下。


一段。


二段。


三段。


石段は。


思った以上に深い。


懐中電灯の光が。


前方数メートルだけを照らす。


壁は。


削られた岩。


人工的。


ところどころ。


古い木材で補強されている。


「防空壕?」


宮本が言う。


透は首を横に振る。


「もっと古い。」


「地下道?」


「たぶん。」


歩く。


空気が冷たい。


夏の汗が。


逆に寒さへ変わる。


レイが。


「これ絶対。」


「Tシャツ一枚で来る場所じゃねぇ。」


悠が答える。


「今さら言うな。」


「薄着のお前に言われたくねぇ。」


小さな会話。


緊張している。


だから喋る。


悠にも分かる。


その時。


メアリーが止まった。


「……。」


悠も止まる。


「どうした。」


メアリーの目。


壁。


「ここ。」


そこには。


何かが彫られている。


古い。


文字。


ひらがな。


いや。


名前。


榊原が光を当てる。


一つ。


二つ。


何十。


人名。


年代。


昭和。


平成。


古いものは。


戦前。


「何だこれ。」


宮本が呟く。


透は見ない。


「見ない方がいい。」


「理由は。」


「名前が。」


透の声が。


少し震えた。


「増えるから。」


全員が黙る。


榊原が壁を見る。


「増えるって何や。」


透。


「俺が八年前に入った時。」


壁を指す。


「蓮の名前はなかった。」


メアリーが息を呑む。


悠は。


懐中電灯の光を。


ゆっくり下へ動かす。


新しい傷。


他の文字より。


明らかに新しい。


⸻


秋山 蓮


⸻


誰も声を出せなかった。


透は。


弟の名前を見なかった。


見ないようにしている。


「透。」


悠が呼ぶ。


「進む。」


透は答えた。


「見るな。」


自分に言っているようだった。


⸻


さらに奥。


通路が。


二つに分かれる。


右。


左。


透は迷わず右。


レイが聞く。


「左は?」


「行ったら。」


透。


「時計台に出る。」


全員が止まる。


「は?」


悠。


「時計台?」


「地下で繋がってる。」


「旧社と。」


「だから。」


透は振り返る。


「六時十分に。」


「時計台と神社。」


「両方で同じことが起きる。」


榊原が。


「じゃあ昔の管理人。」


「瀬川宗一も。」


透が頷く。


「たぶんここを知ってた。」


黒い帽子。


元時計台管理人。


十五年前に死んだ男。


十二年前。


そこにいた。


少しずつ。


役割が見えてくる。


犯人。


とは限らない。


むしろ。


この場所を管理していた側。


⸻


右の道。


突き当たり。


小さな木製扉。


透が止まる。


「ここ。」


「蓮が見つけた。」


鍵。


必要ない。


扉は。


少し開いていた。


榊原が。


「誰か入った?」


透は首を横に振る。


「昨日は閉まってた。」


「昨日来たのか。」


「毎日。」


レイが苦笑する。


「お前マジで寝てねぇだろ。」


透は無視する。


榊原がゆっくり扉を開く。


中。


狭い部屋。


机。


椅子。


棚。


そして。


大量の。


写真。


悠は息を呑む。


「また写真……。」


だが。


透のものではない。


もっと古い。


白黒。


セピア。


昭和。


平成初期。


同じ場所。


時計台。


旧社。


桟橋。


そして。


人。


どの写真にも。


同じものが写っている。


少し遠く。


子ども。


学生。


老人。


必ず。


誰か一人。


こちらを見ている。


玲子がいれば。


分析しただろう。


榊原は。


一枚ずつ見ながら。


「これ。」


「全部。」


「六時十分?」


透。


「裏。」


宮本が写真を裏返す。


日時。


18:10


次。


18:10。


次も。


18:10。


何十年分。


すべて。


「毎年?」


「いや。」


透が答える。


「最初は。」


「十数年に一度。」


「それが。」


「だんだん短くなった。」


悠の胸が。


嫌な音を立てる。


「今は?」


透。


「毎年。」


⸻


メアリーが。


部屋の隅へ歩く。


「……誰かいる。」


悠が振り返る。


「どこ。」


古い机。


下。


メアリーがしゃがむ。


そこ。


小さな箱。


野球のシール。


透の顔が変わる。


「蓮……。」


箱を出す。


鍵なし。


開ける。


中には。


カセット。


ボールペン。


そして。


写真。


蓮。


自撮り。


地下。


笑っている。


十七歳。


その後ろ。


扉。


さらに奥。


黒い帽子の男。


瀬川宗一。


だが。


今度の写真は。


怖くなかった。


男は。


