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Appearing ― 突然、君からのメッセージ ―  作者: 和泉發仙


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36/90

十二年前の目撃者


⸻


Appearing


― 突然、君からのメッセージ ―


第36話


十二年前の目撃者


前書き


名前を知ることと。


真実を知ることは、


同じじゃない。


ひとつの名前が出れば、


謎がひとつ減ると思っていた。


でも。


本当は逆だった。


名前が出た瞬間。


十二年間止まっていた人たちが、


少しずつ動き始める。


今回は。


その最初の夜です。


⸻


午前二時二十分。


⸻


海鳴町。


⸻


海沿い。


⸻


雨。


⸻


「神崎春人は」


⸻


黒いコートの男が言った。


⸻


「犯人じゃない」


⸻


雨音だけが残った。


⸻


「……」


⸻


悠は動けなかった。


⸻


隣では、


メアリーも男を見つめている。


⸻


泣いたまま。


⸻


「……誰だ」


⸻


悠が聞いた。


⸻


男は答えない。


⸻


「誰なんだよ」


⸻


もう一度。


⸻


少し強く。


⸻


「なんで春人のこと知ってる」


⸻


男がゆっくり顔を上げる。


⸻


その瞬間。


⸻


空が光った。


⸻


雷。


⸻


白い光が、


一瞬だけ男の顔を照らす。


⸻


「……」


⸻


メアリーの表情が変わった。


⸻


「え……」


⸻


悠が振り向く。


⸻


「知ってるのか?」


⸻


メアリーは答えない。


⸻


ただ。


⸻


男の顔を見つめていた。


⸻


何かを探すように。


⸻


記憶の奥を。


⸻


必死に。


⸻


「……優斗君?」


⸻


男の肩が、


ほんの少し動いた。


⸻


「……久しぶり」


⸻


低い声。


⸻


メアリーが目を見開く。


⸻


「ほんまに……?」


⸻


男は答えない。


⸻


代わりに。


⸻


黒いコートのフードを外した。


⸻


濡れた髪。


⸻


疲れた顔。


⸻


十二年という時間が、


そこにあった。


⸻


「……田島」


⸻


悠の口から、


名前が漏れた。


⸻


記憶が。


⸻


ほんの少しだけ、


戻ってくる。


⸻


田島優斗。


⸻


神崎春人の親友。


⸻


十二年前。


⸻


海鳴町で、


何度か顔を合わせた男。


⸻


「お前……」


⸻


「生きてたのか」


⸻


優斗が苦笑する。


⸻


「勝手に殺すなよ」


⸻


「じゃあなんで」


⸻


悠が一歩近づく。


⸻


「今まで出てこなかった」


⸻


優斗の笑顔が消える。


⸻


「……出られなかった」


⸻


「は?」


⸻


「怖かったんだよ」


⸻


雨が強くなる。


⸻


「何が」


⸻


「全部だ」


⸻


優斗は海を見る。


⸻


暗い海。


⸻


何も見えない。


⸻


「あの夜から」


⸻


「全部おかしくなった」


⸻


「春人が消えて」


⸻


「メアリーもいなくなって」


⸻


「警察が来て」


⸻


「町の大人たちは」


⸻


「何も言うなって」


⸻


悠の眉が動く。


⸻


「何も言うな?」


⸻


優斗は答えなかった。


⸻


「誰に言われた」


⸻


「……」


⸻


「田島」


⸻


「今はまだ言えない」


⸻


「ふざけんな」


⸻


悠が優斗の胸ぐらへ手を伸ばす。


⸻


だが。


⸻


「悠ちゃん」


⸻


メアリーが止めた。


⸻


「……」


⸻


悠は手を下ろす。


⸻


優斗は何も言わない。


⸻


ただ。


⸻


申し訳なさそうに、


メアリーを見ていた。


⸻


「……ごめんな」


⸻


「え?」


⸻


「ずっと」


⸻


「言えなくて」


⸻


メアリーは戸惑っている。


⸻


「なんで謝るん?」


⸻


優斗は答えない。


⸻


代わりに。


⸻


悠を見る。


⸻


「春人じゃない」


⸻


「それだけは言える」


⸻


「だからなんで」


⸻


「なんで言い切れる」


⸻


優斗は、


長い間黙っていた。


⸻


そして。


⸻


「俺は――」


⸻


拳を握る。


⸻


「事件のあと」


⸻


「春人に会ってる」


⸻


悠の表情が止まった。


⸻


「……何?」


⸻


⸻


同時刻。


⸻


富山県内。


⸻


警察署。


⸻


刑事課。


⸻


蛍光灯。


⸻


コピー機の音。


⸻


誰もいない机。


⸻


冷めた缶コーヒー。


⸻


その中で。


⸻


一人の女が、


古い資料を読んでいた。


⸻


榊原美咲。


⸻


眼鏡。


⸻


短い黒髪。


⸻


椅子の背には、


カーキ色のMA-1。


⸻


机の上には、


十二年前の記録。


