夏の匂い
前書き
人は、
本当に大事なものほど、
失ってから「そこにあった」と気づくのかもしれません。
深夜のゲーム。
コンビニ。
どうでもいい会話。
そんなもの、
永遠に続くと思っていた。
今回は、
“戻ってきた時間”の話です。
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Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第3話
夏の匂い
夕方六時。
東神奈川駅前は、仕事終わりの人間で溢れていた。
スーツ姿の会社員。
学生。
買い物帰りの主婦。
電車のブレーキ音。
湿った風。
八月の熱気が、街全体にまとわりついている。
黒瀬 悠は駅前のガードレールにもたれ、ぼんやりスマホを見ていた。
昨夜からほとんど寝ていない。
いや、正確には。
寝られなかった。
部屋にメアリーがいるからだ。
しかも普通に。
テレビ見たり。
ゲームしたり。
冷蔵庫を開けようとして「開かん」と困ってたり。
死んだはずの人間とは思えない。
むしろ、生きていた頃より自然だった。
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「お待たせー」
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バイク音と一緒に声が飛んできた。
相沢 レイ。
黒のスカジャン。
短めの茶髪。
片耳ピアス。
大型バイクを片足で止めながら、ダルそうにヘルメットを外す。
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「……お前その顔ヤバ」
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「寝てねぇ」
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「クマえぐいじゃん」
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レイは缶コーヒーを投げてよこした。
悠が受け取る。
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「ほら」
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「……サンキュ」
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「つーかマジで何? 仕事サボるとか珍し」
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「気分」
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「絶対それだけじゃねーだろ」
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レイはじっと悠を見る。
昔からそうだった。
こいつは人の変化に妙に気づく。
だから面倒だった。
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「なんかあった?」
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「……別に」
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「はい出た」
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レイは呆れたように笑う。
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「お前昔っからそうじゃん」
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「悩みある時ほど黙るやつ」
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悠は視線を逸らした。
その瞬間。
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「レイちゃんや」
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後ろからメアリーが顔を出した。
レイは反応しない。
当然だ。
見えていない。
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「うわー懐かし」
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「相変わらず怖い顔しとる」
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メアリーは楽しそうに笑っている。
悠だけが固まる。
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「……どうした?」
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レイが怪訝そうに眉を寄せた。
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「いや……」
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「疲れてる?」
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「まぁ」
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「だろーね」
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レイは缶コーヒーを開ける。
炭酸音。
駅前の喧騒。
夕方の空気。
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「なぁ」
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「今日バンド練習なんだけど来る?」
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「……行かね」
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「即答かよ」
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「だりぃ」
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「老人じゃん」
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レイは笑った。
その笑い方を見て、悠は少しだけ昔を思い出した。
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富山。
海鳴町。
高校時代。
海沿いの堤防。
ゲームセンター。
帰り道。
いつもメアリーとレイが騒いでいた。
自分はその後ろを歩いていた。
あの頃は。
未来とか、
ちゃんとあると思っていた。
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「悠ちゃん?」
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メアリーが覗き込む。
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「……なんでもねぇ」
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「絶対ウソや」
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「うるせ」
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レイが不思議そうな顔をした。
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「誰と喋ってんの?」
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悠の喉が詰まる。
言えるわけがない。
死んだメアリーが隣にいるなんて。
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「……独り言」
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「キモ」
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「ほっとけ」
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レイは少し黙ったあと、小さく息を吐いた。
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「……なぁ悠」
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「ん」
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「お前さ」
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「まだ引きずってんの?」
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風が吹いた。
電車が通り過ぎる。
悠は何も言わない。
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「……まぁ別にいいけど」
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「でもさ」
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「止まったままだと腐るぞ」
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レイはそう言って、
バイクへ跨がった。
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「じゃ、また連絡する」
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「……おう」
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「ちゃんと寝ろよ」
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エンジン音。
大型バイクが夜の道路へ消えていく。
残されたのは悠と。
メアリーだけだった。
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「レイちゃん優しいね」
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「……まぁ」
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「昔っから悠ちゃんのこと心配しとったもん」
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「……」
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悠は返事をしなかった。
わかっていたからだ。
レイも。
自分も。
ずっと止まったままだった。
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夜九時。
部屋。
ゲーム画面の青い光が薄暗い室内を照らしている。
メアリーは床に座り、懐かしそうにコントローラーを見ていた。
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「まだやっとったんや、このゲーム」
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「まぁ」
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「うわ懐かし〜!」
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ログイン画面。
古いオンラインゲーム。
今では過疎気味だが、
悠だけはずっと続けていた。
理由は自分でも分からない。
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「メアリーめっちゃ弱かったよな」
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「え!? 悠ちゃんのせいやろ!!」
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「お前すぐ突っ込むし」
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「だって敵おったら倒したいやん!」
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笑い声。
自然だった。
普通だった。
まるで、
メアリーが死んでいないみたいに。
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その時だった。
メアリーの表情がふっと止まる。
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「……あれ?」
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「ん?」
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「なんやろ」
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メアリーは自分の手を見る。
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「……なんか」
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「雨の匂いする」
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悠が顔を上げる。
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「は?」
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「……わからん」
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「でも」
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「なんか怖い」
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部屋の空気が少しだけ冷えた気がした。
メアリーは黙り込む。
その横顔を見ながら。
悠は初めて思った。
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本当に、
これは夢じゃないのかもしれない。
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後書き
第3話でした。
今回は、
“戻ってきた日常”
を中心にしています。
まだ事件は始まりません。
でも、
少しずつメアリーの記憶に違和感が混ざり始めています。
この作品は、
最初に「青春」をしっかり描くことで、
後半のサスペンスが効く構造にしています。
なので今は:
* 夏
* 夜
* ゲーム
* バイク
* コンビニ
を大事に積み上げています。
次回は、
街の昼側や近所の人間たちも少しずつ出てきます。




