鏡の向こう
前書き
鏡は、
何を映すんだろう。
自分の顔。
後ろの景色。
部屋の明かり。
でも。
もし鏡が、
「今」じゃなく、
「昔」を映していたら。
あなたは気づけるだろうか。
⸻
Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第39話
鏡の向こう
⸻
午前八時二十三分。
⸻
海鳴町。
旅館「松風荘」。
洗面所。
⸻
コン……
⸻
コン……
⸻
鏡を叩く音だけが響いていた。
⸻
誰も動けない。
⸻
悠。
⸻
レイ。
⸻
女将。
⸻
そしてメアリー。
⸻
全員が鏡を見つめている。
⸻
鏡には、
誰もいない。
⸻
なのに。
⸻
『まだ終わっていない』
⸻
水滴で浮かび上がった文字だけが残っていた。
⸻
「……触るな。」
⸻
悠が静かに言う。
⸻
レイも頷いた。
⸻
「ドラマなら絶対触るやつだけどな。」
⸻
「現実ではやらん。」
⸻
「だな。」
⸻
二人とも笑おうとした。
⸻
笑えなかった。
⸻
その時だった。
⸻
ポタ……
⸻
鏡の上から、
一滴、
水が落ちた。
⸻
天井を見る。
⸻
乾いている。
⸻
配管もない。
⸻
「……。」
⸻
もう一滴。
⸻
ポタ……
⸻
今度は赤かった。
⸻
「え……」
⸻
女将が後ずさる。
⸻
だが、
次の瞬間には透明な水へ戻っていた。
⸻
「見間違い……?」
⸻
レイが呟く。
⸻
誰も答えない。
⸻
⸻
「一回外出よう。」
⸻
悠が言った。
⸻
空気が悪すぎる。
⸻
四人は洗面所を出る。
⸻
だが、
メアリーだけが動かない。
⸻
「メアリー?」
⸻
鏡を見つめたままだった。
⸻
「……。」
⸻
「どうした?」
⸻
小さく。
⸻
本当に小さく。
⸻
「悠ちゃん。」
⸻
「ん?」
⸻
「今。」
⸻
震える声。
⸻
「鏡の中だけ。」
⸻
「祭りやった。」
⸻
静寂。
⸻
「……え?」
⸻
「屋台。」
⸻
「花火。」
⸻
「人いっぱい。」
⸻
「私……。」
⸻
涙が落ちる。
⸻
「鏡の中におった。」
⸻
⸻
その瞬間。
⸻
ゴォォォ……
⸻
部屋中の照明が一瞬暗くなる。
⸻
旅館全体が停電した。
⸻
「うわっ!」
⸻
レイが声を上げる。
⸻
非常灯だけが点く。
⸻
廊下が赤く染まる。
⸻
薄暗い。
⸻
不気味な赤。
⸻
女将が慌てる。
⸻
「ブレーカー!」
⸻
走っていく。
⸻
残された三人。
⸻
赤い廊下。
⸻
静寂。
⸻
その時。
⸻
コツ……
⸻
コツ……
⸻
誰かの足音。
⸻
廊下の奥。
⸻
ゆっくり。
⸻
近づいてくる。
⸻
「……。」
⸻
悠は息を止める。
⸻
レイも。
⸻
メアリーも。
⸻
音だけが近づく。
⸻
コツ……
⸻
コツ……
⸻
止まった。
⸻
ちょうど、
洗面所の前。
⸻
「誰だ!」
⸻
悠が叫ぶ。
⸻
返事はない。
⸻
恐る恐る近づく。
⸻
廊下。
⸻
誰もいない。
⸻
「なんなんだよ……。」
⸻
レイが呟く。
⸻
その時だった。
⸻
非常灯が点滅した。
⸻
パッ。
⸻
暗闇。
⸻
パッ。
⸻
明るい。
⸻
暗闇。
⸻
明るい。
⸻
その一瞬。
⸻
悠は見た。
⸻
洗面所の鏡の前に。
⸻
制服姿の少女。
⸻
白い浴衣。
⸻
濡れた髪。
⸻
後ろ姿。
⸻
「メアリー!」
⸻
反射的に叫ぶ。
⸻
だが。
⸻
メアリーは、
悠の隣に立っていた。
⸻
「え……?」
⸻
もう一度鏡を見る。
⸻
誰もいない。
⸻
停電も終わる。
⸻
照明が戻る。
⸻
静かな洗面所。
⸻
「今……。」
⸻
レイの声が震えていた。
⸻
「俺も見た。」
⸻
悠が振り返る。
⸻
レイの顔色は真っ青だった。
⸻
「女の子……。」
⸻
「鏡の前にいた。」
⸻
メアリーではない。
⸻
別の誰か。
⸻
「……。」
⸻
メアリーが鏡へ近づく。
⸻
そっと触れる。
⸻
冷たい。
⸻
その瞬間。
⸻
バキッ!!
⸻
鏡の右上に、
一本のひびが入った。
⸻
誰も触っていない場所から。
⸻
ゆっくり。
⸻
蜘蛛の巣のように、
ひびが広がっていく。
⸻
その中心。
⸻
小さく。
⸻
本当に小さく。
⸻
誰かの指紋が残っていた。
⸻
「……。」
⸻
悠は言葉を失う。
⸻
その指紋は。
⸻
内側から押し付けられたように見えた。
⸻
後書き
第39話でした。
今回はホラー色をさらに強め、
「鏡は過去を映す」
という要素を加えました。
そして重要なのは、
* レイも怪異を目撃したこと
* メアリー以外の少女らしき姿が映ったこと
* 鏡が内側から割れたこと
です。
つまり、この旅館にも十二年前の事件と何らかの繋がりがある可能性が出てきました。
次回、第40話 「着信履歴」。
優斗のスマートフォンから、事件を揺るがす”最後の通話記録”が見つかります。




