名前
前書き
名前には力がある。
知らなければ、
ただの恐怖で済む。
でも。
名前を知った瞬間、
それは現実になる。
今回は、
ずっと避けていた場所へ辿り着く話だ。
⸻
Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第32話
名前
⸻
午後五時三十七分。
⸻
海鳴町。
⸻
海。
⸻
雨。
⸻
雷。
⸻
そして。
⸻
メアリーは震えていた。
⸻
「私……」
⸻
涙。
⸻
雨。
⸻
海風。
⸻
全部が混ざる。
⸻
「突き落とされた」
⸻
悠も。
⸻
レイも。
⸻
何も言えなかった。
⸻
十二年間。
⸻
行方不明。
⸻
事故。
⸻
転落。
⸻
そう思われていた。
⸻
でも違った。
⸻
事故じゃない。
⸻
殺された。
⸻
メアリー自身が。
⸻
今。
⸻
思い出した。
⸻
⸻
ゴロォォン……
⸻
雷鳴。
⸻
空が光る。
⸻
海面が白くなる。
⸻
その瞬間だった。
⸻
メアリーが膝をつく。
⸻
「っ……!」
⸻
「メアリー!」
⸻
悠が支える。
⸻
身体が震えている。
⸻
今までで一番激しく。
⸻
「見える……」
⸻
「何が」
⸻
「思い出す……」
⸻
呼吸が乱れる。
⸻
瞳だけが遠くを見ている。
⸻
⸻
十二年前
⸻
祭りの夜
⸻
海。
⸻
雨。
⸻
防波ブロック。
⸻
高校生のメアリー。
⸻
後ずさる。
⸻
目の前。
⸻
一人の人間。
⸻
知っている顔。
⸻
信じていた人。
⸻
だから。
⸻
理解できなかった。
⸻
⸻
『なんで……?』
⸻
⸻
声が震える。
⸻
雨音で聞こえない。
⸻
相手は何か言っている。
⸻
でも思い出せない。
⸻
その部分だけ。
⸻
まるで切り取られている。
⸻
⸻
現在
⸻
「……」
⸻
メアリーが顔を上げる。
⸻
青い顔。
⸻
涙。
⸻
恐怖。
⸻
そして。
⸻
絶望。
⸻
「悠ちゃん」
⸻
「ん」
⸻
「知っとる人や」
⸻
「……」
⸻
「やっぱり」
⸻
風が吹く。
⸻
海が荒れる。
⸻
レイも黙っていた。
⸻
もう。
⸻
冗談を言う空気じゃなかった。
⸻
⸻
「誰なんだ」
⸻
悠が聞く。
⸻
メアリーは答えない。
⸻
答えられない。
⸻
いや。
⸻
答えたくない。
⸻
そんな顔だった。
⸻
「メアリー」
⸻
「……」
⸻
「誰だ」
⸻
静寂。
⸻
雨。
⸻
雷。
⸻
そして。
⸻
メアリーは。
⸻
ゆっくり首を振った。
⸻
「まだ」
⸻
「言えん」
⸻
「なんで」
⸻
涙が溢れる。
⸻
「言ったら」
⸻
震える声。
⸻
「全部終わる気がする」
⸻
悠の胸が痛む。
⸻
それは。
⸻
犯人の名前じゃない。
⸻
もっと別の意味だ。
⸻
メアリー自身が。
⸻
その名前を認めたくない。
⸻
⸻
その時だった。
⸻
レイが突然振り返る。
⸻
「……おい」
⸻
「どうした」
⸻
「今」
⸻
顔色が悪い。
⸻
「後ろ」
⸻
悠も振り向く。
⸻
防波堤。
⸻
雨。
⸻
誰もいない。
⸻
はずだった。
⸻
だが。
⸻
一瞬。
⸻
本当に一瞬だけ。
⸻
黒いコート姿の人影が立っていた。
⸻
写真の男。
⸻
倉庫の影。
⸻
窓の外。
⸻
あの人影。
⸻
⸻
「っ!!」
⸻
悠が走る。
⸻
だが。
⸻
誰もいない。
⸻
消えている。
⸻
雨だけ。
⸻
海だけ。
⸻
⸻
「なんなんだよ!!」
⸻
初めて怒鳴った。
⸻
海へ向かって。
⸻
誰もいない闇へ向かって。
⸻
「出てこいよ!!」
⸻
返事はない。
⸻
波の音だけ。
⸻
⸻
その時。
⸻
メアリーが呟く。
⸻
「違う」
⸻
「え?」
⸻
「今の」
⸻
悠が振り向く。
⸻
メアリーは震えていた。
⸻
でも。
⸻
恐怖だけじゃなかった。
⸻
困惑。
⸻
混乱。
⸻
そんな顔。
⸻
「犯人じゃない」
⸻
空気が止まる。
⸻
「……は?」
⸻
レイも固まる。
⸻
「今の人」
⸻
メアリーは海を見る。
⸻
雨の向こう。
⸻
暗い水平線。
⸻
「私を追いかけてきた人じゃない」
⸻
静寂。
⸻
悠の心臓が跳ねる。
⸻
「じゃあ誰だ」
⸻
メアリーは首を振る。
⸻
「分からん」
⸻
「でも」
⸻
唇が震える。
⸻
「もう一人おった」
⸻
⸻
ゴロォォォン……
⸻
雷鳴。
⸻
空が裂ける。
⸻
誰も喋らない。
⸻
つまり。
⸻
この事件には。
⸻
最初から。
⸻
二人いた。
⸻
⸻
後書き
第32話でした。
ここで物語は大きくひっくり返ります。
読者も登場人物も、
「写真の黒い影=犯人」
と思っていました。
しかし違った。
メアリーが見たのは、
別の人物。
つまり、
祭りの夜に海へいた人間は
一人ではなかった。
そしてメアリーは、
犯人の名前を思い出しかけています。
でも。
まだ言えない。
認めたくないから。
次回、
第33話「二人目」
第1章クライマックス。
海鳴町の夜に隠された真実が、
さらに姿を現します。




