祭りのビデオテープ
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Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第63話
祭りのビデオテープ
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前書き
映像は、
写真より残酷だ。
写真は一瞬しか残らない。
でも映像は、
その一瞬へ続く時間まで残してしまう。
笑う声も。
歩き方も。
照れ笑いも。
全部。
だから、
もう会えない人ほど、
映像の中では生きて見える。
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海鳴町役場。
地下資料室。
午前十時四十五分。
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古いブラウン管テレビが、長机の上へ運ばれてきた。
灰色の筐体。
角が丸い、九〇年代製の大型モニター。
その隣には、埃を被った業務用VHSデッキが置かれる。
森下拓海は工具箱を開き、慣れた手つきでケーブルを繋ぎ始めた。
「まだ動くかな……。」
コンセントを差し込む。
カチ。
主電源を押す。
「……頼む。」
ブゥゥン……
低い駆動音。
数秒後。
ブラウン管がゆっくり明るくなる。
「映った!」
拓海が思わず笑う。
画面には青い背景。
『VIDEO』
の文字。
玲子も安堵したように息を吐いた。
「再生できます。」
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悠は、
机の上へ並んだVHSを見つめていた。
どれも町役場が保管していた祭りの記録映像。
しかし。
一本だけ。
赤いシール。
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未確認
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それだけが、
誰にも再生されないまま、
十二年間眠っていた。
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榊原が手袋をはめる。
「入れるで。」
テープをデッキへ差し込む。
ガチャン。
ウィィン……
機械がゆっくり回り始めた。
全員、
息を止める。
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ザザ……
砂嵐。
ノイズ。
横線。
古い映像特有の乱れ。
数秒後。
ゆっくり画面が安定する。
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映っていたのは、
青空だった。
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「……。」
誰も喋らない。
カメラはゆっくり下を向く。
そこには。
海鳴町。
十二年前。
祭り前日の朝。
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「うわ……。」
拓海が思わず声を漏らす。
「残ってる。」
町が。
生きていた。
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パン屋。
魚屋。
花屋。
駄菓子屋。
今より若い店主たち。
笑い声。
自転車。
犬。
ランドセル。
全部、
そこにあった。
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佐伯健三。
今より髪が黒い。
「おーい!」
パンを焼きながら笑っている。
西園寺美和。
花へ水をやりながら近所のおばちゃんと話している。
木村トメ。
子どもたちへラムネを配っている。
悠は、
画面から目を離せなかった。
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「町だ……。」
「昔の。」
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その時。
画面が学校へ切り替わる。
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海鳴高校。
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文化祭準備。
祭り準備。
部活。
高校生たちが笑っている。
そして。
廊下を歩いてきた。
春人。
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「いた……。」
メアリーが小さく呟く。
春人は画面の中で、
友人たちへ笑いながら話しかけている。
元気だった。
普通の高校生だった。
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その後ろから、
メアリーが走ってくる。
「春人ー!」
画面いっぱいの笑顔。
玲子は無意識に、
映像のメアリーと、
今ここにいるメアリーを交互に見た。
「……同じ。」
何も変わっていない。
笑い方まで。
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そして。
最後に。
ゆっくり歩いてくる少年。
首からカメラ。
少し照れくさそうに笑う。
秋山透。
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悠の胸が締め付けられる。
「……透。」
画面の透は、
今のような無表情ではない。
友達へ笑う。
弟へ手を振る。
先生と話す。
普通に笑う。
普通に青春を生きている。
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榊原が静かに呟く。
「こんな顔もするんやな。」
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画面の中。
写真部部室。
透がフィルムを確認している。
春人が後ろから肩を組む。
「今日終わったら海行こうぜ!」
透は笑う。
「仕事。」
「記録係。」
「終わったら!」
「……考える。」
教室中が笑う。
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悠は目を閉じた。
胸が痛い。
「これ。」
「知ってる。」
「俺。」
「ここにいた。」
断片的な記憶。
笑い声。
教室。
カメラ。
全部、
少しずつ戻ってくる。
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その時だった。
映像が、
急に乱れた。
ザザザ……
画面が揺れる。
玲子が顔を上げる。
「テープの劣化?」
拓海は首を振る。
「違う。」
「ここだけ。」
映像が飛んでいる。
十秒ほど。
完全に。
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ノイズが消える。
画面が戻る。
そこは。
時計台。
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夕方。
五時五十五分。
画面の右下へ、
時刻表示が出ている。
玲子が身を乗り出す。
「時間表示……。」
「残ってる。」
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カメラは、
時計台を映している。
誰かを待っているように。
動かない。
一分。
二分。
三分。
誰も来ない。
そして。
五時五十九分。
画面の端へ。
一人。
黒い帽子の男が、
歩いてきた。
部屋中の空気が凍る。
「……帽子。」
メアリーが震えた。
「この人……。」
悠も立ち上がる。
「見た。」
「夢で。」
男は。
時計台の中へ入っていく。
その直後。
映像が、
再び乱れた。
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ザザザザ……
画面が真っ白になる。
そして。
完全なブラックアウト。
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「終わり?」
拓海が巻き戻そうとした。
しかし。
玲子が画面を指差す。
「待って。」
黒い画面。
何も映っていないはず。
その中央へ。
ゆっくり。
白い文字が浮かび上がる。
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PM 6:10
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誰も。
何もしていない。
VHSに、
そんな機能はない。
画面の文字は。
まるで。
誰かが。
今。
テレビへ書いたように。
ゆっくり現れていた。
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その瞬間。
ブラウン管のスピーカーから。
ノイズ混じりに。
少年の声が聞こえた。
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「……止めろ。」
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悠の顔色が変わる。
「透だ。」
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「そこまで見るな。」
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画面が。
バチッ!!