⸻


海鳴町。


⸻


夏祭り。


⸻


少女の転落。


⸻


複数の失踪。


⸻


目撃証言。


⸻


そして。


⸻


不自然なくらい少ない、


その後の記録。


⸻


「……」


⸻


榊原は、


一枚の紙を持ち上げる。


⸻


何度読んでも。


⸻


妙だった。


⸻


少なすぎる。


⸻


人が消えている。


⸻


それも一人じゃない。


⸻


なのに。


⸻


記録は途中から、


急に薄くなっている。


⸻


「まだ見とったんですか」


⸻


後ろから声。


⸻


榊原が振り返る。


⸻


紙コップを二つ持った男。


⸻


宮本。


⸻


四十一歳。


⸻


四角い眼鏡。


⸻


少しくたびれた灰色のスーツ。


⸻


「コーヒー」


⸻


「お、ありがとう!」


⸻


「砂糖なしですよ」


⸻


「分かっとるやないけ」


⸻


「何回一緒に仕事しとると思っとるがですか」


⸻


宮本は隣の机へ腰を預ける。


⸻


資料を見る。


⸻


「……海鳴町?」


⸻


「せや」


⸻


宮本の顔から、


少しだけ眠気が消えた。


⸻


「十二年前のやつですか」


⸻


「知っとるん?」


⸻


「高岡におった頃、話だけは」


⸻


榊原が眼鏡を上げる。


⸻


「どんな話?」


⸻


「……事故ですよ」


⸻


「それだけ?」


⸻


「記録上は」


⸻


榊原が、


紙を机へ置く。


⸻


「記録上は、な」


⸻


宮本は黙る。


⸻


榊原が別の紙を出した。


⸻


今日。


⸻


夕方。


⸻


一本の連絡。


⸻


名前。


⸻


田島優斗。


⸻


「こいつ」


⸻


榊原が指で叩く。


⸻


「十二年前の関係者や」


⸻


「……」


⸻


「今日になって突然」


⸻


「昔の件について話したい」


⸻


「そう連絡してきた」


⸻


宮本が資料を見る。


⸻


「何を話すって?」


⸻


「そこまで聞けてへん」


⸻


「折り返したら?」


⸻


「出ぇへん」


⸻


「……」


⸻


「何回かけても」


⸻


「出ぇへん」


⸻


宮本が時計を見る。


⸻


深夜。


⸻


「寝とるだけじゃ?」


⸻


榊原が無言で見る。


⸻


「……すんません」


⸻


「いや」


⸻


榊原は椅子から立ち上がった。


⸻


「その可能性もある」


⸻


背もたれからMA-1を取る。


⸻


袖を通す。


⸻


「せやから」


⸻


「見に行く」


⸻


宮本が目を丸くする。


⸻


「今から?」


⸻


「今から」


⸻


「海鳴町まで?」


⸻


「海鳴町まで」


⸻


「雨ですよ」


⸻


「知っとる」


⸻


「夜中ですよ」


⸻


「時計見た」


⸻


宮本がため息をつく。


⸻


「……分かりましたちゃ」


⸻


「なんや」


⸻


「行くんやろ?」


⸻


「行きますよ」


⸻


「地元の人間おった方がええでしょう」


⸻


榊原が少し笑った。


⸻


「助かるわ」


⸻


「その代わり」


⸻


宮本がコーヒーを持ち上げる。


⸻


「運転、交代してくださいよ」


⸻


「考えとく」


⸻


「絶対せん人の言い方や」


⸻


⸻


午前三時五分。


⸻


雨。


⸻


県道。


⸻


ワイパーが、


一定のリズムで動いていた。


⸻


ザッ。


⸻


ザッ。


⸻


ザッ。


⸻


運転席。


⸻


宮本。


⸻


助手席。


⸻


榊原。


⸻


車内には、


小さくラジオが流れている。


⸻


『県内では――』


⸻


『明け方にかけて――』


⸻


『局地的に強い雨――』


⸻


榊原は、


膝の上の資料を読んでいた。


⸻


「宮本さん」


⸻


「はい」


⸻


「この辺、詳しい?」


⸻


「まぁ」


⸻


「高岡出身なんで」


⸻


「海鳴町は?」


⸻


「何回か」


⸻


「昔は?」


⸻


「子供の頃にも行きましたよ」


⸻


「祭りとか?」


⸻


「祭りも」


⸻


ワイパー。


⸻


雨。


⸻


暗い道。


⸻


「十二年前の事件」


⸻


「覚えとる?」


⸻


宮本が少し黙る。


⸻


「……覚えとります」


⸻


「どんな感じやった?」


⸻


「どんなって」


⸻


「ニュースとか」


⸻


「町の噂とか」


⸻


宮本は前を見たまま答える。


⸻


「最初は騒ぎになりました」


⸻


「でも」


⸻


「すぐ静かになった」


⸻


「すぐ?」


⸻


「はい」


⸻


「妙なくらい」


⸻


榊原が資料から顔を上げる。


⸻


「……妙なくらい?」


⸻


「なんて言えばいいんかな」


⸻


宮本がハンドルを握り直す。


⸻


「みんな」


⸻


「話したがらんかった」


⸻


「警察も?」


⸻


「町の人も」


⸻


「学校も」


⸻


「誰も」


⸻