蓮を追っていない。


手を伸ばしている。


まるで。


止めようとしている。


「……。」


透が写真を握る。


榊原が。


「この男。」


「助けようとしてる?」


透の声。


「俺も。」


「そう思う。」


黒い帽子。


敵。


ではない。


ようやく。


伏線の向きが変わる。


⸻


箱の底。


小さな録音機。


電池。


当然切れている。


だが。


森下から借りた。


携帯用再生機。


宮本が接続する。


「聞く?」


透は。


長く。


黙る。


「聞く。」


カセット。


回る。


ザー……。


蓮の声。


『兄ちゃん。』


透の指が。


震える。


『これ聞いてるなら。』


笑い声。


『たぶん俺、めっちゃ怒られてる。』


レイが。


少しだけ笑う。


透は笑えない。


『でも。』


『分かった。』


ノイズ。


『時計台じゃない。』


『あそこは入口。』


榊原。


身を乗り出す。


『本当の場所は。』


音が乱れる。


ザーッ。


『――の下。』


聞き取れない。


『六時十分は。』


蓮の声が。


急に真剣になる。


『時間じゃない。』


全員が固まる。


『合図。』


透が目を閉じる。


『誰かが。』


『六時十分に。』


その時。


録音へ。


別の音が入る。


足音。


『誰?』


蓮。


『……兄ちゃん?』


透の顔が。


変わる。


録音の中。


男の声。


低い。


『ここへ来るな。』


瀬川宗一。


おそらく。


蓮。


『あなた誰?』


『帰れ。』


『兄ちゃんのこと知ってる?』


沈黙。


そして。


男。


『秋山透を。』


『時計台から離せ。』


透の呼吸が。


止まる。


『どうして?』


『次は。』


ノイズ。


『あいつが――』


ガッ。


音が途切れる。


透が。


「続き。」


宮本。


「まだある。」


録音。


蓮が走る。


息。


階段。


『待って!』


『何なんだよ!』


その時。


女の声。


『蓮くん。』


透の目が見開かれる。


メアリーが。


「紗季……?」


白石紗季。


『こっち。』


蓮。


『白石先輩?』


『急いで。』


『なんでここに――』


そして。


最後。


蓮。


『兄ちゃん。』


『もし俺が帰れなかったら。』


泣き声ではない。


でも。


震えている。


『俺のこと探すな。』


透が。


顔を伏せる。


『お願いだから。』


『兄ちゃん。』


『もう。』


『自分のせいにしないで。』


ブツッ。


録音終了。


⸻


誰も動かない。


透の肩が。


小さく震えている。


十二年間。


いや。


八年間。


ずっと。


弟を探した。


自分のせいだと思って。


写真を撮り続けた。


記録した。


寝ることも。


人生も。


全部。


でも。


弟は。


最後に。


それを望んでいなかった。


「……ダボ。」


榊原が。


小さく呟いた。


誰に向けてか。


透か。


蓮か。


自分か。


分からない。


「一人で。」


「背負いすぎや。」


透は。


返事をしなかった。


⸻


その時。


宮本の無線。


ザッ。


『榊原さん。』


地上の警官。


『時間確認してください。』


榊原。


腕時計。


午後三時四十八分。


「何。」


『時計台の時計。』


ノイズ。


『止まりました。』


全員が固まる。


「何時で。」


沈黙。


『六時十分です。』


「今三時台やぞ。」


『分かってます。』


空気が。


変わる。


透が立ち上がる。


「早まった。」


悠。


「何が。」


「今年。」


透の顔。


初めて。


本気の恐怖。


「始まる時間が。」


「早まってる。」


榊原が。


「撤収。」


「全員戻るで!」


その瞬間。


地下の奥。


左の通路。


時計台へ続く方向。


ゴォォォン――。


鐘。


地下なのに。


すぐ近くから。


鳴った。


一度。


二度。


三度。


透が。


数える。


四。


五。


六。


そこで。


止まらない。


七。


八。


九。


メアリーの顔が。


真っ青になる。


十。


十一。


そして。


十二。


静寂。


悠。


「十二回……。」


透。


「違う。」


「十二じゃない。」


目を閉じる。


「呼んでる。」


「誰を。」


透の視線が。


悠へ。


「お前を。」


その瞬間。


左の通路。


暗闇。


誰かが立った。


高校生。


制服。


背が高い。


悠が。


「春人……?」


神崎春人。


十二年前の姿。


でも。


今回は。


透にも。


レイにも。


榊原にも。


宮本にも。


全員に見えた。


春人は。


悠だけを見る。


口を開く。