という音とともに消えた。
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資料室は、
静まり返った。
誰も。
言葉を失っていた。
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ブラウン管テレビの画面は、完全に暗くなっていた。
ほんの数秒前まで、そこには十二年前の海鳴町があった。
青空。
商店街。
笑う高校生たち。
まだ何も失われていなかった夏。
それが今は、黒いガラス面に変わっている。
映っているのは、テレビを取り囲む悠たち自身の姿だけだった。
誰も動かなかった。
古いVHSデッキだけが、
ウィィィン……
と低く唸っている。
テープは回り続けている。
なのに映像は出ない。
「……透だ。」
悠がもう一度呟いた。
喉が乾いていた。
「今の声。」
「透だった。」
メアリーも頷く。
「うん。」
いつもの彼女なら、もっと感情を表に出しただろう。
けれど今は違った。
怖がっている。
それも、映像そのものを怖がっているのではない。
何かを思い出しそうになることを恐れている。
相沢玲子はテレビの前へしゃがみ込むと、デッキの表示を確認した。
「森下さん。」
「はい。」
「止めないでください。」
拓海が目を丸くする。
「でも……。」
「再生は続いています。」
玲子はデッキを指差した。
カウンターの数字が進んでいた。
01:38:41。
01:38:42。
01:38:43。
映像は黒い。
音もない。
しかしテープだけは確実に再生されている。
「映像信号が飛んだ?」
宮本が尋ねる。
拓海は首を傾げた。
「それなら普通はブルーバックになるか、ノイズが出ると思います。」
「真っ黒ということは?」
「最初から黒い映像が記録されてる可能性があります。」
榊原が腕を組んだ。
「ほな、さっきの声も最初から入っとった?」
拓海は答えられなかった。
玲子が言う。
「調べれば分かります。」
その口調は冷静だった。
科学捜査に長く携わってきた人間らしい声。
けれど悠には分かった。
玲子もまた、動揺している。
なぜなら。
さっき聞こえた言葉は、
「そこまで見るな。」
だった。
まるで、
今ここで映像を見ている悠たちへ話しかけたような言葉。
十二年前に録音された声だとすれば、不自然すぎる。
「偶然という可能性もあります。」
玲子は言った。
「秋山透が撮影者へ『そこまで見るな』と言った。その音声が偶然、この位置に記録されていた。」
榊原が頷く。
「まずはそっちから疑う。」
レイが壁にもたれながら苦笑した。
「それで説明できればな。」
「説明できんかった時に考えたらええ。」
榊原は即答した。
「分からんことを最初から幽霊のせいにしたら、何も調べられへん。」
その言葉に、悠は少し救われた気がした。
この町へ来てから、説明できないことが多すぎる。
だからこそ、説明できるものから一つずつ潰す。
それが榊原の役目なのだろう。
「巻き戻せます?」
玲子が尋ねた。
「やってみます。」
拓海が停止ボタンへ手を伸ばした。
その時だった。
テレビから、
微かな音がした。
――ザッ。
全員の手が止まる。
――ザ……ザザッ……。
「音?」
拓海がテレビを見る。
画面は黒いまま。
しかし、スピーカーから何かが聞こえる。
遠い。
非常に遠い。
玲子が指を唇へ当てる。
「静かに。」
全員が息を潜めた。
ノイズ。
風。
そして――
祭囃子。
ドン。
ドン。
ヒャララ……。
十二年前の祭りの音だ。
映像はない。
音だけが残っている。
その中に、人の声が混じり始めた。
『こっち!』
少女の声。
メアリーが顔を上げる。
『早く!』
今度は春人。
そして。
『待てって!』
悠自身の声。
悠の背中に鳥肌が立った。
「……俺だ。」
映像の中で、少年たちが走っている。
画面には何も映らない。
しかし音だけで分かる。
何人もの足音。
荒い息。
祭囃子。
人混み。
遠くで子どもが笑っている。
そして――
鐘。
ゴォン――。
一度。
その直後。
『六時だ!』
春人。
『まだ十分ある!』
別の声。
誰だ。
