海鳴町の人たち
前書き
町には、
事件だけが残るわけじゃない。
パン屋のおじさん。
花屋のおばちゃん。
帰り道で会う学生。
犬の散歩をする老人。
何も知らない人も、
何かを知っている人も、
同じ町で生きている。
だから、
一つの事件は、
町全体の記憶になる。
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Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第50話
海鳴町の人たち
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午後五時三十分。
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海鳴町商店街。
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「未来の写真」を握ったまま、
悠たちは立ち尽くしていた。
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「……。」
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榊原が写真をポケットへしまう。
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「これは県警へ回す。」
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「せやけど。」
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「今日はもう追わん。」
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レイが驚く。
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「え?」
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「追わない?」
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榊原は商店街を見渡した。
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夕暮れ。
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買い物帰りの人。
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自転車に乗る中学生。
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犬の散歩。
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普通の日常。
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「犯人は。」
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静かな声。
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「この町の日常に溶け込んどる。」
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「焦ったら負けや。」
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悠はその言葉に妙に納得した。
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パン屋
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「おっ。」
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「見慣れん顔やな。」
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店先から声が飛ぶ。
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パン職人。
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佐伯健三(58)
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腕まくり。
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大柄。
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笑顔。
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「クリームパン食ってくか?」
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悠は苦笑する。
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「いきなりですか。」
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「人間。」
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「腹減るとロクなこと考えん。」
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豪快に笑う。
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榊原も思わず笑った。
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「ええおっちゃんやな。」
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花屋
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隣では、
花に水をやる女性。
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西園寺美和(67)
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町で四十年、
花屋を営んでいる。
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「まぁ。」
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「メアリーちゃん……。」
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突然、
その言葉が出た。
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全員が固まる。
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悠がゆっくり聞く。
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「見えてるんですか?」
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美和は首を傾げる。
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「え?」
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「そこに立っとるやん。」
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メアリーを見る。
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優しく笑う。
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「久しぶり。」
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メアリーの目に涙が浮かぶ。
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「美和おばちゃん……。」
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榊原は黙って二人を見つめていた。
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「……見える人間もおるんか。」
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小さく呟く。
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自転車屋
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ガシャン!
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工具の音。
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若い男性が、
古いロードバイクを整備していた。
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安藤蓮(26)
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無口。
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元自転車競技選手。
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「パンク?」
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悠を見る。
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「違います。」
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「そう。」
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それだけ言って、
また修理へ戻る。
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しかし。
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悠たちが立ち去ろうとすると、
小さく呟いた。
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「また写真撮られてる。」
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全員が止まる。
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「え?」
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蓮は顔を上げない。
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「気を付けた方がいい。」
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「夜。」
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「商店街の時計。」
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「あそこ。」
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「いつも誰かいる。」
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榊原が振り返る。
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時計台。
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古い時計。
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誰もいない。
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だが。
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双眼鏡なら、
町全体を見渡せる高さだった。
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駄菓子屋
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店先。
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小学生たち。
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アイス。
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ラムネ。
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店番は、
白髪のおばあちゃん。
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木村トメ(89)
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悠を見るなり笑う。
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「大きなったねぇ。」
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「覚えとるよ。」
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「昔。」
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「メアリーちゃんと。」
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「毎日ラムネ買いに来とった。」
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メアリーが笑う。
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「十円足りんで。」
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「悠ちゃんが。」
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「毎回おごってくれた。」
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「いや。」
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悠は苦笑した。
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「おばちゃんが。」
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「毎回まけてくれとったやろ。」
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トメは大笑いする。
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「バレとったか。」
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その笑顔を見て、
榊原は少しだけ安心した。
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事件だけじゃない。
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この町には、
ちゃんと人の暮らしがある。
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だからこそ、
誰かが壊したものの大きさが伝わる。
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その時だった。
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カラン……
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商店街の端。
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古びた喫茶店のドアベルが鳴る。
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全員が振り向く。
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一人の男が出てきた。
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黒いスーツ。
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三十代半ば。
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眼鏡。
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手には古いフィルムケース。
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悠とすれ違う瞬間、
男は一瞬だけ立ち止まり、
小さく微笑んだ。
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「……。」
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「夏は嫌いですか?」
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突然の質問だった。
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悠が戸惑う。
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「え?」
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男はそれ以上何も言わず、
そのまま商店街を歩き去っていく。
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榊原は男の背中を見つめる。
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刑事の勘が、
静かに告げていた。
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「あの男とは、また会う。」
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夕日が、
海鳴町を赤く染めていた。
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― 続く ―
後書き
第50話では、事件から少し離れ、海鳴町で暮らす人々を描きました。
今回登場した新キャラクターは、
* 佐伯健三(58)…豪快なパン屋の店主。
* 西園寺美和(67)…メアリーの姿を見ることができる花屋の女性。
* 安藤蓮(26)…無口な自転車屋。町の異変に気づいている。
* 木村トメ(89)…昔から悠たちを知る駄菓子屋のおばあちゃん。
* 喫茶店から出てきた謎の男…名前はまだ明かされません。
こうした「町の人々」を増やすことで、海鳴町が事件の舞台ではなく、「生きた町」として読者の記憶に残るようにしていきましょう。
そして次回からは、この町の日常の裏側に隠された「十二年前の夜」が、少しずつ姿を現し始めます。