榊原の目が細くなる。


⸻


「なんで?」


⸻


「分からんがです」


⸻


少しだけ。


⸻


富山の言葉が強くなる。


⸻


「ただ」


⸻


「あの辺じゃ」


⸻


「あの夏の話は」


⸻


「せん方がいいって空気はありました」


⸻


「……空気」


⸻


榊原は鼻で笑う。


⸻


「便利な言葉やな」


⸻


宮本も苦笑する。


⸻


「田舎じゃ強いですよ」


⸻


「空気って」


⸻


榊原は資料へ戻る。


⸻


少女。


⸻


転落。


⸻


失踪。


⸻


証言。


⸻


そして。


⸻


空白。


⸻


「なぁ」


⸻


「はい」


⸻


「これ」


⸻


榊原が紙を持ち上げる。


⸻


「おかしない?」


⸻


「何がです?」


⸻


「人が消えとる」


⸻


「しかも一人やない」


⸻


「せやのに」


⸻


紙を指で叩く。


⸻


「記録が少なすぎる」


⸻


宮本は答えない。


⸻


「普通もっと残るやろ」


⸻


「聞き込み」


⸻


「捜索」


⸻


「家族」


⸻


「学校」


⸻


「友人」


⸻


「なんで途中から」


⸻


「こんな綺麗に消えとんねん」


⸻


雨音。


⸻


ワイパー。


⸻


エンジン音。


⸻


宮本が小さく息を吐く。


⸻


「榊原さん」


⸻


「ん?」


⸻


「ひとつだけ」


⸻


「昔聞いた話があります」


⸻


榊原が顔を上げる。


⸻


「何?」


⸻


「海鳴町では」


⸻


宮本が言いかける。


⸻


その時だった。


⸻


「あ」


⸻


榊原が前を見る。


⸻


「危な――」


⸻


宮本がブレーキを踏む。


⸻


キィッ!!


⸻


車が止まる。


⸻


「……っ」


⸻


道路。


⸻


雨。


⸻


ヘッドライト。


⸻


誰もいない。


⸻


「……」


⸻


宮本が息を吐く。


⸻


「何です?」


⸻


榊原は前を見ていた。


⸻


「今」


⸻


「人おらんかった?」


⸻


「人?」


⸻


「道路脇」


⸻


「黒い服の」


⸻


宮本がミラーを見る。


⸻


後方。


⸻


暗い道路。


⸻


雨。


⸻


誰もいない。


⸻


「……おらんですよ」


⸻


榊原は振り返る。


⸻


やはり。


⸻


誰もいない。


⸻


「……」


⸻


「榊原さん?」


⸻


「いや」


⸻


シートへ座り直す。


⸻


「ええわ」


⸻


「見間違いや」


⸻


宮本は少し怪訝そうに見る。


⸻


だが。


⸻


何も言わなかった。


⸻


再び車が走り出す。


⸻


しばらくして。


⸻


道路標識。


⸻


海鳴町。


⸻


榊原は、


窓の向こうを見る。


⸻


暗い町。


⸻


海。


⸻


雨。


⸻


街灯。


⸻


そして。


⸻


どこか遠くで。


⸻


鐘のような音がした。


⸻


ゴォン――。


⸻


「……今の何?」


⸻


宮本は前を見たまま、


少しだけ眉を寄せた。


⸻


「さぁ」


⸻


「この時間に」


⸻


「鐘なんか鳴らんはずながですけどね」


⸻


榊原は何も言わない。


⸻


ただ。


⸻


膝の上に置いた、


十二年前の記録を見る。


⸻


一番上。


⸻


海鳴町。


⸻


そして。


⸻


田島優斗。


⸻


その名前だけが、


車内灯に照らされていた。


⸻


同時刻。


⸻


海沿い。


⸻


田島優斗は、


十二年ぶりに、


あの夜の続きを話そうとしていた。


⸻


「俺は」


⸻


「あの夜のあと」


⸻


「春人に会った」


⸻


悠が優斗を見る。


⸻


「どこで」


⸻


優斗は答えた。


⸻


「海鳴町駅」


⸻


「祭りの翌日だ」


⸻


そして。


⸻


「春人は」


⸻


「俺に一言だけ言った」


⸻


悠の喉が鳴る。


⸻


メアリーが、


優斗を見る。


⸻


雨。


⸻


海。


⸻


夜。


⸻


「――逃げろ、って」


⸻


⸻


後書き


第36話でした。


第1章で名前が出た、


神崎春人。


そして今回、


黒いコートの人物の正体が、


田島優斗だと分かりました。


さらに。


十二年前の記録に違和感を持った刑事たちも、


海鳴町へ向かい始めます。


これまで、


悠たちの周囲だけで起きていた出来事が、


少しずつ外の世界へ広がっていきます。


田島優斗は、


祭りの翌日に春人と会っていた。


そして春人が残した言葉は、


「逃げろ」。


では。


春人は何から逃げていたのか。


十二年前、


海鳴町では何が起きていたのか。


そして。


なぜ記録は、


こんなにも少ないのか。


第2章。


ここから、


十二年前と現在が、


少しずつ繋がり始めます。

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