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Appearing ― 突然、君からのメッセージ ―  作者: 和泉發仙


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昼の街

前書き


人間って不思議で、

壊れてる時ほど、

「普通の時間」に救われたりする。


誰かとメシ食って、

どうでもいい話して、

笑ったりして。


今回は、

そんな“昼側”の話です。


夜の物語だけど、

昼があるから夜が寂しくなる。


⸻



Appearing


― 突然、君からのメッセージ ―


第5話


昼の街


 昼十一時。


 東神奈川は、真夏の熱気に包まれていた。


 アスファルトが白く光っている。


 蝉の声。


 洗濯物。


 遠くで工事音。


 夜の街とは別世界だった。


 黒瀬 悠は、コンビニ袋を片手に商店街を歩いていた。


 昨夜は結局、

 朝方近くまで眠れなかった。


 レイのバイク。


 海風。


 メアリーの笑い声。


 全部が妙に懐かしくて、

 逆に寝つけなかった。


⸻


「暑っ……」


⸻


 隣でメアリーが顔をしかめる。


 白いオーバーサイズTシャツ。


 ショートパンツ。


 金髪を後ろで軽く結んでいる。


 夏の光の中だと、

 本当に普通の女の子にしか見えなかった。


⸻


「神奈川ってこんな暑かったっけ」


⸻


「知らね」


⸻


「絶対昔より暑いちゃ」


⸻


「毎年言ってるやつな」


⸻


 メアリーは頬を膨らませた。


⸻


「悠ちゃん最近冷たい」


⸻


「元からだろ」


⸻


「昔もっと優しかったもん」


⸻


「気のせい」


⸻


 その時だった。


⸻


「あら悠くん?」


⸻


 前から声が飛んでくる。


 スーパー帰りのおばちゃんだった。


 丸い麦わら帽子。


 大量の買い物袋。


 アパート隣人の田村 静江。


 六十七歳。


 近所のことを全部知ってるタイプの人間である。


⸻


「昼にいるとか珍しいわねぇ」


⸻


「……まぁ」


⸻


「仕事休み?」


⸻


「そんな感じ」


⸻


「顔色悪いわよ?」


⸻


「夜勤だから」


⸻


「ちゃんと食べてる?」


⸻


「まぁ……」


⸻


「絶対食べてない顔してる」


⸻


 静江は呆れたようにため息を吐く。


⸻


「若い子ってみんなそう」


⸻


「無理して身体壊すのよ」


⸻


 その横で。


 メアリーが小さく笑った。


⸻


「静江さん変わっとらん〜」


⸻


「相変わらずお母さんみたい」


⸻


 静江は当然、

 メアリーを見ていない。


 それでもメアリーは、

 普通にそこにいた。


⸻


「あとで煮物持ってくから」


⸻


「いや大丈夫です」


⸻


「大丈夫じゃない顔してるから言ってるの」


⸻


 押し切るように静江は去っていった。


⸻


「優しいねぇ」


⸻


 メアリーがぽつりと言う。


⸻


「……まぁな」


⸻


「昔からやよね」


⸻


「……覚えてんの?」


⸻


「ん?」


⸻


「静江さんのこと」


⸻


「うん」


⸻


 メアリーは少し笑った。


⸻


「台風の日さ」


⸻


「停電して」


⸻


「みんなでカレー食べたやん」


⸻


 悠は少しだけ目を見開く。


 覚えていた。


 富山。


 海鳴町。


 大雨。


 停電。


 暗い部屋。


 静江が懐中電灯を持ってきて、

 みんなでカレーを食べた。


 昔の記憶。


⸻


「……よく覚えてんな」


⸻


「そりゃ覚えとるよ」


⸻


「楽しかったもん」


⸻


 その言葉が、

 妙に胸に残った。


⸻


 商店街を抜け、

 二人は小さな公園へ入る。


 昼間の公園には、

 小さな子どもと母親しかいない。


 平和だった。


 だからこそ、

 メアリーの存在が少しだけ浮いて見えた。


⸻


「あ」


⸻


 メアリーがしゃがみ込む。


 ベンチの下。


 一匹の白黒猫がいた。


⸻


「猫や!!」


⸻


 メアリーは嬉しそうに手を伸ばす。


 猫が近づいた。


 普通に。


 まるで見えているみたいに。


⸻


「……」


⸻


 悠は少し固まる。


⸻


「うわ、めっちゃ可愛い」


⸻


 メアリーが猫を撫でる。


 猫はゴロゴロ喉を鳴らしていた。


⸻


「……見えてんのか」


⸻


「ん?」


⸻


「いや……なんでもねぇ」


⸻


 猫はメアリーの膝へ頭を擦りつける。


 その光景だけ見ると、

 本当に普通だった。


 普通の夏の日。


 普通の女の子。


 普通の時間。


 でも。


 その全部が、

 本当はありえない。


⸻


「名前つけよ」


⸻


「急だな」


⸻


「この子ネオン」


⸻


「なんで」


⸻


「夜っぽいから」


⸻


「適当すぎる」


⸻


 メアリーは笑った。


 悠も少しだけ笑う。


 猫は気持ちよさそうに目を閉じていた。


⸻


 その時だった。


⸻


「……あれ」


⸻


 メアリーが呟く。


⸻


「ん?」


⸻


「なんか」


⸻


 メアリーは遠くを見る。


 商店街の先。


 夏の日差し。


 揺れる陽炎。


⸻


「……わからん」


⸻


「でも」


⸻


「なんか胸ザワザワする」


⸻


 悠は黙った。


 最近、

 時々こうなる。


 メアリーの中で、

 何かが動き始めている。


⸻


 だが。


 今はまだ、

 その正体を知らなくてよかった。


 この時間が壊れるなら。


 少しくらい、

 知らないままでいたかった。


⸻


 夕方。


 帰り道。


 メアリーは空を見上げながら歩いていた。


⸻


「夏って終わるの早いよねぇ」


⸻


「……まぁ」


⸻


「なんかさ」


⸻


「気づいたら終わっとる」


⸻


 悠は何も言わなかった。


 ただ少しだけ、

 昔の海鳴町を思い出していた。


 あの頃も。


 夏は一瞬だった。


⸻


後書き


第5話でした。


今回は、

“昼の街”

を描いています。


この作品、

夜の印象が強いですが、

実は昼の日常がかなり重要です。


* おばちゃん

* 商店街

* 猫

* 夏の熱気


そういう“普通”があるから、

メアリーの存在が切なくなる。


そして少しずつ、

メアリーの中で違和感が育ち始めています。


でもまだ、

事件ではありません。


今はまだ、

「戻ってきた夏」を大切にしています。

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