悠は眉を寄せた。
聞いたことがある。
でも思い出せない。
映像の向こうで、誰かが走っている。
『透!』
メアリーの声。
『カメラ置いて!』
『嫌だ!』
透。
はっきり聞こえた。
今までの静かな透とは違う。
怒鳴っていた。
『これだけは残す!』
『透!』
『証拠になる!』
その言葉に、榊原の目つきが変わった。
玲子も身を乗り出す。
証拠。
十二年前の秋山透は、
すでに何かが起きると知っていた。
あるいは。
何かを見てしまった。
音声が乱れる。
ザザザザッ。
『おい!』
春人。
『誰だお前!』
悠の心臓が跳ねた。
黒い帽子の男。
直感的にそう思った。
映像はない。
声だけ。
『ここは立入禁止だ!』
男の声。
低い。
年齢は分からない。
『役場から許可取ってます!』
透。
『出ろ。』
『何してるんですか?』
『出ろと言ってる!』
何かがぶつかる。
ガシャン!
メアリーの悲鳴。
『やめて!』
『透!』
『カメラ返せ!』
激しい揉み合い。
そして。
突然。
音が止まった。
完全な無音。
デッキの数字だけが進む。
01:41:08。
01:41:09。
01:41:10。
悠は知らず知らずのうちに拳を握っていた。
「……続きは?」
誰も答えない。
そして。
01:41:16。
声が戻った。
今度は、
とても小さな声だった。
『悠。』
メアリー。
悠の身体が固まる。
『悠……。』
泣いている。
『ごめん。』
現在のメアリーが口元を押さえた。
「……。」
その瞳から涙がこぼれた。
『私……。』
ノイズ。
『――――。』
聞き取れない。
悠はテレビへ近付いた。
「何て言った?」
玲子が止める。
「触らないで。」
『私が――――だから。』
またノイズ。
そして。
『逃げて。』
悠の呼吸が止まった。
次の瞬間。
画面が戻った。
突然だった。
黒一色だったブラウン管に、激しく揺れる映像が映る。
地面。
石畳。
足。
カメラが落ちている。
レンズが斜めになり、時計台の入口付近を映している。
誰かが走る。
春人。
その後ろを悠が追う。
メアリー。
白石紗季。
そして。
画面手前へ透が倒れ込んだ。
額から血が流れている。
「透!」
現在の悠が思わず叫んだ。
十二年前の透は地面へ手をつきながら、それでもカメラへ手を伸ばした。
レンズを見る。
こちらを見る。
その瞬間。
奇妙な感覚が、資料室を包んだ。
秋山透が、
悠たちを見ている。
十二年前のカメラではない。
まるで、
今テレビの前にいる人間を見ているように。
透の唇が動いた。
『……見るな。』
悠の背筋が凍る。
『六時十分から先を。』
その瞬間。
誰かの靴が画面へ入った。
黒い革靴。
透の顔が変わる。
恐怖。
カメラへ手を伸ばす。
『逃げ――』
ブツン。
映像が途切れた。
今度こそ、
テープは停止した。
カチ。
VHSデッキが静かになる。
誰も動かなかった。
数秒。
十秒。
二十秒。
榊原が最初に口を開いた。
「森下。」
「……はい。」
「今のテープ。」
榊原の声は低かった。
「絶対に触るな。」
「分かりました。」
「相沢さん。」
「コピーできます?」
「できます。」
玲子はすでに仕事の顔へ戻っていた。
「原本は保全。磁気状態を確認してからデジタル化します。音声も分離します。」
宮本がメモを取る。
榊原はさらに続けた。
「十二年前の捜査資料に、この映像の存在が記録されとるか確認。」
「はい。」
「それと黒い帽子の男。」
「当時の役場、時計台管理、警備会社、祭りの実行委員。六時前後に時計台へ入れる立場やった人間を全部洗う。」
「了解です。」
刑事たちが動き始める。
怪異を見た直後でも、
人間の事件として調べる。
その姿を、悠は黙って見ていた。
「悠。」
メアリーだった。
彼女はテレビの前に立っている。
泣いていた。
「どうした?」
「私……。」
震える手で、自分の胸を押さえる。
「さっきの声。」
「覚えてる。」
悠の表情が変わる。
「何を?」
メアリーは目を閉じた。
「私。」
「悠に逃げてって言った。」
「うん。」
「でも。」
首を振る。
「その前。」
聞き取れなかった言葉。
『私が――――だから。』
