監視者
前書き
人は、
「見ている」と思うから怖い。
でも、本当に恐ろしいのは、
「ずっと見られていた」
と気づく瞬間だ。
監視とは、
檻のない牢獄なのかもしれない。
⸻
Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第46話
監視者
⸻
午後二時三十分。
⸻
海鳴町。
⸻
桟橋。
⸻
潮風が吹く。
⸻
鑑識班が春人の学生手帳を証拠袋へ入れていた。
⸻
「指紋は?」
⸻
榊原が尋ねる。
⸻
「海水でほとんど流されています。」
⸻
「期待はできません。」
⸻
榊原は小さく舌打ちした。
⸻
「ちっ……。」
⸻
悠は海を見つめていた。
⸻
「春人先輩……。」
⸻
失踪。
⸻
手帳。
⸻
“信じるな”
⸻
頭の中が整理できない。
⸻
その時。
⸻
メアリーが静かに歩き始めた。
⸻
「メアリー?」
⸻
返事はない。
⸻
桟橋を離れ、
海沿いの遊歩道へ。
⸻
まるで。
⸻
何かに呼ばれているようだった。
⸻
悠は後を追う。
⸻
レイも続く。
⸻
榊原は一瞬迷ったが、
宮本へ目配せした。
⸻
「鑑識は続けとけ。」
⸻
「私はあっち行く。」
⸻
⸻
遊歩道。
⸻
古い街灯。
⸻
錆びたベンチ。
⸻
夏草が風に揺れる。
⸻
メアリーは一つのベンチの前で止まった。
⸻
「……ここ。」
⸻
涙ぐむ。
⸻
「ここで。」
⸻
「春人先輩と。」
⸻
静かな笑顔。
⸻
「アイス食べた。」
⸻
悠も少し笑った。
⸻
「そんなこともあったな。」
⸻
「チョコミント。」
⸻
「嫌いやった。」
⸻
メアリーが笑う。
⸻
「悠ちゃんが食べた。」
⸻
「もったいないから。」
⸻
「そうやった。」
⸻
ほんの数秒。
⸻
事件を忘れるくらい、
穏やかな時間だった。
⸻
その時。
⸻
カシャ。
⸻
全員が振り向く。
⸻
小さな音。
⸻
カメラのシャッター。
⸻
「誰だ!」
⸻
榊原が走る。
⸻
遊歩道の先。
⸻
黒いパーカー。
⸻
帽子。
⸻
一眼レフカメラ。
⸻
男が走り出す。
⸻
「止まれ!!」
⸻
榊原が追う。
⸻
宮本も走る。
⸻
悠も反射的に走った。
⸻
レイだけが、
メアリーのそばへ残る。
⸻
⸻
住宅街。
⸻
細い路地。
⸻
男は迷わない。
⸻
地元を知っている。
⸻
角を曲がる。
⸻
フェンスを飛び越える。
⸻
榊原も追う。
⸻
「待たんかダボォ!!」
⸻
播磨弁が路地へ響く。
⸻
男は振り返らない。
⸻
公園。
⸻
滑り台。
⸻
砂場。
⸻
そのまま森の中へ。
⸻
「くっ!」
⸻
榊原が木を避ける。
⸻
あと少し。
⸻
あと数メートル。
⸻
その時。
⸻
男は突然立ち止まった。
⸻
ゆっくり振り返る。
⸻
初めて。
⸻
顔が見える。
⸻
二十代前半。
⸻
色白。
⸻
痩せた青年。
⸻
無表情。
⸻
悠と目が合う。
⸻
次の瞬間。
⸻
男は笑った。
⸻
ほんの少しだけ。
⸻
そして。
⸻
森の奥へ消えた。
⸻
榊原たちが追いつく。
⸻
だが。
⸻
誰もいない。
⸻
一本道。
⸻
隠れる場所もない。
⸻
「……消えた。」
⸻
宮本が呟く。
⸻
「ありえへん。」
⸻
榊原も息を切らしている。
⸻
悠だけが立ち尽くしていた。
⸻
「……。」
⸻
「あの顔。」
⸻
「どこかで見た。」
⸻
レイが追いつく。
⸻
「逃げられた?」
⸻
悠は頷いた。
⸻
「でも。」
⸻
「思い出せそうで思い出せない。」
⸻
その頃。
⸻
遊歩道。
⸻
一人残ったメアリー。
⸻
ベンチへ座っていた。
⸻
風が吹く。
⸻
静かだった。
⸻
すると。
⸻
誰かが隣へ座る気配。
⸻
「……。」
⸻
メアリーはゆっくり横を見る。
⸻
誰もいない。
⸻
でも。
⸻
ベンチは少しだけ沈んでいた。
⸻
誰かが座っているように。
⸻
「……。」
⸻
その時。
⸻
耳元で。
⸻
本当に小さく。
⸻
優しい男の声が聞こえた。
⸻
「まだ思い出さなくていい。」
⸻
メアリーの瞳が大きく開く。
⸻
その声は。
⸻
春人だった。
⸻
振り返る。
⸻
誰もいない。
⸻
ただ。
⸻
ベンチの上には、
溶けかけたチョコミントアイスが、
一本だけ置かれていた。
⸻
「……春人先輩?」
⸻
涙が一粒、
静かに落ちた。
⸻
― 続く ―
⸻
後書き
第46話でした。
ここでは、「監視者」は実在する人間として描きつつ、メアリーの周囲では説明のつかない現象が続いています。
特に最後のシーンは、「本当に春人の霊だったのか」「メアリーの記憶が見せたものなのか」を、あえて断定していません。
また、監視者の青年が悠を見て笑ったことも重要です。
これは、「監視している」のではなく、悠のことを知っている可能性を示す新たな伏線になります。
ここから第2章は、監視者の正体と春人失踪の真相が少しずつ交差していきます。