「来るな。」


次に。


メアリーを見る。


「まだ。」


悲しそうな顔。


そして。


透。


「蓮は生きてる。」


透の顔が。


崩れる。


「……何?」


春人。


もう一度。


「蓮は。」


「まだ向こうにいる。」


その瞬間。


通路奥から。


強烈な風。


懐中電灯が消える。


暗闇。


メアリーの悲鳴。


レイ。


「悠!」


榊原。


「動くな!!」


何かが。


悠の手首を掴む。


冷たい。


引っ張られる。


「っ!!」


透が。


悠の腕を掴む。


「行くな!!」


暗闇の中。


悠には。


見えた。


時計台。


六時十分。


そして。


その前。


一人の少女。


長い黒髪。


白石紗季。


その隣。


野球帽。


秋山蓮。


二人とも。


十二年前と。


八年前のまま。


そして。


その後ろ。


もう一人。


顔が見えない。


悠の頭が。


割れるように痛む。


「……六人目。」


声がした。


誰の声か分からない。


「思い出して。」


「悠。」


「お前が。」


「最後に――」


透が叫ぶ。


「聞くな!!」


その声で。


視界が戻る。


透。


榊原。


レイ。


メアリー。


全員。


悠を引っ張っている。


足元。


左の通路。


数センチ先。


床が。


ない。


深い穴。


もし。


あと一歩。


踏み出していたら。


落ちていた。


レイが。


青い顔で。


「マジかよ……。」


榊原。


「帰る。」


今度は。


誰も反対しない。


透は。


穴を見つめる。


そして。


小さく。


「蓮。」


返事はない。


ただ。


地下の奥から。


一度だけ。


カシャッ。


シャッター音が。


聞こえた。


⸻


地上へ戻る。


午後四時十三分。


まだ明るい。


蝉。


青空。


何事もなかったような夏。


全員。


しばらく。


何も言えなかった。


神崎文江が。


神社の境内に立っていた。


白い割烹着。


悠たちを見る。


そして。


透。


その顔を見て。


「聞いたんやね。」


透は。


何も答えない。


文江。


「蓮ちゃんの声。」


透の目が。


鋭くなる。


「知ってたんですか。」


老人は。


悲しそうに頷く。


「全部ではない。」


「でも。」


「八年前。」


「蓮ちゃんは。」


「ここから出てきた。」


透が。


固まる。


「……何?」


文江。


「六時十一分。」


「一分だけ。」


誰も。


息をしない。


「出てきて。」


「ワシに言うた。」


透の唇。


震える。


「何て。」


文江。


ゆっくり。


答える。


「兄ちゃんに。」


「ごめんって。」


透の膝から。


力が抜ける。


悠が。


支える。


透は。


初めて。


声を出して。


泣いた。


十二年間でも。


八年間でも。


なく。


少年のように。


ただ。


泣いた。


メアリーも。


隣で。


泣いていた。


誰も。


慰めなかった。


今は。


泣くべき時間だった。


⸻


時計台。


遠く。


止まった文字盤。


六時十分。


だが。


悠のスマホは。


午後四時十五分。


まだ。


二時間近くある。


しかし。


透が言った。


「もう。」


涙を拭いながら。


「今日じゃない。」


悠。


「何が。」


透。


時計台を見る。


「六時十分。」


「八月十五日。」


「本番は。」


「明日だ。」


風が吹く。


夏祭りの準備をする音が。


町の向こうから。


聞こえてきた。


提灯。


屋台。


太鼓。


十二年前と。


同じように。


海鳴町は。


明日の祭りを。


待っていた。


⸻


――第66話・完――


後書き


今回は、これまで積み上げたものをかなり回収しました。


黒い帽子の男・瀬川宗一は、少なくとも蓮を襲うために地下へいたわけではありません。むしろ「帰れ」「透を時計台から離せ」と警告していた。


そして八年前、秋山蓮は完全に消えたわけではなかった。


六時十一分に、一度だけ戻ってきている。


ここは今後かなり重要になります。


六時十分は「死の時刻」そのものではなく、何かが切り替わる合図。


そして一分後。


六時十一分。


そこに、まだ出口がある可能性が見えてきました。


残り20話。


次回第67話では少し空気を変えて、祭り前夜の海鳴町へ戻ります。


悠たちは一度休み、透も久しぶりに仲間と飯を食う。


そこで十二年前の五人+紗季の関係を、現在の会話から少しずつ取り戻していきます。


そして夜。


悠は、ずっと避けていた一つの質問を透へします。


「十二年前、俺は誰を守ろうとした?

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