封じられた部屋
前書き
古い建物には、
人が住まなくなっても、
時間だけは残る。
笑い声。
足音。
泣き声。
怒鳴り声。
壁は全部覚えている。
ただ。
誰にも話せないだけだ。
⸻
Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第43話
封じられた部屋
⸻
午後零時四十七分。
⸻
旅館「松風荘」。
⸻
二階。
⸻
突き当たりの廊下。
⸻
「ここや。」
⸻
榊原美咲が壁を軽く叩く。
⸻
コン。
⸻
コン。
⸻
コン……
⸻
明らかに音が違う。
⸻
「空洞や。」
⸻
宮本が頷く。
⸻
「壁の向こうに部屋があります。」
⸻
旅館の女将は震えていた。
⸻
「そんな……。」
⸻
「もう二十年以上……。」
⸻
「誰も入っとらん。」
⸻
「工具。」
⸻
榊原の一言で、
若い警察官がバールを持ってくる。
⸻
ギィ……
⸻
金属が壁へ食い込む。
⸻
バキッ!!
⸻
乾いた音。
⸻
古い石膏ボードが崩れる。
⸻
ホコリが舞う。
⸻
誰も咳をしない。
⸻
全員、
息を止めていた。
⸻
バキッ!!
⸻
ドン!!
⸻
穴が開く。
⸻
真っ暗。
⸻
冷たい空気が流れ出す。
⸻
まるで、
長い眠りから目覚めた部屋みたいだった。
⸻
「ライト。」
⸻
宮本が懐中電灯を差し込む。
⸻
光が、
ゆっくり部屋を照らしていく。
⸻
畳。
⸻
古い座卓。
⸻
茶碗。
⸻
カレンダー。
⸻
時間が止まっていた。
⸻
「……。」
⸻
悠は鳥肌が立つ。
⸻
誰かが、
昨日まで使っていたようにも見える。
⸻
でも。
⸻
全部、
十二年以上前のものだった。
⸻
「入るぞ。」
⸻
榊原が先頭に立つ。
⸻
宮本。
⸻
悠。
⸻
レイ。
⸻
メアリー。
⸻
順番に中へ入る。
⸻
部屋の空気は冷たかった。
⸻
夏なのに。
⸻
吐く息が少し白い。
⸻
「寒っ……。」
⸻
レイが腕をさする。
⸻
「なんだここ。」
⸻
誰も答えない。
⸻
⸻
部屋の隅。
⸻
古いブラウン管テレビ。
⸻
ラジカセ。
⸻
本棚。
⸻
学生雑誌。
⸻
高校のアルバム。
⸻
そして。
⸻
机の上。
⸻
小さなカセットレコーダー。
⸻
「……。」
⸻
榊原が近づく。
⸻
ホコリを払う。
⸻
メーカー名。
⸻
平成初期。
⸻
録音ボタンが、
押されたままだった。
⸻
「壊れとるやろ。」
⸻
レイが言う。
⸻
榊原は乾電池を確認する。
⸻
「電池ない。」
⸻
その瞬間。
⸻
カチッ。
⸻
全員が固まる。
⸻
レコーダーの赤いランプが点いた。
⸻
「……。」
⸻
誰も触っていない。
⸻
ザー……
⸻
ノイズ。
⸻
ガサ……
⸻
風の音。
⸻
そして。
⸻
笑い声。
⸻
『早よ行こう!』
⸻
若い女の子。
⸻
『花火始まるよ!』
⸻
祭りの日。
⸻
録音だ。
⸻
全員、
息を呑む。
⸻
ザー……
⸻
屋台。
⸻
太鼓。
⸻
子どもの声。
⸻
全部聞こえる。
⸻
そして。
⸻
『メアリー!』
⸻
メアリーが震える。
⸻
「……私。」
⸻
高校生の、
自分の声。
⸻
録音されていた。
⸻
『ちょっと待ってー!』
⸻
笑っている。
⸻
楽しそうだった。
⸻
今とは違う。
⸻
生きていた頃の声。
⸻
メアリーは涙を流していた。
⸻
「……。」
⸻
悠も言葉が出ない。
⸻
ザー……
⸻
録音は続く。
⸻
笑い声。
⸻
足音。
⸻
祭り。
⸻
そして。
⸻
急に。
⸻
静かになる。
⸻
『……帰る?』
⸻
誰かが聞く。
⸻
男の声。
⸻
若い。
⸻
落ち着いている。
⸻
「春人か?」
⸻
榊原が小さく呟く。
⸻
だが。
⸻
断定できない。
⸻
録音が悪い。
⸻
その時だった。
⸻
『待って!!』
⸻
メアリーの悲鳴。
⸻
部屋の空気が変わる。
⸻
ザーッ!!
⸻
ノイズ。
⸻
走る音。
⸻
荒い息。
⸻
『逃げろ!!』
⸻
別の男。
⸻
聞き覚えがある。
⸻
優斗……?
⸻
いや。
⸻
違う。
⸻
判別できない。
⸻
そして。
⸻
最後。
⸻
録音機が、
何かを拾った。
⸻
低い男の声。
⸻
たった一言。
⸻
『見つかった。』
⸻
ブツッ。
⸻
録音終了。
⸻
静寂。
⸻
誰も動けない。
⸻
その時。
⸻
メアリーが、
部屋の押し入れを見つめた。
⸻
「……。」
⸻
「どうした?」
⸻
悠が聞く。
⸻
メアリーの顔色が、
真っ白になる。
⸻
「悠ちゃん。」
⸻
「ん?」
⸻
震える指が、
押し入れを指した。
⸻
「……あそこ。」
⸻
静かな声。
⸻
「祭りの日。」
⸻
「誰か。」
⸻
涙が落ちる。
⸻
「ずっと。」
⸻
「中に隠れとった。」
⸻
部屋の空気が、
一気に凍りついた。
⸻
榊原はゆっくり拳銃に手を添える。
⸻
宮本が懐中電灯を構える。
⸻
悠はメアリーを庇うように前へ出る。
⸻
レイが小さく息を呑む。
⸻
押し入れは、
ほんの数センチだけ開いていた。
⸻
暗闇の奥から。
⸻
カタン。
⸻
何かが、
動いた音がした。
⸻
――続く。
⸻
後書き
第43話でした。
今回は「壁の向こうの部屋」が、事件当日の時間を閉じ込めたような空間として描かれました。
ポイントは、
* 封鎖された部屋には人はいなかった。
* しかし祭り当日の録音が残されていた。
* 録音にはメアリーの声と、複数の人物の声が入っていた。
* 最後に「見つかった」という謎の一言。
* そしてメアリーは、「押し入れに誰かが隠れていた」という記憶を思い出します。
ここからは、押し入れの中に何があるのか、そして「隠れていた人物」が事件を見ていたのかどうかが、第2章最大の焦点になっていきます。




