窓の向こう
前書き
人は、
怖いものを見た時より、
「見なかったことにしよう」とした時のほうが
後から苦しむ。
あの時、
確かに見た。
確かに聞いた。
でも認めたくなかった。
今回は、
そんな夜の続きです。
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Appearing
― 突然、君からのメッセージ ―
第19話
窓の向こう
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午前二時三十七分。
雨はまだ降っていた。
弱く。
静かに。
アパートの窓を叩いている。
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「……」
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部屋の中は静まり返っていた。
さっきまで確かに聞こえていた。
窓を叩く音。
冷蔵庫の開く音。
何かがいる気配。
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だが今は。
何もない。
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「……」
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悠はキッチンを見る。
誰もいない。
冷蔵庫も閉まっている。
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「……なんだったんだ」
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喉が渇く。
妙に身体が冷えている。
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「……帰った?」
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メアリーが小さく呟く。
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「知らねぇ」
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だが。
悠にも分かっていた。
帰ったのではない。
見えなくなっただけだ。
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それが一番嫌だった。
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「……寝るか」
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「寝れる?」
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「無理」
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「やよね」
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メアリーも苦笑した。
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時計を見る。
午前三時。
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「最悪や」
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「仕事?」
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「夜から」
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「寝た方がいいやん」
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「寝れねぇ」
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「それもそうやね」
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メアリーが少し笑う。
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その時だった。
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「あれ?」
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メアリーがキッチンを見た。
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「ん?」
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「なんかある」
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悠も振り返る。
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冷蔵庫の上。
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一枚の写真。
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「……は?」
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そこには確かに何もなかった。
さっきまで。
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悠はゆっくり近づく。
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古い写真だった。
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色褪せている。
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海。
防波堤。
夏。
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そして。
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「……」
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悠の呼吸が止まる。
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高校時代。
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悠。
レイ。
メアリー。
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三人が写っていた。
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「うわぁ……」
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メアリーが写真を覗き込む。
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「若い」
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「今も変わらんだろ」
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「いや全然違う」
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「悠ちゃんもっと細い」
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「うるせ」
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少しだけ笑う。
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だが。
次の瞬間。
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メアリーの笑顔が消えた。
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「……あれ」
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「ん?」
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写真の端。
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防波堤の向こう。
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遠くに。
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誰か立っていた。
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「……誰?」
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悠が目を細める。
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男か。
女か。
分からない。
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後ろ姿。
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黒い服。
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顔は見えない。
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「こんな奴おったっけ?」
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「知らん……」
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メアリーも首を傾げる。
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「記憶にない」
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写真を裏返す。
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そこには。
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英語。
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青いペンで書かれた文字。
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See you again.
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「また会おう」
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メアリーが読む。
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部屋の空気が静かになる。
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「……誰が書いたんやろ」
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「分からん」
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だが。
悠の胸はざわついていた。
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この写真。
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どこかおかしい。
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そもそも。
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なんで今ここにある。
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誰が置いた。
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どうやって。
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「……」
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窓の外を見る。
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雨。
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街灯。
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誰もいない。
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なのに。
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見られている気がした。
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その時だった。
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ピロン。
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スマホが鳴る。
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悠の肩が跳ねる。
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画面。
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知らない番号。
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新しいメッセージ。
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『写真を見るな』
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「……っ」
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メアリーも固まる。
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『思い出したら終わる』
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雨音だけが聞こえる。
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悠はゆっくり顔を上げる。
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窓の外。
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向かいのアパート。
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二階の通路。
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一瞬だけ。
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誰かが立っていた気がした。
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黒い影。
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長いコート。
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そして。
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消えた。
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「……見た?」
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悠が呟く。
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メアリーは青い顔で頷いた。
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「うん」
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「今」
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「おった」
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部屋の温度がまた少し下がった気がした。
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後書き
第19話でした。
今回は
「怪異が日常へ入り込む」
回です。
まだ犯人ではありません。
まだ事件でもありません。
ただ、
* 写真
* メッセージ
* 窓の外の影
という形で、
何かがこちらを見始めています。
そして写真の端にいた人物。
これは後々かなり重要になります。
次回
第20話「見え始める」
では、
ついにレイ側にも少しだけ異変が起き始めます。