メアリーの呼吸が荒くなる。
「無理に思い出さなくていい。」
悠が言った。
だがメアリーは、さらに首を振った。
「違う。」
「思い出さないと。」
その顔には恐怖があった。
けれど同時に、
逃げないという意思もあった。
「だって。」
「透くん。」
テレビを見る。
「十二年も。」
「ずっと一人で覚えてたんでしょ?」
悠は何も言えなかった。
メアリーは涙を拭った。
「だったら。」
「私も。」
「もう逃げちゃだめ。」
その言葉を聞いた瞬間。
悠の中で、
何かが動いた。
記憶ではない。
もっと深いところ。
感情。
十二年前。
自分も、
同じことを言った気がした。
⸻
その頃。
海鳴町。
古いアパート。
秋山透はカメラバッグへフィルムを詰めていた。
一本。
二本。
三本。
机の上には、十二年前の写真が並んでいる。
そして中央。
一枚だけ裏返された写真。
透はそれを手に取った。
長い間、表を見ることができなかったように。
指が震える。
やがて。
ゆっくり裏返す。
そこには。
時計台。
時刻は六時十分。
画面中央にメアリー。
少し離れて春人。
地面に倒れている高校生の透。
そして。
時計台の入口。
黒い帽子の男。
しかし。
透が見ていたのは、
その男ではなかった。
写真の右端。
ほんのわずかに写り込んだ人物。
制服姿の少女。
長い黒髪。
透は小さく呟いた。
「……紗季。」
白石紗季。
十二年前、
時計台へ来ていた少女。
そして。
現在まで一度も、
誰も彼女の消息を確認していない。
透は写真を封筒へ入れた。
その表へ、
黒いペンで一言だけ書く。
『悠へ』
立ち上がる。
その時。
玄関から、
コン。
音がした。
透の動きが止まる。
コン。
もう一度。
ノックではない。
何かが、
扉へ当たったような音。
透はカメラを置き、
ゆっくり玄関へ近付く。
覗き穴を見る。
誰もいない。
ドアチェーンを掛けたまま、
少しだけ扉を開く。
足元。
一枚の写真が置かれていた。
ポラロイド。
透は拾う。
そして。
顔色が変わった。
写真に写っていたのは、
今この瞬間の透だった。
玄関の前で、
ポラロイドを拾っている自分。
背後。
部屋の奥。
そこに、
誰かが立っている。
透はゆっくり振り返った。
誰もいない。
再び写真を見る。
写真の中では、
その人物が、
さっきより近付いていた。
「……。」
透の手が震える。
そして。
写真の人物の顔を見た瞬間。
透は、
十二年間一度も見せなかったほどの恐怖を浮かべた。
「なんで……。」
声が掠れる。
「お前が。」
写真の中。
透の背後に立っていた人物。
それは――
春人だった。
だが。
笑っていなかった。
十二年前の制服姿のまま。
顔を濡らし。
透の耳元へ、
何かを囁こうとしていた。
その時。
透の携帯電話が鳴った。
表示された名前。
透の目が見開かれる。
そこには、
登録されているはずのない名前があった。
神崎春人
震える指で、
通話ボタンを押す。
「……春人?」
ノイズ。
そして。
十二年ぶりに。
親友の声がした。
「透。」
透は動けなかった。
「今度は。」
一瞬の沈黙。
「悠を時計台に入れるな。」
通話が切れた。
透はその場に立ち尽くす。
窓の外。
遠くに時計台が見える。
その針が、
まだ昼前だというのに。
ゆっくり。
逆方向へ動き始めていた。
そして。
六時十分で、
止まった。
⸻
――第63話・完――
後書き
今回、かなり重要な情報が出ました。
まず十二年前の映像から、秋山透は事件が起きた後に証拠を残そうとしたのではなく、事件の直前からすでに何かを警戒していたことが分かりました。
そして白石紗季。
これまで「同級生の一人」に見えていた彼女が、六時十分の写真にも写っています。
さらに現在。
春人から透へ、
「悠を時計台に入れるな」
という警告が届きました。
つまり今後、
メアリー側の怪異は悠を時計台へ導いている。
春人は時計台へ行かせまいとしている。
そして透は十二年間、六時十分より先を見せまいとしている。
ここで初めて、
死者たちの目的すら一致していない可能性
が出てきました。
第64話から、この食い違いを掘っていきます。




