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Appearing ― 突然、君からのメッセージ ―  作者: 和泉發仙


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写真館の老人

前書き


人は、


忘れたから黙るんじゃない。


話せないから黙ることもある。


真実は、


誰か一人が隠すものじゃない。


町全体が、


少しずつ目を逸らした結果、


闇になることもある。


⸻


Appearing


― 突然、君からのメッセージ ―


第48話


写真館の老人


⸻


午後四時三十分。


⸻


海鳴町。


⸻


中村写真館。


⸻


店の中は静まり返っていた。


⸻


壁一面に飾られた写真。


⸻


赤ん坊。


⸻


七五三。


⸻


卒業式。


⸻


結婚式。


⸻


何十年も、


この町の思い出を写してきた店。


⸻


「……。」


⸻


老人は、


十二年前のアルバムを閉じた。


⸻


「お茶でも飲むかい。」


⸻


誰も断らなかった。


⸻


奥の居間。


⸻


古い柱時計。


⸻


ギシギシと鳴る床。


⸻


昭和の匂いが残る部屋だった。


⸻


老人は急須から、


湯呑みにお茶を注ぐ。


⸻


湯気が静かに立ち上る。


⸻


「刑事さん。」


⸻


榊原を見る。


⸻


「まず一つだけ。」


⸻


「ワシは事件を見とらん。」


⸻


「見たことだけ話す。」


⸻


榊原は静かに頷いた。


⸻


「それで十分や。」


⸻


老人は少し笑った。


⸻


「……あの日も。」


⸻


「祭りの日も。」


⸻


「ワシは写真ばっか撮っとった。」


⸻


町中を歩き回り、


笑顔を撮る。


⸻


それが仕事だった。


⸻


「夕方までは。」


⸻


「いつもの祭りやった。」


⸻


神輿。


⸻


太鼓。


⸻


花火。


⸻


浴衣姿の子どもたち。


⸻


全部、


毎年と同じ。


⸻


「せやけど。」


⸻


老人の表情が曇る。


⸻


「夜八時を過ぎた頃から。」


⸻


「町の空気が変わった。」


⸻


「空気?」


⸻


悠が聞く。


⸻


「うん。」


⸻


「人がおらんようになった。」


⸻


静寂。


⸻


「屋台も。」


⸻


「急に閉め始めた。」


⸻


「皆、早う帰った。」


⸻


「理由は?」


⸻


老人は首を横に振る。


⸻


「誰も言わん。」


⸻


「でも。」


⸻


「皆、同じ方向を見とった。」


⸻


部屋が静まり返る。


⸻


「どこです?」


⸻


榊原が尋ねる。


⸻


老人は、


ゆっくり窓の外を指差した。


⸻


海。


⸻


桟橋。


⸻


「……あっちや。」


⸻


⸻


メアリーの肩が震えた。


⸻


「私。」


⸻


「走っとった。」


⸻


老人は静かに頷く。


⸻


「白い浴衣の子。」


⸻


「泣きながら。」


⸻


「走っとった。」


⸻


悠は息を呑む。


⸻


「そのあと。」


⸻


「男の子も走った。」


⸻


「春人か?」


⸻


「いや。」


⸻


老人は即座に否定した。


⸻


「もっと背が高かった。」


⸻


「帽子を被っとった。」


⸻


榊原と宮本が顔を見合わせる。


⸻


「帽子……。」


⸻


「顔は?」


⸻


「見えん。」


⸻


「暗かった。」


⸻


老人は湯呑みを置いた。


⸻


カタン。


⸻


小さな音が部屋に響く。


⸻


「でも。」


⸻


「忘れられんことが一つだけある。」


⸻


全員が老人を見る。


⸻


老人は目を閉じた。


⸻


「写真を撮った。」


⸻


「その男の。」


⸻


「後ろ姿を。」


⸻


静寂。


⸻


榊原が身を乗り出す。


⸻


「写真はどこや。」


⸻


老人は立ち上がる。


⸻


部屋の奥。


⸻


古い金庫。


⸻


鍵を開ける。


⸻


ギィ……


⸻


中から、


一つの封筒を取り出した。


⸻


茶色く変色している。


⸻


表には、


震える字で書かれていた。


⸻


『開けるな』


⸻


悠たちの空気が止まる。


⸻


老人は苦笑した。


⸻


「ワシが書いた。」


⸻


「怖かったんや。」


⸻


「ずっと。」


⸻


ゆっくり封を開く。


⸻


一枚の写真。


⸻


全員が息を呑む。


⸻


夜の海。


⸻


桟橋。


⸻


走るメアリー。


⸻


その奥。


⸻


帽子を深く被った男。


⸻


そして、


その男のさらに後ろ。


⸻


カメラを持った、


あの監視者の青年。


⸻


「……!」


⸻


悠が写真を握り締める。


⸻


「監視者は。」


⸻


「十二年前からいた……。」


⸻


榊原は写真を見つめたまま、


低く呟いた。


⸻


「違う。」


⸻


静かな声だった。


⸻


「コイツは見とったんやない。」


⸻


部屋の空気が張り詰める。


⸻


「……撮っとる。」


⸻


誰も意味が分からない。


⸻


榊原は写真を指差した。


⸻


監視者の青年。


⸻


ファインダーは、


メアリーではない。


⸻


帽子の男へ向けられていた。


⸻


「つまり。」


⸻


「監視者も。」


⸻


「誰かを追っとった。」


⸻


その瞬間。


⸻


写真館の電話が鳴った。


⸻


リーン……


⸻


リーン……


⸻


老人の顔色が変わる。


⸻


「……。」


⸻


「こんな時間に。」


⸻


受話器を取る。


⸻


「もしもし。」


⸻


数秒後。


⸻


老人の手から受話器が滑り落ちた。


⸻


ガタン。


⸻


「どうしました!」


⸻


悠が支える。


⸻


老人は真っ青な顔で、


震える指を写真へ向けた。


⸻


「今……。」


⸻


掠れた声。


⸻


「電話の向こうで。」


⸻


唇が震える。


⸻


「……あの子が。」


⸻


「笑っとった。」


⸻


部屋中が静まり返る。


⸻


誰も、


電話の相手を聞けなかった。


⸻


ただ。


⸻


壁の柱時計だけが、


静かに午後五時を刻み始めていた。


⸻


ゴーン……


ゴーン……


ゴーン……


⸻


――第48話・続く。


⸻





後書き



この回で仕込んだ伏線


* 老人は「事件」ではなく「祭りの異変」を目撃していた。

* 帽子の男という新たな存在。

* 監視者はメアリーではなく、帽子の男を撮影していた。

* 「監視者=犯人」という読者の予想を崩す。

* そして、何者かから写真館へ電話が掛かってきた。


ここから第2章は、「誰が誰を追っていたのか」という構図が少しずつ明らかになっていきます。読者が予想を更新し続ける展開を目指します。

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